村上朝日堂の逆襲 246 であればーーー少しおすそわけします。 せんだがやはともり 〈ちょっと奇妙な話〉をつづけると、先日のバレンタイン・デ 1 の翌朝に、千駄ヶ谷鳩森神 1 ト型の大型チョコレートかいくつかぐしゃぐしやに踏みにじられてい 社近くの路上で、 た。かなり不気味な光景である。 「こういうことするのって男の方かしら、それとも女の方かしら ? 」とつれあいが訊いたが、 僕にもよくわからない。男性の仕業だとしたら痛々しいし、女性の仕業だとしたら布い というのは偏見なんだろうか ? もちろん 女の子からいつばいチョコレ 1 トをもらった某イラストレーターが、妻への愛を確認 するために全部踏みにじった という可能性もある。 それから かがみもち 鏡餅を割るのと同じように、儀式としてのチョコレート割りが定着した じよう ということも考えられる。女の子が男の子にチョコレートを贈って、それによって愛が成 じゅ 就したら、その夜のうちに神社の近くで二人でチョコレートを踏みにじっちゃうわけである。 すいか それから〈裏バレンタイン〉として八月十四日に男が女に西瓜をプレゼントするとかね。そ ういういろんな付随行事があるとおかしそうである。
「酒について」① 151 も疲れたけど、相手の女の子もかなり疲れたはずである。気の毒だと思う。 ⑦ふと思 0 たのだけれど、〈編みものバー〉なんていうのがあるといいですね。女の子が みんな黙って編みものをしていて、その隣りに客が座って静かに酒を飲んでいるとい う形式のバーです。 「何編んでるの ? 」 「んーと、 : : : 手袋」 といった感じで、これだと僕も落ちついて飲めそうである。
野右翼席に来る女の子にはだいたい好感を持っているので「いいですよ」と言うと、相手の 女の子は「あの 1 、がんばれヤクルト・スワローズって書いてくれますか ? 」と言った。こ ういう人って、僕はわりに好きである。 総武線の電車の中でむかいの席に座っていた女の子に声をかけられたことも一度ある。た だ僕はこういうときすごく緊張してコチコチになってしまうタイプなので、声がうまく出な くて、相手の人には申しわけないことをしたと思う。それに電車の中で声をかけられるのは、 まわりの人もじろじろと見るのでとても恥ずかしい。ヤクルト・中日戦くらいガラガラにす 襲 いているとこちらも気楽なのだが。 堂 赤坂のベルビーというファッション・ビルの待合所のべンチでふてくされているときに 朝 ( つれあいの買い物があまりにも長かったのだ ) 声をかけられたこともある。このときの相 上 村手は若い男の人で、「村上さん、がんばって下さいと言われたので、思わず「はつ、がん ばります ! と答えてしまった。こうなると「プロ野球ニュース , のインタビューみたいで ある。 ついでだからつれづれなるままに思い起こしてみると、六本木で若いカップルに声をかけ ふじさわ られたこともある。お茶の水の明治大学の前と新宿・伊勢丹の二階と藤沢の西武デパートと 小樽の街角で一度ずつ声をかけられた。小樽の人の話によると、北海道では僕の本はわりに よく売れているのだそうである。とはいっても小樽の駅前の商店街でよく僕なんかの顔が見 おたる
物うん、全体としてはもちろん。でもさ、水丸さんの絵って男より女の人の方に好意的じ ゃない。だいたいにおい て男に対しての方がシニカルだよね。女の子に甘い。 のふふふ・ : 1 で女の子を指名する絵も描いたよね。 そーかな、そんなことないよ。あ、そうそう、 ( 「酒について①」 ) 物あ、あれひどいよね。「村上さんのイメージと違う」って手紙来たよね、そういえば。 堂 求村上さんってそういうことしないってイメージがあるのね。べつにやったって悪いこと 朝 上じゃないんだけど。 ところ 談物うん、そりゃべつに人の道を踏み外したり、倫理にもとっているわけではない。 対 で今度の本にはうちのカミさんの絵が二回も出てきてますね。ずいぶん親切に描いてあるみ 外たいだけど。 僕ね、よく考えてみると奥さんにあんまり会ってないんだよね。それでね、どんな顔だ : という頃にばったり会うんだよね。それで「村上さんの奥さん つけ忘れちゃいそうだな : ってこういう人だったんだ」と思いだすんだよね。 物このあいだ表参道の「エイコーーでばったり会いましたね。 うん、あのときは「あれ、村上さんの奥さんによく似た人がいるなあーと思ってたら本 当に奥さんで : : : そうだったの。いや、でもいい奥さんだな。 255 ころ
183 ど、人にはいろんな好みがある。 そこで山口の会社で働いている女の子の何人かをつかまえて、「ねえ、山口ってバカでし よ ? 」と質問すると、「ううん、山口さんって会社ではすごくきりつとして、無ロで、私た ちあの人の前に出るとキンチョーするくらいーという答えがかえってくる。「それは頭が足 りなくて顔がこわばってるだけだよ、と僕が言うと、「村上さん、山口さんに偏見持ちすぎ てるんじゃないかしら。とまで言われた。 ここまで言われると、僕としても「ひょっとして僕は山口昌弘という人間を誤解していた ののではないか」と不安になってしまう。山口本人も「ハルキさんは僕のことを誤解してるん 承ですよねと広言してはばからない。そこで先日ためしに山口昌弘に引っ越しを手伝っても 下らったのだが、 やはりぜんぜん役に立たなかった。十年前とちっとも変わっていない。そし ロ 山てやはり僕の判断が間違っていなかったことが証明された。しかしもちろん山口昌弘は悪い 男ではない。 悪い男は美人の奥さんに深く愛されたり、同僚の女の子にかばわれたりはしな 説明がかなり長くなってしまったけれど、その山口が僕のところにやってきて、ペンネ 1 ムを考えてくれと言ったのである。 「あのさ、俺、イラストレーターになろうかなと思って水丸さんのところに絵を持ってった んですよね。そしたら水丸さんがその絵見て、おい山口、止した方がいい って言、つんです
何故私は床屋が好きなのか 最近の若い男性の多くはユニ・セックスの美容室に行って髪を切るみたいだけれど、僕は どちらかというと昔ながらの床屋の方が好きである。だいたいが芸のないへア・スタイルを しているというせいもあるけれど、美容室に行かないいちばんの理由は女の人のとなりで髪 逆 を切られたり洗われたりするのがどうもおちつかないからである。それにカーラーを巻きっ の 一三ロ 堂けられたり、顔を剃られたり、頭にドライヤ 1 をかぶせられてポケッとした顔で週刊誌を売 朝 んだりしている女性の姿を見るのもあまり好きではない。 上 僕はそういうのが前々からわりに気になっていたので、何人かの女の子をつかまえて「美 容室でとなりの席に男がいるのって嫌じゃない ? 」と訊いてみたのだが、彼女たちはやはり 一様に、「うん、あまり気分の良いものじゃない」と答えた。僕はずっと男女共学で育って きたから女の子と同席すること自体には何の抵抗感もないのだけれど、髪を切ることに関し あめ てはやはり男女べつべつの方が気楽である。だから例のねじり飴みたいな看板の立った町の 床屋にずっと通っている。しかしこれはもちろんあくまで個人的な趣味の問題であって、 「男はみんな床屋に行くべしーといったような確固とした主張があるわけではない。それに なぜ
、つし、つ ード・ポイルドしてる人が目の前にいるとどうも落ちつかない。よくグラスを割っ たり、カクテルの配合を間違えたりしてしま、つ。だから僕は客としても、しんとするよりは ポケッとしている方を選んでいるわけである。ポケッと一人で酒を飲んでいる客というのは ーテンダーにとってはいちばんの上客である。なにしろそんなのは放ったらかしにしてお けばいいわけだから。 こういう風に一人で酒を飲むクセがついてしまうと、女の子がとなりに座ってお話をする ①ハーなんかに入るとものすごく困る。目も一応緊張させとかなくちゃいけないし、話題もみ つけなくちゃいけない。僕はだいこい初対面の人とはほとんどロクにロもきけないような性 て 格なのである。 っ 先日ホテルに入って仕事をしていたとき、夜中の十一時頃にビールが飲みたくなってふら 酒 りと街に出た。ホテルのバーで飲んでもよかったのだけれど、なんとなく街の灯が恋しくな ったわけだ。それで目についたスナック・ ーのようなところに入ってビールを注文すると、 黒服を着たお兄さんがしずしずとビールを運んできた。「む、これはまずいかな」と思って いると、案の定そのあとから短いドレスを着た二十歳くらいの女の子がやってきて僕のとな りに座り「こんにちは。お一人 ? と言った。こういうのは本当に困る。僕としては仕事の 緊張をほぐすために、一人でポケッとビールを二、三本飲みたかっただけなのである。こん Ⅷなとき近くにその道の名人・達人である安西水丸氏なんかがいると、さっとタッチして逃げ
ーズ、東京オリオンズ ) をいろいろと比較してみたのだが、結局消去法でヤクルトが残った。 東京スタジアムはしよっちゅ、つ通うには地の利か悪いし、巨人戦はあまりにも混みすぎるし、 だいたいにおいて後楽園という球場が僕はあまり好きではない。 その点神宮というのはなかなか気持ちの良い球場である。まわりに緑が多く、その頃は外 野席がのつべりとした土手になっており、そこにごろんと寝転んでビ 1 ルを飲みながら試合 てを見ているとかなり幸せな気持ちになれた。もっとも風が吹くと砂ほこりがひどく、おにぎ つりなんかを持っていると砂でじゃりじゃりになってしまって、これが難点といえば難点だっ デ 1 ・ゲ 1 ムのときには上半身裸になってよく日光浴をしたものである。巨人戦をのぞ うれ ロけばいつもがらからにすいているというのも嬉しかった。要するに早い話がヤクルトが気に ス 入って神宮に通っていたというよりは、神宮球場が好きでその結果としてヤクルトを応援し ていたようなものだ。 ャ がらがらにすいている球場の外野席は女の子とデートするのに適した場所である。ビール を飲んだりお弁当を食べたりしながら戸外の空気を吸えるし、入場料だって映画館より安い。 それに気が向けば野球の試合を見ることだってできる。 今でも覚えているのは十四、五年前の対巨人戦ダブル・ヘッダーで、僕はやはり女の子と おかだ 一緒にライト・スタンドの右翼手のまうしろのあたりで試合を眺めていた。今なら例の岡田 月応援軍団でにぎわっているあたりだが、当時の応援団は太鼓がひとっと笛が一本といった程 なが
村上朝日堂の逆襲 150 士 ' ・よ「と イユワちゃん ま廴た だせるのだけれど、一人だとなかなかそう 、もし力はし = = ロ 、。舌をするしかない。 酒場で女の子と話をしていちばん困るの たず は仕事の内容を訊ねられることである。向 こうだって初対面の人間と話すことなんて そんなにないから、どうしても天候の次に は職業が話題に上ってくる。でもやっと仕 事が終わってのんびりしてるのに、僕とし ては酒を飲みながら仕事の話なんかしたく ない。それで「えーと、まあ、なんという か自由業のようなもので : : : 」なんてごま かしていると、話題がすぐに尽きてしまう。 野球の話をすることもあるけれど、酒席で ふん ヤクルト・スワローズの話をしても場の雰 囲気は暗く落ちこんでいくばかりである。 そんなこんなでたいした話をするともな く、ビールを三本飲んで店を出てきた。僕
自動車について ・中い ( いⅢいリ 、ロ日ロ卩川 ⅡいⅢ冂 J)JJ 川川川 ~ チⅢ山、 ) " Ⅲ 030 日ⅡⅡⅢ Ⅱ川ⅢⅢ 旧いⅡいⅡ日 〃いⅡロい ' 6 3 0 0 0 しかしまあ、そ、つは言うものの、僕だって もう少し若ければやはり高級車を手に入れて 女の子をドライプに誘ってーーーなんてことを やっているのかもしれないので、あまり大き なことは一一一一口えない。こういうのはめぐりあわ せのようなものであって、ちょっと道がずれ ていればまったく逆のことを主張しているな んてこともありえないことではないのだ。世 の中にはびこる主張のおおかたは結果オーラ イの精神の上に成立したものである。だから 僕はここで車排斥論を展開しているわけでは なく、車がなくてもとくに不自由ないという ケ 1 スが少なからず存在しているのではない かという推測を穏当に述べているだけのこと である。怒りの反論なんてのを送ってこない で下さい 僕が今住んでいる藤沢の町も夏が近づくに