音 - みる会図書館


検索対象: N・P
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1. N・P

げてゆく言葉というものに、深い興味を持ったのだ。瞬間と永遠を同時に含む道具。 治ったのもまた、突然だった。 その日は雨で、私と、学校から帰ってきた姉は 2 人でこたつに入って母の帰りを待って いた。私は寝転んで、眠るでもなく雑誌を読む姉のほうをばんやり見ていた。姉は、ばら りばらりと水滴が落ちるような規則正しさでページをめくっていた。隣家のの音が雨 音ごしに聞こえてきていた。窓は蒸気で曇り、部屋は暑いほどにあたたまっていた。私は 思った。 ーの袋を両手一杯に抱え、少し疲れた顔をして帰っ もうすぐ母はいつものようにスー てくるだろう。朝の残りのみそ汁、できあいのお惣菜、母特製のサラダ、果物。ご飯のた ける匂いの中で、母はたち働き、でき上がったら私と姉がごはんをよそう。食べ終わって、 英語を勉強して、を見て、お風呂に入って、お休みと言って眠る。うとうとしはじめ たころ、隣の寝室に母が入ってゆくスリッパの音が聞こえる。 熱い幸福だった。 3 人なのに大勢いるような安心感があった。 そこで姉が言った。 「風美、寝てるの ? 」 コっ , つん。」 と私は言った。いざ声を出してみると何てことなかった。ただ、自分の声が遠くに聞こ ふろ そうざい かか

2. N・P

忘れてた。」 萃はけらけら笑った。 「ああおかしい、何ていう偶然。すぐに洗えば落ちるから、脱いで。」 「何か着るもの貸してくれる ? 」 「うん、これはいてて。」 萃は取り込んだばかりであろう洗濯物のかごから、黒いスウェットのスカートを出した。 私はふろで着替えた。萃が私のパンツを洗濯機に人れて、スイッチを押した。 「悪いわね。」 萃は言って、床のコーヒーのこばれた部分にふきんを乗せた。 「座っちゃいけないっていうしるしですから。」 「よくわかってます。」 私は言った。洗濯機の軽快な音が部屋中に響い 「洗濯好き ? 」 私はたずねた。 z 「好き、この音が。」 彼女、 か答えた。 「あ、花とケーキ。」

3. N・P

☆ 大学が休みになれば暇になるとばかり思っていたら、毎日いろんな人から下訳のバイト を頼まれるようになってしまった。それはつまり、ないしょで手伝う「下訳の下訳」とい し / 、らかはも うようなもので、講師陣も夏休みのバイトに忙しいということなのだろう。 らえるが、締め切りがあり、まるで夏休みの宿題のようだった。 だから毎日のように学校に顔を出し、夜中まで辞書を繰っていた。 そういうある日の真夜中のことだった。 台風みたいな大雨が降っていた。外ではすごい音を立てて雨や風が荒れ狂っていて、階 段を上ってくる足音も聞こえなかった。 のぞきまどのぞ ノックの音がして、ぎよっとした。夜中の 3 時だった。おそるおそるドアの覗窓を覗い z て見たら、乙彦だった。私はとにかくドアを開けた。 「何、こんな時間に。愛の告白 ? 」 私は言った。

4. N・P

「そう思うでしよう ? 」 「思うわ。あのふたりは死のうと思ってると思う。もう少ししたらもっと行きづまって、 そういう手段をとる確率が高い感じがする。感じだけど。」 「今はまだね・・・・ : 。」 咲は小さい声で言った。 「ところでこう広いところで 2 人でしゃべってると、声がやたら響いてすごい秘密をしゃ べってるみたいね ! 」 「秘密だってばさ。」 私は笑った。 「たいしたことじゃないわよ、ねえ、お昼食べに行こうよ。」 「 , つん。」 立ち上がって、部屋を後にした。 校庭に出たとたん、まるでフラッシュをたかれたようなまぶしさが降ってきた。しばら z く目がくらんで、やがていつもの夏景色が見えてきた。人のいないグランドは草の匂いが した。となりの高校から、野球の練習の音、金属バットの明るい音や、拍手や、歓声が風 に乗って聞こえてきた。

5. N・P

彼は言った。何となくわかった気がした。 「彼女なのね。」 「きっともうすぐ〈ム , っことになると思う。」 乙彦は言った。 「そうしたら、多少なりとも巻き込まれてしまうだろう。君はそういう人だ。」 「何がどうなると終わるの。」 私は言った。 「みんな年をうんと取って、老成するころには自然と終わるだろう。」 彼が言ったので、私は笑った。 「大丈夫よ。そんなに深刻に考えなくても。」 「旅行がえりでまだ少し疲れてるんだ。」 「そうみたいね。」 雨音が少し、不安にさせた。確かにとても神経症的なことに巻き込まれつつあるという 感じはずっとしていた。子供のころ、家の中に一時あったあの感じ、私ののどをふさいだ あの圧迫感だった。遠くで雷の音がしていた。窓ガラスを水滴がどんどん流れ、その向こ うに街灯の明かりがにじんで白く光っていた。この夜の中では、咲の笑顔すら遠すぎて、 信頼できないような気がした。

6. N・P

いつもあった。好きだから、楽しくやろう、きっと何とかなるだろうっていう気分には 1 回もならなかった。そういうことじゃないかな。」 「今の、この部屋のように ? 」 私はたずねた。 「そう、動けないんだ。でもそれだけじゃない何かがあったんだよ、お花畑のような、い いもんが。それで続いてたんだ。僕たち自身のつよさが、確かにあったんだ。」 「わかってるわ。あったように見えたもの。」 「雨の音がすごい。」 「うん、本降りになってきた。それに少し寒い。」 夜中の雨のけだるさが、少しずつ部屋に入ってきていた。雨音が淋しいリズムを刻んだ。 ガラスがゆっくり濡れていく。窓の外の街灯がひんやりと青い。部屋の中が 1 段階暗さを 増したような気がした。これ以上ここにいてはいけない、動くのは困難だが、ここにいこ ら私とこの子までだめになる。胸いつばいこの孤独な空気で満たされてしまう。よくない。 「車で帰る、そこまで送って、ね ? 」 Z 私は一一一一口った。 「 : : : うん、すごい脱力感だな、波打ちぎわにうち寄せられたみたいだ。変な気分だ。」 「でもここを山山よう ? ・そのほうかいし ってば。」

7. N・P

でも 1 回だけ、雨の日夕クシーの中から、桜を見て感激したんだ。空は曇っていて、窓に わき はこんなふうに向こうが見えないくらいに水滴がいつばいついてた。その向こうに線路脇 のフェンスの緑の金網があって、さらにその向こうにやっと、桜の桃色があった。いちめ んに。ぼやけた 2 重のフィルターを通して初めて気づいた。春、そこいら中に狂ったよう に桜が咲き乱れてる日本という国の神秘に。」 ししはなし。」 「今もどこかなじめない。でも、ポストンにいたとき、帰りたかった。」 「そ一つ。」 何かに押しつぶされそうな、だらしない心。濡れた髪、茶の巻毛。犬か王子様みたいだ った。いつも庄司のノートの向こうにいた子。 ぐうぐうとうるさい音を立てて寝てしまった。雨音とのコーラスですごくうるさかった。 そしてそのうるささが、なぜか胸にしみるほど静かだと感じた。毛布をかけてやった。 もうすっかり夜が明けた頃、私ももう眠くてたまらずべッドに入って寝ていたら、 「失礼しましたね。」 と、揺り起こされた。 ・いし、ん」

8. N・P

3 時を過ぎていたので、キャッシュサービスのコーナーしか開いていなかった。中に入 っていくと誰もいなくて、私はひっそりと白い箱のようなその空間で、機械にカードを差 し込んで操作を始めた。そしてしゃべるコンピューターの女声に耳を傾けつつ、お金が出 てくるのを待っていた。だからだろう、自動ドアが開いて人が入ってきたのも、その一瞬 耳に飛び込んできたはずの真夏の雑踏の音も、まったく気にならなかった。 その人が私の後ろに並んだとき、初めて変だな、と思った。こんなにがらがらに空いて いるのに、どうしてわざわざここに並ぶんだろう ? 次の瞬間、映画の中の銃のシーンそのままに、脇の下に硬いものが当たった。 「振り向かないで。」 と女の細い声がいった。 「お金を渡して。」 はなっから強盜だとは思っていなかった。ただ、直感的に頭のおかしい人だと思った。 受けだし口にお金が出てきた合図の音が響きわたり、私はかなり緊張してそっとお金をつ かんだ。ありがとうございました、と機械が言った。 Z 「なんちゃって、これは私の指です。」 と後ろの人が笑って手を引っ込めた。 なーんだ、咲なの ! と私は叫ばうとした。本当にそう思ったのだ。不思議なことに。

9. N・P

「はんごうとか、そういうものを出してくれれば。」 酔いが回ってきて、「いつの間に、何でここにいるのかな、この人と」と何度も思った。 でも、このところそんなのばっかりだったので、慣れた。ただ、暗い海が波の激しい音を たてているのだけが新鮮だった。白く泡立っ波打ち際。濃い潮の香り、ざらざらした砂の 感触。静かに息づいているぐるりと遠い水平線。ちらちらと光る海辺の街明かり。海沿い の道路をゆっくりと、人工衛星みたいに進んでゆく車のヘッドライト。 闇が濃くなるにつれて、やっと火の勢いも強まってきた。ばちばちと火の粉がはぜて、 浜が白く照らされた。たいして大きなたき火じゃなかったが、波音をかき消すような火の 日が、闇をさえぎるようだった。 「火は、 ) しくら見ててもあきない。」 「 , つん。」 海はつるつるに光って、まるで舞台のセットの上の 1 枚の黒い布が滑らかに揺れている いきいきとはためくパッチワークのよ みたいに見えた。微妙に違う色の空との継ぎ目も、 z うに見えた。 私はカバンからごそごそと木箱を出して、火の中に入れた。 それはしばらくの間、目立って燃えていたが、ちょっと心配していた何らかの匂いを放

10. N・P

緑の光が私の顔を繰り返し照らした。店に人が入ってくる度に、いらっしゃいませの声と 共に雨風の音が飛び込んできた。濡れた床が、蛍光灯の光に白く光っていた。 一心不乱に取り組んでいた。あんまり集中したので、すべてを終えるとひと仕事終えた ようなすっきりした気分になった。レジに行って精算し、真っ白い紙束を再びビニールバ ッグに突っ込んで、外へ出た。 雨は幾分小降りになり、西の空がかすかに明るいオレンジ色を帯びていた。ビルの谷間 によく映えた。 さてお茶でも飲んでから帰ろう、と 1 歩を踏み出したときだった。 後ろからすごい勢いの足音が迫ってきて、後頭部にずしん、と何かが当たった。ばこん、 という音がした。痛みよりもただびつくりして、私はひざをついてしまった。横に何かが ゥーロン 投げ出された。よくスー ーで売っている、烏龍茶のプラスチックポトルだった。 かがんだまま振り向くと、見覚えのある白くてな足があった。濡れた歩道につっ立っ ていた。その線に沿って見上げていった。 「何すんの ? 」 かろうじて落ち着いた声で言うことができた。 「痛いじゃない、何考えてるの ? 」 →卒・、かいに