食べる - みる会図書館


検索対象: カンガルー日和
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1. カンガルー日和

・バカラックはお好き ? でしようね ? 手紙を読んでいて、僕はあなたの作ったごくあたりまえのハン ーグ・ステーキを是非食べてみたくなりました。 それに比べて国電の切符自動販売機についての文章は少し上すべりではない かという気がします。目のつけどころは面白いのですが、風景が読み手に伝 わってこないのです。どうか鋭くあろうと思わないで下さい。文章というのは 結局は間にあわせのものなんです。 全体としての今回の手紙の点数は間点というところです。少しすっ文章力は 上がっています。焦らす、焦らす、がんばって下さい。次の手紙を楽しみにし ています。はやく本物の春が来るといいですね。 3 月日 「クッキー」の詰めあわせ、どうもありがとうございました。おいしく頂いて おります。しかし当会の規則上、手紙以外の個人的な交流は一切禁じられてお りますので、今後このようなお気遣いなきようお願いします。 でもとにかく、ありかと、つございました。

2. カンガルー日和

182 「とにかく五文字だ」 「水に関係があって、手のひらに入るけれど食べることはできない 「そのとおり」 「かいつぶり」と僕は言った。 「かいつぶりは食えるよ」 「本当に ? 「たぶんね。美味くはないかもしれないけど」と彼は自信なげに言った。「そ れに手のひらには入らないよ」 「見たことある ? 」 「いや」と彼は言った。 「かいつぶり」と僕は言い張った。「手のりかいつぶりはとても不味いから大 も食べない 「まてよ」と彼は言った。 「だいいち合一言葉はかいつぶりじゃないんだ」 「でも水に関係があるし、手のひらに入るけど食べることはできない、それに 五文字だ」 「あんたの理屈は間違ってる」 「どこか ? まず

3. カンガルー日和

164 基本的には僕は一人でスパゲティーを茹で、一人でスパゲティーを食べた。 何かの折りに誰かと二人で食べることもないではなかったが、一人で食べる方 がすっと好きだった。ス。ハゲティーとは一人で食べるべき料理であるような気 がした。理由なんてわからない。 スパゲティーにはいつも紅茶とサラダが付いた。ポットに入れた三杯ぶんの 紅茶と、レタスと胡瓜を混ぜただけのサラダだった。それらをテープルにきち んと並べ、新聞を横目で睨みながらゆっくり時間をかけて僕は一人でス。ハゲ ティーを食べた。日曜日から土曜日までスパゲティーの日々がつづき、それが 終わると新しい日曜日から新しいスパゲティーの日々が始まった。 一人でスパゲティーを食べていると、今にもドアにノックの音がして誰かが 部屋の中に入って来るような気がした。雨の午後はとくにそうだった。 僕の部屋を訪れようとする人物はそのたびに違っていた。ある時は見知らぬ 人物であり、ある時は見覚えのある人物だった。ある時は高校時代に一度だけ デートしたことのあるおそろしく足の細い女の子であり、ある時は何年か前の 僕自身であり、ある時はジェニフア・ジョーンズを連れたウィリアム・ホール にら

4. カンガルー日和

218 七時にノックの音がしてドアが開き、僕がこれまでに見たこともないような 美しい少女がワゴンを押して部屋に入ってきた。目が痛くなってしまいそうな ほどの美しさだった。年はたぶん僕と同しくらいだろう。手と足と首は今にも はきりと折れてしまいそうなくらい細く、長い髪は宝石を溶かし込んだように キラキラと光り輝いていた。誰もが夢見る、そして夢でしか見ることのできな 少女だ。彼女はしばらく僕をしっとみつめてから、何も言わすにワゴンの上 の料理を机の上に並べた。僕は呆然としたまま彼女のひっそりとした動作を眺 めていた。 料理は凝ったものだった。うにのスープとさわらのサワー・クリーム、アス パラガスの西洋胡麻あえ、そして葡萄ジュース。それだけを並べ終えると、彼 女は手まねで〈もう泣くのはやめて、ごはんをお食べなさいな〉と言った。 「君はロがきけないの ? と僕は訊ねてみた。 〈ええ、小さい時に声帯をつぶされてしまったの〉 「それで羊男の手伝いをしてるんだね ? よよえ 〈そう〉彼女ははんの少し微笑んだ。心臓が二つに裂けてしまいそうな素敵な 放笑だ。

5. カンガルー日和

とんがり焼の盛衰 149 わかるとそれを吐き捨て、ロぐちに怒りの声をあげた。 とんがり焼ー とんがり焼ー とんがり焼ー と彼らは大声で叫んだ。その声が天井に反響して、耳の奧が痛くなるほど ・つ」っこ 0 「はらね、本物のとんがり焼しか食べないんです」と得意そうに言った。「偽 ものだとロもつけないんです」 とんがり焼ー とんがり焼ー とんがり焼ー 「しや、こんどはあなたのお作りになった新とんがり焼を撒いてみましよう。 食べれば入選、食べなければ落選です」 大丈夫かな、と僕は不安になった。なんだかすごく不吉な予感がしたから だ。だいたいこんないい加減な連中に食べさせてみて当落を決めるなんて間 違っている。しかし専務は僕の思わくにはおかまいなしに、僕が応募した「新 いた。鴉たちはまたそれに群がった。それから とんがり焼」を景気よく床に撒

6. カンガルー日和

150 混乱が始まった。ある鴉は満足してそれを食べ、ある鴉はそれを吐き出してと んがり焼ー・とどなった。次にそれにありつくことができなかった鴉が興奮し て、それを食べた鴉の喉笛をくちばしで突いた。 血が飛び散った。・ へつの鴉が 誰かが吐き出した菓子にとびついたが、とんがり焼ー・と叫んでいた巨大な鴉 に捕まって腹を裂かれた。そんな具合に乱闘が始まった。血が血を呼び、憎し みか憎しみを乎んご。こ、・、 第オオカカ菓子のことなのだけれど、鴉たちにとってはそれ が全てなのだ。それがとんがり焼であるか非とんがり焼であるか、それだけが 生存をかけた問題なのだ。 「ほらごらんなさいと僕は専務に言った。「急にあんなに撒いちゃうものだ から刺激が強すぎたんですよ」 それから僕は一人で部屋を出て、エレベーターで下に降り、とんがり製菓の 建物を出た。賞金の一一百万円は惜しかったけれど、この先の長い人生をあんな 鴉たちの相手をしながら生きていくなんてまっぴらだ。 僕は自分の食べたいものだけを作って、自分で食べる。鴉なんかお互いにつ つきあって死んでしまえばいいんだ。

7. カンガルー日和

228 〈ないわ〉と少女は言った。〈でも、 僕は黙ってタ食のつづきを食べた。料理を食べ終えると皿を片づけ、紅茶を 飲んだ。 〈ねえ〉と少女が言った。〈ここを出て、あなたのお母さんとむくどりのとこ ろに一緒に帰りましよ、つ〉 「そうだね」と僕は言った。「でもここからは抜け出せないよ。扉にはぜんぶ 鍵がかかってるし、外は暗い迷路だし、それに僕が逃げると羊男さんがひどい 目にあわされるんだ」 〈でも脳味噌を吸われるのは嫌でしょ ? 脳味噌を吸われちゃうと、もう一一度 と私には会えないのよ〉 僕は首を振った。僕にはわからない。 いろんなことが重なりすぎているの だ。脳味噌は吸われたくないし、美少女と別れるのも嫌だ。でも暗闇は恐、 し、羊男をつらい目にあわせたくもない。 〈羊男さんも一緒に逃げるのよ。あなたと私と羊男さんと、三人で逃げるの〉 「それならいいや」と僕は言った。「でもいっ ? 」 〈明日〉と少女は言った。〈明日はおしいさんが眠る日なの。おしいさんは新 月の夜にしか眠らないの〉 いいからごはんをお食べなさい〉

8. カンガルー日和

僕も野菜はけっこう好きな方だったから、彼女と顔を会わせればそんな風に 野菜ばかり食べていた。彼女はいわゆる信念の人で、野菜をバランスよく食べ てさえいれば全てはうまくいくものと信じ切っていた。人々が野菜を食べつづ ける限り世界は美しく平和であり、健康で愛に満ちあふれているであろう、 と。なんだか「いちご白書」みたいな話だ。 「昔むかし」とある哲学者が書いている。「物質と記憶とが形而上学的深淵に よって分かたれていた時代があった」 1963 / 1982 年のイバネマ娘は形而上学的な熱い砂浜を音もなく歩き つづけている。とても長い砂浜で、そこには穏やかな白い波が打ちよせてい る。風はまるでない。水平線の上には何も見えない。潮の匂いがする。太陽は ひどく暑い 僕はビーチ・。ハラソルの下に寝転んでクーラー・ポックスから缶ビールを取 り出し、ふたをあける。もう何本飲んでしまったかな ? 5 本、 6 本 ? ま あ、 しいや。どうせすぐに汗になって出ていってしまうんだ。 彼女はまだ歩きつづけている。彼女の日焼けした長身には原色のビキニがび たりとはりついている。

9. カンガルー日和

かいつぶり 185 「おそろしく不味い」 「あんたは食べたことある ? 「ないよ。そんなに不味いものをど、つして食べなくちゃいけないんだ ? 「そりやまあそ、フだな」 「とにかく上の人に取り次いでくれないかな」と僕はきつばりと言った。「か いつぶり」 「一応取り次いでみるよ。無理だとは思うけ 「しかたないな」と彼は言った。 どさ」 「ありがと、つ。因 5 にきるよ」と僕は言った。 「でも手のりかいつぶりなんて本当にいるのかい ? 」 「いるさ」 手のりかいつぶりはビロードの布で眼鏡のレンズを拭き、ため息をついた。 右下の奧歯がしくしくと痛んだ。歯医者か、と彼は思う。もううんざりだ。歯 彼は皮ばり 医者、確定申告、車の月賦、エア・コンディショナーの故障 : ・ のアームチェアの背もたれに頭をもたせかけ、死について思いめぐらしてみ 死は海の底のように静かだった。

10. カンガルー日和

224 彼女は小さな唇に指を一本あて、僕に黙るように命令した。僕は黙った。僕 しいくらいだ。 は命令に従うのがとても上手いのだ。特殊能力といっても ) 〈羊男さんには羊男さんの世界があるの。私には私の世界があるの。あなたに はあなたの世界がある。そうでしょ ? 〉 「そうだわ」と僕は言った。 〈だから羊男さんの世界で私が存在しないからって、私がまるで存在しないっ てことにはならないでしょ ? 〉 「うん」と僕は言った。 「つまり、そんないろんな世界がみんなここでいっ しよくたになってるってことなんだね。そして重なりあってる部分もあるし、 重なりあっていない部分もある」 〈そうよ〉と美少女は言った。 僕だってまるつきり頭が悪いわけではないのだ。大に噛まれて以来その働き 方が少しいびつになっただけなのだ。 〈わかったら早くごはんをお食べなさいな〉と美少女は言った。 「わえ、きちんとごはんを食べるから、しばらくここにいてくれないかな」と 僕は言った。「一人になるとすごく淋しいんだ」 ほまえ 彼女は静かに微笑んでべッドの端に腰かけ、両手をきちんと膝の上に置い