頭骨 - みる会図書館


検索対象: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
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1. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

だけれど、彼らとしても、それが作りものではなくて、まぎれもない単角動物の頭骨である という結論を出さざるを得なかったの。結局科学アカデミー委員会は、それは進化とは無縁 の単なる奇形鹿の頭骨であり、研究の対象には値いしないということで、頭骨をレニングラ ード大学のペロフ教授のもとに送りかえしたの。それでおしまい ペロフ教授はそのあとも、風向きが変って自分の研究成果が認められる時節が」 第来するの ン を待ちつづけたんだけど、一九四〇年に独ソ戦争が始まると、その希望も消え、結局一九四 ダ ン 三年に失意のうちに亡くなってしまったの。頭骨の方も一九四一年のレニングラ 1 ドの攻防 ワ 戦の最中に行方不明になってしまった。なにしろレニングラード大学はドイツ軍の砲撃とソ ヴィエト軍の爆撃とであとかたもなく破壊されて、頭骨どころではなくなってしまったのよ。 イ そのようにして一角獣の存在を証明できる唯一の証拠は消滅してしまったわけ」 「じゃあ何ひとっとして確かなことはわからないわけだ」 「写真の他にはね」 の「写真 ? 」と私は言った。 世「そう、頭骨の写真。ペロフ教授は百枚近くの頭骨の写真を撮っていたの。そしてその一部 は戦災を逃がれて、今もレニングラード大学の資料館に保存されているというわけ。ほら、 これがその写真」 私は彼女から本を受けとって、彼女の指さす写真に目をやった。かなり不鮮明な写真だっ たが、頭骨のおおよその形状はつかめた。頭骨は白い布をかぶせたテープルの上に置かれ、

2. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

そのとなりには大きさを示すために腕時計が並べられていた。そして額のまん中には白い丸 が描きこまれ、角の位置を示していた。それは間違いなく私が老人から受けとったのと同じ 種類の頭骨だった。角の基部が残っているかいないかだけの違いで、あとは何から何までが そっくり同じように見えた。私は e-«> の上の頭骨に目をやった。 e シャツをすつほりとかぶ せられた頭骨は、遠くから見るとまるで眠っている猫のように見えた。私は彼女にその頭骨 を私が持っていることを言おうかどうしようか迷ったが、結局は言わないことにした。秘密 というのはそれを知っている人間が少ないからこそ秘密なのだ。 ン「その頭骨はほんとうに戦争で破壊されちゃったんだろうか ? 」と私は言った。 ワ 「さあ、どうでしよう」と小指の先で前髪をいじりながら彼女は言った。「その本によると ルレニングラード戦は街の一区画一区画をローラーで順番につぶしていくような激しい戦闘だ ったし、大学のあたりは中でもいちばん被害の大きかった地区らしいから、頭骨は破壊され ちゃったと見る方が妥当なんでしようね。もちろんべロフ教授が戦闘の始まる前にそっと持 ちだしてどこかに隠しちゃったのかもしれないし、ドイツ軍が戦利品としてどこかに持って いっちゃったのかもしれないし : : : でもいずれにせよ、それ以来その頭骨を目にした人間は 一人もいないのよ」 私はもう一度その写真を見てからばたんと本を閉じ、枕もとに置いた。そしていま私のも とにある頭骨がはたしてレニングラード大学に保存されていたのと同じものなのか、あるい はべつの場所で掘りだされたべつの一角獣の頭骨なのか、しばらく考えてみた。いちばん簡 まくら

3. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

「どうもよくわからないな」と僕は言った。「僕がここから古い夢を読みとるというのはわ かったよ。しかしそれ以上何もしなくていいというのがよくわからないんだ。それじや仕事 の意味が何もないような気がする。仕事には何かしらその目的といったものがあるはすた。 たとえばそれを何かに書きうっすとか、ある順序に従って整理し分類するとかね」 彼女は首を振った。「その意味がどこにあるのかは私にもうまく説明することはできない わ。古い夢を読みつづけていれば、あなたにもその意味が自然にわかってくるんじゃないか しら。でもいずれにせよその意味というのはあなたの仕事そのものにはあまり関係がないの 終 もど の僕は頭骨をテープルの上に戻し、遠くからもう一度眺めてみた。無を思わせる深い黙が 界頭骨をすつほりと包んでいた。しかしあるいはその沈黙は外部からやってくるものではなく、 頭骨の中から煙のように湧きだしているのかもしれなかった。どちらにしても不思議な種類 の沈黙だった。それはまるで頭骨を地球の中心までしつかりと結びつけているかのように僕 には感じられた。頭骨はじっと黙したまま実体のない視線を虚空の一点に向けていた。 眺めれば眺めるほど、僕にはその頭骨が何かを語りたがっているように思えてならなかっ かな た。まわりにはどことなく哀しげな空気さえ漂っているようだったが、僕にはそこにこめら れた哀しみを自分に対してうまく表現することはできなかった。正確な言葉が失われてしま っているのだ。 「読むことにするよ」と僕は言って、もう一度テープルの上の頭骨を手にとり、手の中で重 103

4. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

みつけて開いてみたの。そうするといちばん上にそのベトログラード大学の某教授あての手 紙が入っていて、その手紙には『かくかくしかじかの人物がこの品を持参するので相応の謝 礼をやってほしい』と書いてあったの。もちろんこの馬具屋は大学 つまり今のレニング ラード大学ねー・・ーにこの箱を持っていって、その教授に面会を求めたの。でも教授はユダヤ 人だったので、トロッキーの失脚と同時にシベリア送りになっていたのね。でもまあ馬具屋 としては謝礼をもらう相手もいなくなってしまったわけだし、かといってわけのわからない ン 一一動物の頭骨を後生大事に抱えていても一銭の得にもならないわけだから、べつの生物学の教 すずめ ン授をみつけて事の経緯を話し、雀の涙ほどの謝礼をもらってその頭骨を大学に置いて帰って ワ きたのよ」 ル「しかしまあいずれにせよ、十八年かけて頭骨はやっと大学にたどりついたわけだ」と私は 一一一口った。 「さて」と彼女は言った。「その教授は頭骨を隅から隅まで調べあげて、結局十八年前に若 9 い大尉が考えたのと同じ結論 つまりこの頭骨は現存するいかなる動物の頭骨にも該当し ないし、かって存在したと想定されているいかなる動物の頭骨にも該当しないという結論に あご ゅうているい 達したの。この頭骨の形状は鹿にもっとも近く、顎の形態から草食性の有蹄類と類推された が、鹿よりはいくぶん頬がふくらんだような顔つきであったらしい。しかし鹿とのいちばん 大きな違いはなんといっても、それが額のまん中に単角を有していたことなの。要するに一 175 角獣ねー すみ

5. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

運送屋にはとても見えなかった。ただそういう目立たない格好をしているというだけのこと なのだ。目はまわりに絶えず注意をくばり、体の筋肉はあらゆる事態に対応できるように緊 張し、ひきしめられている。 彼らもやはりドアをノックすることもなく、土足のままで私の部屋に入りこんできた。作 業員風の一一人が部屋を隅から隅まで点検しているあいだに、連絡係が私から事情を聴取した。 皮ま上着の内ポケットから黒いノートをひつばりだして、シャープ・ペンシルで話の要点を ンノイー ' ー 一メモした。私は二人組がやってきて、頭骨を探しまわっていったと説明し、腹の傷を見せた。 ン相手は傷口をしばらく眺めていたが、それについては何の感想も述べなかった。 たず ワ 「頭骨って、いったい何ですか ? と彼が訊ねた。 「そんなことは知らない と私は言った。「こっちが訊きたいくらいさ」 イ 「本当に覚えがないんですね ? 」とその若い連絡係が抑揚のない声で言った。「これはとて も大事なことだからよく思いだして下さい。あとで訂正はききませんからね。記号士たちは むだ 何の根拠もなく無駄な行動はとらない。彼らがあなたの部屋にきて頭骨を探しまわったのな ら、それはあなたの部屋に頭骨があるという根拠があったからです。ゼロからは何も生まれ ない。そしてその頭骨には探すだけの価値があったんです。あなたが頭骨について何のかか わりもないとは考えられないんですがね」 「そんなに頭が良いんなら、その頭骨の持つ意味を教えてくれないかな ? 」と私は言った。 たた 連絡係はしばらくシャープ・ペンシルの先でこんこんと手帳のかどを叩いていた。 269 すみ

6. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

川みを測ってみた。「いずれにせよ、そうする以外に僕には選びようもなさそうだからね」 ほほえ 彼女はほんの少しだけ微笑んで僕の手から頭骨を受けとって、表面につもったほこりを二 枚の布で丁寧に拭きとり、その白さを増した頭骨をテープルの上に戻した。 まね 「じゃあ古い夢の読み方をあなたに説明するわ」と彼女は言った。「でももちろん私は真似 をするだけで、実際に読むことはできないの。読むことができるのはあなただけ。よく見て ン ラいてね。まずこういう風に頭骨を正面に向け、両手の指をこめかみのあたりにそっと置く ン ワ 彼女は頭骨の側頭部に指をあて、たしかめるように僕の方を見た。 レ 「そして骨の額をじっと見るの。力を入れてにらむんじゃなくて、そっとやさしく見るの。 ノー まぶ でも目を離しちゃだめよ。どんなに眩しくても目をそらせてはだめ」 一 . 「眩しい ? AJ 「ええ、そう。じっと見ていると頭骨が光と熱を発しはじめるから、あなたはその光を指先 しの。そうすればあなたは古い夢を読みとることができるはず ので静かにさぐっていけばい、 界 僕は頭の中で彼女の説明してくれた手順をもう一度繰りかえしてみた。彼女の言う光がど のような光でどのような感触なのかはもちろん想像がっかなかったが、一応の手順はのみこ むことができた。頭骨にあてられた彼女の細い指をしばらく眺めているうちに、僕は以前ど こかでその頭骨を見たことがあるという強い既視感のようなものに襲われた。骨の洗いざら

7. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ばくぜん 彼らはその意味を知っているー・ーあるいは漠然と推測しているーーーが頭骨を持っていない。 せんたくし フィフティー ・フィフティーだった。私が今ここでとるべき行動の選択肢はふたつあった。 ひとつは『組織』に連絡し事情を説明し、私を記号士から保護してもらうか頭骨をどこかに 持っていってもらうこと。もうひとつはあの太った娘に連絡をとって頭骨の意味を説明して システム もらうことだった。しかし「組織』を今この状况にひきこむことに対して私はどうも気が進 まなかった。おそらくそうすれば私は面倒な査問にかけられることになるかもしれない。私 ン は大きな組織というのがどうも苦手なのだ。融通がきかないし、手間と時間がかかりすぎる。 ン頭の悪い人間が多すぎる。 ワ 太った娘と連絡をとるというのも現実的に不可能な話だった。私はその事務所の電話番号 ルを知らないのだ。直接にビルに出向くという手もあったが、 今アパートを出るのは危険だし、 それにあの警戒の厳重なビルがアポイントメントなしで私を簡単に中にとおしてくれるとも 田 5 えなかった。 可もしないことにした。 それで結局私はイ たた 私はステンレス・スティールの火箸を手にとってもう一度その頭骨のてつべんを軽く叩い てみた。前と同じくうんという音がした。まるでその名前のわからない何かしらの動物が生 きてうなっているようなどことなく哀しげな音だった。どうしてそんな奇妙な音がするのか、 私はその頭骨を手にとってじっくりと観察してみた。そしてもう一度火箸で軽く叩いてみた。 く、つんという同じ音がしたが、 よく注意してみるとその音は頭骨のどこか一カ所から出てく . ンステム し

8. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ひっかくくらいじやすまない 「ひっかく ? ーと私は思わず口に出した。 部屋の中を点検していた作業員風の男たちが仕事を済ませてキッチンに戻ってきた。 としかさ 「徹底的に捜しまわってるね」と年嵩の方が言った。「何ひとつ見逃してないし、手順もし つかりしている。プロの仕事だよ。間違いなく記号士だな」 連絡係が肯くと、二人は部屋から出ていった。あとには私と連絡係だけが残された。 ン 「どうして頭骨を捜すのに服まで裂いたんだろう ?. と私は質問してみた。「そんなところ ダ ン に頭骨は隠せないよ。たとえ何の頭骨であれね」 ワ 「奴らはプロです。プロはあらゆる可能性を考える。あなたはコインロッカーに頭骨をあす ルけて、そのキイをどこかに隠したのかもしれない。キイならどこにでも隠すことができる」 「なるほどねーと私は言った。なるほど。 「ところで記号士たちはあなたに何か提案しませんでしたか ? 「提案 ? ファクトリー 「つまりあなたを『エ場』にひきこむための提案です。金や地位やそういうものです。あ るいは逆に脅迫か」 「そういうことなら何も聞かなかったねーと私は言った。「腹を切られて頭骨のことを訊ね られただけさ」 「いいですか、よく聞いて下さいーと連絡係は言った。「もし奴らが何かそういうことを一言 271

9. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ほにゆ・つ 大きくないという類いの哺乳動物の肩の上に存在していたことはまず間違いなさそうだった。 私はそういう種類の動物をいくつか思い浮かべてみた。鹿・山羊・羊・かもしか・となか い・ロ : 他にまだいくつかあるかもしれないが、私にはそれ以上そういった類いの動物 の名を思いだせなかった。 とりあえず私はその頭骨をの上に置くことにした。あまりばっとする眺めではなかっ こが、他に置く場所も田 5 いつけなかった。アーネスト・ヘミングウェイならきっとそれを暖 炉の上に大鹿の頭と並べて置くところだろうが、私の家には当然のことながら暖炉なんてな ンかった。暖炉どころかサイドボードもなく、下駄箱すらないのだ。だからの上以外に、 ワ そのよくわからない獣の頭骨を置くべき場所がないのだ。 帽子箱の底に残った詰めものをごみ袋にあけていると、底の方にやはり新聞紙にくるまれ たた た細長いものがあった。開けてみると、それは老人が頭骨を叩くのに使っていた例のステン 一レス・スティールの火轡だった。私はそれを手にとってしばらく眺めてみた。火箸は頭骨と は逆にずっしりと重く、まるでフルトヴェングラーがベルリン・フィルを指揮するのに使う ぞうげ 象牙のタクトのような威圧感があった。 私はことのなりゆきとしてそれを持って e> の前に立ち、獣の頭骨の額の部分を軽く叩い てみた。くうんという大型大の鼻皀に似た音がした。私としてはコオンとかカツンといった タイプの硬質な音を予想していたので、それはいささか意外といえば意外だったが、べ 盟だからといってとりたてて文句をつける筋合もなかった。とにかく現実問題としてそういう しかやぎ

10. 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

120 子供の小指ほどの大きさのふにやふにやとした詰めものがでてきた。私はそれを両手ですく って、かたつばしからごみ袋に放りこんだ。いったい何が入っているのかはわからないけれ ど、やけに手間のかかるプレゼントだった。そのポリエチレンだか発泡スチロールだかを半 分くらい取り去ってしまうと、あとにまた新聞紙の包みがでてきた。私はいささかうんざり したので台所に戻って冷蔵庫からコカコーラの缶を持ってきて、べッドに腰をかけてゆっく ラ りとそれを飲んだ。そして何ということもなくナイフの刃で爪の先を削った。ヴェランダに ダ 胸の黒い鳥がやってきて、いつものようにカッカッという音をたててテープルの上にまいて ン くず ワ おいたパン屑をついばんでいた。平和な朝だった。 やがて私は気をとりなおしてテープルにむかい、箱の中から新聞紙に包まれた物体をそっ ボとひつばりだした。新聞紙の上にはガムテープがぐるぐるとまきつけられていて、それは何 かしら現代美術のオプジェを思わせた。西瓜を細長くしたような形状で、やはり重さという ほどの重さはなかった。私は箱とナイフをテープルから下ろし、広々としたテープルの上で のガムテープと新聞紙を丁寧にはぎとった。その下から現われたのは動物の頭骨だった。 世やれやれ、と私は思った。いったいなんだってあの老人は私が頭骨をもらって喜ぶなんて 思いついたのだろう ? 誰かに動物の頭骨をプレゼントするなんて、どう考えてもまともな 神経ではない。 頭骨の形は馬に似てしたか、 、 : 馬よりはずっとサイズが小さかった。いずれにせよ私の生物 学の知識からすればその頭骨はひづめがはえていて、顔が細長くて、草を食べて、それほど かん