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検索対象: 転落・追放と王国
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1. 転落・追放と王国

ストとはこのとき町役場に達した。ラッパの吹奏と爆竹から遠ざかるにつれて、沈黙がふたたび 街をとり返し、すでに禿鷹の幾羽かは舞い戻って屋根の上の場所にとまり、それはすっと前から いた。その通りは、郊外の区域 その場所を占めているかと見えた。町役場は長細い通りに面して 役場の露台から見ると、目路の限 の一つから教会広場へと通じている。そこに今人通りはない。 , みずたま り、穴だらけの道路一筋しか見えない。最近の雨がそこに水溜りを残しているのだ。太陽は今は むしば 少し降りてきたが、通りの向う側の家々の閉ざされた正面を、まだ蝕んでいる。 彼らは永いこと待った。あまり永かったので、ダラストは、正面の壁に太陽が反射するのを眺 王めすぎて、ふたたび疲労と目まいがたち返るのを感じたほどだった。人気のない家々の並ぶ、う とつろな街筋は、彼の心をひきつけると同時に、胸をむかっかせた。改めて、彼はこの国から逃け 放だしたいと思った。同時にあの巨大な石のことを考えた。あの試練はもう終りであってほしかっ 彼は情報を求めるために降りてゆこう、と申出ようとした。そのとき教会の鐘が力いつばい に鳴りひひいた。その瞬間に、通りの向うの端、彼らの左手で、騒ぎが起った。気違いのように なった群衆が現われた。告解者も巡礼も入りまじって、遺物櫃のまわりに群衆が凝集するのが、 ぎえっ 遠くから見えた。彼らは、爆竹と喜悦の叫びのなかに、狭い通りに沿うて進んでくる。数分にし いしよう あふ て、彼らは通りの縁まで溢れて、筆舌につくしがたい混乱のなかに、年齢も種族も衣裳も、ただ 大声でわめきたてるロと目だけになった、色さまざまな一つのマッスに溶けこんで、町役場へ向 やり って進んでくる。そのなかから、数多くの蝋燭が槍のようにとひ出てきて、その炎は、白昼の激 シャッス

2. 転落・追放と王国

107 落 しいタ暮で、いちいちの物をはっきりさせてくれます。とにかくあなたがどう思おうと勝手です が、わたしは俘虜収容所にいるときに、法王にされたんですよ。 どうそ腰かけてください。部屋を眺めていますね。殺風景だけど、さつばりしているでしょ う・ヴェルメールの絵から家具や鍋類を取除いたようなものです。本もない。永いこと読書しま フォワ・グラ せんから。昔わたしの家は読みかけの本でいつばいでしたが、こいつは肝臓料理をちょっとつつ いやみ いただけで残りを捨てさせる通人ぶった連中同様厭味たらしいものですね。だいいち、今では告 白もの以外に興味はないですな。そういう物を書くやつはます告白しないために、自分が知って いる一、とについてはなにひとっ口を割らないために書く。やつらがこれから打明けると称すると まゆっぱ きこそ、眉唾ものですよ、死骸を粉飾しようとしているんですから。わたしの目は貴金属商のよ うに利くんです、ほんとですよ。そこでわたしは、きつばりとやめてしまいました。本も、むだ かんおけ ~ しい、さつはりとニスだけ塗った、まるで棺桶みたい 転な道具も、もう必要はない。必需品だナで、 な物。もっともこのとおり純白のシーツを敷いた、堅いオランダ風の寝台を使っていれば、なに ぎようかたびら もお棺がなくたってもう経帷子を着せられ、清浄な香をたきこまれて、死んでるようなもんです がね。 法王時代の出来事をお知りになりたいですか ? 陳腐なことばかりですよ。話す元気がある か、ですって ? 大丈夫、どうやら熱も下り坂のようです。ひと昔前の話です。舞台はアフリ たけなわ 力、ロンメル将軍のおかけで戦火酣のころ。いや安心してください、それに参加していたわけ ふりよ なペ こう ちんぶ

3. 転落・追放と王国

158 やっ 〈わけがわからぬ。この頭のなかを整理せねばならぬ。奴らが私の舌を切り取 0 て以来、自分に ずがい もわからぬ、もう一つの別の舌が、休みなしに私の頭蓋のなかで動いている。何かが、あるいは 国誰かがしやべる。そいつは急に黙りこむ。かと思うとまた始まる。ああ、しやべりもしない、あ 王 まり多くのことが私には聞える。ああ、煮えくりかえる。私が口を開いても、小石のこすれる音 追みたいなのだ。秩序を、とにかく何かの秩序を、と舌の奴が言う。しかも同時に別のこともしゃ 落べる。そうだ、私はいつだって秩序を望んでいたのだ。少なくとも、これだけは確かだ。私は自 分の代りをやる宣教師の来るのを待っている。私はタガーサから一時間のここまで追われ、崩れ さばく た岩間に隠れ、古はけた小銃にまたがっている。砂漠に陽が昇る。まだひどく寒い。まもなくひ どい暑さになるだろう。この土地では気が変になる。もう数えることも叶わぬ幾年も幾年も前か ら、私は : ・ : ・否、もう少しの辛抱だ ! 宣教師はけさまたは今晩着くはずだ。案内人といっしょ うわさ に来るという噂を私は耳にした。二人で一頭のラグダしか使えないかもしれぬ。私は待とう、私 は待 0 ている。私が慄えるのは、寒さの、全く寒さのせいだ。もうちょ 0 との我慢だ、きたない 奴隷よ ! 背教者 ふる

4. 転落・追放と王国

せんでしたか ? オランダの空は何百万という鳩だらけで、見えないほどの上空にいて羽搏きを し、一挙に上昇したり下降したりして、空中を風のまにまに舞う灰色がかった無数の羽でいつば いにしてしまう。鳩たちはあの高みで待っている、一年じゅう待っているんですよ。陸の上を舞 っては下を眺め、できれば降りたいと思っている。だのに、海と、運河と、看板だらけの屋根の ほかはなにひとつない、翼を休める人の頭もないのです。 わたしの言いたいことがおわかりになりませんか ? 正直いって疲れてるのです。自分でもな 落にを話しているのかわからない。わたしにはもう、友人たちがしきりにほめそやしてくれた頭の するどさというものがなくなってしまいましたよ。今友人たちと言いましたけど、これは慣例に 従っただけで、わたしにはもう友人なんそいません。わたしには共犯者がいるだけです。そのか わり人数は増えました、入類全体がそうなんですからね。人類全体のなかでも、まずあなたが第 転一。そばにいる者がいつだって第一ですよ。友達がないことがどうしてわかるかですって ? 至 極簡単ですよ、そんなこと。わたしがそれを悟ったのはあるとき、友人たちに一杯食わせてやれ、 まあ言ってみればやつらを懲らしめてやれと思って、自殺を考えたときなんですがね。だが待て よ、どいつを懲らしめるんだ ? ひっくりするやつはいても、懲らしめられるやつなんそひとり もいまい。というわけで、わたしには友達なんそないとわかったんです。もっとも友達があった にしたって、どうということもありませんがね。わたしが自殺したあとでやつらの顔を拝めると でもいうのなら、そりやむろん骨折り甲斐もありますが。なにしろ地面の下は真っ暗闇。ねえ、お

5. 転落・追放と王国

国民であることを証明するために考えだしたものです。囚人は箱の中で、立ったまま身動きもで がんじようとびら きない仕組なんです。セメントの貝殻にとじこめたみたいで、その頑丈な扉はあごの所までしか ない。だから囚人の顔は外にでている。その顔に向って、通りがかりの監守が皆思うそんぶん痰 もっとも目だ をひっかけてゆく。独房に押しこめられている囚人は、顔を拭くこともできない。 けは閉じる一、とを許されていますがね。どうです ? こいつが人間の考えだしたものなんです よ。やつらが一、のちょっとした傑作を作るのには、神の助けなど必要なかったんです。 くどく それで ? だから神の唯一の功徳は、清浄潔白を保証することになる。わたしとしては、宗教 せんたく 王は大掛りな洗濯とみなしたい。事実そうだ 0 たことがあります。ただあ 0 という間、か 0 きり三 せつけん 追年だけのことで、おまけに宗教とは呼ばれなかったんです。それ以後石驗不足になって、われわ 落れの顔は汚れほうだい、おたがい同士顔を拭きあっている。どいつもこいっ・も乞食に成りさがり、 マルコンフォール どいつもこいつも罰せられている。顔に唾をひっかけてやりたい。そして、えい 苦難部屋へ 失せやがれだ ! 誰が先に唾をひっかけるか、それだけのことです。たいへんな秘密を明かして あけましよう、最後の審判など待つのはおやめなさい。それは毎日行われているんですから。 いや、なんでもありません。あまり湿気が多いのでちょっと身ぶるいがしただけです。だいい ちもう着きましたよ。ほらね。どうそお先に。いや、待ってください。い っしょに来てくださいま せんか。話の途中ですから続ける必要があります。続けること、こいつが難かしいことですよ。ち はり・つり よっと、なせ人々があの男を磔刑にしたかごそんじですか ? はらあの、たぶん今あなたが考え

6. 転落・追放と王国

落 加する。奴隷制度、そいつはいかん、われわれは反対である ! 家庭や工場に奴隷制を布かざる を得ない、結構、それだけならまだしも筋が通っている、しかしそいつを自慢するとなると、こ いつは行きすぎだ。 だけども人間は、支配するか、奉仕されるか、どちらかでなければ気がすまない。誰でもきれ いな空気のように奴隷を欲しがる。命令することは呼吸することと同じです。いかがでしよう、 この意見は。賛成ですか ? どんな馬鹿でも呼吸はできる。社会の最低線の人だ 0 て配偶者や子 供があるし、独身者なら、犬がいる。つまり肝心なことは、他人はロ答えする権利がないのに、 自分はどなりつけてもいいということだ。〈父親にロ答えするものではない》ごそんじですか、こ の極り文句を ? ある意味で、一、の文句は奇妙だ、愛する者に向 0 て口答えしないとすれば、こ こ対して口答えしますか ? 別な意味で、この文句はな 0 とくがいく。誰かが の世でいったい誰 転鶴の一声を言わなければならない。でないと、あらゆる理屈に別な理屈が対立して、いつまでた ってもきりがないから。と一、ろが反対に、権力というやつはい 0 さいをすばりと解決する。すい 、 0 こけれども、ようやくわれわれはそのことを理解した。たとえば、あなたもき ぶん時間がかカオ なっ 0 と気がついてら 0 しやるでしようが、われらの懐かしいヨーロッパはや 0 とまともな哲学をも つようにな 0 た。かっての素朴な時代のように、〈わたしはそう考える、あなたの一」意見は ? 〉 そうめい などと、今のわれわれはもう言わない。聡明にな 0 たから、対話の代りに一片の告示を出すよう にな 0 た。〈以上が真相である。諸君、論議はご随意だが、吾人は関知しない。だが、当方の正

7. 転落・追放と王国

しい光のなかに消え失せる。しかし、彼らがそばまで来て、露台の下で、群衆が、 ( あまりに密 集していたため ) 壁に沿うて登ってくるかと見えたとき、ダラストはコックがそこにいないのに 気づいた。 断りも言わすに、ひととびで彼は露台と部屋から脱けだし、階段を転けるように降り、爆竹と じようぎげん 鐘のとどろきを浴ひて、通りに立った。そこで、彼は上機嫌な群衆、燭の荷い手や頭が狂った 告解者たちと闘わねばならなかった。しかし、夢中になって、身体全体を人間の潮にうちつけて さかのぼ 国遡ってゆくと、道がひらけた。その動きはひどく荒々しくて、彼はよろめき、倒れそうにもなっ や とた。とそのとき、彼は群衆の背後に、通りのはすれに自由になった自分を見いだした。灼きつく 追ような壁にはりついて、彼は呼吸が回復するのを待った。それからふたたび歩きだした。その瞬 落間、一団の男が通りに出てきた。先に立つ者は後すざりしていた。ダラストは彼らがコックを取 巻いているのを見た。 コックは明らかにへとへとだった。彼は立ちどまり、巨大な石の下に身を折り曲げて、貧窮の あしのうら 小走り、荷揚け人夫や苦力のいそいだ足どりで、ちょ 0 と走 0 た。素早く蹠の全体で土を 0 て : : : そのまわりで、溶けた蝋と埃とによごれた祭服を着た告解者たちが、止るたびに彼を励ま していた。 左手には、兄弟が黙って歩いたり駆けたりしていた。彼らと自分とを隔てる距離を通 過するためには、果てしない時間がかかるように、ダラストには思われた。ほとんどダラストの 立つあたりに来て、コックはふたたび立ちどまり、どろんとした目をまわりに投けかけた。彼が ろう

8. 転落・追放と王国

ろうそく ・ : 」「床はしつかりしてるの ? 」床 手ができる。鹽燭で描いた大家もいたことだし : : : それに : 「これが最善の解決だ」そう言って彼はまた降 は大丈夫だった。「安心しろ」とヨナが言った。 りてきた。 翌日は朝早く彼は屋根裏部屋によじのほり、腰をおろし、壁ぎわに立てた腰掛けの上に額縁を 載せ、ランプをつけすに待った。直接に耳に入るのは、台所と手洗いの音だけだった。他の物音 はる は遥か遠くに聞えた。訪問客も、入口や電話のベルも、人の往き来も、話し声も、彼の耳には半 ば押し殺されたように響いた、それらの音が街の通りや隣の中庭から来るとでもいうように。お 国 うすやみ あふ 王まけに、アパルトマンの全体がまばゆい光に溢れているのに、ここの薄闇は心をやわらけた。時 「仕事をして と時友人が来て、屋根裏部屋の下に身をかまえて、「何をしてるんだ、ヨナ ? 」 ただ考えてい 「明りもなしか ? 」 「ああ、今のところは」彼は描かなかった。 放いる」 追た。この半ば沈黙の場所は、彼がこれまで暮してきたところと比べれば、砂漠か墓場のように想 その沈黙と闇のなかで、彼は自分の心に耳をすましていた。屋根裏部屋まで届い われたが、 カカ てくる物音も、自分に向けられていても、もう関わりがないように思われた。彼は、自分の家で 眠ったまま孤独に死んでゆくあの男たちに似ていた。朝がくると、人気のない家の、もう永遠に しつよう したい 耳しいた屍体の上に、電話の呼ひかけが、熱つばく、執拗に鳴り渡るばかりなのだ。しかし、彼 は生きていた。みすからの内部のあの沈黙に耳をすませていた。自分の星を待っていた。星はま また昇ろうと用意していた。この空白な日々の混乱を超えて、変ることな % だ隠れてはいたが、

9. 転落・追放と王国

をしていた。今や、彼は大ぎく手をひらいて、売り・買いの身振りをした。老人は頭を振った。 茶の秤皿を後ろの二人のアラビア人に渡し、何かマルセルをがっかりさせるような言葉を、ふた 言み言言った。マルセルは反物をとって、鞄のなかに積み重ねた。それから額のありもしない汗 を拭った。彼は少年のポーターを呼び、三入はまたアーケイドのほうへ戻った。はじめの店で は、商人は最初同じものに動じぬ態度をよそおっていたけれども、それでも一行の商売は前より うま は多少巧くいった。マルセルは言った。「連中も威張っちゃいるが、商売は商売さ。生活という ぎび 国ものは誰にも厳しいものだ」 王 ジャニーヌは黙ってついて行った。風はほとんどやんでいた。空はところどころ雲が切れてい た。冷たい光が、輝かに、 たたなわる雲の奥に掘られた青い井戸から降りてきた。彼らは今広場 、 ' 彼らは小さな通りを歩み、土壁に沿うて進んだ。土壁の上には、十二月の腐れた 放を離れてした。 , ざくろ 追薇がかかり、また間を置いて、虫がついてかさかさになった柘榴の実がのそいていたりした。 かいわい 店屋はどれも 埃とコーヒーのかおり、樹皮を焚く煙、石や羊の匂いが、その界隈に漂っていた。 壁面にほりこまれていて、おたがいに遠くへだたっていた。ジャニーヌは脚が重くなるのを感じ 彼よ前より妥協的 た。しかし、夫のはうはだんだん朗らかになった。ものが売れはじめたのだ。 , 。 にもなっていた。彼はジャニーヌを「プチット」と呼んだ。旅行はむだではなかったろう。 「もちろんよ」とジャニーヌが言った、「連中と直接取引したほうがいいわ」 彼らは別の通りを通って中央に戻った。午後も大分過ぎて、空も今はほとんど晴れてきた。彼 145 ぬぐ

10. 転落・追放と王国

を手にして、戸口に立った。闇のなかで、なおしばらく待った。それからしずかにあけた。掛金 が軋って、身がすくんだ。心臟は狂ったように高鳴っていた。彼女は耳をすませた。静寂に安心 して、もう少し手をひねった。掛金の回転は終りがないように思われた。ようやく扉があいて、 おもてに滑り出た。前と同じ用心深さで扉をしめた。それから、板に知をよせて彼女は待った。 をびす しばらくして、向うにマルセルの息づかいが聞えた。彼女は踵をめぐらせた。凍りつく夜風を顔 に受け、廊下を走った。ホテルの入口はしまっていた。閂を動かしていると、階段の上から、苦 い顔をして、夜番が現われ、アラビア語で話しかけた。「出てきます」とジャニーヌは言った。 そして夜の中へとひだした。 彼女は短い通りに沿う 星をつないだ花飾りが、黒い空から棕櫚の樹と家並の上に降りていた。 , と かんぎ 放て走った。もう人気はない。それは堡塁へ行く道だった。寒気は、もう太陽と争うこともなくな めくら 追って、闇を一人占めにしていた。氷のような風のために胸苦しかった。しかし、彼女は盲人同 然、闇のなかを駆けつづけた。通りのはすれに明りが現われ、やがてジグサグに進みながら彼女 けんざや 、こ。しだいに大きくなる光の後ろ 彼女は立ち止った。剣の音に気づし のほうへ降りてきた。 , 外套 に、ようやく巨大なアラビア外套が見えた。その下に自転車の頼りない車輪が光っていた。 は彼女をかすめて過ぎた。彼女の後ろの闇の中に三つの赤い火が浮ひ出たが、じきに消えた。彼 女は堡塁への道をつづけた。階段の中途で、胸苦しさは刺すようにつらくなった。まさに止ろう としたほどだった。最後の一ふんばりで、ようやく彼女は平屋根に辿りつき、今胸壁に腹を押し をし かんぬぎ