がら 横山「そういうのがコースにあれば必ず見に行きます。私なんか仕事柄、海外出張します と、どこへ行くといったら、科学博物館に見にいくんです。観光のバスなんか乗らないです。 やつばり仕事柄ですかね」 じゃあ忘年会なんかでもすっとそういう話になってるわけですか ? 「あいつの直腸 の彩色はあかん」とか ? 横山「いや、そんなことはないですよ。ごく一般的な話で、カラオケやったり、人のあれ 場で、それは同じことですよ。まあ、共通の話題というと仕事のことですから、営業だけとな 工ると他の部の悪口言ったりね、一般的には普通と同じことですよ」 国 出ふむふむ : : : というところだが、この〈京都科学標本〉が横山さんの言うように「一般的 日に普通と同じ」会社なのかどうかは、にはもうひとっ判断っきかねる。社員旅行で登呂遺 跡に行くなんて、どうもあまり一般的とは言えないような気がするし、実感として「静脈注 ならづけ 射用シミュレーター」を作っている会社と、たとえば「奈良漬」を作っている会社を同列に 置いて「まあ一般的に同じようなもんですわ」とくくっちゃうというのはちょっと乱暴じゃ オいか、なと・も田 5 , つ。 そりやまあ有効に生産し、有効に販売することを目的とするという点においては、科学標 本会社も奈良漬会社も機能的には全然変りはないわけだけれど、全体として見れば、やはり
それから僕が最先端の服を着なくなった理由のひとつは、よく外国旅行をするようになっ たことである。まあ大都市のハイ・ソサエティーにでも行けば話は別なのだろうけれど、外 国のフツウの町をフツウに歩いている人々の服装というのは日本なんかに比べると相当に良 い加減なものである。古い服でもサイズが今ひとつあわない服でも、「そんなこと気にして る暇ないんだから」という風にサッサッとみんなが動いていると、それはそれなりにとても 々魅力的に見えるものなのだというのをーー不思議なことだけれどーーー僕は外国ではじめて知 間だけれど、それでも現 るった。僕なんか旅行に行くときはなるべくよれた格好をしていく人 っ地についてみるとまわりの人々に比べてピッとしたものを着ているような気がして、どうも もど 服 落ちつかない。そしてそれとは逆に、日本に戻ってくるとしばらくは、まわりの人々があま 洋 てりにもピッとした整った服装をしすぎているような気がして仕方ない。そういうのを何度か 繰り返しているうちに、なんとなく「どうでもいいや」的森にひきずりこまれてしまった、 思とい , つ」刄がし・な / 、もない しかしそういうのももちろん個人的性向の問題である。生まれついてオシャレの好きな人 間なら理屈がどうあれ自然にオシャレの方向に体が向いちゃうだろうし、僕のような人間は 何はともあれ、早晩「どうでもいいや」的森の中にひきずりこまれて、非進化の心地良い木 の実をのんびりと食しつつ年老いていくことになるのだろう。ふうむ。 すいぶん長く「非進化」の側面を語ってきたので、このへんで「進化」の側面について語 147
宮下「ま、すべてがそうは行きませんけどね。会社、社長自身だって、ね、どんくらい売 れるかはわからんと思いますよ。それに売れなくてもっくりたいというものもあるだろうし、 私たちも『あー変ったもんだな、楽しみだ』ってのもありますもんね。だからね、コム・ デ・ギャルソン、それがいいんじゃないですか ? 私なんかもね、いや、うちの従業員みん なそうだと思うんですけど、、 どういう風にできあがっていくのかなっていう、ひとつの興味、 そういうものが仕事をさせてんじゃないですかね」 御家族の方はコム・デの服は着るんですか ? 工宮下「うちは、あー、娘はひとりですけれども、コム・デ・ギャルソン着れるほどね、ス 国タイルが良くないから ( 笑 ) 。うちのすぐそばにね、コム・デ・ギャルソンの大ファンだっ 出ていう娘が一人いますけどね。それから旅行に行きますでしよ、なんとかツーリストの旅行 とか、それでそこで自己紹介して下さいって一言われて、私はコム・デ・ギャルソンの縫って : 仕事してるもんなんですなんて一言うと、やつばり若い女の子なんかが : : : 騒いでくれて、 しやく モテますね。そうするとコッチも気イよくなっちゃって、お酌なんかしちゃって」 ( ※この へん〈コム・デ・ギャルソン〉のナチュラル思想から幾分逸脱してるみたいだけど、宮下さ んも毎日一所懸命仕事しているので旅行の時くらいは目をつぶってあげて下さい ) 気に入ったのができたら、服の下の方のわからないところに名前をサインしとくなん てことはないんですか ? 172
るような単純な手仕事ではなく、高度な技術を要する手仕事である。だからやっている方は かたぎ どうしても職人気質の専門職になるし、技術革新とか生産性の向上とは相容れないところが 出てきて、それで営業の人が頭を痛めることになる。 こういう人体模型製造が盛んな国はドイツと日本の二カ国で、輸出市場でつばぜりあいを 繰り広げているわけだが、 円高のせいもあってそれほどバンバン海外にはけていくわけでも ないし、教育予算の切りつめで国内市場の方もおもわしくないと、このあたりの悩みは日本 の平均的中型企業の抱える悩みとだいたい同じと言っても、 しいだろう。「今後は専門的なシ 場 工 ミュレーション中心の方向に向うことになるでしようね」と営業の横山さんは一言う。先にも の 国言ったように人体模型の需要は頭打ちだからである。だからそのうちに「これはわしの技術 いやおう る や」的おじさんも否応なく体質の転換を迫られることになるのかもしれない。僕としてはそ 出 さび ういうの、わりに淋しいと個人的に思うけれど。 なんかあたり前の質問で申しわけないんですけれど、いちおう会社だし、忘年会とか 社員旅行とかなさるんでしようね ? 横山「あります。社員旅行は去年どこに行きましたかな。あんまりええとこ行ってないか とろ ら覚えてないんですけど、静岡県の登呂遺跡行ったんですかな」 ーーー登呂遺跡なんて言うと、社員旅行というよりはなんか研修みたいですね。
工場に行く前の予備知識を得るために新宿にあるアデランス本社を取材して、いろんな人 場 ばくぜん そのとき僕が感じたのは「これは何かに似ている」という漠然とし 工の話を聞いたわけだが、 国た思いだった。ところが何に似ているのかが思いだせない。なんだっけ、なんだっけ、と考 る えつづけて、しばらくたってからやっと思いだした。変な話だけれど、朝鮮戦争の洗脳もの 出 映画のシチュエーションと実にそっくりなのだ。 もど こんな筋である。朝詳の前線で中国軍の捕虜になっていたアメリカ兵が集団で逃げて戻っ てきて、改めて新しい部隊に編入される。しかしそのうちの何人かは既に洗脳されてしまっ かくらん ていて、情報を敵方に洩らし、後方を攪乱し、重要任務遂行中の自分の部隊の兵士を一人ま だれ いったい誰が 二人と殺していく。ところがみんな同じアメリカ兵の格好をしているから、 すいぶん昔に見たたいしたことのない映画で、そんなことす 犯人なのかがわからない : っと思いだしもしなかったのに、アデランス本社に行ったことでふとその記憶がよみがえり、
ええ、そうです、だから二十何ピースあるということは、二十何回往っては帰ってくるわけ です。 一日の生産数ねえ、うーん、むずかしいねえ。簡単なものならかなり行きます。でも、一 人で、あれでしよ、二枚行けばいい方じゃないですか。こういうのは手がこみますからねえ。 一人二枚で五人で一〇枚 : : : 行きゃあいいんですけど、そこまで行きませんからね。まあな 々んとか二枚くらいは行きたいと : 人 る あの、こうして「これ作ってくれ」って型紙と縫製指示書がまわってきますね。その っときこれは売れる・売れないってのわかりますか、何となく ? 宮下「それは、うん、想像しますよ、私は。でもそれが実際どうなってるかは会社のコト 洋 てだからわかりません。ただ、あの、私たちがやっていてこれがいいなあって思ってたのが、 之さっきの営業で枚数がポンとくれば、ああ、やつばりよかったんだなあ、と : 枚数がくる、というのは ? 武田 ( となりから説明 ) 「ひとつの工場に、たぶんこの工場に行くであろうと思われる型 を、お願いするんです、展示会とかショーの前に。で、展示会とかでお客様の注文がついて、 その注文にそって生産枚数が決まるわけなんですけれども、それがまた宮下さんのところに 来ますから、そのときに『あ、この型は二〇枚ついた、これは三〇枚ついた』ってわかるん ですね」 171
まえが 島、行くそ」 おれ 「ケイコさん、俺やるよ」「ちゃんと働くからね、ケイコさん」と宮田くん、中島くんも 口々に一一一一口う。そして機械は再びゴトゴトと勢いよく動きはじめる : ・・ : というのが僕のイメー ジする性欲工場なのだけれど、こういうイメージには個人差がけっこうあるから、正確かと 訊かれるとなんとも一一一口えないですね。ただこういう風にいろんなことを考える習慣がある とい、つことです。 。カナ たとえば小説を作りだす工場はどんな工場だろう、哀しみを作りだす工場はどんな工場だ ろう ( 詩的な言いまわしですね ) 、大型間接税や実存主義やことなかれ主義や青山学院大学 の学長を作りだすのはどんな工場だろう、そしてそこではどんな人々がどんな風に働いてい るのだろうと僕はついつい考えてしまうし、ときにはわりに細かくそれを検証してみたりす る。 そういう意味では、この本でとりあげた一連の工場の選択は全て好奇心によってなされた といっても、 しいだろう。僕が「 xx はいったいどういう工場でどんな風に作られているんだ ろう ? 」とふと思ったものを順番に訪ねていったら、結局このようなライン・アップになっ てしまったわけだ。 ①人体標本工場 ⑦結婚式場 ( 本当は結婚式場のキッチンを取材するつもりだったのだが、いざ現場に行っ すべ
が本の取材で京都まで人体模型製作の工場見学に行くと言うと、何人かの友人はそれに 場 工ついて真剣にうらやましがった。 国「ねえ、人体模型っていうと、あのさ : : : あ、あの小学校の理科室にぶらさがってるやつで ずがいこっ る しょ ? 頭蓋骨のふたがバカッととり外せたり、ひきつったみたいな赤い筋肉がビッビッと 出 走ったりしてるやっ」 「そうだよ」 「心臓が赤くて、肝臓が茶色で : : : うらやましいなあ。俺なんか小学校ってきくと、反射的 にあれ思いだすんだよね。しんとした暗い廊下があって、理科室があって、スライド映写用 の黒い厚いカーテンが引いてあってさ、アルコールの匂いがあたりに漂っていてさ : : : そし て人体標本があるんだよ。なんとなく全体的に古びていて、そのくせ内臓の色なんか生々し い説得力持っていてね。なっかしいよな。運動会とか遠足なんてちっとも思いだせないのに、 おれ
るのだろう。直殳、、ゝ、 イ力しささか高いので、我々一般市民が個人的に気軽に買える種類のもので 。ないが、まあ逆の見方をすれば、こういう特殊なものを一般市民が気軽にちよくちよく買 い求められるような社会というのもけっこう布そうである。 こうして見てるとモデルの顔にもいろいろありますねえ。 横山「えー、たとえば、このナイチンゲール像 ( 前述 ) の顔でもめましてね。昔から写真 がありまして、それでやったら顔が怖い言われまして、看護学校の先生から全部そっぱ向か れましてね、ははは。だからものすごく優しい顔にしてあるんですよ。肖像画で昔のやつら 工しいんですけど、ものすごく怖いんです、顔が。みんなにそっぱ向かれました。難しいんで 国す。看護学校の先生はね、人形でも目もとがちょっときついとか、ありますよ、は、。 る 顔には苦労しますねえ。新製品、必ずどこかクレームついて、またやり直したりなんかし 出 日 てますよ。結局まあ、うける顔つていうとまず優しくて可愛いということになりますね。だ からタイプが決まっちゃって、たとえばある顔が気に入られたら、それじゃ次も同じように しょ , つか、とい , っことはありますね そういうのは『こういうのはどうですか ? 』といって持っていった看護学校の先生の判断 に影響されるわけなんですよね。だから、という先生はこれでいいわと言っても、ほかの 学校行ったら『なんですか、これ、もうちょっとなんとかなりませんか』というような、よ くそういう話はしていますね。我々の立場からするとしようもない話なんですけどね。教育
しん 最後の眠りを貪づている。中には「あたし、まだ芯のほてりがとれなくて、うまく眠れない の」なんていう艶つばいのも一枚くらい混じっているのかもしれないけれど、消しゴムの気 持まではにもよくわからないです。とにかくそういうのが積みかさねられている。 それはそれで寝かせておいて、我々は既に養生がすんだ、つまり〈よう寝たけんね〉ゴム たど シートが辿る最後の工程を見ることにする。 春「シートを細かく切っちゃうわけですね ? 」 ラ「そうです。今見ていただいてるのは砂消し ( インク用と鉛筆用にわかれた二色のも 場 そろ 工の ) ですが、ああいう具合に機械でまず斜めに切るわけですね。そして厚みを揃えるために 国グラインダーを裏表にかけます。それで一定の厚みにしまして、この機械、自動裁断で小さ 出く切っていくわけです。そしてこちらで、形が小さいものとか、ゆがんでいるものとかを選 日別し士玉すこ 春「けっこう沢山持っていかれますね」 ラ「継ぎめのあたりはやはりそうですね。ですから、あれを潰して、少しずつまた回収し ないと、とても一個この値段ではできないですね」 さて、その次は角とりである。これは読んで字のごとく、裁断されたきりピッピッと鋭角 的にカドの立っている消しゴムのカドをとっちゃう工程である。僕はこの機械を個人的に 〈マアマアおじさん機〉と名付けた。「マアマア、君たちの気持もわからんわけじゃないが、 つや かど