劣等感 - みる会図書館


検索対象: 森田療法
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1. 森田療法

過酷な詰め込み勉強て、それについていけないときには、学友との競争に勝てないという劣等 感をもつ。また、一種の〃英雄主義時代みて、肉体の強さを誇りたがるこの時期には、水泳や 鉄棒がてきないと、心に大きな傷をつくる。さらに、生まれつき自分の容姿に欠陥があったり、 要求水準が高過ぎて、自分の容姿が他者に劣り、特に異性に恰好が悪いと思われていると考え るようなときには、劣等感が強くなる。「劣等感」 ( インフェリオリティ・コムプレックス ) という 言葉を創始したアドラーは、特に生まれつきの身体的欠陥を神経症と結びつけ、「器官神経症」 といっているくらいてある。 つまりこのように、自我が強化されるに従って、他者や社会との関係の中て自分がどのよう に生きていけるかということを強く考え始めるのがこの時期てあり、「自己肯定」がてきる場 合と「自己否定」を中心にして強い劣等感を形成する場合と、一一つの道を選ばなければならな きろ い岐路に立たされる。 大切な「自己内在化」の時期 以上のことは、特殊な人間が課せられる問題てはない。ご ナれても一度は何らかの形て、そう した壁を感知するものてある。というよりも、むしろそこて自分自身を深く考えることが大切

2. 森田療法

なのてある。筆者はこの点に関して、「自己内在化」という言葉てその重要生を指摘している。 この時期の人間の自我は、より社会的に自分を強化していきたいという願望と、その一方て 親や身内の中に囲われ、現実を知らず親たちに守ってもらいたいという、矛盾したむ理的状况 の中におかれる。当然、今の自分は何なのだろうか、両親とは、家族とは何なのだろうか、友 人や異性とは何なのだろうか、社会や世界や地球とは何なのだろうか、という疑問が内に沸き 上がる。そこて自我はますます強化されるか、さもなくば劣等感へと落ち込んていくのてある。 アドラーは、この時期に劣等感をもたない青年はおらず、その劣等感をよりよい自分に仕立 てていくためのエネルギーにするのか、さもなくば神経症その他の心理状態をうつ屈させて、 自分を駄目にしてしまうか、の二つの道をたどるという意味のことを述べている。 このように、この時期の劣等感は、神経症の基盤となるのに最も重要な問題てあり、「神経質」論 も例外てはない。たとえば中学の初め頃に、音楽の時間に、歌を歌わされて、とちって赤くな礎 つの基 り、皆に笑われたとする。すると、次に指されたときにまた赤くなるのてはないかと不安が募の る。ここて今度はうまく歌おうとすればするほど緊張が激しくなり、後に述べる「精神交互作療 用」のメカニズムを通して神経質の中の「赤面恐怖」が固着するのてある。 しかし、このような自己内省からくる劣等感が、神経症や心身症をつくり出すのはまだ良い

3. 森田療法

じようじゅ 成就した「あるがまま」体験 不潔恐怖と針恐怖の女性 z 子さんは五十代の熟年婦人てある。彼女は二十年以上にわたって、強迫観念と強迫行為に 悩まされてきた。 , 彼女が最初にク不潔恐怖〃とク針恐怖みを体験したのは一一十七歳のときてあ った。初めての子供が生まれ、喜んだのも束の間、子供にばい菌が付着して病気になるのては ないか、自分が縫った針がどこかに迷い込んていて子供に突き刺さるのてはないか、と不安を 抱くようになったのてある。 結婚当時、彼女は夫と姑の三人て生活を営んていたが、必ずしも姑と仲がよくなく、子供が 生まれてからは、余計に諍いが目立つようになった。姑は、 Z 子さんの家事から育児まてあら ゆることに口を出して、何もてきない嫁だと非難をするのてあった。彼女はもともと特異な幼 小児期を過ごし、家庭的な躾がなされていないことに劣等感を抱いており、その劣等感をこれ てもかというように姑から抉り出されるのて、耐えがたい苦痛を感じていた。そんなときに、 いさか しつけ 170

4. 森田療法

をなくし、これまてに耐えてきたことが、耐えられなくなってしまったのてす。 たとえば、一番苦痛なのは、銀行の定例の会議のときてす。私は司会をしながらメモをとら なければならないのてすが、その手が震えて字になりません。みなが自分の手もとに視線を集 め、〃だらしのないやつだ〃とあざ笑っているように感じられるのてす。そこて気を取り直して、 うまく書こうと努力をすればするほど、逆に緊張して手が硬くなり、ときには、鉛筆が弾かれ たように手から滑り落ちてしまいます。そんなとき、私は劣等感と屈辱感ていたたまれなくな り、その場からたちどころに逃げ出してしまおうかと思います。 そんなことがあってから、どうも会議に出るのがおっくうになり、身体の調子が悪いからと か、他に重大な用があるからとか、適当な理由をつけては会議をさばるようになりました。 ある日、上司から呼び出され、ときどき会議に出ないことを指摘され、いろいろと尋ねられ しいとい - フ宀見悟 ました。私は苦しくて思い余っていたのて、この際、クビになって転職しても、 て、自分の心境をあらいざらい上司にぶちまけました。ところが上司は、〃君は業務の成績を下 げていないばかりか、むしろ成績が上がっているのだから、過去のことにこだわる必要もなけ れば、劣等感をもっ必要もない。胸を張ってやりたまえみといわれました。しかし私にとって は、上司がいくら私を慰めてくれても、苦しさに変わりはないのて、いっそのこと銀行をやめ 150

5. 森田療法

しよけい 手の震え、あるいは書痙は、彼の根底にある劣等感の代償的な症状てあって、それ自身が肉体 の欠陥てはないということも、理解てきるようになった。 しかし、彼はここて絶体絶命の立場におかれている。もし彼が自分の本来の欲望を生かそう とするならば、症状が存在しても会議に出席し、声が震えながらも発言し、手が震えながらも 字を書かなければならないのてある。これは彼にとってまたとなく苦しいことてある。一方、 この苦しさから逃げて、小さな企業の経理を一人てやったならば、苦しさに苛まれる機会はな くなるてあろう。しかし、彼はそれて満足てきるてあろうか。おそらくは、自己卑下がいよい よ強くなり、現実から逃げたことへの劣等感がさらに強く彼を支配して、日常生活を不本意な ものにしていくてあろう。そうなってくると、彼の精神は徐々に荒廃し、場合によっては身体 症状が出現し、ついには心理的な意味ての深刻な神経症の症状が現われることも考えられるの てある。 氏はこの絶体絶命の場面において、どうせ苦しいのなら、〃自分の真の欲望を生かしてい という方向に踏み切ることにした。しかし、症状をとり去ることはてきないから、彼はそれま てに悩んてきた症状を「あるがまま」に受け止めるように努力をしたのてある。 つまり彼は、身体が震えることを自覚しながら会議に出席し、字を書く手が震えることにひ さいな 152

6. 森田療法

にされていると腹が立ちますよ。女の子の場合なら、女たらしていやらしいと思うてしよう。 ばくは中学に入ってから間もなく、学校の先生にク何だニャニヤして、ロ許をもっときりつと 引き締めて真剣な顔をしろみといわれたんてす。それから、真剣な顔をしようと思えば田 5 うほ 逆にロの辺りに笑いが出てしまって、人に嫌な印象を与えちゃうんてす。こんな変な症状 をもっている人間は、世界中てばく一人てしよう。人前てにこやかにしていられていいという 人がいるけど、ばくの苦しみなんかわかっちゃいないんだ。ばくは死にたいほど苦しいんてす 実際の彼の表情には、彼が〃笑い 〃というような変化は現われないのだが、彼は一方的にそ のような自分の″笑いみの表情が、人に不快を与えると決め込んているのてある。対人恐怖症 の症状の中核は、多かれ少なかれ、このような自己中心的な訴えから成り立っている。前述し たさまざまな対人恐怖症の種類は、それぞれが、自分が不快だと感じ、劣等としているところ に症状を形成しているのてあって、いわば症状が彼らの内界の不安・葛藤、あるいは劣等感を 象徴的に現わしたものと考えてよい 対人恐怖症の分類 100

7. 森田療法

に満足を得ていたのだが、「社会化準備期」の頃から、家族による弟との差別感に悩むようにな り、さらにそれはエスカレートして弟への憎悪にもなっていったのてある。 みつぎもの このことは、古来からの伝承を想起させる。それはアベルとカインという兄弟が神に貢物を 贈ったところ、同じ物を贈ったにもかかわらず、神は弟のアベルの方を可愛がって、カインを ないがしろにした。そのために、弟に対する憎悪から、カインはアベルを殺害してしまったの てある。 君の場合、 O 君とふだんは非常に仲がよいのてあり、これほどの憎悪を弟に抱くには至ら なかったが、少なくとも両親への不信感、その他の家族への不信感を募らせていたのてある。 後年、このことは他者に対する不信感にも繋がり、それと同時に、自分の劣等感を肥大化させム ることにもなって、対人恐怖の素地をつくっていったのてあろう。 このケースをきっかけに、筆者は、一卵性双生児て一方が神経質 ( 症 ) 、一方が正常のケースメ を集めてみた。するとおもしろいことに、 不安神経症は一定していないのだが、対人恐怖症の剏 場合は、いずれも長男と呼ばれた方が神経症を発症していた。このことは、「社会化準備期」以質 後の精神的葛藤が、神経質 ( 症 ) 形成の上に重要なかかわりをもっており、また、その時代の環神 境が大きい影響を与えている、ということがてきるのてはなかろうか。 かっとう つな

8. 森田療法

5 強迫観念に基づく行動 「はからう」とは、物事を処置することてある。つまり、考えたことを、動作、態度、行動に 示すことてある。そこて次に、神経質 ( 症 ) 者についての「はからい」を考えてみたい。 神経質 ( 症 ) 者における「はからい」は、神経質 ( 症 ) 者が自分の強迫観念に基づいて、物事を勝 手に処置することをいう。たとえば、先にあげた一卵性双生児の君は、顔が赤くなるのを見ム こもう少しそのことを突込んニ られるのがいやだといって、会合に出るのをやめてしまった。彼 ( カ メ て聞いてみると、 の 「自分の顔が赤くなるにつれて、同席する学友がそわそわし始め、だんだん雰囲気が面白くな くなって、会話が変な方向に行ってしまうんてすよ。ばく一人のために皆の会合を台無しにし質 神 ては申しわけない、と考えるから、ばくは会合に出席しないんてす」と述べる。 この場合、君は赤くなるのを人に見られたくない、自分の劣等感を人に察知されたくない 「はからい」の行動

9. 森田療法

ところて筆者は、対人恐怖症について次のような分類を行なっている。 ①単純はにかみ型、②過緊張型、③内向劣等型、④攻撃性内圧型、⑤敏感関係型、 ⑥現実逃避型、⑦意味喪失型、⑧非神経症型。 このなかて、単純はにかみ型と過緊張型は、日常人もしばしば経験するところてあって、特 〃恥の文化みといわれてきた日本文化のなかにあって、前思春期ぐらいの時期にあたる人々 は、人前て自分がいかに見られるかということにことさらに気をつかい それが「はにかみ」 という形て表現されることが多い。この点、現代の青少年はかなり趣を異にし、欧米における 人間関係に近づいている。 次の内向劣等型と攻撃性内圧型は、まさに神経質 ( 症 ) 者の心理状態を投影するものてあって、 実際に、筆者が所長をしている精神療法センターにおいて、二宮正人医師が多数の症例を集め状 て筆者の分類にあてはめ、対人恐怖症者の類型を調べたところ、この二型に神経質 ( 症 ) が最も諸 の 多いということカ証明された。 症 それは当然のことてあって、神経質 ( 症 ) における対人恐怖症者は、「生の欲望」が強く、自質 己表現あるいは自己実現を人一倍強く望んているのてあり、それが彼らの思うように実現し得神 ないことが問題なのてある。思ったように朗々と喋れなかったり、人を威圧し注視しながら喋

10. 森田療法

また、その当時の時代精神の現われとして、人前て恥をかくような生き方をするなという風潮 が一般的てあった。 ところが、現実の筆者はといえば、気が小さくて、自己表現が充分にてきない性格なのてあ る。したがって、意識の上て、人前てきちんとしたところを見せようと思えば思うほど、現実 の自分にはそれがてきないということが劣等感になり、これが潜在的な苦痛になっていたのて 赤くなったりするのを葛藤として意識したの ある。中学校ての読書のときに、声が震えたり、 は、まさに「男の子は人前てあがってよ、ナよ、 ーし。オし」とか、「学友の前て恥をかくようなこと力あ ってよ、ナよ、 と、うような誤った理想主義と、実際には症状が現われてきてしまうという 現実との食い違いが生じたためてあった。 その後、敗戦て皇国の価値観がばろ切れのように反故になり、まったく新しい価値観を求め て右往左往したり、さまざまな生活体験を通して、神経症的な要素は自分なりに解消されてき森 たのだが、やはりどこかて〃かくあるべしみという意識は強く残っていて、それが人中て自己か 表現を行なう場合の葛藤になっていた。しかし、不安が常在してよいのだと認められ、その上 常 て、自己実現を行なっていこうという姿勢をもてるようになったのは、森田療法を知るように日 なってからてある。