るし、両親は厳しく冷たかった。彼は何とかそれを克服したいと思った。人間はーーー両親も含 めて , ・・・ーー誰も信用できない。人間は結局どこかで悪いことをしているのだ。このような彼の人 間に対する見方が、うまく役立って、彼は人々の陰の部分に喰いこんで富を築くことになっ た。彼の冷たく厳しい目は人々をふるいあがらせた。 ところで、彼の娘に対する態度だけは、これとまったく逆であった。自分の辛かった半生と 比較して、娘にだけは苦労させたくないと思い、文字どおり箱人娘として育ててきた。娘は成 績もいいので、ますます父親のお気に入りとなり、わがまま一杯に育った。ところが、中学生 になってから、急に、この娘の交友関係が悪くなってきた。いわゆる不良グループと交際し、 学校へ行かずに盛り場をうろついたり、煙草を吸ったりし始めた。学校からの注意があると、 父親は母親の監督が悪いと言って、ひたすら自分の妻を責めるが、娘には正面から怒ることが できなかった。 そのうち、娘はシンナーもやり始めた。そして教師や母親の叱責にも従わず、非行はますま すエスカレートしていった。ある日、父親が一人でいるときに娘が部屋に入ってきて、今すぐ に二十万円欲しいと言った。父親はそのとき、娘の手に包丁が握られているのを見て、絶句し家 ま てしまった。このときに受けたショッグで、父親は今まで反対していた専門家に相談すること を決意し、実はその後でわれわれのところに相談に来たのであった。こんな話をきいている
根気のいる仕事を通じて、新しい家族の在り方を考えてみるのでなければ、最近よく教育や育 児の評論にみられるように、「昔はよかった」式の安易なものになってしまうであろう。かっ ては浅薄な「進歩的」モデルをかかげておきながら、最近になってその崩壊が感じられると、 大家族のほうがよいとか、明治の父は強かったとか、懐古的な論をなす教育評論家もいるが、 問題はそれほど単純ではない。 しかし、「嫁」にとってもそうであっ 確かに、昔の家庭は憩いの場であったかも知れない。 ただろうか。大家族が平和に機能してゆくためには、多くの女性の涙と忍耐を必要としたので ある。涙や忍耐が悪いというのではない。それは人生にはどうしても必要なものであろう。し かし、それが一人の人に集約され、それを土台として他人が「平和」を楽しんでいるのはおか しいことである。このような点に気づいたからこそ、家族の在り方が敗戦後に変化してきたわ けである。 昔の方法も悪い、今のも悪いとなると、一体どうすればいいのか、ということになるが、こ れが現在のわれわれの状況なのである。われわれはそれに従うべきモデルをもっていない。 親の教化カ ここにもう一つの例をあげよう。ある男性は子どもの時から苦労して育った。家は貧困であ
そんなに増加しているわけでも、西洋の諸国と比べてそれほど多いこともないわけだが、これ ほどまでジャーナリズムが取りあげるのは、子どもの自殺の現象が親たちの心を強くゆさぶる からに他ならない ( 若年者の自殺者の多いピーグは昭和三十三年にあり、世界でもトップグラスであっ たが、当時のジャーナリズムはあまり問題にしなかった ) 。多くの親たちが、その数少ない現象を他人 事と思えないからである。すなわち、それは、親たちの心に内在する子育てについての深い不 安を反映する事象なのである。 このような、家庭内の不安を象徴するような、高校生の祖母殺しに続く自殺という事件が最 近にあった。事件の報道を職場のテレビで見ていた、東京世田谷区在住のある母親は、自分の 子どもがやったのではと一瞬ヒャリとしたという。そのことを知人に話すと、実はその人も同 様に感じたと言ってくれ、同じような危険が各家庭に潜在しているのだと思ったという。つま り、多くの親たちが、一触即発の危険性を子どもたちの間に感じていることを、このエビソー 何 ドは如実に示している。 それでは、昔と今とでは家族はどう変ったのか、現在の家族はどうあるべきか。このような 間題について、これから考えてゆこうというのであるが、それは、一朝一タに答えられる問題家 亠工 ではない。そのためには、家族ということについて、父について、母について、子どもについ て、それらの相互関係について、根本的に考えなおしてみることが必要であろう。そのような
渡部昇一 花日本語のこころ 側日本人の = 語表現ー金田一春彦 平山輝男 日本の方言 閥大阪弁おもしろ草子ー田辺聖子 敬一 = ロ使いこなすーー野元菊雄 語源をつきとめるー堀井令以知 合山究 故事成語 ことばの未来学ーー城生佰太郎 ☆ 遠藤哲夫 漢字の知恵 山本昌弘 漢字遊び 嘱漢字の常識・非常識ーー加納喜光 ニ一一口 長谷川滋成 難字と難川 日本語をみがく小辞典〈名詞篇〉ーー森田良行 鵬日本語をみがく小辞典〈動詞篇〉 , ー、森田良行 形容詞・ 日本語をみがく小辞典〈リ 〉ー森田良行 言田一篇 圓日本語誤用・ 国広哲弥 1 慣用小辞典 聞き上手・話し上手ー扇谷正造 対話のレトリックーーー向坂霓 「本』年間予約購読のご案内 小社発行の読書人向け p--æ誌 「本」の直接予約購読をお受けし ています。 ご購読の申し込みは、購読開始 の号を明記の上、郵便局より一 年分九〇〇円、または二年分 一八〇〇円 ( いずれも送料共、 税込み ) を振替・東京 8 ー 61 2347 ( 講談社読者サービ ス ) へご送金ください
鈴木品 原野広太郎フロイト以後 自己弛緩法 む理・精神医学 人問関係の心理学ー早坂泰次郎旒ュングの心理学ーー秋山さと子 ーー、小此木啓吾齟ュングとオカルトー秋山さと子 岩原信九郎ェロス的人間論 物記憶力 小此木啓吾ュングの性格分析ー秋山さと子 0 記憶力を .. ーー»-2 ・クビリヤ / ヴィッチ秘密の心理 0 ト 6 ′、す・る 秋山さと子 ・・ルクロン齠夢診断 山下富美代催眠のすべて 集中力 宮城音弥 相場均タハコ 詫摩武俊うその心理学 性格 天亠ィーーーー創造の 福島章 相切均 川捷之川異常の心理学 川性格分析 尸ーバ , 「・ク一フフィ 福島章 岩井寬好きと嫌いの心理学ー詫摩武俊青年期の心 人はなぜ悩むのか 森崇 詫摩武俊観青春期内科診療ノート 宮城音弥性と適性の 繝ノイローゼ 中西信男 玉井収介これからのヘ老い >- ーー詫摩武俊躓ナルシズム 自閉症 笠原嘉 観うつ病の時代ーー、ー大原健士郎「らしさ」の心理学 , ーーー福富護呱退却神経症 ・・ローゼンタール 「出会い」の心理学ーー都留春夫矚正常と異常のはざまーー森省二 季節性うつ病 太田龍朗監訳 森省二 磯目 ( 芳郎贐逸脱するエロス 新自己不安の構造ーーー石田春夫Ⅲ集団の心理学 森省二 9 「ふり」の自己分析ーー石田春夫圏自己抑制と自己実現ーー福脩知鬮「別れ」の深層心理 0 ストレス 内沼幸雄 内山喜久雄アイデンティティの心理学ーー鑪幹八郎対人恐怖 ”ーコン・「ロール 宮城音弥跖〈つきあい〉の心理学ー国分康孝 ストレス 岩井寛〈自立〉の心理学ーー・・・ーー国分康孝 森田療法 ーダーシップのーー国分康孝 繝異常の構造 木村敏衢制理学 池見酉次郎チームワークの心理学ー国分康孝 黼自己分析 自己実現の方法ーーー石塚幸雄贐〈自己発見〉の心理学ー国分康孝 っ・べ′ 4 カー 自己コントロールーー成瀬悟策フロイト 宮城音弥訳 7 セルフ 原野広太郎新甦るフロイト思想ー佐々木孝次 れコントロール
発行章ー野間佐和子発行所ーー株式会社講談社 東京都文京区音羽一一丁目一 = ー = 一郵便番号一一〒 0 一 電話 ( 編集部 ) 日ー吾ー三吾一 ( 販売部 ) 日ー空ー三六 ( 製作部 ) 0 三ー吾一空ー三六三 装幀者ーー杉浦康平 + 鈴木一誌 印刷所ーー凸版印刷株式会社製本所ーー・株式会社大進堂 ISBN 4 ー 06 ー 145590 ー 7 ( 定価はカ・ハーに表示してあります ) 本書の無断複写 ( コビー ) は著作権法上での例外を除き、禁じられています。 落丁本・乱丁本は、小社書籍製作部あてにお送りください。送料小社負担にてお取り替えいたします・ なお、この本についてのお問い合わせは、学芸図書第一出版部あてにお願いいたします。 家族関係を考える 一九八〇年九月二〇日第一刷発行一九九四年八月二六日第二八刷発行 著者ーー河谷隼雄 ◎ Hayao Kawai 1980 Printed 一口 Japan
とにな 0 てしまった。最初の意図の片鱗は、本書のなかに少しずつ認められると思うが、ー家族・ カら く一」とは、日疋非とも , 4 日国と , のことをが、の やってゆきたいことと思っている。ともあれ、本書によって、家族間題に苦しんで居られる方 方が、それは小さいことではなく、わが国の文化や社会の問題にもつながる大きいことである と自覚され、それと取り組んでゆかれる際に、本書が少しでも役立てば、著者としてまことに 幸である。 『本』に連載中は講談社の編集者、天野敬子さんに随分とお世話になった。天野さんは読者と のパイプ役として情報を伝えるとともに、著者をうまく励まして仕事を完成させて下さった。 本書の出版にあたっては、学芸図書第一出版部の鈴木理氏にお世話にな 0 た。ここに厚くお礼 申しあげる。 一九八〇年八月 著者 188
われ臨床家は、「小説よりも奇なり」と言いたくなる事実にあたることがよくあって、家族関 係についてもそのようなことがあるものだが、前述したような意味から言って、本書ではなる へく「普通の」家庭のことを取りあげるようにした。「普通の」家族の間にも、どれはどの間 題が存在しているかを示したかったからである。 連載をはじめると予想外の多くの反響があって、嬉しく思ったし、またそれだけに、現在に おける家族間題の重大さを強く感じさせられた。まさかこんなものは読んでおられまいと思わ れるようなエライ先生からも、なかなかおもしろいなどと言われて恥かしく思ったりしたが、 考えてみると、家族のことに関するかぎり、その人がエライかエラクないかなどということは 関係なくなるものだ。「実存的対決」などという表現を本書のなかでもしているが、肩書きや 学歴などと関係なく、人間がぶつかり合うところに家族関係のおもしろさ したがって、難 しさ が存在しているようである。連載中に感想を送って下さったり、直接に意見を述べて 下さった方々に、この際心からお礼申しあげたい。このような励ましによって連載をなし遂げ られたと田 5 っている 最初の予定では、社会学や文化人類学の興味深い研究などを援用して、家族のことをもっと 広い視野にたって論じるつもりであったが、読者の反響などから、家族関係そのものについて の心理的事実を提供する方がよいと考え、それに紙数の関係もあって、狭い範囲に限定するこ 187
存在の確かめ 一家の団欒が虚像であることを最初に例示したが、それは父親が自分の勝手なイメージに他 の家族をあてはめようとしたために虚像となったのである。後に示したさんの家では、一家 の団欒が実像として生じてくる。つまり、 << さんは研究会で習ってきた新しい教授法を息子に 示して、その意見を聞くこともあるだろう。家族の一人一人が誰かのための道具としてではな 全人的に接するとき、一家の団欒は復活する。子どもを一個の人格として取り扱ってこそ 真の団欒がある。しかし、「全人的」であることは端的に言うならば、各人の悪をも含むもの である。時にはそこに衝突や争いも生じるであろう。しかし、それを通じてこそお互いに愛し 合うことができるのである。 「全人的」ということが、人間の存在のあらゆることを含むという点から考え、それに現在の わが国の情勢から考えてみると、日本の家庭内に今までよりも父性原理を生かすことが、これ からの家族の課題となるであろう。しかしながら、父性原理を中心とせよと言うつもりはな 父性と母性の・ハランスこそが大切なのである。しかも、全人的であることは、理想的に は、家族の成員の各 4 が、 ( 乂親、母親、子どもたちのそれそれが、このパランスの体現者とし て成長してゆかねばならぬことを意味している。家族との実存的な対決を背景に養われた父性 182
文の冒頭に、ある中年の女性マネージャーの次のような言葉を引用していると言う。「生活の ートに戻る。その すべてを、男性分野への進出に打ち込んできた私は、毎夜一人っきりのアパ い。たとえ父親なしでも子どもを持て 、いをすさませる孤独には、もう耐えがたい。家族が欲し ば、も、つ少 - し寺しな ~ 暑し亠刀ができき 6 しよ、つに・ この言葉は先にあげた例のように、中年になるまでは独身生活の良さを謳歌しながら、急に 家族や子どもが欲しいと嘆く人たちのことを思い起こさせる。なかには、その他のことでは極 めて冷静な判断力を有していながら、結婚したい気持が強すぎたのか、みすみす結婚詐欺の手 口にひっかかってしまった人たちもある。このような女性たちに、家族がどんなうとましいも のであるか、たとえ子どもがあっても、気苦労なばかりであって、結局は親のことなどかえり みず、自分勝手なことをするものだ、と説明したとしても、それは全く無駄なことである。彼 女たちは、そんなのは持てるものの悩みであって、自分たちの孤独の苦しみはそれと比較にな らぬものだと主張するであろう。 いが、もちろん、これによって彼女は リプの指導者が家族を見直そうというところは興味深 「女性よ家庭に帰れ」などと主張しているのではない。人間の幸福の基盤としての家族の価値 を確認し、男性も女性も平等に力を合わせてゆこうということになるらしい。筆者としては、 既に述べたように、個性を確立するために、家族を一方的に邪魔者と考えるのには反対だが、 177 これからの家族