世界の終り 世界の終りの地図 ン ダ ン 影と会った翌日から、僕は早速街の地図を作る作業にとりかかった。 ワ 僕はまず夕方に西の丘の頂上にのばって、まわりをぐるりと見まわしてみた。しかし丘は ル街を一望のもとに見下ろせるほど高くはなかったし、僕の視力はすっかり低下していたから、 イ 街をとり囲む壁のかたちをはっきりと見定めることは不可能だった。街のおおよその広がり ←方がわかるという程度のことだ。 まる りようが 街は広すぎもせず狭すぎもしなかった。つまり僕の想像力や認識能力を遥かに凌駕するほ ぜんぼうはあく のど広くはなく、かといって簡単に全貌を把握できるほど狭くはないということだ。僕が西の 世丘の頂上で知り得た事実はそれだけだった。高い壁が街をぐるりととりまき、 川がそれを南 にびいろ 北に区切って流れ、夕暮の空が川を鈍色に染めていた。やがて街に角笛の音が響き、獣たち あわ おお の踏み鳴らすひづめの音が泡のようにあたりを覆った。 結局、壁のかたちを知るためには壁に沿って歩いてみるしかなかった。しかしそれは決し て楽な作業ではなかった。僕は暗く曇った日か夕方にしか外を歩くことができず、西の丘か
128 そんな題の詩がほんとうにあったらとても楽しいだろうと私は思った。 したくちびる 彼女はしばらく下唇をかんで考えこんでいたが、「ちょっとお待ち下さい。調べてみます」 と一一一一口って、くるりと、つしろを向き、コンピューターのキイボードに『ほにゆ、つるい』とい、つ 単語をうちこんだ。二十ばかりの書名がスクリーンにあらわれた。彼女はライトペンを使っ てそのうちの三分の二ばかりを消した。そしてそれをメモリ 1 してから、こんどは『こっか ン く』という単語をうった。七つか八つの書名が出てきて、彼女はそのうちの二つだけを残し、 ン前のメモリ 1 ぶんの下にそれを並べた。図書館も昔に比べれば変ったものだ。貸出しカード ワ が袋に入って本のうしろについていた時代が夢のようだ。私は子供の頃貸出しカードに並ん だスタンプの日付けを見るのが大好きだったのだ。 ポ 私は彼女が慣れた手つきでキイボードを操作しているあいだずっと彼女のほっそりとした ←背中と長い髪を見ていた。彼女に好意を抱いていいものかどうか、私はかなり迷った。彼女 は美人だったし、親切だったし、頭も良さそうだったし、詩の題のようなしゃべり方をした。 終好意を抱いてはいけないという理由は何ひとっとしてないように田」えた。 ーン・コピーをとり、それを私 世彼女はコピーのスウィッチを押してモニター > のスクリ にわたしてくれた。 「この九冊の中から選んで下さいと彼女は言った。 1 ホニュウルイガイセッ
「べン・ンヨンソンのことを考えていいかな ? と私は訊ねてみた。 「べン・ンヨンソン ? 」 「ジョン・フォードの古い映画に出てくる乗馬のうまい俳優さ。すごくきれいに馬に乗るん くらやみ 彼女は暗闇の中で楽しそうにくすくす笑った。「あなたって素敵ね。あなたのことすごく ラ「于 ~ さよ」 ン「年が違いすぎる」と私は言った。「それに楽器ひとつできない」 ワ 「ここを出られたら、あなたに乗馬を教えてあげるわ」 「ありがとう」と私は言った。「ところで君は何について考える ? 」 「あなたとのキスのこと」と彼女は言った。「そのためにあなたとさっきキスしたのよ。知 ←らなかった ? 」 「知らなかった」 「祖父がここで何を考えていたか知ってる ? 」 「知らない 「柤父は何も考えないのよ。彼は頭をからつほにすることができるの。天才というのはそう いうものなの。頭をからつほにしていれば、邪悪な空気はそこに入ってくることはできない のよ」
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド フ づ光 るか だと ひ中 のた つ いばす灯 たぶ は停か中 のた い尻 b 。く 足壊 彼てがよ はた 私 / 一 - 三 . 火工 いわ は づと そたかわ てめ っか ク ) ト射な神 カ 彼て ら灯 をが テ手たかかほ はをすを をた で気描と すナ懐た集ら つな どの の灯見高 で をし、 つイ 自 電ふ を灯 てち どに 目歩 の 顔 ず、 いさ ばウ を だで睨は ス同 つ近ん右持そ いち 昭 ほで づで ら し しチ 。た な が用 。イ 、な の私 何 て雨 . 手ロ △私方て と つを 力、 どを を 縣 命る 八ち う動 に ス・ら 彳寺ロ し いれ や がて べ小 ルれ っ たを手る つめ のを の上 て 冫示や すでか方 い オこ つあ でか カゞ じ上 り 力、 っ ンがき て い る の は ポ ツ ロロ 店 冗 て よ つ な カ ン ノ ) っ ち く な のが弱 じ つ と 目 を ら し ゴてそ 、、でグるが停と っ 里そだ 人 の 顔 ら し と しそた 彦貞 は と じ よ っ に ル 力、 いけや フ ド ァほる ま ま っ た は り し、 も の た の で いれで と何ま 日召 ら し し し、 る は のて灯ま私 は メ ト ル と . ろ ま く と 、そ り そ の ま ま す つ と に ら た私懐方揺かき に っ く る っ に じたな と私脳 いでた り 左 に ウ ィ チ を っ ま の ら電向 を ち そ を つ は ま じ る 。頭め を つ たナ巨ま丈 大 フな姿 を発 、が ふ 手ら出 ふ と ッ中 を な ら っ し たか中 。し え度ゆた同 る に の ま 勢 握光で配灯ひ 虫相な の を た いがり たが灯あれ っ つ と っ の水ケ 日 ま私輪消私か的か経 と ・包 . い ら し大が く 。度 尢 に っ や ら の夫黄 心、 い と い つ図を の も てでそ 私 中 。時り そ のん の 大かた な、 、色 し、 も び た り と た ズ 、、ポて ン ポ ら フ ひ つ り そ し さ ぐ り で メ」 を 開 0 い 日音 闇 と に ら ッ反かにで っ と を あ る と の の七ち メ つ前ほ ま ん近な い 0 こ 中 の ス イ ッ を 。消そ し 羽 ス リ ッ ト 手 っ した電 ら 気もす 。中 し - た の 、でか 、光はな 月リ に ら と の 44 懐 を か も し に も も し、 く し ま つ
だ。それも決定的に勝つ。実績も何も関係ない。それに今の状况は明らかに不自然だ。まる システム つきりの独占状態じゃないか。情報の陽のあたる部分を『組織』が独占し、陰の部分を これはどう考えても自由主義経済の法 『エ場』が独占している。競争というものがない。 則にもとっている。どう、不自然だと思わない ? あり 「僕には関係ないな」と私は言った。「僕のような末端は蟻のように働くだけだ。その他に は何も考えない。だからもし君たちが僕を仲間に加えたいと思ってここに来たのならーーー」 ン 「あんたはわかってないようだな」とちびは舌打ちして言った。「俺たちはあんたを仲間に ン入れようなんて思ってない。ただあんたを手に入れたいって言っただけさ。次の質問は ? 」 ワ 「やみくろについて知りたい」と私は言った。 「やみくろは地下に生きるものだ。地下鉄とか下水道とか、そういうところに住みついて、 都市の残りものを食べ、汚水を飲んで生きている。人間とまじわることは殆んどない。だか ←らやみくろの存在を知るものは少ない。人間に危害を加えることはまずないが、たまには一 人で地下にまぎれこんできた人間をつかまえて肉を食べることもある。地下鉄工事で、作業 員がときどき行方不明になることがあるな」 「政府は知らないの ? 」 「政府はもちろん知ってるよ。国家というのはそれほど馬鹿じゃない。連中はちゃんと知っ てるよー・ーといってもほんのトップクラスに限られているけどね」 「じゃあどうしてみんなに注意するか、駆りたてるかしないんだろう ? 235
ければ、匂いをかぐこともできないのよ。どれだけ沢山の女の子をお金で買っても、どれだ け沢山のゆきずりの女の子と寝ても、そんなのは本当のことじゃないわ。誰もしつかりとあ なたの体を抱きしめてはくれないわ 「そんなにしよっちゅう女の子を買ったり、ゆきずりで寝てるわけじゃないさ」と私は抗議 ン 「同じことよ」と彼女は言った。 ン まあそうかもしれない、と私は田」った。誰かが私の体をしつかりと抱きしめてくれるわけ ワ ではないのだ。私も誰かの体をしつかりと抱きしめるわけではない。そんな風に私は年をと ルりつづけているのだ。海底の岩にはりついたなまこのように、私はひとりぼっちで年をとり つづけるのだ。 私はばんやりと考えごとをしながら歩いていたせいで、前を行く彼女が立ち止まったのに 気がっかず、そのやわらかい背中にぶつかってしまった。 の「失礼と私は言った。 世「しつ ! 」と彼女は言って、私の腕をつかんだ。「何か音が聞こえるわ。耳を澄ませて ! 」 我々はじっとそこに立ったまま、暗闇の奥からやってくる響きに耳を澄ませた。その音は たど 我々の辿る道のずっと前方から聞こえてきた。小さな、注意しなければ気がっかないような 音だ。かすかな地鳴りのようでもあり、何かどっしりとした重い金属がこすりあわされる音 のようでもある。しかしそれが何であれ、音は途切れることなくつづき、時間がたつにつれ
ぐに伸ばし、それで爪の甘皮をつついた。左手の人さし指の爪の甘皮だった。甘皮をひとし はいざら きりつつき終ると、彼はまっすぐに伸びたペー ・クリップを灰皿に捨てた。私はこの次 なにかに生まれかわることができるとしても、ペー ・クリップにだけはなりたくないと 思った。わけのわからない老人の爪の甘皮を押し戻してそのまま灰皿に捨てられてしまうな んて、あまりぞっとしない。 ン 「私の情報によれば、やみくろと記号士は手を握っておるですよ」と老人は言った。「しか ダ ン しもちろんそれで奴らがしつかり結束したというわけじゃない。やみくろは用心深いし、記 ワ 号士はさきばしりすぎる。だから奴らの結びつきはまだごく一部にすぎないです。でもこり きざ ルやあ良くない兆しです。ここまで来るはずのないやみくろがこのあたりをちょろちょろしだ イ ポしたというのもいかにもまずいですしな。このままでいけば、早晩このあたりもやみくろだ 一らけになっちまうかもしれん。そうなると私もとても困るです」 「たしかにね」と私は言った。やみくろがいったいどういうものなのか私には見当もっかな のいが、記号士たちがもし何かの勢力と手をつないだのだとしたら、それは私にとっても非常 世に具合の悪いことになるはずである。というのは我々と記号士たちはただでさえきわめてデ きっこう リケートなバランスをとって拮抗しているから、ちょっとした作用で何もかもがひっくりか えってしまうということだってあり得るのだ。だいいち私がやみくろのことを知らないのに 連中が知っているというだけで、既にバランスは狂ってしまっているわけだ。もっとも私が やみくろのことを知らないのは私が下級の現場独立職だからなのであって、上の方の連中は つめ
238 「そして君たちはその最終ステップが終ってから、僕とその研究を手に入れようとしてい ファクトリー 「まあそうだ」とちびは言った。「ところがだんだん雲ゆきが怪しくなってきた。『エ場』 カ が何かを嗅ぎつけて動きはじめた。それで我々としても動きはじめざるを得なくなった。困 ったことさ」 ン システム 「『組織』はそのことを知っているのかい ? ン 「いや、まだ気づいてはいないだろう。もっとも博士の周辺にある程度目を光らせているこ ワ とはたしかだがね」 ル「博士は何ものなんだろう ? 」 ポ「博士は『組織』の中で何年か働いていた。もちろん働いていたといってもあんたのような ←実務レベルではなくて、中央研究室にいたのさ。専門はーー」 システム と 「『組織』 ? 」と私は言った。話がだんだん込みいってくる。話題の中心にいるにもかかわら 終 ず、私だけが何も知らないのだ。 の 世「そう、だから博士はかってのあんたの同僚ということになるね。と小男は言った。「顔を あわすようなことはまずなかっただろうけど、同じ組織の中にいたという点をとればね。も っとも組織とはいっても計算士の組織というのはあまりにも範囲が広くて複雑で、しかもお そろしいまでの秘密主義ときてるから、何がどこでどうなってるかなんて、ほんの一握りの トップにしかわからないんだ。要するに右手が何やってるのか左手にもわからないし、右目 システム
っとして僕には理解できない。そして質問することができる相手はあなた一人しかいないん です」 はあく 「私だってものごとのなりたちを何から何まで把握しておるというわけではない」と老人は 静かに言った。「またロでは説明できないこともあるし、説明してはならん筋合のこともあ る。しかし君は何も心配することはない。街はある意味では公平だ。君にとって必要なもの、 君の知らねばならんものを、街はこれからひとつひとっ君の前に提示していくはずだ。君は それをやはりひとつひとつ自分の手で学びとっていかねばならんのだ。いいかね、ここは完 全な街なのだ。完全というのは何もかもがあるということだ。しかしそれを有効に理解でき 終 のなければ、そこには何もない。完全な無だ。そのことをよく覚えておきなさい。他人から教 界 えられたことはそこで終ってしまうが、自分の手で学びとったものは君の身につく。そして 世 君を助ける。目を開き、耳を澄まし、頭を働かせ、街の提示するものの意味を読みとるんだ よ。心があるのなら、心があるうちにそれを働かせなさい。私が君に教えることができるの はそれくらいしかない やみ 彼女が住む職工地区がかっての輝きを闇の中に失った場所であるとするなら、街の南西部 にひろがる官舎地区は、乾いた光の中でたえまなくその色を失いつづける場所だ。春がもた うるお らした潤いを夏が溶かし、冬の季節風が風化させてしまったのだ。「西の丘」と呼ばれる緩 やかな広い斜面に沿って、二階建ての白い官舎がずらりと立ち並んでいる。もともとひとっ 147
「あんたは疑われないよ。奴らはあんたが博士のところに行ったことを知らない。それを知 ってるのは今のところ俺たちだけだ。だからあんたには危害が及ばない。あんたは成績優秀 な計算士だから奴らはきっとあんたの言うことを信用する。そして俺たちのことを「工場」 だと思う。そして動きはじめる。ちゃんと計算してあるんだ」 「拷問 ? 」と私は言った。「拷問って、どんな拷問 ? 「あとで教えるよ、ちゃんと」と小男は言った。 ン 「もし、僕が本部の連中に洗いざらい本当のことをぶちまけたら ? と私は訊いてみた。 ン「そんなことしたら、あんた奴らに消されるよ」と小男は言った。「これは嘘やおどしじゃ システム ワ ない。本当のことさ。あんたは「組織」に黙って博士のところに行き、禁止されているシャ フリングをやった。それだけでも大変なことなのに、博士はあんたを実験に使ってるんだ。 ただじやすまない。あんたは今、自分で想像しているよりもずっと危険な立場にいるんだ。 いいかい、率直に言って、あんた橋の欄干に片足で立っているようなもんなんだぜ。どっち に落ちるかはよくよく考えた方がいいね。屋我してから後海したってはじまらないからね 我々はソファーの端と端で互いの顔を見つめあった。 「ひとっ訊きたいんだけれど」と私は言った。「君たちに協力して『組織』に嘘をつくこと のメリットはいったいどこにあるんだろう ? なにしろ僕は現実問題として計算士の『組 、。どうして身内 織』に属しているわけだし、君たちのことはそれに比べて何ひとっ知らなし に嘘をついて、他人と組まなくてはならないんだろう ? 」 263 . ンステム . ンス