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検索対象: 限りなく透明に近いブルー
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1. 限りなく透明に近いブルー

なそんな感じだ。 ここでは非現実感そのものが対象化されている。しかも、興味深いのは対象化されたこの非現 実感が逆に現実感を帯びてくることである。現実と非現実のこの転倒が決定的となる段階がその ままこの小説のクライマックスであるといえるだろう。非現実そのものともいうべき幻視と幻聴 に襲われて主人公は絶叫する。 あれが鳥さ、よく見ろよ、あの町が鳥なんだ、あれは町なんかしゃないぞ、あの町 には人なんか住んでいないよ、あれは鳥さ、わからないのか ? 本当にわからないのか ? 漠でミサイルに爆発しろって叫んだ男は、鳥を殺そうとしたんだ。鳥は殺さなきやだめなん だ、鳥を殺さなきや俺は俺のことがわからなくなるんだ、鳥は邪魔してるよ、俺が見ようとす 、鳥を殺さなきや俺が殺されるよ。 る物を俺から隠してるんだ。俺は鳥を殺すよ、 何も見えな 何も見えないよリ どこにいるんだ、一緒に島を殺してくれ、 いんだ。 解「鳥」は異様な現実感をもって主人公に迫ってくる。現実の描写における非現実感とは正反対に なまなましい現実感をもってまばろしの「鳥」が迫ってくる。主人公だけにではない。読者に直 接的に迫ってくるのである。おそらく、ここだけが全篇を通じて唯一現実感を漂わせる箇所であ

2. 限りなく透明に近いブルー

158 「鳥」とはなにか。それを殺さなければ「俺は俺のことがわからなくなる」という「鳥」とはは たしてなにか。 この「鳥」が、暗喩として、現代社会を、その構造を示唆しているのは明らかであろう。作者 が意識するしないにかかわらす、それは、不安定な自己意識をさらに曖昧なもの、不確かなもの へとおしやる巨大な力を思わせるのである。 小説「限りなく透明に斤一いプルー」 には、きわめて興味深い逆説が潜んでいるといわなければ ならない。 ここでは、現実的なものが非現実感を与え、非現実的なものが現実感を与えるのだ。 そして、この逆説こそがしつはこの小説の隠された主題なのであり、私は私であるという自明と されていることがここでは危機にさらされているのである。 しかし翻って考えるならば、この、現実と非現実の転倒こそわれわれの日常生活そのものでは ないだろうか。テレビや新聞によってもたらされる夥しい〈現実〉の洪水のなかで、自分自身の 〈現実〉を刻一刻失ってゆかざるをえないのが現代ではないだろうか。 おそらく、村上龍は、社会内部に自己をはっきりと位置づけることができないという、この きわめて現代的な不安を自覚することによって書きはじめたのではあるまい。むしろ、ここに 見られる鮮烈な〈私〉意識の崩壊は、一種の胎内回帰願望の現れであると考えたはうがよいか もしれない。感覚を全開にした受動性はある意味で胎児を思わせるといえなくもないからであ る。 る。

3. 限りなく透明に近いブルー

ね。人間がまるで虫みたいに見える砂 ~ 戻によ。そのミサイルがあるわけよ、まるでビルみたいな ミサイルがあるのよ」 球体のがラスの中が沸騰している。黒い液体が跳ねて、 ーは飛んでいた虫を叩き殺す。手 の平で一本の線になって死んだ虫を剥ぎ取り、灰皿に捨てる。灰皿からは紫色の煙が昇っている。 黒い液体から出る湯気と混じって上へ昇ってい ーの細い指が煙草を摘まみ、ランプの炎 に蓋をして消す。壁にあった巨大な影が、部屋全体に一瞬拡がってから萎む。まるで脹らんだ風 船が漂って針に触れる時そっ くりに彡は硝える。天井の電球が作る、より小さな濃い方の影に吸 い込まれる。 カップに移したコーヒーをリ ーは僕に渡した。覗き込むと、表面に揺れて僕が映っている。 プ「そして男はわ、丘の上からミサイルに叫ぶのよ、いろいろな事があって、もうわけがわからな しいかって 近くなってたのよ。今まで自分がしてきたことや、今の自分や、これからどうしたら、 明かわからないし、隹にも聞けないし、うんざりしてとても孤独だって田 5 ってたのよ。それでミサ イルに向かって心の中で叫ぶの、爆発しろって、爆発してくれって」 僕は黒い液体の表面にも発疹があることに気付く。小 生の頃、祖母が癌で入院した。 限 医者が与えた痛み止めの薬に祖母はアレルギーを示し、顔の形が変わる程の湿疹で全身がただ れた。見舞いに行った僕に、その湿疹を掻きむしりながら祖母が言った事、リュウ坊、もうおば

4. 限りなく透明に近いブルー

) 丿ーはマニキュアを落とした 部屋は薄暗い。台所の方からばんやりと光が差し込んでいる。 小さな手を僕の胸に置いてまだ眠っている。冷たい息が腋にかかる。天井に吊るしてある楕円形 の鏡には裸の僕達が映っている。 「違う、また新しいやつよ、公園の続き。私達がね、海に行くの、きれいな海岸にね。とても広 い化浜なのにリュウと私しかいないのよ。 一一人で泳いだり砂で遊んだりするんだけど海の向こうに町が見えるのよ、遠くの町だからよく は見えないはすなのに住んでいる人の顔まで見えちゃってやつばり夢ね。最初お祭やってるのそ の町で、何か外国の祭よ。でもさ、しばらくして戦争が始まっちゃうのよ、その町でポカンポカ ンって大砲が鳴ってね。本当の戦争、遠くの町なのに兵隊や戦車が見えるの。 砂浜で二人してそれ見てるのよ、リュウと私が、ばんやりと。ああ、あれは戦争だななんて ) ュウが言ってさ、私もそうねなんて言って」 「変な夢見るんだなあ、 べッドは湿っている。枕から羽がとびだしていて首筋を刺す。一本引き抜いて僕はその小さな 羽てー ) ) ーの太股を撫でていった。

5. 限りなく透明に近いブルー

あの変な連中はもう帰ったの ? 「帰って寝た方がいいんしゃない ? リリーはべッドを直している。半透明のネグリジェを通して尻が盛り上がって見える。天井の 赤いライトで左手の指に嵌められた指輪が時々光る。カットされたそれぞれの面に同じ大きさの 灯りが・光る。 ローストチキンの大きな固まりは排水孔に引っ掛かって流れきれなかった。しゅうっという音 で小さな四つの穴に貼り付いた。僕の歯で砕かれ唾液で溶かされたねばっく固まりには、それで も鳥の毛穴がはっきりと見え、何本かプラスチックみたいな毛も生えていた。手にいやな匂いの 油が付き、洗ってもその匂いは ~ えなかった。そして台所から居間に戻り、テレビの上の煙草を 一取りに歩いているうちに、言いようのない不安感が僕を取り巻いた。皮膚病の老婆から抱きっか カれたような感じがした。 リュウ、あなたコーヒーでも入れてあげるわ」 近「あの変な連中もう帰ったの ? ーがいつも自慢するフィンランドの徒刑囚が作った白くて丸いテープル、それが光を反射 透 している。表面にはわすかに見分けられる緑色が見える。一度その色に気付くと、目の中で色相 を強めていく独特の緑色、陽が沈む海面では揺れるオレンジ色の隣に、ひっそりとこの種の緑色 が見えるものだ。 「コーヒー飲むでしよう ? プランデーでも落としてぐっすり寝なきやだめよ。あたしもあの日 131

6. 限りなく透明に近いブルー

ンアイズのことを思い出した。君は黒い鳥を見たかい ? 君は黒 だめだわ、と呟く。僕はグリ ーンアイズはそう言った。この部屋の外で、あの窓の向こうで、黒い巨大 い鳥を見れるよ、グリ な鳥が飛んでいるのかも知れない。黒い夜そのもののような巨大な鳥、いつも見る灰色で。ハン屑 を啄む鳥と同じように空を舞っている黒い鳥、ただあまり巨大なため、嘴にあいた穴が洞窟のよ うに窓の向こう側で見えるだけで、その全体を見ることはできないのだろう。僕に殺された蛾は 僕の全体に気付くことなく死んでいったに違いない 緑色の体液を含んだ柔かい腹を押し潰した巨大な何かが、この僕の一部であることを知らすに 死んだのだ。今僕はあの蛾と全く同じようにして、黒い鳥から押し潰されようとしている。グ ーンアイズはこのことを教えにやって来たのだろう、僕に教えようとして。 プ ーは気が付いてるのか ? 鳥が見えるかい ? 今外を鳥が飛んでるんだろう ? 近俺は知ってるよ、蛾は俺に気が付かなかった、俺は気が付いたよ。鳥さ、大きな黒い鳥だよ、 ーも知ってるんだろう ? ) ュウ、あなた狂ってるわ、しつかりしてよ。わからないの ? 狂ってるわ。 ごまかすなよ、俺は気が付いたんだ。もうだまされないぞ、俺は知ったんだ、ここは 限 どこだかわかったよ。鳥に一番近いとこなんだ、ここから鳥がきっと見えるはずだよ。 俺は知ってたんだ、本当はすっと昔から知ってたんだ、やっとわかったよ、鳥だったんだ。こ

7. 限りなく透明に近いブルー

見ている一人の女の子がいる。赤い帽子を被って、追い越していく友達に肩を押されながら僕達 を見ている。先生に頭を押されて硫てて歩き出した。白いリュックを揺らして列に戻ろうと走 る。見えなくなるまでに一回だけまた振り向いて僕達を見た。 修学旅行かなあ、と呟くと、小学生が修学旅行するかよ、とメイルがガムを吐き捨てて笑う。 「おいメイル うさぎはどうしたんだ ? 」 「うさぎか、しばらく飼ってたけどな、何かいやだろう思い出してさ、もらってくれる人もいな 「俺、飼ってみようかなあ」 「何だ、もう遅いよ、俺、食ったんだ」 「食った ? 」 「いや近所の肉屋に頼んでさ、子供のうさぎって、肉これくらいしかないんだぜ。ケチャップか 用けてさ、ちょっと硬かったよ」 透 「食ったのか、そうか」 巨大なスピーカーからの立日はステージで動いている連中とは関係ないように聞こえる。 限 この地面の上に初めから音があって、それに合わせて化粧した猿が踊っているように見える。 汗だくのモコがやって来て、メイルの方をちょっと見て抱きついてくる。

8. 限りなく透明に近いブルー

146 れに気付くためにこれまで生きてきたのさ。 見えるかい ? 鳥だよ、 止めてよ ! 止めてよ、 リュウ、止めてよー ーここはどこだかわかるか ? 俺はどうやってここに来たんだろう。鳥はちゃんと飛んで るよ、ほらあの窓の向こう側を飛んでるよ、俺の都市を破壊した鳥さ。 リリーは泣きながら僕の頬を打つ。 ) ュウ、あなたは狂ってるのよ、それがわからないの ? ーには鳥が見えないのだろうか ーは窓を開ける。泣きなから思いきり窓を開ける、 夜の町が横たわっている。 どこを鳥が飛んでいるって一一一口うのよ、よく見なさいよ、どこにも島なんかいないのよ。 僕はプランデーのグラスを床に叩きつける。 ) 丿ーが悲鳴をあげた、がラスは散らばり床で破 片がキラキラと光る。 あれが鳥さ、よく見ろよ、あの町が鳥なんだ、あれは町なんかじゃないぞ、あの町に は人なんか住んでいないよ、あれは島さ、わからないのか ? 本当にわからないのか ? 砂漠で ミサイルに爆発しろって叫んだ男は、鳥を殺そうとしたんだ。鳥は殺さなきやだめなんだ、鳥を 殺さなきや俺は俺のことがわからなくなるんだ、鳥は邪してるよ、俺が見ようとする物を俺か

9. 限りなく透明に近いブルー

「その時、髪、赤でさ、短いスカートの女、憶えてない ? スタイルいい る女、いなかった ? 「どうかな、あの時は日本人の女三人いたなあ、アフロにしてるやっ ? 」 台所がここから見える。汚れたまま流しに積んでいる皿の上を黒い虫、たぶんゴキプリが這い 回っている。 ノハがぶら下がってい 丿丿ーは裸の太股にこばした桃の汁を拭きながら話す。スリ る足には赤や青の静脈が走っているのがわかる。僕はその皮膚の上から見える血管をいつもきれ いたと、つ 「やつばりウソついたのね、その女、店さばったのよ、病気してるやつが昼間からリュウなんか と遊んでりや世話ないわ、その女もモルヒネ打ったの ? 「ジャクソンがそんな事する訳ないだろ ? 女の子はこういうことしちゃいけないんだって例の 調子でさ、もったいないもんだから。あの女リリーのとこの娘かあ、よく笑う女だったなあ、グ ラス喫いすぎてよく笑ったよ」 「クビにしよ、つかしら、ど、つ田じ、つ ? ・ 「でもあの女は人気があるんだろう ? 」 「まあね、ああいう尻はもてるのよ」 ゴキプリはケチャップがドロリと溜まった皿に頭を突っ込んで背中が油で濡れている。 のよ、お尻が決まって

10. 限りなく透明に近いブルー

飛行機の音ではなかった。耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音だった。蠅よりも小さな虫は、目 の前をしばらく旋回して暗い部屋の隅へと見えなくなった。 天井の電球を反射している白くて丸いテープルにガラス製の灰皿がある。フィルターに口紅の ついた細長い煙草がその中で燃えている。洋梨に似た形をしたワインの瓶がテープルの端にあ 、そのラベルには葡萄を口に頬張り房を手に持った金髪の女の絵が描かれてある。グラスに注 力がれたワインの表面にも天井の赤い灯りが揺れて映 0 ている。テープルの足先は毛足の長い絨毯 れ一にめり込んで見えない。正面に大きな鏡台がある。その前に座っている女の背中が汗で濡れてい 用る。女は足を伸ばし黒のストッキングをクルクルと丸めて抜き取った。 透 「ちょっと、そこのタオル取ってよ。ピンクのやっ、あるでしょ ? たった今仕事から帰ったばかりだ リリーはそう言って丸めたストッキングをこちらへ投げた。 限 と言って、手にとった化粧水を脂で光っている額に軽く叩きつける。 7 「それで、その後どうしたの ?