短いのも見つけた。現代物理学で素粒子の世界を扱うときの最小時間だ。それは「プランク時間」だ。 秒に直すと、 O. OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOI 秒だ。ち なみに「プランク長さ」なんてのもある 00. OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO 1 cm だ。これは、プランク時間に光が進む距離のことだ。 アインシュタインは特殊相対性理論のなかで、時間と空間を測定する基本を「光の速度」だと考えた。 運動可能な最高速度をもっているのは光だし、しかもその速さはどんな条件でも一定だとされてい るから、宇宙の物差しとして、マンをジしての大バッテキなのだ ! だけど、理論を生んだ当のアインシュタインは、宇宙の始まりについてはあまり考えなかった。彼は、 宇宙は永遠・不変で「あらかじめ、在る」ものと前提していたからだ。なのに、彼が次に編み出した一 般相対性理論をもとに、よくよく計算してみると、宇宙は収縮していることになってしまう。その後、天 文学者ハップルによって、宇宙は現在膨らみ続けているという観測結果がだされた。膨張していると いうことは、以前は今より宇宙が小さかったということだ。そう、宇宙は密度無限大の一点から始まる。 これが元祖ビッグバン理論だ ! 最新の宇宙論では、 宇宙が誕生したとき、その直径は、 O. OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO 1 cm ( こ れがプランク長さだ )。誕生の O. OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO OOOOI 秒 ( これがプランク時間だ ) 後から突然始まった。そして、宇宙は急激な膨張を開始する。イ ンフレーションだ !O. OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOI 秒後には初めて 物質が生まれた。インフレーションは O. OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOI 秒後まで続いて 1 OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO 倍にまで膨らんだあと、いよ いよ、高密度で高温の大爆発ビッグバンを迎えて、今の宇宙が形成された。 1 50 億年を過きた今でも、 その膨張は続いているらしい。やつばり宇宙はスケールが大きい。ロマンだ ! 宇宙の基準となる光の速さは、新幹線「のぞみ」の約 3600000 倍だ。そんな光の速度が「 O ( ゼロ ) 」 になってしまう空間があるという。ブラックホールだ。ブラックホールって何でも吸い込んでしまう印 象があるけど、そのカの正体が重力。ブラックホールとは、あまりにも重力が強いために、光ですら外 にでていくことができない時空の領域だ。ブラックホールの表面からでた光は、重力によって引きず り戻されて、その場所に止まっているように見えるのだという。つまり、脱出するには光よりも速く飛 びださないといけないってわけだ。 物理学者ホーキングは、素粒子大のミニブラックホールの話をしている。宇宙誕生のこく初期のころ にできたらしい。あんまりプラックホールが小さいから、吸い込まれる粒子は動きが挙動不審になって、 光の速さを超えるような行動をとることがあるという。光より速いもんだから、その粒子はブラックホ ールから脱出できる。どんどん脱走が続いて、ついには、そのミニなブラックホールは「蒸発」してし まうそうた。ニニの重さが O. 01 mg 以下、半径が O. OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO OOOOI cm 以下になると、その行方がわからなくなるらしい。 宇宙誕生から今でも生き延びてるとすれば、質量は 1 OOOOOOOOOOOOkg 、半径が O. OOOOOOO OOOOOIcm くらいのブラックホールには、その可能性があるという。それでもミニだ。スケールが 大きいのか小さいのか、よくわからなくなってきた。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ でつかいブラックホール。そのきっかけのひとつは「星の重力崩壊」だ。それには太陽より 30 倍以上 の重さの恒星が必要だ。 23
星の輝きのエネルギー源は、その中心部で起こっている核融合反応だ。最初は水素がヘリウムに変 わり、ヘリウムが炭素に変わり、最後には鉄が中心にたまってくる。鉄は原子核の中で一番安定した元 素なので、それ以上の核融合反応は起こらない。エネルギー源がなくなった恒星は、自分自身の重さ を支えることができなくなって、今度は中心部の鉄の固まりが無限につぶれていく。 星の中心部が重力で壊れるとき、星の表面はものすこいエネルギーで吹き飛ばされる。その爆発力は、 これまでその星が発してきたエネルギーの総量に相当するほどらしい。これが超新星の爆発だ ! 大爆発で星の表面が吹っ飛んでしまったあとも、容赦なく収縮は続く。ついには密度が無限大の点、「特 異点」ができて、ブラックホールとなるのだ ! このブラックホール、吸い込まれたらどうなるんだろう。ブラックホールの表面では光が止まって見え るという。つまり時間の進行がないということだ。ブラックホールに落下していく時計を外から一秒こ とに確認してみると、落下する時計が刻む一秒ことの信号は、その間隔がどんどん長くなってくる。ブ ラックホールの表面に着くころにはほとんど無限の時間がかかって、ボクらにその信号が届く。そし て表面に着いたときには、その信号は届くことがなくなる。もちろん、落下する時計からすれば、ブラ ックホールに飲み込まれる時間はアッという間の出来事なのた。 そこがどんな世界なのか、決して見ることはできない。それは、落ちていった時計にとってはともかく、 それを観測するボクらの感覚では無限の未来の、いや、時間の前後関係なんてわからなくなるような 世界だからだ。ブラックホールの中では、どんなものも静止していることはできず、中心にある特異 点の方向に引きすり込まれる。中心付近に近づくと、吸い込まれた物体はバラバラになってしまうと いう。それは分子、原子、素粒子レベルの出来事だ。 終点の特異点は、時間や空間にとっても終点なのだという。だから、「そのあと」 ( 未来 ) とか「どうな って」 ( 変化 ) なんていう問いすらも成立しないほどの世界なのだ。いや「世界」という捉え方ですら 適当なのかどうか。宇宙にも始まりがあって終わりがあるというけど、たとえはボクは今風邪をひいて るけど、ティッシュボックスはいずれ空になっちゃうけど、結局そういうこと ? ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ さて、 1 998 年 1 2 月からまたもや値上げするし、いまやすっかり肩身がせまいタバコでも一服。タバ コに灯したこの光は、何十億分の 1 秒という速さでボクの眼に飛び込んでくる。望遠鏡を覗けば銀河 が見える。その星たちの光は、たとえば何億年もかけて地球上のボクらの網膜に届く。しかも、その 光がボクらに届く頃には、輝いた星はもう、存在しないかも ! 考えてみれば、何億年も昔の光を見ることはできるのに、昨日のタバコの火が見れないのは、おかしい。 でも簡単、 24 時間前の火を見るには、その光が 24 時間かかってボクらの眼に届けばいいんだから え 0 と、光の時速 = 24 時間だから、 24 時間以内にその火から 260 億 k 離れたところ移動して、 高性能望遠鏡か何かを使って見ればいいのだ ! 太陽だとか、ネオンだとか、焚き火だとか、こんなにさまざまな時間差で発射された過去の光。それら をなにげなしに浴びてるボクらにとって、そんなことを意識することは、ほとんどない。だけど、光が ないと何も見えないわけだし、無数の過去の光が絡み合いながら、その元でボクらの生活が成り立つ ていることは確かだ。大昔の過去と最近の過去の違いだ。 光だけじゃない、ボクらが目にしたり耳にする情報は、すべて過去に発信されたものだ。つまり、ボク
姿かたちはすっかり変わっちゃうけど、そのとき一番の個性は質量だ。物質は、その密度が大きくなれ ばなるほど、ブラックホールになりやすい。密度をとことん大きくするには、ます相応の質量が必要だ。 無限大の密度って、どのくらいなのか全然イメージがわかないけれど、とにかく、圧縮できるような細 胞 ( 原子 ) を育成するためにも、自分の質量 ( 体重 ) を増やしてみようかな ? 何しろ原子のなかの原子核は、地球上で最も高密度の物体だ。世のなかの原子核を 1 c ⅲに集めると、 その重さは 1 億トンにも達する。宇宙に存在する中性子星は、そんな原子核の直径が何 km にもなった ような超高密度天体だ。それでもブラックホールになるには、見えないくらいの点になるまで圧縮し なきやいけない。結局、問題は密度だ。 人間の場合、直径 O. 1 mm の原子核の球になってからが勝負だ。ボクがブラックホールになるには、さ らにその 1 兆分の 1 のそのまた 1 OOO 億分の 1 くらいまで縮まると、その可能性がでてくるらしい。計 算上では、確かにできないことじゃないぞ。とにかくボクは、これまでの人類が及ばないほど「充実し た人物」にならないといけない。とにかく朝ナタナに食べなきやいけない。 もうひとつわかったこと、それは、ボクらの身体の ( 原子の ) ほとんどは「真空」だってこと。真空では 時間も空間も関係ない。物質がまったく存在しない「無」の状態だ。自然界に真空なんてほとんどな いと思っていたけど、こんな身近に、しかもこんなたくさんあるなんて驚きだ。 現在、その「無」の世界から「有」を生む研究が盛んに行われている。真空状態をプランクな時間で 分析すると、じつは粒子と反粒子が生成と消滅を繰り返していることもわかっている。何も起きてい ないはずの真空で、眼にも止まらない速さで多くの生死が繰り返されている。真空といえは宇宙だけど、 宇宙空間にも素粒子がある。生まれたばかりの宇宙は、真の真空だったといわれている。 「宇宙」という漢語は、「宇」が「上下四方 ( = 空間概念 ) 」、「宙」が「往古来今 ( = 時間概念 ) 」を意味 する。ところが量子論の世界では、どっちもない「無」の真空状態こそ、宇宙誕生のエネルギー源だ。 むしろ、「有」を「無」のひとつの現象とする考えもでてきている。いまや真空と物質、「無」と「有」は、 それぞれ対立する世界ではないのだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ キースが描く「かたち」は極めて単純明快だ。キースの絵は軽い。テーマに関わらす軽快だ。という より、重さがない。彫刻にも、ない。 多くが輪郭線だけで描かれる。マンガ特有の効果線も登場する。彫刻だって、立体というよりは「切り 抜き」のような体裁だ。ときにはひとりが 3 人に分裂したり、逆に複数のヒトが合体してひとつになっ たりする。目玉や頭や手足がいつばいあったり、身体に穴が空いてたりもするけど、それでもどこかに「ヒ ト形」の面影があるから、やつばり、それは「ヒト」なんだなと思う。 彼の場合、ペンキの実線とかその内側が「ヒト」の身体で、外側は「身体」じゃない。「かたち」の成立は、 外界と内界との区別を意味する。しかも、それは結局「ヒト」そのものじゃなくって、そのイメージな わけで、キース流の記号だ。そして、静止するその「ヒト」は「瞬間」だし「 O 」だ。しかも中身は「無」 で「充実」している。 キースといえば、ます、あのお決まりのヒト形やハート形が浮かぶ。この場合の「お決まり」とは、対象 を伝達するための「ルール」のようなものだ。「ヒト」というモチーフは、おそらくヒトが「かたち」を 意識しはじめたころから密接なものだったに違いない。これまでじつにさまざまな記号が生みだされ、 伝達されてきた。キースは当初、地下鉄構内でサイン ( 署名 ) の代わりにあの「ハイハイする赤ちゃん」
ことをお知らせします。」キース・ヘリング 時制がわからなくなってきた。いったい彼は何を云ってるんだろう。「死ぬということ」を「知らせ」る とは ? それは、だれか。どこに立っているのか。「いすれ」、それはいつのこと ? プランク時間は、宇宙 が誕生してから重力が生まれるまで、つまり「無」から「有」になるまでかかった時間だ。それ以前の 宇宙を、ヒトは決して観測することができないという。宇宙誕生という果てしない過去や、キースの死 の予告 ( 告知による ) という未来は、見えない時制の象徴だ。 今日からヨーロッパ 11 カ国で、ローマ帝国以来の単一通貨「ユーロ ( EIJ 日 O ) 」が導入された。 2002 年には、フランやマルクは完全に姿を消してしまう。今日、消滅が決定した横浜フリューゲルス が最後の試合 ( 天皇杯全日本サッカー選手権 ) を優勝で飾った。年末の TV では「ノストラダムスの大 予言」の話で持ち切りだ。大阪の市外局番が 4 ケタになった。携帯電話や PHS は 1 1 ケタだ。ブラック ホールの様相は、まるでビックバンから始まる宇宙の創世劇を逆回しにしたようなものらしい。日本 では金融界でビッグバンが始まったばかり。デフレの恐怖だってまだまだ拭えない。 20 世紀最大の落 とし穴 ( ブラックホール ) にはまってしまったのは、全く不確定なボクらなのかもしれない。来るべき 2 1 世紀。 「終わりに行き着くまでお行きなさい。そして、止まりなさい。」ルイス・キャロル ☆ 西暦 1 999 年 1 月 1 日 ( 金 ) / 平成 1 1 年 1 月 1 日 ( 金 ) ( なすたかゆき・倉敷市立美術館 )
を描いていた。初めはサインのつもりじゃなかったらしいけど、それは次第に描き手を名指す「記号」 として定着したのだ。 視覚記号は、実際の形象そのものを正確に描写するものじゃない。むしろ記号としての役割は、数あ る対象の様相の中から、その「印象」と、慣習や目的をともなう「ルール」としての規律が尊重された 結果だ。だからこそ、ボクはふたつの記号をほぼ無意識に確認したあと、迷わず男子トイレに向かうのだ。 原子には明確なかたち ( 境界 ) がない。光にもない。ブラックホールにもない。宇宙にもない。今では この宇宙空間ですら、完全な真空ではありえない。でもボクらの身体の中の真空は、いわばマジ真空だ。 ボクらの身体は、仮のかたちなのだ。そんなこと知ってか知らずか、手足 6 本の「ヒト」を簡単に描い てしまうのがキース・ヘリングなのだ。 ☆☆☆☆☆☆☆ AIDS ( 後天性免疫不全症候群 ) という概念で初めて患者が診断されたのは 1 980 年秋のこと。翌年 アメリカの疾病統計でその症例が報告され、 83 年に H Ⅳ ( ヒト免疫不全ウイルス ) が認知された。こ の恐怖はさまざまな憶測やデマとともに膨らみながら、瞬く間に世界中の話題をさらった。 1 985 年 には第 1 回 AIDS 国際会議が開かれ、現在も精力的に研究が進められているが、決定的な治療薬やワ クチン開発はいまだに見通しが立っていない。 キースが街でグラフィティを描くようになったのは 1 980 年冬のこと。翌年にはニューヨーカーの絶 大な支持を集め、一躍世界注目の的となった。彼は、まさに 80 年代 POP のアイドルでありシンボルだ。 彼が 80 年代の波に乗ったというより、 80 年代の POP シーンが彼に寄ってきたような気すら、する。 90 年 2 月のキースの死は、まるでその「去りかた」までもが 80 年代の「象徴」に見えてくる。でも、 なんだか違う。キースは、まだしみじみ思い出す対象になっていないのか、そもそもそんな対象じゃ ないのか、彼はそんなことを望んでいたのか。 ☆☆☆☆☆ <sign/symbol ><oxidation/ 「 eduction> ・単純形態への還元と象徴性 <buye 「 ,collecto 「 /passersby><drawing/graffiti > ・・・ほほ不可避的に相手の視野へと滑り込ませる、地下鉄や街角という現場、即興性 <a 「 t/cultu 「 e><monumental/popula 「 > ・・・ COM 旧、 HIPHOP 、 StreetPerfo 「 mance など、同時代ファッションとの共鳴 参加 ・・反核、ユニセフ基金、反アバルトヘイト、 A 旧 S 撲滅キャンペーンなど、社会運動への協力、 <art/society><conception/opinion> ジング ・自身が経営する「 POP SHOP 」でのグッズ販売にみられるキャラクター・マーチャンダイ <0 「 iginal/copy><a 「 tist/manage 「 ><works/goods>
過去の瞬間 ( 一点 ) を捉えたようにみえる航空写真やスポーツ写真だって、何百分の 1 秒とか、何千分 の 1 秒というわすかな時間の「幅」を記録したものだ。シャッタースピードが「 O 」のカメラはない。「 O 」ということは、カメラのレンズが開かないってことだ。 「ハイ、チーズ ! 」のあと、「にツ V 」と笑顔を止めるのは、カメラの前で少しでも動かないための努力だ。 そんなとき、ボクらは努力しないとマバタキしてしまうことも知っている。ボクらは時間を止めること はもちろん、止まった時間 ( 一瞬 ) の映像を見ることも撮ることもできない。 数学の世界では、「瞬間」の理想は「 O 」なんだけど、実際には、限りなく「 O 」に近い時間の幅のこと を「瞬間」と呼んでるみたいだ。もし映画のコマ撮りのように、 1 コマ 1 コマの世界がつながってて、 時間が一点の連続でできてるとしたら、まさに「点描画」の世界だ。点々だらけだ。映画だと、コマと コマの間には何も映っていない。コマ同士の映像の違いで、動きや時間を感じさせる。 とはいうものの、この宇宙は、時間も空間も物質もエネルギーも「 O 」の、「無」の状態から突然、有限 な大きさをもつようになったと考えられている。 人間だけじゃない、地球だって動いている、宇宙だって動いてる、真空だって、もちろん素粒子も。地 球から見れば太陽が動いてるし、月から見れば地球が動いてる。動かないものは、まだ見つかってい ない。というより、 20 世紀的には、それらが「それなりに動いてる」ことがやっと見つかった。要は観 測者の関わり方だ。ボクらがどこに立って、どこを向くかで答えは変わってくる。う ~ ん、考えてると、 どんどん時間が過きて行く。頭がおかしくなりそうだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ボクはとうとう、ひとりの人間として「無」の境地に達した。しかも、ボクらがブラックホールになる方 法を編み出した。いやいや、おかしくなったんじゃなくって、ホンマに。 ヒトの身体は、肉や骨からできていて、肉や骨は分子からできていて、分子は原子からできていて、原 子は原子核と電子からできていて、原子核は陽子と中性子からできている。 基本単位を原子の粒としてみると、ひとつの平均的な大きさがだいたい O. OOOOOOOI cm くらいの 広がりだ。その中心には原子の 1 万分の 1 しかない原子核があって、その回りをさらに小さな電子が 飛び回っている。原子が東京ドームの大きさくらいだとすると、原子核はビーダマくらい、電子は米粒 くらいだ。秒速 1 OOOkm もある電子の米粒が、ボツンとあるビーダマを中心に、ものすこい速さで東 京ドーム中を飛び回っているような世界。原子には容器のようなものがないから、この米粒の飛び回 る範囲が原子の大きさだ。 ほかにも福岡ドームとか名古屋ドーム、大阪ドーム、西武ドーム、横浜スタジアム、神宮球場、広島市民 球場、甲子園球場、グリーンスタジアム、マリンスタジアム、もう、なにがなんだか、何種類もの球場が たくさん合体して成り立ってるボクらの身体は、物質的にはほとんどスカスカの「真空」なのだ ! ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ここからがミソ。身体を構成している全ての元素の原子の「スカスカ」を抜き去って、原子核だけを 集合させると、人間の身体は、なんと O. 1 mm にも満たないような直径の球になってしまうそうだ。こ んなに小っちゃくなった人間の身体は、だけど、物質と物質の「スカスカ」を詰めただけだから、当然 その重さ ( 質量 ) は変わらない。 飛んでいる飛行機も止まって見える
らが何かを見るということは、過去を見ているということだ。そしてその対象が遠ければ遠いほど、過 去にさかのぼって見ているということだ。時間軸を、宇宙の誕生という大昔から延々と続く未来まで 想定できるのは、現在や未来の様子も、過去の規則にならって進むだろうと前提できるからだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ふたつの過去を一緒に体験するって、なんだか不思議だ。「歴史をさかのほる」とか「過去をふりか える」という言葉がある。そもそも過去って後ろにあるのかな。グラフみたいに一直線の時間の道筋 があるんだろうか。算数とか理科で使われてるような時間軸は、まさに一本の直線だ。たしかに、時間 は過去から現在、そして未来へと同じ軸の上でつながっているような気がする。時間は流れてるよう に思っている。ボクらはいつも「今」を生きてるって思うけど、現在っていうのは過去と未来の折り返 し地点で、その「点」は常に未来の方向へ動き続けてるような感じ ? 厳密に「点」というからには、その「点」は、身動きがとれない、時間が止まった世界だ。ボクらが過こ すこの時間にも、ブラックホールみたいに、ほんとに「 O 」とか「無」とか考えられるんだろうか。時間 の一点をつまみ出したとき、そこにはどんな意味があるんだろう。 1 9 世紀後半、撮影技術の開発によって連続写真 ( いわゆる連写 ) が可能になって、たとえば疾走する 馬の動きが明確に分析できるようになった。その解明によって、それまでヒトの手で描かれてきた、駆 ける馬の絵画が非難されてしまった。足の動きが、首の向きが、まるで写真とは違っていたのだ。画 家は間違ってたんだろうか。 モーツアルトは作曲するときに、音楽が楽譜のように順番に聴こえないで、曲全体が一気に頭に鳴り 響いたという。そのとき、ひとつひとつの音は彼の頭にのぼらず、全部の音がまとまった「曲」として ひとつに聴こえたらしい。確かに、楽曲の構造を細かく分析すると、それはもう「曲」ではなくて「音」だ。 「音」の連続で「曲」なんだけど、単音だけで彼の「曲」にはならない。 彫刻家ロダンも云ってるように、いくら写真に ( 現実と同じような ) 記録的な価値があっても、画家が「そ う見えた」ことまでは否定できない。画家の眼に映っていたのは、馬の動きの一瞬ではなくて「疾走 する馬」という、一連の動きだったのだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ かってアインシュタインと大ゲンカした哲学者ベルクソンは、時間や運動は決して分割できない絶対 的な観念だとして、時間軸を一直線として考えることを「時間の空間化」と呼んで否定した。 「歴史をさかのほって」考えてみると、これまた古今東西を問わずさまざまな議論がされてきたこと に気付く。矢の動きの「瞬間」を分析すると「飛んでいる矢は静止している」という結論に達した「ゼ ノンの矢」の話は有名だけど、それはすでに紀元前の話題。日本では、プロ野球界の打撃の神様・川 上哲治がバッターボックスで「ボールが止まって見えた」という伝説がある。 たとえば、哲学者の九鬼周造は ( おそらくべルクソンにならって ) 、「数えられる現在」 ( 自然科学 ) と「持 続する現在」 ( ヒトの直観 ) とを明確に分類している。前者はゼノン、後者は川上哲治の視点だ。止ま る時間という結論は一緒でも、根拠が違う。ほかにも大森荘蔵は、前後につながりのない点時刻にお いて、あらゆる「存在」や「状態」はないとした。「ある」とか「いる」という状況をつくるにはどんな に短くても「持続」の時間が必要なはすだ、時間にかかわりなく何かが存在することなんてあり得ない、 と考えた。ピッチャーが腕を振らないことには、ボールは飛んでいかない ! 川上哲治の赤バットが止まって見える [ 写真提供 : ( 株 ) べースポール・マガジン社 ]