目 - みる会図書館


検索対象: N・P
206件見つかりました。

1. N・P

片は黒くて軽い固まりになって、ころころと風に押されて浜を転がっていった。 幻「ついでに今だから一一一一〕うけど、君、ほめてたろ、話目のラストの部分。あれ、僕が書い 「ええっ ? 」 私はしばらく黙ってしまった。 「ど , つい一つ一」と ? ・」 「話目は僕の家にあって、未完だった。出会ったばかりのころ、萃がどうしても見たい、 と言った。だからこっそり持ちだした。萃のことを書いていたものの、迷いがあったせい なのかラストがなかった。かわいそうな終わり方だったし、しかもそのときもう僕は彼女 が四話目を持っているのを知ってた。萃は戻らない母親を見限って、親戚を頼って日本に 来ていたけど、うまくいってなかった。出来心で書き足した。そうしたら、あいつはそれ を庄司さんのところへ持っていってしまった。話目だけ。そういうわけなんだ。」 私は黙っていた。 「みんな昔のことだけど。」 彼は言った。 「さて、鳥でも焼くか。でも、骨の後ってちょっと嫌だな。」 「人も鳥も肉よ。」 しんせき

2. N・P

「やつばり、堕ろすべきなのかなあ。」 萃は釈然としないようすで一『一口った。 「だって、しようがなくない ? 」 「そうかしらね : ・・ : 。」 萃は首をかしげて、そのまま黙り込んだ。私も黙った。次に何かを言おうとして顔を上 げたら、萃は目を閉じていた。 まるでこの世ではないところの風の音に耳を傾けているように思えた。 どこのだろう ? と思うと悲しくなった。 変に白いその肌に、少女の名残のように散ったそばかすの色も、閉じたまぶたの裏のう すいピンク色も、いきているのにまるでファインダーや額縁の中に閉じ込められているよ うなようすだった。 : そんなにまじまじと、萃の顔のつくりを見たのは初めてだった。 目が開いていると、余りにも目の印象が強すぎて、正視できないのかもしれない。それと もその瞳の色や光こそが、彼女のすべてなのかもしれない。 z しかし今の彼女ににじみ出ているのは、敗北の色だった。何もかもに押されて疲れた人 の持っ不思議なあきらめの色彩だった。 突然ばっちりと目を開け、かすかに唇のはしをあげて萃は言った。幸福そうな感じの表

3. N・P

☆ 9 月が始まっていた。 突然回ってきた下訳のバイトで徹夜をして、明け方ばったり眠った。目が覚めたら昼過 ぎで、突然、コーラが飲みたくなった。すぐそばの自動販売機に買いに行って飲み、つい でに散歩をして戻ってきて、久しぶりに郵便受けをのぞいたら、その手紙が入っていた。 部屋に戻ってビールを飲みながら、べッドに寝ころんで読んだ。 いい手紙だった。 読み終わってからしばらく、それを持ったままで目を閉じていた。カーテン越しの光が まぶたに赤く、夏の海にいるようだった。 浜辺で、陽射しの下で波音を聞きながら、熱風を顔に受けているようだった。そしてま た少し眠った。 まだ、夏がそこここに残っていた。 目が覚めたらもうタ方で、陽が金色をしていた。空は夜の直前、夜明けにそっくりの状

4. N・P

3 N ・ P たかせさらお 私の知っていたのは、その高瀬皿男という冴えない作家がアメリカに暮らし、冴えない 生活のあいまに小説を書きためていたこと。 で自殺をして死んだこと。 別れた妻との間に 2 人の子供がいたこと。 彼の書いた小説が一冊の本になり、アメリカでほんのしばらくの期間ヒットしたこと。 その本の名は「 Z ・」。 の短編が収録されている。根気のない人だったらしく、まるで散文みたいなごく短い スト 1 リーが次々にくりだされる本だ。 しようじ 私はそれらのことを、昔私の恋人だった庄司に聞いた。その人は非公開の話目を発見 し、翻訳していた。 百物語では燗番目の話を語り終えたときに何かが起こることになっていたけれども、こ の夏私が体験したのはまさにその、燗話目だった。生きたそれを体験したような気がする。 ☆

5. N・P

61 N ・ P 寝ばけて答えた。 「何のおかまいもしませんで。」 うすやみ 薄闇で目を開けると、彼の白い顔が笑っていた。 「ああみつともない。 ごめん、それじゃあ。」 頭痛に頭を傾けながら去ってゆく後ろ姿をベッドの中から夢のように見送った。ドアが かぎ 閉まり、鍵をかけようかな、と思ったが、眠くて起き上がれなかった。変な人、と思いな がらまた目を閉じた。

6. N・P

186 「とどまっただろうか。」 乙彦が祈るような目をして言った。 「わからない、 ごめんなさい。」 「希望はある。車がない。通帳と、身の回りのものがいくつかない。」 うまく考えられなかった。借りたスカートが目に入った。寝じわがよっていた。時間の 経過を感じた。萃がいたときからの。そして、気配があった。萃がいなくなったこの部屋 くらやみ の、本棚の陰、揺れるカーテン、テープルの脚のところ。そういうささやかな暗闇が、現 実から少しずつずれていた。 「呪いってあったのかな、萃の言ったように。」 私は言った。 雨が降ってきた。窓の外から、しとしとと暗い音が聞こえてきた。夜にまぎれて訪れる、 憂鬱な気配は満潮のように空気にたくさん含まれてやってきて、肉体を使っての私たちの あがきを冷ややかに見つめる。死の影。目をそらすと忍び寄ってくる無力感、気を許すと 飲みこまれる不毛。 「物理的には知らない。でも、雰囲気としてはあったと思うな。何をしていても、 2 人で いると無駄なように思えた。退廃的なんじゃなくて、カが抜けるような投げやりな気分が ゅううつ

7. N・P

はわからない。でも、目がそっくりでしょ ? 」 そう言って私の目をまたのぞき込んだ。ぞくっとした。古井一尸の底の暗い水面みたいな 深さだった。 「本当に。写真で見ただけだけど。」 私はうなずいた。 「調べてみれば ? 」 「何度か考えた。もし私が結局どこの誰とも分からない馬の骨の子で、明日から、突然乙 彦と他人の恋人どうしになれるのか、と思っただけで、そのあまりの解放感に押しつぶさ れてアル中とかになるのが関の山っていう気がして。もっと悪いのは血がつながってた場 合。調べさえしなきや、言い訳がたつでしよ。まるでエイズ患者よ。人間って、弱いね。 私、ひどい環境で育って、非人間的なものたくさん見たけど、やつばり人間はもろいなっ て結局いつも知った。ある意味での性善説かしらね。私の見た範囲では、非人間的ふるま いの努力って、いっかしわ寄せがくるんだもん。お父さんみたいに。それとも、神様って ものがいるってことなのかしら。」 z 青空が目にしみるほど濃かった。気にしないで 2 人で別れたくなるまで続ければ ? な んて物語みたいなことをうつかり口走ってしまいそうな美しい色だった。そういうのが可 能に思えるくらい。でもきっとつらい恋の常として、何度もこういうのを見て、何度も決

8. N・P

158 とうつぶせになって、しばらくはくずれたコンクリの破片を指で集めていたがずっと目 を閉じているので、やがて不安になった私が近づいてみると寝ていた。 「起きてよ。」 と揺さぶると、萃は目をこすりながら一生懸命起き上がり、 「お墓の夢見てた。」 と一一一一口った。 「お尻の下が全部無人っていうのって、よくないみたい。」 「そうよね、おおきなお墓だわ。」 私は言った。 「おりて、出かけよう。」 萃はうなずいた。それからまた、市場のようににぎわい続ける街に出て、飲んだ。 今思ってみても、そのときの屋上には悪い影はなかった。何かいいもの、子供時代の夢 のようなものに包まれていた夜。

9. N・P

私はたずねた。 「実は、話目なの。」 彼女は言った。 驚いた。 「本物 ? 」 私は言った。 「みんな知ってる ? その存在を。」 萃は黙っていた。 「乙彦は ? 」 うなずいた 「咲は ? 庄司は ? 」 「知らない。でも私は言ってない。庄司さんは知らなかったと思う。」 萃は言った。ちょっと悲しそうだった。まだ理由はわからなかった。 「読んでいい ? 」 z 私がたずねると、彼女はうなずいた。 私は読み始めた。英文の、直筆原稿だった。読んでいる間、萃がずっと窓の外を見てい たのをおばえている。目のはしでとらえていただけなのに、その横顔が萃のいちばん印象

10. N・P

55 N ・ P 「落ち着いたら話して。何を私に聞きたかったの ? 」 私は床に座ってそう言った。 「すぐに話す。うん、ちょっと待ってくれ : ・・ : 。」 「よくないことなの ? ・」 「僕はそう思うんだ : そう言って彼は目を閉じた。また雨音が際だち、窓が風でがたがた揺れた。ずうっと、 あらし 永遠に嵐が続くようなうるささだった。 「寝ないで。布いじゃない。」 私は乙彦を揺り起こした。 「うん、寝てない。コピーをとるんだ。まず、念のために。」 彼は言った。 「何ですって ? 」 「話目の。あの、男の人の形見の。」 「何で ? いやだー、怖いじゃない。待ってよ、眠らないで。」 私はもう 1 杯水をくんできて差し出し、 「ほら、お水飲んでしゃべって。」 と言った。彼はうなずいて一口のみ、