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検索対象: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
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1. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

どろばう を高度化する。我々はデータを守り、彼らはデータを盗む。古典的な警官と泥棒のパターン よくだい 記号士たちは不法に入手したデータを主として情報のプラック・マーケットに流し、大 な利益を得る。そしてもっと悪いことには彼らはその情報のうちのもっとも重要なものを自 ド分たちの手にとどめ、自らの組織のために有効に使用するのである。 システム ファクトリー 我々の組織は一般に「組織』と呼ばれ、記号士たちの組織は『エ場』と呼ばれている。 . ンステム コングロマリット ダ ン 「組織』は本来は私的な複合企業だがその重要性が高まるにつれて、半官営的な色彩を帯び ワ るようになった。仕組としてはアメリカのベル・カンパニーに似ているかもしれない。我々 レ 末端の計算士は税理士や弁護士と同じように個人で独立して仕事を行うが、国家の与えるラ システム ィー イセンスが必要だし、仕事は『組織』あるいは『組織」の認めるオフィシャル・エージェン ファクトリー ←トを通してまわってきたものしか引き受けてはならない。これは『エ場』に技術を悪用さ れないための措置で、違反した場合には懲罰を受け、ライセンスを没収される。しかしそう のいう措置が正しいことなのかどうか私にはよくわからない。何故なら資格を奪われた計算士 ファクトリー 世は往々にして「工場』に吸収されて地下にもぐり、記号士になってしまうからだ。 『エ場』がどのように構成されているのか私にはわからない。最初それは小規模のべンチ ャー・ビジネスとして生まれ、急激に成長したということである。「データ・マフィア』と 呼ぶ人もいるが、様々な種類のアンダーグラウンド組織に根をはりめぐらせているという点 ではたしかにそれはマフィアに似ているかもしれない。彼らがマフィアと違う点は情報しか ンステム

2. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

デュランの音楽のことを考えていた。彼らは何も知らないのだ。私が懐中電灯と大型ナイフ をポケットにつめて、腹の傷を抱えながら、闇の底に下降していることなんて。彼らの頭の 中にあるのはスピード・メーターの数字とセックスの予感だか記億だかと、ヒットチャート を上がっては落ちていく無害なポップソングだけなのだ。しかしもちろん、私には彼らを非 難することはできなかった。彼らはただ知らないだけなのだ。 私だって何も知らなければ、こんなことをしないで済ますこともできたのだ。私は自分が ン 一スカイラインの運転席に座り、隣に女の子を乗せて、デュラン・デュランの音楽とともに夜 ン中の都市を疾走しているところを想像してみた。あの女の子はセックスをするときに左の手 ワ 首にはめた二本の細い銀のプレスレットをはずすのだろうか ? はずさないでくれればいし ルな、と私は思った。服を全部脱いだあとでも、その二本のプレスレットは彼女の体の一部み たいにその手首にはまっているべきなのだ。 なぜ しかしたぶん、彼女はそれをはずすことになるだろう。何故なら女の子はシャワーを浴び るときにいろんなものをはずしてしまうものだからだ。とすると、私はシャワーを浴びる前 に彼女と交わる必要があった。あるいは彼女にプレスレットをはずさないでくれと頼むかだ。 そのどちらが良いのかは私にはよくわからなかったが、いずれにせよなんとか手を尽して、 プレスレットをつけたままの彼女と交わるのだ。それが肝要だった。 私は自分がプレスレットをつけたままの彼女と寝ている様を想像してみた。彼女の顔がま るで思いだせなかったので、私は部屋の照明を暗くすることにした。暗くて顔がよく見えな

3. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

トだって追い出されかねない。 その誰かがドアに体あたりしているあいだに私はズボンをはき、トレーナーを頭からかぶ り、ベルトの裏にナイフをかくし、便所に行って小便をした。そして念のために金庫を開け てテープレコーダ】の非常スウィッチを押して、中のカセット・テープを消去してから、冷 蔵庫をあけて缶ビールとポテト・サラダを出して昼食がわりに食べた。ヴェランダには非常 用の梯子が置いてあるから脱出しようとすればできたのだけれど、私はとても疲れていたの ン ラで、逃げまわるのが面倒になったのだ。それに逃げまわったところで、私の直面した問題は やっかい ン何ひとっとして解決しない。私はある種のきわめて厄介な問題に直面しておりーーーあるいは ワ 巻きこまれておりーーー・自分一人のカではどうにもならなくなってしまっているのだ。その門 題について、誰かと真剣に話しあう必要があった。 イ ポ 私は依頼を受けた科学者の地下実験室に行って、データ処理をした。その際に一角獣の頭 骨らしきものを受けとり、家に持ちかえった。しばらくすると記号士に買収されたらしいガ スの点検員がやってきて、その頭骨を盗もうとした。翌朝、依頼主の孫娘から電話があり、 柤父がやみくろに襲われたのでたすけて欲しいと言ってきた。待ちあわせの場所にかけつけ たが、彼女はあらわれなかった。私はふたつの重要な品物を持っているらしかった。ひとっ は頭骨であり、もうひとつはシャッフル済みのデータである。私はそのふたつを新宿駅の荷 物一時預り所に預けた。 わからないことだらけだった。私としては誰かから何かしらのヒントを与えてほしかった。 223

4. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

う。迷惑するのはいつも私のような現場の人間なのだ。 「この依頼書類をひととおり全部カラー ・コピーして下さい。それがないといさというとき に私が非常に困った立場に追いこまれることになりますからね」 「もちろんですとも」と老人は言った。「もちろんコピーはおわたしします。心配すること ドなど何もないです。手続きはすべて一点の曇りもない正式なものです。料金は今日半額、 きわたし時に残りの半額を支払います。それでよろしいかな ? プレイン・ウォッ . ンユ もど 「結構です。洗いだしは今ここでやります。そして洗いだし済みの数値をもって家に戻り、 ワ そこでシャフリングをやります。シャフリングにはいろいろと用意が必要なんです。そして そのシャフリング済みのデータを持ってまたここにうかかいます」 「三日後の正午までにはどうしても必要なんだが ? 」 「十分です」と私は言った。 「くれぐれも遅れんようにな」と老人は念を押した。「それに遅れると大変なことになるで 終 世「世界が崩壊でもするんですか ? 」と私は訊いてみた。 「ある意味ではね」と老人はふくみのある言い方をした。 「大丈夫です。期限に遅れたことは一度もありませんと私は言った。「できればポットに 入った熱いプラック・コーヒーと氷水を用意して下さい。それから簡単につまめるタ食。ど うやら長い仕事になりそうですからね

5. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ゅ・つか【 「しかし博士がやみくろに誘拐されたんだぜ」 「そういう話もたしかに耳にした。しかしくわしいことは我々にもわからない。博士が姿を くらますために一芝居打ったという可能性も考えられないではない。何しろ三つ巴四つ巴と いう状況だからな、何が起っても不思議はないさ 「博士は何をしようとしていたんだろう ? 」 「博士は特殊な研究をしていたんだよ」と男は言って、ライターをいろんな角度から眺めた。 ン きっこう ラ「計算士の組織とも記号士の組織とも拮抗する立場から、独自の研究を押しすすめてたんだ。 かん 記号士は計算士をだし抜こうとするし、計算士は記号士を排除しようとする。博士はその間 隙を縫って世界の仕組そのものがひっくりかえるような研究をつづけていたのさ。そしてそ れにはあんたが必要だったんだな。それも計算士としてのあんたの能力ではなくて、あんた イ という一人の人間がね 「僕が ? 」と私は驚いて言った。「どうして僕が必要なんだ ? 僕には何の特殊能力もない し、とても平凡な人間だよ。世界の転覆に加担できるとはどうしても思えないんだけれど ね」 「我々もその答を探っている」とちびは手の中でライターをこねくりまわしながら言った。 とにかく彼はあんたに焦点をしばりこんで研究 「察しはつけているが、明確な答ではない。 を進めていた。長い期間にわたって最終ステップへの準備が整えられてきたんだ。あんた自 身の知らないうちにね 237 みどもえ

6. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ンステム 『組織』の連中がやってきて僕を質問攻めにした。それから最後にまた君がやってきた。な んだかまるできちんとスケジュールに組まれているみたいじゃないか。バスケットボールの フォーメーションみたいにさ。君はいったいどこまで事情を知ってるんだ ? 「正直に言って、私の知っていることはあなたが知っていることとそれほどの差はないと思 うわ。私は柤父の研究を手伝って、言われたとおりに行動していただけなの。あれをやれこ ン ラ れをやれ、あっちに行けこっちに来い、電話をかけろ手紙を書け、そんなこと。柤父がいっ ンたい何をしようとしていたのかについては私もあなたと同じようにまるで見当もっかないの ワ 「でも君は研究を手伝っていたんだろう ? 」 ポ「手伝ったといってもただのデータ処理とか、そういう技術的なことばかりよ。私には専門 ←的な知識はほとんどないし、そんなの見聞きしたって何も理解できっこないわ」 つめ たた 私は指の爪の先で前歯を叩きながら、考えを整理した。突破口が必要なのだ。状況が私と のいう存在を完全に呑みこんでしまう前に、少しでもその状況をときほぐしておく必要がある 世のだ。 「さっき君はこのままじや世界が終るって言ったね。それはどうして ? 何故、どういう風 に世界が終るんだい ? 「知らないわ。柤父がそう言ったのよ。今私の身に何かがあれば世界が終るってね。柤父は 冗談でそんなこと言う人じゃないのよ。彼が世界が終るって言えば、世界はほんとうに終る なぜ

7. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

えてしまうときが冬の終りだ」 我々は北の尾根の雲を見ながら、二人で朝のコーヒーを飲んだ。 「それから、これも大事なことだ」と老人は言った。「冬が始まったら、なるべく壁には近 寄らんようにしなさい。そして森にもだ。冬にはそういった存在が強い力を持ちはじめる」 「森にはいったい何があるのですか ? 、。少くとも私や君にとって必 ラ「何もないよ」と少し考えたあとで老人は言った。「何もなし ダ 要なものはそこには何もない。我々にとっては森は不必要な場所なんだ」 ワ 「森の中には誰もいないのですか ? 」 とびら 老人はストーヴの扉を開けて中のほこりを払い、そこに細い薪を何本かと石炭を入れた。 ポ「おそらく今夜あたりからストーヴの火を入れねばならんだろう」と彼は言った。「この薪 一や石炭は森でとれる。それからきのこやお茶やそういった種類の食料も森でとれる。そのよ うな意味あいでは森は我々にとって必要だ。しかしそれだけだ。それ以外には何もないー の「でもそうすると、森には石炭を掘ったり薪をあつめたり、きのこを探したりする人が生活 世しているとい、つことになりますねワ・」 「たしかにね。何人かは住んでいる。彼らは石炭や薪やきのこをとって街に供給し、我々は そのかわりに穀物や衣類を与える。そのような交換が週に一度特定の場所で特定の人間によ って行われる。しかしそれ以外の交わりはない。彼らは街に寄りつかないし、我々は森には 近寄らない。我々と彼らとはまったくべつの種類の存在なのだ」 248

8. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

向けたんだろう ? 」 「頭がいいね」と小男は言って、大男の顔を見た。「頭はそういう風に働かせるもんさ。そ うすれば生き残れる。うまくいけばね それから二人組は部屋を出ていった。彼らはドアを開ける必要もなく、閉める必要もなか ちょ・つつがい った。私の部屋の蝶番が吹きとんで枠がねじれたスティール・ドアは今や全世界に向けて開 ン かれているのだ。 ダ ン ワ 私は血で汚れたパンツを脱いでごみ箱に放りこみ、水にひたしたやわらかいガーゼで傷口 のまわりについた血を拭った。体を前後に曲げると傷がずきずきと痛んだ。トレーナー・シ すそ ポャツの裾にも血がついていたので捨てた。それから床にちらばった衣類の中から、血がつい 一てもあまり目立たない色の e シャッとなるべく小さな型のプリーフを選んで身につけた。そ れだけでもひと仕事だった。 のそれから私はキッチンに行って水をグラスに二杯飲み、考えごとをしながら「組織」の連 世中が来るのを待った。 本部の連中が三人やってきたのは三十分後だった。一人はいつも私のところに来てデータ を受けとっていく生意気な連絡係の若い男だった。彼はいつもと同じようにダークスーツを 着こみ、白いシャツに銀行の貸付け係みたいなネクタイをしめていた。あとの二人はスニー カーをはいて、運送会社の作業員のような格好をしていた。とはいっても、彼らは銀行員や 268 . ンステム

9. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

出してそれを私のシャフリングのためのバス・ドラマと定め、そしてそれを今度は逆に私の 脳の中にインブットしたのである。彼らはそのタイトルは〈世界の終り〉で、それが君のシ ヤフリングのためのパスワードなのだ、と教えてくれた。そんなわけで、私の意識は完全な 一一重構造になっている。つまり全体としてのカオスとしての意識がまず存在し、その中にち ようど梅干しのタネのように、そのカオスを要約した意識の核が存在しているわけなのだ。 しかし彼らはその意識の核の内容を私に教えてはくれなかった。 ン 「それを知ることは君には不必要なのだ」と彼らは私に説明してくれた。「何故なら無意識 ン性ほど正確なものはこの世にないからだ。ある程度の年齢ーーー、我々は用心深く計算してそれ ワ を二十八歳と設定しているわけだが に達すると人間の意識の総体というものはまず変化 ルしない。我々が一般に意識の変革と呼称しているものは、脳全体の働きからすればとるにたら コア ない表層的な誤差にすぎない。だからこの〈世界の終り〉という君の意識の核は、君が息をひ コア きとるまで変ることなく正確に君の意識の核として機能するのだ。ここまではわかるね ? 「わかります」と私は言った。 「あらゆる種類の理論・分析は、いわば短かい針先で西瓜を分割しようとしているようなも のだ。彼らは皮にしるしをつけることはできるが、果肉にまでは永遠に到達することはでき ない。だからこそ我々は皮と果肉とをはっきりと分離しておく必要があるのだ。もっとも世 間には皮ばかりかじって喜んでいるような変った手合もいるがね」 「要するに」と彼らはつづけた。「我々は君のパス・ドラマを永遠に君自身の意識の表層的 191

10. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

荷物を後部座席に放りこんだ。見張りがいるのなら我々の姿をみつければいいし、尾けたけ れば尾ければい、。 そんなのは私にとってはもうどうでも、 しいことであるような気がした。 たれ だいいち私はいったい誰に対して警戒をすればいいのだ ? 記号士か、それとも「組織」か、 それともあのナイフの二人組か ? 三つものグループを相手にまわしてうまく立ちまわるこ となんて、とてもではないが今の私の手にあまる。腹を六センチ横に裂かれたうえに睡眠不 足で、太った娘をひきつれて地底の闇の中でやみくろと対決するだけで、私には精いつば ) ン ラ、、こった。何かをやりたければみんな好きなようにやればいいのだ。 ンできれば車の運転はしたくなかったので、娘に車は動かせるかと訊いてみた。できない、 ワ と彼女は言った。 「ごめんなさい。馬なら乗れるんだけど」と彼女は言った。 「いいよ、いっか馬に乗るのが必要なときが来るかもしれない」と私は言った。 燃料計の針がに近いことをたしかめてから、車を外に出した。そして曲りくねった住宅 街をぬけて大きな通りに出た。夜中だというのに通りは車でいつばいだった。車の約半分は タクシーで、あとはトラックと乗用車だった。こんなにたくさんの数の人間がどうして真夜 中に車で街を走りまわる必要があるのか私には理解できなかった。なぜみんな六時には仕事 を終えて家に帰り、十時前にべッドにもぐりこんで電気を消して寝てしまわないのだ ? でもそれは結局のところ他人の問題だった。私がどんな風に考えたところで、世界はその 原則に従って拡大していくのだ。私が何を考えたところでアラブ人は石油を掘りつづけるだ 319 やみ っ ンステム