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検索対象: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
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1. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

しているの。いわば片輪のようなものね。でもそういった欠点にもかかわらず犀が生きのび おお ているのは、それが草食獣であって、硬い甲板に覆われているからなの。だから防御の必要 がほとんどないのね。そういった意味では犀は体型的に見ても三角恐竜によく似ていると言 えるの。でも一角獣は絵で見るかぎり確実にその系列にはないわね。甲板に覆われてもいな いし、とても : : なんてい、つか : : : 」 「無防備」と私は言った。 ン 「そう。防御に関しては鹿と同じくらいね。そのうえに近眼ときたら、これは致命的よ。た きゅうかく ンとえ嗅覚や聴覚が発達していたとしても、退路をふさがれたら手も足も出ないわね。だから ワ 一角獣を襲うのは高性能の散弾銃で飛べないあひるを撃つのと同じようなものなのよ。 それから一角であることのもうひとつの欠点は、その損傷が致命的だという点にあるのね。 要するにスペア・タイヤなしでサハラ砂漠を横断するようなものなのよ。意味はわかる ? 」 一「わかる」 「もうひとつの単角の欠点は、力を入れにくいという点にあるの。これは奥歯と前歯を比較 すると理解しやすいわね。奥歯の方が前歯に比べて力を入れやすいでしょ ? これはさっき もいったカのバランスの問題なの。末端が重くてそこに力が入れば入るほど総体は安定する のね。どう ? これで一角獣が相当な欠陥商品であることがわかったでしょ ? 」 「よくわかった」と私は言った。「君はとても説明が上手いよ」 彼女はにつこりと笑って、私の胸に指を這わせた。「でもね、それだけじゃないの。理論 171

2. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ひっかくくらいじやすまない 「ひっかく ? ーと私は思わず口に出した。 部屋の中を点検していた作業員風の男たちが仕事を済ませてキッチンに戻ってきた。 としかさ 「徹底的に捜しまわってるね」と年嵩の方が言った。「何ひとつ見逃してないし、手順もし つかりしている。プロの仕事だよ。間違いなく記号士だな」 連絡係が肯くと、二人は部屋から出ていった。あとには私と連絡係だけが残された。 ン 「どうして頭骨を捜すのに服まで裂いたんだろう ?. と私は質問してみた。「そんなところ ダ ン に頭骨は隠せないよ。たとえ何の頭骨であれね」 ワ 「奴らはプロです。プロはあらゆる可能性を考える。あなたはコインロッカーに頭骨をあす ルけて、そのキイをどこかに隠したのかもしれない。キイならどこにでも隠すことができる」 「なるほどねーと私は言った。なるほど。 「ところで記号士たちはあなたに何か提案しませんでしたか ? 「提案 ? ファクトリー 「つまりあなたを『エ場』にひきこむための提案です。金や地位やそういうものです。あ るいは逆に脅迫か」 「そういうことなら何も聞かなかったねーと私は言った。「腹を切られて頭骨のことを訊ね られただけさ」 「いいですか、よく聞いて下さいーと連絡係は言った。「もし奴らが何かそういうことを一言 271

3. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

前兆もなく何の音もなく、するすると両側に開いた。 ポケットの中の小銭に神経を集中させていたせいで、はじめのうちドアが開いたことを私 は、つまく認識することかできなかった。とい、つかも、つ少し正確に表現すると、ドアか開いた はあく のは目に入ったのだが、 それが具体的に何を意味するのかがしばらくのあいだ把握できなか った、ということになる。もちろん扉が開くというのは、それまでその扉によって連続性を ン 奪いとられていたふたつの空間が連結することを意味する。そして同時にそれは私の乗った エレベ 1 ターが目的地に到達したことをも意味している。 ン ワ 私はポケットの中で指を動かすのを中断して扉の外に目をやった。扉の外には廊下があり、 廊下には女が立っていた。太った若い女で、ピンクのスーツを着こみ、ピンクのハイヒール イ ポをはいていた。スーツは仕立ての良いつるつるとした生地で、彼女の顔もそれと同じくらい 一つるつるしていた。女は私の顔をしばらく確認するように眺めてから、私に向ってこっくり うなず と肯いた。どうやら〈こちらに来るように〉という合図らしかった。私は小銭の勘定をあき 終 らめて両手をポケットから出し、エレベーターの外に出た。私が外に出ると、それを待ち受 の 世けていたかのように私の背後でエレベーターの扉が閉まった。 廊下に立ってまわりをぐるりと見まわしてみたが、私の置かれた状況について何かを示唆 してくれそうなものはひとっとして見あたらなかった。私にわかったのは、それがビルの内 部の廊下であるらしいということだけだったが、そんなことは小学生にだってわかる。 それはともかく異様なくらいのつべりとした内装のビルだった。私の乗ってきたエレベー

4. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

その女の子がカウンターのうしろのドアから姿を見せたのは十分か十五分あとのことだっ た。彼女は手に紙ばさみのようなものを持っていた。彼女は僕の顔を見て少し驚いたようで、 はお 頬が一瞬赤くなった。 「ごめんなさいと彼女は僕に言った。「誰か見えていたとは知らなかったんです。ドアを ノックしていただければよかったのに。ずっと奥の部屋でかたづけものをしていたんです。 でたらめ なにしろいろんなものが出鱈目にちらかっているものだから」 僕は長いあいだ言葉もなくじっと彼女の顔を見つめていた。彼女の顔は僕に何かを思いだ させようとしているように感じられた。彼女の何かが僕の意識の底に沈んでしまったやわら 終 のかなおりのようなものを静かに揺さぶっているのだ。しかし僕にはそれがいったい何を意味 ほうむ やみ 界 するのかはわからなかったし、言葉は遠い闇の中に葬られていた。 世 「御存じのようにここを訪ねてくる人はもう誰もいないんです。ここにあるのは〈古い夢〉 だけで、他には何もありません」 僕は彼女の顔から目を離さずに小さく肯いた。彼女の目や彼女の唇や彼女の広い額やうし ろで束ねられた黒い髪のかたちから、僕は何かを読みとろうとしたが、細かい部分に目をや ればやるほど、全体的な印象はほんやりと遠ざかっていくように僕には感じられた。僕はあ きらめて目を閉じた。 「失礼ですけれど、どこかべつの建物とお間違えになったのではないでしようか ? このあ たりの建物はみんなよく似ていますから」と彼女は言って紙ばさみをカウンターの上のペー くちびる

5. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

だろうね。チョコレート工場といってもさ、森永とか明治とか、ああいう大きいのじゃなく だがしゃ てさ、小さな名もない町工場でさ、ほら駄菓子屋とかスー ーマーケットのバーゲンとかで 売っているような、ああいうゴッゴッした素気ないやつを造るところなんだ。それでなにし ろ、毎日毎日チョコレートの匂いがするんだな。いろんなものにチョコレートの匂いが染み ま 6 くら ついちまうんだ。カーテンとか枕とか猫とか、そういうあらゆるものにさ。だからチョコレ ン ートは今でも好きだよ。チョコレートの匂いをかぐと子供の頃のこと思いだすんだ」 ン 男はローレックスの文字盤にちらりと目をやった。私はもう一度ドアの話を持ちだしてみ ワ ようかとも田 5 ったが、話が長くなりそうだったのでやめた。 ル「さて」とちびは言った。「時間があまりないんで世間話はこれくらいにしよう。少しはリ ボラックスした ? 」 「少し」と私は言った。 「さて、本題に入ろう」と小男が言った。「さっきも言ったように、俺がここに来た目的は のあんたのとまどいを少しなりともときほぐすことにある。だからわからないことがあったら 世何なりと質問してみてくれ。答えられることは答える」 それからちびは私に向って〈さあさあ〉という風に手まねきした。「何でも訊いてみて」 はあく 「まず、あんたたちが何もので、どこまで事態を把握しているかというところを知りたい ね」と私は言った。 「良い質問」と彼は言って、同意を求めるように大男の方に目をやり、大男が肯くとまた私

6. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

くちびる 大男は次にそののつべりとした金属片を両手の指でつまみ、唇をほんのわずかに歪めただ けで、きれいに縦に裂いてしまった。電話帳をふたつに裂くのは一度見たことがあるけれど、 べしゃんこになったコーラの缶を裂くのを目にするのははじめてだった。試してみたことは ないからよくわからないけれど、たぶん大変なことなのだろう。 「百円硬貨だって曲げることができるんだ。そんなことができる人間はあまりいない」と小 ン 男は言った。 うなず ダ 私は肯いて同意した。 ワ 「耳だってちぎりとれる」 私は肯いて同意した。 ポ「三年前まではプロレスラーだったんだ」とちびは言った。「なかなか良い選手だったね。 ドひざ ←膝を痛めなきやチャンピオン・クラスまではいっただろうね。若いし、実力もあったし、見 とかけのわりに足も速かった。しかし膝を痛めちゃもうだめだ。レスリングはスピードがなく のちややっていけないものな」 世男がそこで私の顔を見たので、私は肯いて同意した。 「それ以来俺が面倒みてるんだ。なにしろ俺の従弟なもんでね 「あまり中間的な体型を産出しない家系なのかな ? 」と私は言った。 「も、つ一度言ってみろ」とちびが言って、私の目をじっとのぞきこんだ。 「なんでもないよーと私は言った。 228 おれ ゆが

7. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

僕は門番小屋に入り、テープルの前に腰をかけて門番がやってくるのを待った。テ 1 プル の上はいつものようにちらかっていた。門番がテープルの上をかたづけるのは、その上で刃 さら 物を研ぐときに限られているのだ。汚れた皿やカップやパイプやコーヒーの粉や木の削りか たな きれい すがとりとめもなくかさなりあっている。壁の棚に並んだ刃物だけが見事なくらい綺麗に配 ト列されている。 ン 門番は長いあいだ戻ってこなかった。僕は椅子の背もたれに腕をかけて、ばんやりと天井 を眺めながら時間をつぶした。この街にはいやというほど時間が余っているのだ。人はごく ワ 自然にそれぞれの時間のつぶし方を覚えていく。 くぎ 外ではかんなをかける音と金槌で釘を打ちつける音がずっとつづいていた。 中に入ってきたのは門番ではなく僕の影だった。 やがてドアが開いたが、 一「ゆっくり話している暇がない」と影は僕のそばを通り過ぎながら言った。「倉庫に釘をと りにきただけなんだ」 終彼は奥のドアを開け、その右手にある倉庫から釘の箱をとった。 世「いいかい、よく聞いてくれ」と影は箱の中の釘の長さを調べながら言った。「まずこの街 の地図を作るんだ。それも他人に聞くんじゃなくて君が自分の足と目でひとつひとったしか めた地図だ。目についたものはそこにひとっ残らず描きこんでくれ。どんな小さなことでも 「時間がかかるせ」と僕は言った。

8. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

そう一言うと、彼は注意を再びチェス盤に戻した。そのチェスは僕の知っているチェスとは 駒の種類と動き方が少しずつ違っていたので、ゲームはだいたいいつも老人が勝った。 さる 「猿が僧正をとるが、かまわんかね ? 」 ふさ 「どうぞーと僕は言った。それから僕は壁を動かして猿の退路を塞いだ。 すうせい うなず 老人は何度か肯いて、また盤面をじっと睨んだ。勝負の趨勢はもう殆んどきまっており老 人の勝利は確定したようなものだったが、彼はそれでもかさにかかって攻めたてることはせ ず、熟考に熟考をかさねた。彼にとってゲームとは他人を負かすことではなく自分自身の能 力に挑むことなのだ。 終 の「影と別れる、影を死なせるというのはつらいものだ」と老人は言って、騎士を斜行させ壁 界 と王のあいだを巧妙にプロックした。僕の王はそれで実質的には丸裸になった。チェックメ 世 イトまであと三手というところだ。 「つらさというのはみんな同じさ。私の場合だってそうだった。それも何も知らない子供の うちにひきはがされて、つきあいのないままに影を死なせてしまうならともかく、年をとっ てからだとこたえるもんだよ。私が影を死なせたのは六十五の年だものな。その年になれば いろいろと思い出もある」 「影はひきはがされたあとどのくらい生きるものなのですか ? 「影にもよるね」と老人は言った。「元気な影もいれば、そうでないのもいる。しかしひき とちがら はがされた影はこの街ではそれほど長くは生きられん。ここの土地柄は影にはあわんのだよ。

9. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

はあく 「簡単さ」と小男は言った。「俺たちはあんたの置かれたおおよその状況を把握しているが、 あんたを生かしている。あんたの組織はあんたの置かれた状況についてまだ殆んど何も知ら りつ ない。知ったら、あんたを消すかもしれない。俺たちの方が賭け率はずっと良い。簡単だ ンステム 「しかし『組織』は遅かれ早かれ状況を知るよ。それがどんな状況かはしらないけどね。 ン システム ラ『組織』はとても巨大だし、それに好鹿じゃないからね」 ダ ン 「たぶんな」と彼は言った。「しかしそれにはまだ少し時間がかかるし、うまくいけばその ワ あいだに我々もあんたもおのおのの抱えた問題を解決することができるかもしれない。選択 ルというのはそういうものなんだよ。たとえ一バーセントでも可能性が多い方を選ぶんだ。チ ポエスと同じさ。チェックメイトされたら逃げる。逃げまわってるうちに相手がミスをするか 一もしれない 。どんな強力な相手だってミスをしないとは限らないんだ。さてーー・」 と言って男は時計に目をやり、それから大男に向ってばちんと指を鳴らした。小男が指を 終鳴らすと、大男はスウィッチを入れられたロポットのようにびくりと顎を上げ、すばやくソ 世ファーの前までやってきた。そして私の前についたてのように立ちはだかった。いや、つい たてというよりはドライヴ・イン・シアターの大スクリーンと言った方が近いかもしれない 前が何も見えなくなった。天井のライトがその体ですつほりと隠され、淡い色あいの影が私 につしよく を包んだ。私は小学生の頃、学校の校庭で観察した日蝕のことをふと思いだした。みんなで ガラス板にロウソクの煤をつけ、それをフィルターがわりに太陽をのぞいたものだった。も すす ころ

10. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ばくぜん 彼らはその意味を知っているー・ーあるいは漠然と推測しているーーーが頭骨を持っていない。 せんたくし フィフティー ・フィフティーだった。私が今ここでとるべき行動の選択肢はふたつあった。 ひとつは『組織』に連絡し事情を説明し、私を記号士から保護してもらうか頭骨をどこかに 持っていってもらうこと。もうひとつはあの太った娘に連絡をとって頭骨の意味を説明して システム もらうことだった。しかし「組織』を今この状况にひきこむことに対して私はどうも気が進 まなかった。おそらくそうすれば私は面倒な査問にかけられることになるかもしれない。私 ン は大きな組織というのがどうも苦手なのだ。融通がきかないし、手間と時間がかかりすぎる。 ン頭の悪い人間が多すぎる。 ワ 太った娘と連絡をとるというのも現実的に不可能な話だった。私はその事務所の電話番号 ルを知らないのだ。直接にビルに出向くという手もあったが、 今アパートを出るのは危険だし、 それにあの警戒の厳重なビルがアポイントメントなしで私を簡単に中にとおしてくれるとも 田 5 えなかった。 可もしないことにした。 それで結局私はイ たた 私はステンレス・スティールの火箸を手にとってもう一度その頭骨のてつべんを軽く叩い てみた。前と同じくうんという音がした。まるでその名前のわからない何かしらの動物が生 きてうなっているようなどことなく哀しげな音だった。どうしてそんな奇妙な音がするのか、 私はその頭骨を手にとってじっくりと観察してみた。そしてもう一度火箸で軽く叩いてみた。 く、つんという同じ音がしたが、 よく注意してみるとその音は頭骨のどこか一カ所から出てく . ンステム し