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検索対象: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
74件見つかりました。

1. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

19 ハードボイルド・ワンダランド 337 ころだけでいいから暗号を解読してくれないかな」 「解読の必要ないわー 「どうして ? 」 彼女は私に手帳をわたして、その部分を指さした。その部分には暗号も何もなく、ただ巨 大な x 印と日付けと時刻が記してあるだけだった。虫めがねで見なければ読みとれないよう なちまちまとしたまわりの字に比べて、 x 印はあまりに大きく、そのバランスの悪さが不吉 一な印象を一層強めていた。

2. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 380 「ピンクに対する君の気持はよくわかったから、話を先に進めてくれないかな」と私は言っ 「これは必要な部分なのよ」と娘は言った。「ねえ、ピンク色のサングラスってあると思 「エルトン・ジョンがいっかかけていたような気がするな」 「ふうん」と彼女は言った。「まあいいや。つづき唄うわね」 道で私は おじさんに会った おじさんの服は みんなプルー ひげそ 髭を剃り忘れてるみたい その髭もプルー まるで長い夜みたいな 深いプルー 長い長い夜は いつもプルー

3. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

「そういう時って、誰と寝るの ? きまった恋人がいるの ? 」 「きまった恋人はいない と私は言った。 「じゃあ誰と寝るの ? セックスに興味ないとかホモ・セクシュアルだとか、そういうんじ ゃないでしょ ? 答えたくない ? 」 「そんなことないよ」と私は言った。私は自分の私生活をべらべらしゃべりまくるタイプの ン 人間では決してないけれど、とくに隠すべきこともないのでちゃんと質問されればちゃんと 答える。 ン ワ 「その時どきでいろんな女の子と寝る」と私は言った。 「私とでも寝る ? 「寝ない。たぶん 「どうして ? 「そういう主義だから。知りあいとはあまり寝ない。知りあいと寝ると余計なことがついて のまわるんだ。仕事でつながりのある相手とも寝ない。他人の秘密をあずかる職業だから、そ 世ういうことには一線を画す必要があるんだ」 「私が太ってて醜いからじゃなくて ? 「君はそんなに太ってないし、ぜんぜん醜くないと私は言った。 「ふうん」と彼女は言った。「じゃあ誰と寝るの ? そのへんの女の子に声をかけて寝る の ?

4. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

も上下させた。「こういうのって、誰にでもたまにはあることなんだから、必要以上に悩ん じゃ駄目よ」 しかし彼女が慰めてくれればくれるほど、私のペニスが勃起しなかったという事実がより 明確な現実感を伴って私の心にのしかかってきた。私は昔何かの本でペニスは勃起している ときより勃起していないときの方が美的だという趣旨の文章を読んだことを思いだしたが、 それもたいした慰めにはならなかった。 ン 「この前女の子と寝たのはいっ ? 」と彼女が訊いた。 ン 私は記憶の箱のふたを開けて、その中をしばらくもそもそとまさぐってみた。「二週間前 ワ だな、たしか」と私は言った。 「そのときはうまくいったのね ? 」 垰「もちろん」と私は言った。ここのところ毎日のように誰かに性生活についての質問をされ ているような気がする。あるいはそういうのが世間で今はやっているのかもしれない 「誰とやったの ? 」 「コールガール。電話して呼ぶんだ」 「そういう種類の女の人と寝ることについてそのとき何か、そうねえ、罪悪感のようなもの は感じなかった ? 「女の人じゃない」と私は訂正した。「女の子、二十か二十一だよ。罪悪感なんてべつにな いよ。さつばりしててあとくされもないしさ。それにはじめてコールガールと寝たわけでも だめ

5. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

114 めの優雅なアパートメントだったのだが、時代が変り、そこを細かく区切って貧しい職工た ちが住みつくようになったのだ、と彼女は言った。しかしその職工たちも、今はもう職工で はない。彼らの働いていた工場の殆んどは閉鎖されてしまったのだ。彼らの技術はもう何の 役にも立たず、街の要求する細々としたものを必要に応じて作っているだけだ。彼女の父親 もそんな職工の一人だった。 最後の運河にかかった手すりのない短かい石橋を渡ったところが彼女の住む棟のある地区 だった。棟と棟のあいだには中世の城の攻防戦を思わせる梯子のような渡り廊下かついてい ワ 時刻は真夜中に近くほとんどの窓の灯は消えていた。彼女は僕の手をひいて、まるで頭上 から人々を狙う巨大な鳥の目を避けるかのように、その迷路のような通路を足ばやに通り抜 一けた。そしてひとつの棟の前で立ちどまり、僕にさよならと言った。 「おやすみ」と僕は言った。 のそして僕は一人で西の丘の斜面を上り、自分の部屋に戻った。 界 世 ねら むね

6. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

「へえ」と私は言った。 「街にもほとんど出たことがないの。それで待ちあわせの場所にもたどりつけなかったのよ。 道順をくわしく聞こうとしたら音が消えちゃったし」 「タクシーの運転手に場所を一言えばつれてってくれたのに」 「お金をほとんど持ってなかったの。すごくあわてて出てきたし、お金がいることなんてす つかり忘れていたの。だから歩いてくるしかなかったのよ」と彼女は言った。 「他に家族はいないの ? ーと僕は訊いた。 「私が六つのときに両親と兄弟はみんな交通事故で死んだの。車に乗っているところをうし ワ ろからトラックにぶつつけられて、ガソリンに引火して、みんな焼け死んだのよ」 「君だけが助かったの ? 」 「私はそのとき入院していて、みんなは私の見舞いに来る途中だったのよ」 「なるほど」と私は言った。 「それからずっと私は祖父のそばにいるの。学校にも行かなかったし、ほとんど外にも出な かったし、友だちもいないし : : : 」 「学校に行かなかった ? 「ええ」となんでもなさそうに娘は言った。「柤父が学校に行く必要なんかないって言った の。学科はぜんぶ柤父が教えてくれたわ。英語やロシア語から解剖学まで。それからお料理 だとか縫物なんかはおばさんが教えてくれたわ」

7. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

202 「ええ、あるわ。ずっと昔にね。子供の頃に母につれられていったの。普通の人はあまりあ んなところには行かないんだけれど、母はちょっと変っていたから。南のたまりかどうかし たの ? 」 「見てみたいんだ」 彼女は首を振った。「あそこはあなたが考えているよりずっと危険な場所なの。あなたは おもしろ ラたまりに近づいたりするべきじゃないのよ。行く必要もないし、行ってもそれほど面白いと ころじゃないわ。なぜあんなところに行きたがるの ? 」 「この土地のことを少しでもくわしく知りたいんだ。隅から隅までね。もし君が案内してく れないんなら、僕は自分一人でいくよ」 ポ彼女はしばらく僕の顔を見ていたが、やがてあきらめたように小さなため息をついた。 「いいわ。あなたは言っても聞くような人じゃないようだし、とにかく一人で行かせること はできないわ。でもこのことだけはよく覚えていてね。私はあのたまりがとても布いし、二 の度とあんなところには行きたくないと思っているのよ。あそこにはたしかに何か不自然なも 世のがあるのよ」 「大丈夫さ」と僕は言った。「二人で一緒に行って注意していれば、布いことなんて何もな 彼女は首を振った。「あなたは見たことがないからあのたまりの本当の怖さを知らないの よ。あそこの水は普通の水じゃないのよ。あそこにあるのは人を呼び寄せる水なのよ。嘘じ ころ

8. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

かどっているみたい」 「いったい頭骨はどれくらいあるんだいワ・ 「すごく沢山よ。千か二千。見てみる ? 彼女は僕をカウンターの奥にある書庫に入れてくれた。書庫は学校の教室のようながらん とした広い部屋で、そこには何列にも棚が並び、棚の上には白い獣の頭骨が見渡す限りに置 かれていた。それは書庫というよりは墓所という方がびたりときそうな眺めだった。死者の 発するひやりとした空気が部屋を静かに覆っていた。 「やれやれ」と僕は言った。「これを全部読むにはいったい何年かかるだろうね ? 終 の「あなたはこれを全部読む必要はないのよ」と彼女は言った。「あなたはあなたの読めるだ 界けの古い夢を読めばいいのよ。もし残ればそれは次に来た夢読みが読むわ。古い夢はそれま で眠りつづけるのよ」 「そして君はその次の夢読みの手伝いもするのかい ? 」 ) え、私が手伝うのはあなただけよ。それは決められていることなの。一人の司書は一 人の夢読みの手伝いしかできないの。だからあなたが夢読みをやめたら、私もこの図書館を 去るのは」 僕は肯いた。理由はわからなかったが、 それは僕にはごくあたりまえのことのように感じ られた。我々はしばらく壁にもたれて棚に並んだ白い頭骨の列を眺めていた。 たす 「君は南のたまりに行ってみたことあるかい ? 」と僕は訊ねてみた。 201 たな

9. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

図書館を出ると、僕は彼女に家まで送ろうと言った。 「私を送ってくれる必要なんてないのよ」と彼女は言った。「べつに夜は怖くないし、あな たの家とは方角が違うわ」 「送りたいんだよ」と僕は言った。「気持がたかぶっているみたいで、部屋に戻ってもすぐ ラには眠れそうもないからね」 なかす 我々は二人で並んで旧橋を南にわたった。冷ややかさを残した初春の風が中洲の柳の枝を ちよくせってき 揺らし、妙に直截的な月の光が足もとの丸石をつややかに光らせていた。大気は湿り気をふ ひも ルくんで、どんよりと重たげに地表をさすらっていた。彼女は束ねていた紐をといた髪を手で ポひとつにまとめ、前にまわしてコートの中に入れた。 きれい ←「君の髪はとても綺麗だな」と僕は言った。 「ありがとう」と彼女は言った。 の「前にも髪をほめられたことはある ? 」 世「いい え、ないわ。あなたがはじめてよ」と彼女は言った。 「ほめられるとどんな気がする ? 」 「わからないわ」と彼女は言ってコートのポケットに両手をつつこんだまま僕の顔を見た。 「あなたが私の髪をほめたというのはわかるわ。でもほんとうはそれだけではないのね。私 の髪があなたの中に何かべつのものを作りだして、あなたはそのことについて何かを言って 112

10. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

え」と娘は言った。「そんなに簡単な話じゃないの。その脱出口は迷路のようになっ ていて、やみくろの巣の中心へとつながっているし、どんなに急いでもそこから抜け出すの に五時間はかかるのよ。やみくろよけの発信機は三十分しかもたないから、柤父はまだその 中にいるはずだわ 「あるいはやみくろに捕えられたかね 「その心配はないわ。祖父は万一の場合に備えて地底の中でも絶対にやみくろの近寄れない 安全な避難場所をひとっ確保していたの。祖父はたぶんそこに潜んで、私たちが来るのをじ ンっと待っているんじゃないかしら」 ワ 「たしかに用心深そうな人だな」と私は言った。「君にはその場所がわかる ? 「ええ、わかると思うわ。祖父は私にもそこに着くまでの道筋をくわしく教えてくれたから。 それにこの手帳にも簡単な地図が描いてあるの。いろんな注意するべき危険なポイントとか ね」 「たとえばどんな危険 ? 「たぶんそれはあなたは知らない方がいいんじゃないかと思うんだけどと娘は言った。 「そういうのを聞いちゃうと必要以上にナーヴァスになる人っているみたいだから」 私はため息をついて、この先自分の身にふりかかってくるはずの危険についてそれ以上の 質問をすることをあきらめた。私は今だって相当ナーヴァスになっているのだ。 「そのやみくろの近づけない場所に着くにはどれくらい時間がかかるんだい ? 359