てきてよ。 ケイは腹を押さえた手を離し、ヘロイン打ってやろうか ? と聞いたオキナワに首を振って喘 ぎながら一一一一口った。 壼 ~ いわねみんな、せつかくいい気持ちでいたのにね。でもこれで終わりよ、終わりになると 思って、あたし我慢したんだもん」 そんなにいい気持ちでもなかったから気にするなよ、オキナワが笑いかける。 ヨシャマがまた泣き始めた。 「ケイ、終わりだなんて言わんでくれ、ケイ、別れんでくれ、頼む、許してくれ、何でもする カオキナワがヨシャマを台所の方に押しやる。 斤一 はら、もうわかったから顔洗って来いよ。 ヨシャマはうなすいて顔を袖で拭いながら台所へ向かい、水道の音が聞こえた。 透 戻ってきたヨシャマを見て、カズオが大声をあげた。こいつもうだめだ、とオキナワが首を振 る。レイ子は見た瞬間悲鳴をあげ目をつぶった。ヨシャマの左手首がパックリ割れて血が絨毯に 限 溢れ出ている。カズオは立ち上がって、リュウ、救急車呼んで来いよ、と叫ぶ。 ヨシャマはプラブラ揺れている傷口から先の部分を右手で支え、ケイ、わかってくれたやろ ?
120 べッドの上でケイは苦しそうに呻いている。歯をガチガチ鳴らしシーツを擱んだり蹴られたと ころを押さえたりして。レイ子が台所からよろけながら起きてきて、泣いているヨシャマの頬を 田 5 いきり民っこ。 カズオはいやな顔をして傷口を消毒し、きつい匂いの薬を塗っている。オキナワがニプロール をお湯に溶かしてケイに飲ませる。 こりややばいな、腹やる奴があるかよ。ヨシャマ、お前ケイ死んだら殺人だぞ。オキナワがヨ シャマにそう言い、俺も一緒に死ぬんや、と泣き声の返事が聞こえるとカズオがクスクス笑っ た。レイ子が冷やしたタオルを額に乗せ顔の血を拭いてやる。腹を調べると緑色に内出血してい る。ケイはどうしても病院には行かないと言い張った。ヨシャマが近づいて来て、涙をケイの腹 にこばしながら顔を覗き込む。ケイは顳類に太い血管を浮き出させて黄色い汁を吐き続ける。右 の目はまぶたから白目から瞳まで真赤だ。レイ子は切れている唇を開き、折れた歯から溢れる血 をがーゼを詰めて止めようとする。 ゴメン、ゴメンなケイ、ヨシャマが声を嗄らして小さな声で言う。カズオが包帯を換え終わっ て、ゴメンはないだろ、自分でやっといて、そりやひどいよ、そう言った。 「顔洗っといでよ」 レイ子がヨシャマの肩を押して台所を指差す。その顔見てるとたまんないわ、 いいから顔洗っ
丿丿ーは白い喉を鳴らしてまた注射を打った。 きのうの夜、セックスの後、 どうしても量が多くなってしまうわ、そろそろまた減らしていかなきや中亠毋になるわね。 残りの量を確かめてそう言った。 ) ) ーの話してくれた夢のこともあって、僕はあ ーが僕の上でからだを震わせている時、 る女の顔を田 5 い出した。リリ ーの細い腰がグルグル回るのを見ながら。 陽が沈もうとする広い農場で、囲んである鉄条網のすぐ脇に穴を掘っている痩せた女の顔。若 い兵士に銃剣を突きつけられて葡萄が一杯詰まった桶の側で、下を向いたままスコップを土に突 ーを見ていてそんな女 き刺す女の顔。髪が顔にかかり手の甲で汗を拭う女の顔。喘いでいるリ の顔が浮かんできた。 湿った空気が台所の方から流れてくる。 プ 雨が降っているのだろうか。窓から見える外の景色は乳色に煙っている。玄関のドアが少し開 近 堋いているのに気付いた。きのうは二人共酔っていたので閉め忘れて寝てしまったのかも知れな 透 : ハイヒールの片方が台所の床に転がっている。尖っている踵は横に突き出て、足先を包む硬 な い革の曲線は女の一部分のように滑らかだ。 限 ここから見える外に通じるドアの狭い原間に、リリー の黄色いフォルクスワーゲンが停まって いる。車体に鳥肌のような雨粒がっき、重くなった水玉が冬の虫みたいにゆっくりと下へ垂れて
114 「まあヨシャマ、コーヒーでも飲めよ、お前すこし見苦ししそ しじゃねえか、ど、つでもど 、つってことないよ。は、らコーヒー」 ヨシャマはコーヒーを断わり、かってにしろ、とオキナワが呟く。ヨシャマは背中を丸めて壁 を見て時々溜め息をついたり、 何か言おうとしてやめたりした。台所の床に横になっているレイ 子が見える。胸がゆっ くりと波を打って死んだ大みたいにぐったりと足を開げ、投げ出している。 時々ビクンと体を震わせる。 ヨシャマが僕達をちらっと見て立ち上がり、外へ出て行こうとする。寝ているレイ子に目をや 水道から水を飲んでからドアを開ける。 おいヨシャマ行 くな、ここにいろよ。僕が言ったがドアの閉まる音だけがした。 オキナワが苦笑いして舌打ちする。 「も、つあいつらど、つしよ、つもないよ、ど、つしよ、つもないってことがヨシャマにはわかってないん だな、あいっバカだからな。 ) ュウ、ヘロイン打つか、これすごくピュアだな、まだ残ってるぞ」 「いいよ、きようは疲れてるんだ」 「そうか、お前フルート練習してる ? 「やってないなあ」
87 限りなく透明に近いプルー 「あの、煙草喫ってもいいですか ? 」 カズオがそう聞いたが、眼鏡の奴がまあ止めとけ、と抜いて指に挾んでいた一本を取り上げて に戻した。レイ子がモコに下着をつけてやる。モコは真青になって震えながらプラジャーの ホックをとめる。 込み上げてくる吐気を我慢して僕は聞いた。 「何かあったんですか ? 」 三人は顔を見合わせ声を出して笑った。 いいか ? 人前でなあ、尻なんか出すとだめなんだよ、わ 何かあったって、お則よく言うよ、 かんないかも知れないけどなあ、大とは違うんだ。 お前らも家族いるんだろ ? そんな格好して何も言わないのか ? 平気なんだろ、え ? 知っ てるぞお前ら平気で相手を取り換えてやるんだってな。おいお前、お前なんか自分のオヤジとで もやるんしゃねえのか ? お前だよ。 大声でケイに向かって言う。ケイは目に涙を溜めている。ケッ ハカ野郎、くやしいのか。 モコはずっと震えが止まらないらしくて、シャツの釦をレイ子が瞋めてやった。 台所 ! こ行こうとしたケイを、太った警官が腕を擱んで制した。
53 限りなく透明に近いプルー 私いなかったらど 「横田のこと知らないチンピラ連れて来るなっていつも言ってるでしよう ? ュウもただじゃ済まないのよ、タミのにいさん恐いのよ」 うするつもりだったの ? レモンを浮かせたコーラを一口飲んで僕に渡す。髪を梳かして黒いネグリジェに着替える。イ ライラした様子で歯を磨き、歯プラシを口に含んだまま台所でヒロポンを打った。 機嫌直してくれよ」 「ああごめんよ、 り、うちのウェイターがね、横須賀の子な 「もういいわよ、どうせあしたもやるくせに。それよ んだけどメスカリン買わないかって。リュウ、どうする ? やりたいでしょ ? くらだよ、カプセル ? 」 ドルだって一言ってたけど、買っとこうか ? 「それが知らないのよ、五 ) ) ーは陰毛まで髪と同じ色に染めていた。ここの毛を染める薬は日本にはないのよ、私取り 寄せたんだものデンマークから。 目にさった自分の髪の毛の隙間から天井の電球が見える。 「ねえ、 リュウの夢見たわよ」 左手で僕の首を巻いて話しかける。 「公園で俺が馬に乗ってるってやつだろう ? それ前に聞いたよ」 生えかけているー ) ) ーの眉毛を舌でなぞる。
「その時、髪、赤でさ、短いスカートの女、憶えてない ? スタイルいい る女、いなかった ? 「どうかな、あの時は日本人の女三人いたなあ、アフロにしてるやっ ? 」 台所がここから見える。汚れたまま流しに積んでいる皿の上を黒い虫、たぶんゴキプリが這い 回っている。 ノハがぶら下がってい 丿丿ーは裸の太股にこばした桃の汁を拭きながら話す。スリ る足には赤や青の静脈が走っているのがわかる。僕はその皮膚の上から見える血管をいつもきれ いたと、つ 「やつばりウソついたのね、その女、店さばったのよ、病気してるやつが昼間からリュウなんか と遊んでりや世話ないわ、その女もモルヒネ打ったの ? 「ジャクソンがそんな事する訳ないだろ ? 女の子はこういうことしちゃいけないんだって例の 調子でさ、もったいないもんだから。あの女リリーのとこの娘かあ、よく笑う女だったなあ、グ ラス喫いすぎてよく笑ったよ」 「クビにしよ、つかしら、ど、つ田じ、つ ? ・ 「でもあの女は人気があるんだろう ? 」 「まあね、ああいう尻はもてるのよ」 ゴキプリはケチャップがドロリと溜まった皿に頭を突っ込んで背中が油で濡れている。 のよ、お尻が決まって
) 丿ーはマニキュアを落とした 部屋は薄暗い。台所の方からばんやりと光が差し込んでいる。 小さな手を僕の胸に置いてまだ眠っている。冷たい息が腋にかかる。天井に吊るしてある楕円形 の鏡には裸の僕達が映っている。 「違う、また新しいやつよ、公園の続き。私達がね、海に行くの、きれいな海岸にね。とても広 い化浜なのにリュウと私しかいないのよ。 一一人で泳いだり砂で遊んだりするんだけど海の向こうに町が見えるのよ、遠くの町だからよく は見えないはすなのに住んでいる人の顔まで見えちゃってやつばり夢ね。最初お祭やってるのそ の町で、何か外国の祭よ。でもさ、しばらくして戦争が始まっちゃうのよ、その町でポカンポカ ンって大砲が鳴ってね。本当の戦争、遠くの町なのに兵隊や戦車が見えるの。 砂浜で二人してそれ見てるのよ、リュウと私が、ばんやりと。ああ、あれは戦争だななんて ) ュウが言ってさ、私もそうねなんて言って」 「変な夢見るんだなあ、 べッドは湿っている。枕から羽がとびだしていて首筋を刺す。一本引き抜いて僕はその小さな 羽てー ) ) ーの太股を撫でていった。
朝早く雨が上がった。台所の窓、磨り硝子が一面銀色に輝いている。 暖められていく空気の匂いを嗅ぎながらコーヒーを入れている時、急に玄関のドアが開いた。 汗臭い制服で厚い胸を包み白い紐を肩から吊るした三人の警察官が現われた。驚いて砂糖を床に こばした僕に若い一人が聞く。 お前らここで何やってんだ ? 早く殺して、早く殺して。僕は赤い縞のある首に触れる。 その時空の端が光った。 ーのからだも僕の腕も基地も山々も空も透けて見え 青白い閃光が一瞬全てを透明にした。リリ た。そして僕はそれら透明になった彼方に一本の曲線が走っているのを見つけた。これまで見た こともない形のない曲線、白い起伏、優しいカープを描いた白い起伏だった。 ) ュウ、あなた自分が赤ん坊だってわかったでしよう ? やつばりあなた赤ん坊なのよ。 ーのロの中にまっていた白い泡を舌ですくった。リ ) ) ーの首にかけた手を外し、 僕はー ーが僕の服を脱がし抱きしめる。 虹のような色の油がどこからか流れてきて僕達のからだで左右に別れた。
を見て頭を傾け、手の平を下にあてがって寝て 指を口にあてて静かにしろよ、と示した。リリー るんだよ、と教える。だから静かに、ともう一度指を口にあてて笑いかけた。女の子はアイスク ームを持った手を外に向けて何か言いたげだ。僕は手の平を上に向け、上を見て雨に気付く時 の仕種をした。女の子は濡れている髪を振ってうなすく。そして外にとびだして行き、すぶ濡れ ーの物らしいプラジャーを持って。 になって戻ってきた。雫が垂れているリ ーはら雨だよ、洗濯物干してるのか ? 起きろよ、 雨が降ってるんだよ」 目を擦りながら起き上がったリリーは、前を毛布で隠して女の子を見、あらシャー たの ? と言った。 女の子は持っていたプラジャーを投げて、「レイニイ」と大声で叫び僕と目を合わせ笑った。 肛門に貼りつけられたバンドエイドをそっと剥いでもモコは目を覚まさなかった。 トの上にケイとヨシャマ、カズオはニコ レイ子は台所の床に毛布にくるまって転がり、べッ マートをしつかり握ったままステレオの側で、モコは絨毯に枕を抱えて俯せに寝ている。剥がし たバンドエイドにはうっすらと血がついて、ゴムのチュープのようなモコの引き攣れは、呼吸に 合わせて開いたり閉じたりする。 うつぶ どてつー )