とんがり - みる会図書館


検索対象: カンガルー日和
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1. カンガルー日和

とんがり焼の盛衰 149 わかるとそれを吐き捨て、ロぐちに怒りの声をあげた。 とんがり焼ー とんがり焼ー とんがり焼ー と彼らは大声で叫んだ。その声が天井に反響して、耳の奧が痛くなるほど ・つ」っこ 0 「はらね、本物のとんがり焼しか食べないんです」と得意そうに言った。「偽 ものだとロもつけないんです」 とんがり焼ー とんがり焼ー とんがり焼ー 「しや、こんどはあなたのお作りになった新とんがり焼を撒いてみましよう。 食べれば入選、食べなければ落選です」 大丈夫かな、と僕は不安になった。なんだかすごく不吉な予感がしたから だ。だいたいこんないい加減な連中に食べさせてみて当落を決めるなんて間 違っている。しかし専務は僕の思わくにはおかまいなしに、僕が応募した「新 いた。鴉たちはまたそれに群がった。それから とんがり焼」を景気よく床に撒

2. カンガルー日和

148 そこにとんがり鴉がすらりと並んで座っていた。とんがり鴉は普通の鴉より すっと大きく、大きなもので体長一メートルくらいあった。ト / さいものでも六 十センチくらいはある。よく見ると彼らには目がなかった。目のあるべき場所 には白い脂肪のかたまりがくつついているだけだ。おまけに体ははちきれんば かりにむくんでいる。 僕たちが中に入った土日を聞きつけるととんがり鴉たちはばたばたと羽ばたき をしながら一斉に何かを叫びはしめた。最初のうちはただの轟音にしか聞こえ なかったが、 やがて耳が馴れてくると彼らがみんなで「とんがり焼・とんがり 焼」と叫んでいるらしいことがわかった。見るからにおぞましい動物だ 専務が手に持っていた箱の中からとんがり焼を出して床に撒くと、百羽のと んがり鴉たちが一斉にそれにとびかかった。そしてとんがり焼を求めて互いの 足にくらいっき、目をつつきあった。やれやれ、目が失くなってしまうわけ その次に専務はさっきとは違うべつのから、とんがり焼に似た菓子をとり だしてばらばらと床に撒いた。「よござんすか、これはとんがり焼コンクール で落選したものです」 鴉たちは前と同じようにそれに群がったが、それがとんがり焼でないことが

3. カンガルー日和

144 人ではないが、 わりに陸格の良さそうな女の子だ。 「ねえ、君はこれまでにとんがり焼って食べたことあった ? と僕は訊ねてみ 「あたりまえしゃない」と女の子は言った。 「だって有名ですもの」 「でもそんなに美味く : : : 」と僕が言いかけたところで彼女が僕の足を蹴とば した。まわりの人間が— 業の方をしろりと見た。嫌な雰囲気だ。でも僕は「熊の プー」のような無邪気な目をしてその場をやりすごした。 「あなたってバカねえ」と少しあとで女の子がそっと耳うちした。「ここに来 てとんがり焼の悪口なんか言ったら、とんがり鴉につかまって生きては帰れな いんだから」 「とんがり鴉 ? 」と僕はびつくりして叫んだ。「とんがり鴉って : : : 」 っと女の子が言った。説明会が始まった。 説明会ではます「とんがり製菓」の社長がとんがり焼の歴史について話し っ 平安時代に誰が何をしてこうなったのがとんがり焼の原型であるとかい た類の真偽不明の話だ。古今和歌集にもとんがり焼についての和歌が入ってい るということである。おかしいから笑おうかとも田 5 ったが、まわりの人間はみ んな真剣そうな顔で聞き入っていたし、とんがり鴉もこわいので結局笑わな がらす

4. カンガルー日和

とんがり焼の盛衰 147 と僕は言った。「とんがり鴉というのはいったい何のことで 「とんがり鴉ー 1 ) ト小、つ、カ ? ・ 専務はわけがわからないといった顔をして僕を見た。「あなたはとんがり鴉 さまのことも知らすに、このコンクールに応募されたのですか ? 」 「申しわけありません。どうも世事に疎いもので」 「困りましたな」と言って専務は首を振った。「とんがり鴉さまのことも御存 : でも、ま、よろしゅうござんす。私のあとについてい 知ないというのは。 らっしや、 僕は彼の後について部屋を出て、廊下を歩き、エレベーターで , ハ階に上り、 それからまた廊下を歩いた。廊下のつきあたりに大きな鉄の扉があった。プ ザーを押すとがっしりとした体格の守衛が出てきて、相手が専務であることを 確認してから扉の鍵を開けた。なかなか厳重な警戒である。 「この中にとんがり鴉さまがいらっしゃいます」と専務が言った。「とんがり 鴉というのは昔々からとんがり焼だけを食して生きておる特殊な鴉の一族であ りまして : : : 」 オオ音屋の中には百羽以上の数の鴉がいた。高さ それ以上の説明は不要・こっこ。 五メートルくらいのがらんとした倉庫みたいな部屋に何本もの横棒が渡され、

5. カンガルー日和

とんがり焼の盛衰 145 っ , 」 0 , 刀オ ・仮の一一一一口いたいことは 社長の説明はまる一時間つづいた。すごく退屈だった。 , 要するに「とんがり焼は伝統のある菓子である」というだけのことなのだ。そ んなの一行で済む。 それから専務が出てきて、とんがり焼新製品募集についての説明を行なっ 。長い歴史を誇る国民名菓とんがり焼もそれぞれの時代に即した新しい血を 入れて弁証法的に発展していかねばならないとかいった説明だ。そういうと聞 ( しし力要するにとんがり焼の味が古くさくなって売上げが落ちてきた ので若い人のアイデアが欲しいということである。それならそうとはっきり言 えばいいのだ。 帰りに募集要項をもらった。とんがり焼をベースにした菓子を作って一カ月 後に持参すること、賞金は一一百万円、とある。二百万円あれば恋人と結婚し ートに移ることができる。それで僕は新とんがり焼を作ること て、新しいアパ にした。 一則にも言ったように、僕は菓子についてはちょっとうるさい。あんこやク ームやバイのかわなんか、どんな風にでも作ることができる。一カ月で新し い現代的なとんがり焼を作り出すくらい簡単である。僕は〆切の日に新とんが

6. カンガルー日和

146 り焼を二ダース作り、とんがり製菓の受付に持っていった。 「おいしそうねえ」と受付の女の子が言った。 「おいしいよ」と僕は言った。 その一カ月後にとんがり製菓から明日会社においで願いたいという電話がか かってきた。僕はネクタイをしめてとんがり製菓にでかけた。そして応接室で 専務と話をした。 「あなたの応募された新とんがり焼は社内でもなかなか好評であります」と専 務が言った。「なかでも、あーー・、若い層に評判がよろしい 「それはどうも」と僕は言った。 「しかし一方でですな、んー、ー、年配のものの中には、これではとんがり焼で はないと申すものもおりましてですな、ま、甲論乙駁という状況であります 「はあ」と僕は言った。いったい何が言いたいのかさつばりわからない。 「で、この際とんがり鴉さまの御意見をうかがおうではないかと、重役会議で 決定致しましたのであります

7. カンガルー日和

150 混乱が始まった。ある鴉は満足してそれを食べ、ある鴉はそれを吐き出してと んがり焼ー・とどなった。次にそれにありつくことができなかった鴉が興奮し て、それを食べた鴉の喉笛をくちばしで突いた。 血が飛び散った。・ へつの鴉が 誰かが吐き出した菓子にとびついたが、とんがり焼ー・と叫んでいた巨大な鴉 に捕まって腹を裂かれた。そんな具合に乱闘が始まった。血が血を呼び、憎し みか憎しみを乎んご。こ、・、 第オオカカ菓子のことなのだけれど、鴉たちにとってはそれ が全てなのだ。それがとんがり焼であるか非とんがり焼であるか、それだけが 生存をかけた問題なのだ。 「ほらごらんなさいと僕は専務に言った。「急にあんなに撒いちゃうものだ から刺激が強すぎたんですよ」 それから僕は一人で部屋を出て、エレベーターで下に降り、とんがり製菓の 建物を出た。賞金の一一百万円は惜しかったけれど、この先の長い人生をあんな 鴉たちの相手をしながら生きていくなんてまっぴらだ。 僕は自分の食べたいものだけを作って、自分で食べる。鴉なんかお互いにつ つきあって死んでしまえばいいんだ。

8. カンガルー日和

とんがり焼の盛衰 143 ばんやりと朝の新聞を眺めていたら、隅の方に「名菓とんがり焼・新製品募 集・大説明会」という広告が載っていた。とんがり焼っていったい何のことな のかよくわからない。でも名菓とあるからにはやはり菓子なのだろう。僕は菓 子についてはちょっと、つるさい方である。それに暇だったから、とにかくその 「大説明会」というのに顔を出してみることにした。 「大説明会」はホテルの広間で催され、お茶と菓子までついていた。菓子はも ちろんとんがり焼である。僕はひとつつまんでみたが、とくに感心する味では なかった。甘さの質がねちねちとしていて、かわの部分ももっさりとしすぎて いる。今の若い人間がこんなものを好んで食べるとはとても思えない。 でも説明会に来ていたのは僕と同じくらいか、あるいはもっと年下の若い人 ばかりだった。僕は 952 番という番号札をもらったが、まだあとから百人く らいは来たから、だいたい千人以上の人間がこの説明会に来たことになる。た いしたものだ。 僕の隣りには二十歳くらいの度の強い眼鏡をかけた女の子が座っていた。美

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とんがり焼の盛衰

10. カンガルー日和

目次 カンガルー日和・・ 7 4 月のある晴れた朝に 田 0 バーセントの女の子に出会うことについて・・ 17 眠い・・ 27 タクシーに乗った吸血鬼・・ 39 彼女の町と、彼女の緬羊・・ 51 あしか祭り・・ 61 鏡・・ 71 円 63 / 円 82 年のイバネマ娘・・ 83 バート・バカラックはお好き ? ・・ 93 5 月の海岸線・・ 105 駄目になった王国・・ 121 32 歳のデイトリッパー とんがり焼の盛衰・・ 141 ・ 131 チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏・ スノヾゲティーの年に・・ 161 力、いつミ : り・・ 173 サウスペイ・ストラット・・ 187 ・ 151 ドウービー・プラザーズ「サウスペイ・ストラット」のための BGM 図書館奇譚・・ 197 あとがき・・ 250