男がクリスマスのための音楽を麕してほし いと頼まれたのはまだ夏の盛りのことだった。 ひっし ししよう 羊男も、依頼にやってきた男も夏用の羊衣裳の下 てぐっしよりと汗をかいていた。夏の盛りに羊男 てありつづけるのはなかなかつらいことなのだ。 とくにエアコンも買えない貧乏な羊男にとっては。 扇風機がぐるぐるとまわって、一一人の羊耳をば たはたとはためかせていた。 ひっしおとこ
「そんな話は聞いたこともありませんよ」と羊 男はびつくりして言っご。「いつごいなんのことて すか、それは ? せいひつじさいじっ 「聖羊祭日を知らんとは、これは驚いたな」と 羊博士はもっとびつくりして言った。「近頃の若い 者は何も知らんのだな。君は羊男になったときに、 羊男学校に通っていろんなことを習ったじやろう カ ? 「ええ、まあ、それは。ても僕は学校の勉強が あまり得意な方じゃなかったもんて、その」と羊 男はばりばりと頭を蚤いた。
博士は , ハ個のドーナツのうち四個ま。てを息も つかずにむしやむしやと食べ、残りの一一個を 大事そ - フに戸だなにしまった。そして指につばを つけて、テーブルの上にちらばったかすを拾いあ つめ、。へろ。へろとなめた。 「この人は本当にドーナツが好きなんだな」と羊 男は感、いした。 指をきれいになめてしまうと、羊博十は本棚か ら一冊のぶ厚い本をとりだした。本の表紙には『羊 男の歴史』と書いてあった。 「さて羊男くん」と博士は重々しい声。て言った。 「ここには羊男に関することが何もかも書いてあ るのだ。君がどうして羊男音楽を作曲てきないか
「私ども羊男協会ては」と相手の男は胸のファス ナーを少しゆるめて、扇風機の風を中に入れなが ら言った。「毎年音楽的オ能に恵まれた羊男さんを せいひっししようにん 一人選をて、聖羊上人様をお慰めするための音楽 を曲していたたき、それをクリスマスの日に演 奏して、ごご しオオくことになっているのてすが、今年 はめてたくあなたが選ばれたのてす」 「それはそれは」と羊男は言った。 「とくに今年は上人様が亡くなられて一一千五百年 めにあたる記念すべき年てありまして、ここはひ とっそれにふさわしい立派な羊男音楽をして したたきたいと田 5 っておりますわけてす」と男は
もんらゆう ちをした植木も、門柱も、敷石も、みんな消えて 「僕はもう一一度とあの人たちには会えないんだ な」と羊男は田 5 った。「一一人のねじけにも、 208 と 209 の双子にも、海ガラスの奥さんにも、な んてもなしにも、羊博士にも、聖羊上人にも」 そう田 5 うと羊男の目から涙がこばれた。羊男は みんなのことをとても好きになっていたのだ 下宿に戻ると、羊の絵のクリスマス・カードが 一枚郵便受けに入っていた そこには「羊男世界がいつまても平和て幸せて ありますように」と書いてあった。 しきいし 108
「なるほどなるほど」と羊男は耳をかきながら言 った。クリスマスにはまだ四カ月半もある。それ だけの日にちがあれば、僕にも立派な羊男音楽を ・乍・曲てきるさと羊男は田 5 った。 「大丈夫。てす。僕にまかせて下さい」と羊男は胸 をはって言った。「きっとすばらしい音楽をし てみせますから」
て、これからどうすればいいのかな ? あの 本には穴に落っこちればそれて呪いがとける って書いてあったのに、こんなことになるなんて わけがわかんないや」と羊男は言った。 羊男は少しお腹がすいたのて、腰を下ろしてド ーナツをひとっ食べることにした。 羊男かドーナツをかじっていると、うしろの方 て「こんにちは、羊男さん」「こんにちは」という 声がした。羊男が振りむくと、そこには双子の女 の子が立っていた 一人の女の子は〈 208 〉と いう番号のつい たシャツを着て、もう一人の女の 子は〈 2 c 9 〉という番号のつい たシャツを着て
ポスターはどんどん色あせて 最後には絵も ~ 子もほとんど半てきないくらいになり 和局は引越しのときに捨ててしま - フことになったが それてもそのポスターの絵は 今ても僕の〈羊男世界〉の中に しつかりと自づいている そして 羊男も双子も羊博士もねじけもなんてもなしも みんな僕と同じようにマキさんの絵を気に入っている たから今回このような形てマキさんと一緒に絵本を作れたことは 羊男世界にとってはひとつの大き暑びなのてある そして読者のみなさん一人一人の部屋の壁に その羊男世界の喜びが淡い影のように浸みこんてし : オ それは僕 , こしてもとても亠暑し、 ょにはともあれ 羊男世界がいつまても平和て幸福てありますように 1985 ・ 10 ・ 5 ギリシャ・エルミオーニにて 村上春樹
男は暗い気持てカレンダーを見つめた。クリ スマスまてあと四日とい - フのに、約束した亠日 いっしようせつ 楽は一小節だって。てきていやしない。。 ヒアノが弾 けないせ 羊男が、沈んだ顔つきて、昼休みに公園。てドー ナツを食べていると、そこに羊士が通りかかっ 「どうしたんだね、羊男くん」と羊博士はたずね た。「ずいぶん元気がないじゃないかクリスマス も近いとい - フのに、そんなことじゃ困るね」 「僕の元気がないのは、そのクリスマスのせいな いちぶしじゅう んてす」と羊男は言って、羊博士に一部始終を打 ちあナご。
「まったくなんて嫌なところなんだ、ここは」と 羊男は言った。「右ねじけも左ねじけも同じくら いねじけてるし、海ガラスの奥さんは身勝手だし」 羊男はもうなんだっていいやと思って、目につ た道をどんどん歩いていった。しばらく歩くと きれいな泉があったのて、羊男はそこて水を飲み、 た。ドーナツを食べて ドーナツをまたひとっ食べ しまうと眠くなったのて、羊男は草の上に横にな って、一眠りすることにした。