朝早く雨が上がった。台所の窓、磨り硝子が一面銀色に輝いている。 暖められていく空気の匂いを嗅ぎながらコーヒーを入れている時、急に玄関のドアが開いた。 汗臭い制服で厚い胸を包み白い紐を肩から吊るした三人の警察官が現われた。驚いて砂糖を床に こばした僕に若い一人が聞く。 お前らここで何やってんだ ? 早く殺して、早く殺して。僕は赤い縞のある首に触れる。 その時空の端が光った。 ーのからだも僕の腕も基地も山々も空も透けて見え 青白い閃光が一瞬全てを透明にした。リリ た。そして僕はそれら透明になった彼方に一本の曲線が走っているのを見つけた。これまで見た こともない形のない曲線、白い起伏、優しいカープを描いた白い起伏だった。 ) ュウ、あなた自分が赤ん坊だってわかったでしよう ? やつばりあなた赤ん坊なのよ。 ーのロの中にまっていた白い泡を舌ですくった。リ ) ) ーの首にかけた手を外し、 僕はー ーが僕の服を脱がし抱きしめる。 虹のような色の油がどこからか流れてきて僕達のからだで左右に別れた。
限りなく透明に近いプルー 「何やってるの ? 」太股の血を爪で剥がしながらリ丿ー 「ねえ、こっちおいでよ」 とても甘い声だ。 ゴキプリの腹からは黄色い体液が出た。調理台の縁に潰れてこびりつき、触角はまだかすかに 市一いている。 丿丿ーはバンティを足から抜いてもう一度僕を呼んだ。絨毯の上に「。ハルムの僧院」が投げ捨 ててある。 イの部屋は酸つばい匂いで充ちている。テープルの上にいっ切ったのか思い出せないパイナッ プルがあって、匂いはそこから出ていた。 切り口が黒すんで完全に腐れ、皿にはドロドロした汁が溜まっている。 ヘロインを打っ準備をしているオキナワは、鼻の頭にびっしりと汗を掻いている。それを見 て、 ーが言った通り本当に蒸し暑い夜だと思った。湿った・ツ・ へトの上で重くなっているはす リリーはそ、つ一一一一口い続ナた。 の体を揺すりながら、ねえ暑くない ? きようとても暑いわ、 「ねえリュウ、このヘロインい くらした ? 」 か断く
しアイデアない力し ? 「ねえ、そんなバカな事言うのもう止めてよ、恐いのよ、早く部屋に戻らなきや 「リリーも泥を落とすべきだったんだ、乾いちゃって気持ち悪いだろ ? プールの中はきれい だったなあ、水が光ってたよ。あの時俺は海中都市にしようと決めたのさ」 「止めてって言ってるでしよ、ねえリュウ、今どこにいるのか教えてよ。どこ走ってるのかわか らないのよ、よく見えないし、ねえちょっとまともに考えてよ。死ぬかも知れないのよ、あたし さっきから死ぬことばかり考えてるわ。どこにいるのよ、リュウ、あたし達どこにいるのか教え てよ」 突然、金属的なオレンジの光が車の中で爆発するように閃めいた。リリーはサイレンのように 叫び、ハンドルを離してしまう。 咄嗟に手プレーキを引くと車は軋みながら横に滑り、鉄条網を引っ掻き電柱に打つかって止 まった。 ああ飛行機だ、見ろよ飛行機だ。 滑走路は全ゆる種類の光に充ちていた。 探照灯が束になって旋回し、建物の窓という窓は輝き、等間隔で並ぶ誘導灯が点滅する。 ジェット機はあたりを震わす轟音をあげ、ピカピカに磨かれて滑走路の端に待機している。
ターに進み、ケイの手からウイスキーを取り、喉に流し込むとまた激しく咳込んだ。バッカねえ レイ子、あんたはおとなしく寝てなよ。そう言ってケイはウイスキーを乱暴に奪い返し、瓶の縁 に付いていたレイ子の唾液を手で拭ってまた少し飲む。レイ子はケイから胸を押されてソフアに ぶつかって倒れ、僕に向かって言う。ねえあんまり音大きくしないで、だめなんだよ、上の麻雀 屋、うるさくてレイ子が叱られちゃうのよ。インケンな奴で警察に電話するから、もう少し小さ くしてくれないかしら ? 音量を下げにアンプの前にかがみ込んだ僕に奇声を上げてモコが馬乗りになった。太股が冷た く首を締めつける。何やモコ、そないにリュウとやりたいんか ? 俺やってやるよ、俺じゃあか んのか ? ヨシャマの声が背後で聞こえる。太股をりあげるとモコは悲鳴をあげ床に転が「た。 ハ力、ヘンタイ、リュウのバカ、何よあなたインポなのね、インボになったんでしよ、クロンポ プ とホモってるって聞いたわよ、バカ薬のやりすぎよ。モコは起き上がるのがおっくうなのか転 近 用がったまま、笑って僕の足をハイヒールをとばして蹴りつける。 透 レイ子がソフアに顔を押しつけて小さな声で言う。ああ死にたいな、胸が痛いよ、ねえ胸が痛 いよ、もうレイ子死にたいなあ。ケイは読んでいたストーンズのレコードジャケットから目を離 ュウ、そ、つでしょ ? そ、つ田 5 わない ? して、じゃああんた死ねば ? とレイ子を見る。ねえ、 レイ一十った 死にたい人は死ねばいいのよ、ブップッ言ってないで死ねばいいのよ、バカみたい、
が怯えてとび上がるのを見てキャッキャッ笑う。あ、ケイなのね、レイ子はケイに抱きついて唇 を合わせる。ケイがトイレに座り込んだ僕に手招きをする。ねえ冷たくて気持ちいいわよ、リュ ウ。体の表面が冷えていき内部はさらに熱を帯びたような気がする。あんたの可愛いわあ、ケイ がロに含みレイ子は濡れた僕の髪を引っ張って赤ん坊が乳首を欲しがるように舌を捜しあて強く 吸う。ケイが壁に手をついて尻を突き出し、シャワーで粘液を失った乾いた穴に僕を埋める。ポ リュウ、一人で二人も プが手の先から汗を滴らせてシャワー室に入ってくる、女が足りないよ、 使うなこの野郎 僕の頬を軽く叩いて濡れたままの僕達を強引に部屋へ連れ戻し床に押し倒す。ケイの体にきっ く入ったままのペニスが倒れた時曲がって僕は呻いた。レイ子がラグビーのパスみたいにべッド に投げ上げられ、ポプがその上に跳び乗る。レイ子は意味のわからない事を言って抵抗するが、 サプローに手足を押さえつけられロの中にバイの塊を詰め込まれて喉を震わせ息を詰まらせる。 レコードはオシビサに変わっていてモコは顔をひきつらせ尻を拭いている。紙には薄い血が付い て、それをジャクソンに見せ、ひどいわ、と呟く。ねえレイ子、そのチーズバイおいしいでしょ ? ケイがテープルに腹這いになったまま聞く。ねえ、お腹で何か暴れてるみたいなのよ、生きた魚 に上がった僕をポプが かなんか呑み込んじゃってさあ。そう一言うレイ子の写真を撮ろうとべッ ュウ、あの人いやよ、切れ 歯を剥き出して突き落とす。僕は床に転がってモコにぶつかった。リ
いくようにみんなに言ってよ。そう一言ってレイ子は僕の手を握りしめる。 ヨシャマとケイが睨み合っている。 え ? ) ュウとなら舌吸い合うんやな ? お前、 カズオがおどおどした調子でヨシャマに一一一〔う、ヨシャマ僕が悪いんだ違うんだよ、僕がリュウ にストロポごっこやったりしたもんで、それでリュウが倒れたから、ケイが気付け薬のかわりに さあ、ウイスキーを飲ましただけだよ。ヨシャマにあっち行ってろと突きとばされて、ニコマー トを落としそうになり、チェッ、何だよ、と舌打ちする。カズオの腕につかまったモコは、ねえ ハカみたいねえ、と呟く。 何よあんた、やきもち ? ケイがつつかけたサンダルを。へタベタ鳴らして一言う。レイ子が泣き と僕の袖を引っぱった。紙ナプキンに氷をくるみ顳類に置 腫らした目で、ねえ、氷ちょうだい、 いてやる。突ったってケイを睨みつけるヨシャマに向けて、カズオがシャッターを切り、殴られ そうになった。モコが大笑いする。 カズオとモコは帰ると言ってきた。あたし達今からちょっとお風呂行こうと思って。 おいモコ、胸の釦しめろよ、ヤー公にからまれるぞ、あした高円寺の改札ロで一時だからな遅 れるなよ。モコが笑って答える。わかってるわよ、ヘンタイ、忘れたりしないわよ。うーんとお しゃれしてくわ。カズオが道路に膝をつき、こちらに向けてまたシャッターを切る。
飛行機は空中に静止しているように見えた。 トの天井から、ワイヤーで下げられた玩具のように、あの時、飛行機は止まっているよ うに見えた。恐ろしい勢いで離れていくのは僕達の方だと思った。僕の足元から拡がる地面や草 や線路の方が、下の方へ落ちていったのだと思った。 ねえ、あなたの都市はどうなったの ? ーは道路に印向けに寝そべりそう聞く。 ポケットから口紅を取り出し、着ている服を破って、からだに塗り始める。笑いながら腹や胸 や首に赤い線を描く。 僕は何もないただ重油の匂いだけが充ちた頭の中に気付く。都市なんかどこにもない 祭で踊り狂うアフリカの女みたいに口紅で顔に模様を描いたリリー ねえ、 ) ュウ、あたしを殺してよ。何か変なのよ、あなたに殺して欲しいのよ。 目に涙を溜めてー ) 丿ーが叫ぶ。僕達は放り出された。鉄条網にからだをぶつける。肩の肉に針 とただそ が食い込む。僕はからだに穴をあけたいと思っている。重油の匂いから解放されたい、 れだけを田 5 っている。そのことだけを考え続け周囲が全くわからなくなる。地面を這ってリ 限 が僕を呼ぶ。足をなげだし裸で地面に赤く縛られ、殺してくれと言い続けている。僕はリ 近づし 、こ。リリーは激しく身を震わせながら声をあげて泣き出す。
「ねえリュウ、毎日モルヒネ打ってもらえるんだってよ、 んの保健所入りたいなあ」 アルミ箔の隅のヘロインを耳掻きで中央に集めながらオキナワは言う。 「バカ野郎、レイ子みたいなハンチクなやつは入れないよ、本当のジャンキーしかダメなんだっ て言ったろ ? 俺みたいなさ、両腕に注射胼胝ができてる本物の中毒者しか入れないさ、ヨシ子 さんってちょっと色つばい看護婦がいてな、俺その人から尻に毎日打ってもらったよ。尻こう突 き出してさ、窓からみんながバレーポールかなんかやってるの見ながらプスリと尻にね、からだ がもう弱ってるもんだからちんちんが縮んじゃってるだろ ? ヨシ子さんに見せるの恥すかし かったなあ、レイ子みたいにでかい尻だときっとだめだな」 レイ子はでかい尻と言ったオキナワにフンと小さく文句を言って、飲み物が欲しい、と台所に プ い行き冷蔵庫を開ける。 堋「ねえ、何もないのお ? 」 オキナワがテープルの。ハイナップルを指差し、これ少しもらえよ、故郷の味だろ ? と言う。 「オキナワ、あんたってホントに腐れてるものが好きねえ、何よその服、匂うわよ」 限 カルピスを水で薄めて飲みながらレイ子は言う。氷を頬に入れて動かしながら。 「レイ子ももうすぐ絶対にジャンキーになるんだ、オキナワと同じくらいの中毒になっとかない しいと田心わない ? ・レイ「十もアメちゃ
ら甘えてるわ。 カズオがニコマー トにストロポをつけてケイを写す。ストロボの閃きに床にグッタリと横に なっていたモコが顔をあげた。あら、カズオあんた止してよ、断わりなしに写真撮らないでよ。 これでもあたいギャラ取ってるプロなのよ、何 ? そのピカッて光るやっ、白けるわねえ、あた い写真なんて大嫌い、そのピカピカ光るやつやめてよ、だからあんたもてないのよ。 レイ子が苦しそうに呻いて体を半転させロの端からドロリとした固まりを吐く。ケイが慌てて さす 駆け寄り、新聞紙を敷き口をタオルで拭って背中を擦ってやった。汚物には米粒がたくさん混 じって、夕方一緒に食べた焼飯だと思う。新聞紙に溜まった薄茶色の表面に天井の赤いライトが 反射している。レイ子は目を閉してブップッ何か言っている。帰りたいなレイ子、帰りたい、帰 ボタン りたいなあ。ヨシャマが倒れていたモコを起こしてワンピースの胸の釦を外しながら、そうなん やこれからの沖縄は最高やからなあ、とレイ子の一人言に相槌を打つ。モコは乳房を擱もうとし たヨシャマの手を払い、カズオに抱きついて、ねえ写真撮ってよ、と例の甘い声を出す。あたし リュウ、あなた見たで アンアンに出てるのよ、今度のやつのモデルでさあ、カラーよ、ねえ、 しょ ? ・ ケイはレイ子の唾液で汚れた指をデニムのズボンでこすって拭き、新しいレコードに針を落と す。ィッツ・ア・ビューティフル・ディ。レイ子ったら甘えてるんだわ。カズオは足を大きく拡
以外はやらないよ」 ーズのファーストアルバムをかけてポリュームを、つんと上げた。 ケイが立ち上がりバ をしている。ヨシャマがアンプに手をのばして音量を下 ヨシャマが何か一言うが聞こえないふり げ、ちょっと話しムロ、つんや、と言った。 ーズ聞きたいのよはら音大きくしてよ」 「話すことなんか何もないじゃないの、 「ケイ、その首のキスマークカズオか ? そうやろ ? カズオやな ? 」 ーティーの時やったんじゃないクロンポが、ほらここのも見る ? クロンポが 「バカねえ、 吸ったんだから」 ケイはスカートを捲って太股にある大きなキスマークを見せる。そんなことやめなよケイ、カ ブズオがスカートを降ろしてやる。 近「それ、足のは知ってるよ、けど首のはきのうまでなかったやないか。なあリウ、きのうまで 明なかったよなあ。カズオお前やったんやろ、やったならやったでいいから一一一一〕えよ、カズオ」 「僕のくちびるこんなにでかくないしゃない、やったならやったでいいんなら、ヨシャマそんな にムキになることないだろ ? 」 限 「ねえリ、ウ、ポリ、ーム上げてよ。きよう起きた時からこれ聞きたかったんだから、わざわざ ア。ハート寄ってきたのよ、ポリューム上げてよ」 109