118 いだろうな。だからって言うわけしゃないけど、お前フルートやれよ、俺ヘロインさばいて金 入ったらフルートのいいの買ってやるよ」 オキナワの目は赤く濁っている。コーヒーを持ったまま話しバンツを雫が少し汚している。 「ああ、頼むよ、ムラマツがいいな 「え ? 何だ 「ムラマッさ、フルートのメーカーだよ。ムラマツのやつが欲しいんだ」 「ムラマツだな、わかった。お前の誕生日に買ってやるよ、それでまた俺に吹いてくれよ」 ちょっと、 ) ュウ、行って止めてきてよ、僕もうあの二人と付き合うのごめんだよ、ほんとも う足か痛いっていうのに。 カズオが息を弾ませてドアを開け、ヨシャマがケイを殴ってる、そう言った。 オキナワはべッド ー横になり何も言わない。 屋上の方からケイらしい悲鳴が確かに聞こえる。人を呼ぶ声ではなくて、殴られた瞬間に出る 押さえのきかない重い悲鳴。 すす カズオは残っていたヨシャマの分の冷めたコーヒーを啜り、煙草を吸いながら足の包帯を取り 換え始めた。早く行かないとヨシャマ殺しちゃうかも知れないな、あれマトモしゃないんだよ。
プ 近柱に蛾が止まっている。 明 最初染みかと思ったが、しっと見ていると、かすかに位置をすらした。灰色の羽に薄すらと産 毛が生えている。 みんな帰っていった後の部屋はいつもより暗く感じる。光が弱くなったのではなくて、光源か 限 ら僕が遠去かったようだ。 が買ってき 床にいろいろ落ちている。絡まって丸くなった髪の毛、きっとモコの髪だ。リリー 旅費なんかやらないよ。もうへロインないんだから苦しみ抜いてレイ子に泣いて頼みなよ。また 泣いて頼みなよ、金貸してくれって、千円でいいからって頼んでみなよ、一円だってやらないよ もう。あんたこそ冲に帰りなよ」 オキナワはまた横になって、かってにしろと呟き、おいリュウ、フルート吹けよ、そ、つ僕に一言 「フルート吹く気分しゃないって言ったろ ? 」 ヨシャマはもう何も言わすにテレビを見ている。ケイはまだ少し痛むらしくニプロールを噛 む。テレビでピストルの音がしてゴッホが首を折り、ああやりやがった、とヨシャマが呟いた。 うぶ
ンクリ ートに叩きつけて割った。 おいちゃんと掃除しろよ。僕が言っても何も答えすにニプロールを五錠も噛んで飲んだ。オキ ナワはからだを揺すってずっと笑い続けている。 「ねえ、 ュウ、ちょっとフルート吹かないか ? 」 僕を見てそう言った。テレビではカーク・ダグラスの扮するヴァン・ゴッホがプルプル震えて 耳を切り落とそうとしている。 ヨシャマったら、この人の真似したのね、あんたのやることいつも真似ね、ケイが一一一一口う。 「フルート吹く気分じゃないよ、オキナワ」 ゴッホがものすごい叫び声を上げオキナワを除く全員がテレビの方を見た。 カ血の滲んだ包帯に触りながらヨシャマは時々ケイに話しかける。もう腹は本当に大丈夫か、俺 近もふつきれたよ、インド行きの件では、ケイはシンがポールまで来ればいいとか、そしたら俺が 明迎えこ一丁 ー彳くからハワイにも一丁けるとかケイは一切返事をしなかった。 オキナワの胸はゆっくり浮き沈みする。 ュウ、ジャクソン 「レイ子、からだ売ってヘロイン買うよ、ジャクソンが教えてくれたんだ。リ 限 のハウス連れてってよ。いつでも来いって言ったのよ、オキナワには頼まないわ、ジャクソンの とこ連れてってよ」
~ 削が、つらやましかったよ、あんなな風分にさせるお別がさ。俺はよく知らないけど俺は何もできな いからな。あれからまだああいう気分になったことないもんな、まあ実際に何かやる奴にはそい つにしかわからないことがあるかも知れないけどな。俺はただのジャンキーだけど、も、つヘロイ ンが切れてさあ、打ちたくて打ちたくてたまんない時あるんだよ、手に入れるためだったら人殺 しでもするような時、そういう時に俺考えた事あったんだ。何かあるような気がしたんだ、いや しいような気がしたんだ。本当はもうがタがタ震えて 俺とヘロインの間にさあ、何かがあっても、 気が狂う程ヘロインを打ちたいんだけど、俺とヘロインだけじゃあ何か足りないような気がした な。打ってしまえばもう何も考えないけどな。それでその足りないものって言うのはさあ、よく 一わかんないけど、レイ子とかおふくろじゃないんだな、あの時のフルートだって田 5 ったんだ。そ ュウはどういう気持ちで吹いたのか知らないけど俺 プれでいっかお則に言そうと田 5 ってたんだ。リ 近はすごく、 しい気分になっただろう ? あの時のリュウみたいなのがいつも欲しいと思うんだよ。 注射器の中にヘロインを吸い込むたびに思うよ、俺はもうだめさ、からだが腐ってるからなあ。 見ろよ、頭の肉がこんなにプョブョになって、もうすぐきっと死ぬよ。いっ死んでも平気さ、ど うってことないよ、何も後海なんか何もしてないしな。 りたいな。それだけは ただ、あの時のフルート聞いたあの気分がどういうものかもっとよく知 感じるよ、あれ何だったのか知りたいよ。もし知ったらへロイン止めようって思うかな、思わな 117
114 「まあヨシャマ、コーヒーでも飲めよ、お前すこし見苦ししそ しじゃねえか、ど、つでもど 、つってことないよ。は、らコーヒー」 ヨシャマはコーヒーを断わり、かってにしろ、とオキナワが呟く。ヨシャマは背中を丸めて壁 を見て時々溜め息をついたり、 何か言おうとしてやめたりした。台所の床に横になっているレイ 子が見える。胸がゆっ くりと波を打って死んだ大みたいにぐったりと足を開げ、投げ出している。 時々ビクンと体を震わせる。 ヨシャマが僕達をちらっと見て立ち上がり、外へ出て行こうとする。寝ているレイ子に目をや 水道から水を飲んでからドアを開ける。 おいヨシャマ行 くな、ここにいろよ。僕が言ったがドアの閉まる音だけがした。 オキナワが苦笑いして舌打ちする。 「も、つあいつらど、つしよ、つもないよ、ど、つしよ、つもないってことがヨシャマにはわかってないん だな、あいっバカだからな。 ) ュウ、ヘロイン打つか、これすごくピュアだな、まだ残ってるぞ」 「いいよ、きようは疲れてるんだ」 「そうか、お前フルート練習してる ? 「やってないなあ」
あんたが入れたのよ、 ハイミナール買うからって、酔っ払ってあんたが」 ケイは泣きだした。顔がプルプル震えている。カズオはそれを見てやっと笑うのを止めた。 イミナール飲みたい しいって言ったんやないか。ノ 「あ、何言ってるんや、ケイが質入れても ) わって、ケイが先に言ったんやで、ケイの方から質入れようって言ったんやで」 ケイは涙を拭う。 「もう止めてよ、あんたはそういう人よ、もういいわよ。知らなかったでしよう、あたしあの後 泣いたのよ、帰り道で泣いたの知らなかったでしよう。あんた歌うたってたわね」 「何言ってるんや、泣くなよケイ、すぐ出すよ、すぐ出せるよ。沖仲仕やるからすぐ出すよ、ま 一だ流れてへんよ、泣くなよケイ」 カ鼻をかみ涙を拭くと、ヨシャマが何を言ってもケイは返事をしなくなった。カズオにちょっと 近外に出ようと一言う。カズオは足を指差して疲れてるからと断わっていたが、無理に立たせられて、 明まだ涙の溜まっているケイの目を見るとしぶしぶ承知した。 ュウ屋上にいるからあとでフルートでも吹きにきてよ。 ドアが閉まるとヨシャマはケイと大声で呼んだが、外からは何も返事がなかった。 限 オキナワが青い顔をしてプルプル震えながら、コーヒーを三杯入れて持ってきた。揺らして少 し絨毯にこばす。
116 「何でインド行かなきゃいけないんだ、そうじゃないよ、ここで十分さ。ここで見るんだ、イン ドなんか行く必要ないよ」 「じゃあで ? いろいろ実験したりするのか ? どうするんだか全然わからんな」 「うん奄にもよくわかってないんだ、自分でもどうしたらいいのかよくわからないからなあ。た だインドなんかには行かないよ、行きたいところなんてないなあ。最近さあ、窓から一人で景色 を見るんだよ。よく見るなあ、雨とか鳥とかね、ただ道路を歩く人間とかね。すうっと見てても 面白いんだ、物事を見ておくって言ったのはこういう意味だよ、最近どういうわけか景色がすご く新鮮に見えるんだ」 「そんな年寄り臭いこと言うなよ、リュウ、景色が新鮮に見えるなんてそれ老化現象だぞ」 「バカ違うよ、俺の言ってるのは違うよ」 「違わないよ、お前は俺よりすっと若いから知らないだけさ、お前な、フルートやれよ、お前フ ルートやるべきだよ、ヨシャマみたいなアホとっき合わないでちゃんとやって見ろよ、はらいっ か俺の誕生日に吹いてくれただろ。 レイ子の店でさあ、あの時うれしかったよ。あの時何かこう胸がムズムズしてきてさ、何とも 言えない気分になったんだ、すごく優しい気分にな。うまく言えないけど喧嘩した奴とまた仲直 りしたみたいなそんな気分さ。あの時俺思ったんだ何てお前は幸せな奴なんだって思ったよ、お