手 - みる会図書館


検索対象: TVピープル
162件見つかりました。

1. TVピープル

不自然なのだ。つまりピープルの小ささは子供やコビトの小ささとは全然違ってい る。僕らは子供やコビトを見て、彼らを「小さい」と感じるわけだが、その感覚的認識 は多くの場合彼らの体つきのバランスの悪さから発しているのである。彼らはたしかに 小さいのだけれど、すべてが均一に小さいわけではない。手は小さいけれど頭が大きか ったりする。それが普通だ。でもピープルの小ささはそれとは全然違う。 プルの場合はまるで縮小コビーをとって作ったみたいに、何もかもが実に機械的に規則 的に小さいのだ。背丈がの縮尺なら、肩幅もの縮尺だし、足のサイズも頭の大きさ も耳の大きさも指の長さもの縮尺なのだ。実物より少しだけ小さく作られた精密なプ ラモデルみたいに。 あるいは彼らは遠近法のモデルみたいにも見えるとも言える。手前にいるのに、遠く にいるように見える人。まるでだまし絵のように、平面が歪み、波打つ。届くはすのと ころに手が届かない。届かないはずの物に手が触れる。 それがピープル。 それがピープル。 それがピープル。

2. TVピープル

僕が会社から帰ったとき、部屋の中は真っ暗だった。外では雨が降りはじめていた。 一ヴェランダの窓から、低くたれこめた暗い雲が見えた。部屋の中に雨の匂いがした。日 科も暮れはじめていた。妻はまだ帰っていなかった。僕はネクタイをほどき、しわをのば してネクタイかけにかけた。スーツのほこりをプラシで払った。シャツは洗濯物入れの く切り出してみた。 ータオルを二枚 彼は何も言わなかった。水道の蛇口をぎゅっとひねって閉め、ペー ホルダーからひつばり出してそれで手を拭いた。僕の方をちらりとも見なかった。時間 をかけて手を拭いてしまうと、タオルを丸めてごみ箱に捨てた。あるいは僕の言ったこ とが聞こえなかったのかもしれない。あるいは聞こえたけれど聞こえないふりをしてい たのかもしれない。どちらかはわからない。でもその場の雰囲気から、もうそれ以上は ータオルで手を拭いた。 何も訊かない方がいいように思えた。だから僕も黙ってペ 空気がとてもこわばって感じられた。僕らは無言のまま廊下を歩いて会議室へ戻った。 そのあと会議のあいだじゅう、彼は僕の視線を避けているように感じられた。

3. TVピープル

ふと自分の手を見ると、それが透けて見えるようにさえ感じられる。それはある種の無 力感だ。呪縛だ。自分の体が、自分の存在がどんどん透けていく。そして僕は動けなく なる。何も一一一一口えなくなる。そして僕は三人のピープルが僕の部屋にテレビを置いて 出ていくのをただじっと見守っているしかない。 うまく口が開けない。自分の声を聞く のが怖くなる。 ピープルが出ていって、僕はまたひとりになる。僕の存在感が戻ってくる。僕の 手は再び僕の手に戻る。気がつくと、夕暮れはすっかり闇の中に飲み込まれてしまって いる。僕は部屋の電気をつける。そして目を閉じる。そこにはやはりテレビがある。時 計は時を刻み続けている。タルップ・ク・シャウス・タルップ・ク・シャウス、と。 とても不思議なことなのだけれど、妻はテレビが部屋の中に出現したことに対して何 も一一一一口及しない。何の反応も示さない。まったくのゼロなのだ。気がっきさえしないよう だ。これは実に奇妙なことだ。というのは、さっきも言ったように、彼女は家具や物の 配置・配列に対してとても神経質な女だからだ。自分のいないあいだに部屋の中の何か

4. TVピープル

とうすればいいんだろ 叩きかたをしない。車を揺すったりもしない。私は息を飲んだ。・ うと私は思う。私の頭はひどく混乱している。わきの下に汗がにじんでくるのがわかる。 車を出さなくちゃ、と思う。キイだ、キイを回すのだ。私は手をのばしてキイをつかみ 右に回す。セルモーターの回る音が聞こえる。 でもエンジンは点火しない。 私の指はぶるぶると震えている。私は目を閉じてもう一度キイをゆっくりと回してみ る。でも駄目だ。巨大な壁をひっかくようなカリカリという音が聞こえるだけだ。同じ ところを回っている。同じところを回っている。そして男たちはーーーその影は私の車を 揺さぶりつづけている。その揺れはどんどん大きくなってきている。たぶん彼らはこの 車をひっくりかえすつもりなのだ。 何かが間違っている、と私は思う。落ち着いて考えれば上手くいくのだ。考えるんだ。 落ち着いて・ゆっくりと・考えるんだ。何かが間違っている。 何かが間違っている 眠でも何が間違っているのか、私にはわからない。私の頭の中には、濃密な闇が詰まっ ている。それはもう私をどこにも連れていかない。手がぶるぶると震えつづけている。

5. TVピープル

私も思う。でもいずれにせよそれは夢だったのだ。夢ではないような種類の夢だったの しかし恐怖が薄らいでも、体の震えはなかなか去らなかった。私の皮膚の表面は地震 のあとの水紋のように、、 しつまでもぶるぶると小刻みに震えていた。その細かい震えが はっきりと目で見てとれた。あの悲鳴のせいだ、と私は思った。声にならなかった悲鳴 が私の体の中にこもって、それが私の体をまだ震わせているのだ。 私は目を閉じてもう一口プランディーを飲んだ。温かい液体が喉から胃へゆっくりと 下がっていくのが感じられた。それはすごくリアルな感触だった。 それから私は子供のことが急に、い配になった。子供のことを考えると、胸がまたどき どきした。私はソファーを立って、足早に子供の部屋に行った。子供もやはりぐっすり と眠っていた。片方の手がロもとにかかり、もう片方の手が横に突き出されていた。子 供は夫と同じように見るからに安心しきって眠っていた。私は子供の乱れた布団を直し てやった。私の眠りを乱暴に突き崩したものがいったい何であったのか、私にはわから なしが、とにかくそれは私ひとりだけを襲ったようだった。夫も子供も何も感じてはい

6. TVピープル

男はそんなことには取り合わなかった。「豚だ」と彼は言った。「それから君のあそこ ね。あれは本当にひどいぜ。僕はあきらめてやってるけど、もうなんだか伸びきった安 物のゴムみたいだ。あんなものつけてるくらいだったら、僕なら死んでるね。僕が女で、 とにか / 、 あんなものつけてたらさ、恥ずかしくて死んでるよ。どんな死に方でもいし さっさと死んでしまう。生きてるのが恥た」 女は茫然としてそこに立っていた。「あなたよくもそんな : そのとき、男は突然頭を抱えた。そして苦しそうに顔を歪めて、その場にしやがみこ んだ。爪でこめかみをかきむしった。「痛い ! 」と男は言った。「頭が割れそうだ。たま らない。苦しい」 「大丈夫 ? 」と女は声をかけた。 「大丈夫じゃな、。、 我慢できない。なんだか皮膚が焼けるみたいにちりちりする」 女は男の顔に手を触れた。男の顔は焼けるように熱かった。彼女はそれをさすってみ ンた。すると皮膚は薄皮を剥くようにずるっとはがれた。そしてそのあとにはぬめっとし ゾた赤い肉が現れた。彼女は息をのんでうしろにとびのいた。 男は立ち上がった。そしてにやっと笑った。彼は自分の手で顔の皮膚をどんどんはが

7. TVピープル

からポプ・デイランまで、もばっちりと揃っていた。 一九六〇年代という時代には、確かに何か特別なものがあった。今思い出してもそう 思うし、その時にだってそう思っていた。この時代には何か特別なものがあると。 僕は何も回顧的になっているわけではないし、また自分の育った時代を自慢している わけでもない ( いったいどこの誰が何のために、あるひとつの時代を自慢しなくてはな らないというのだ ? ) 。僕はただ事実を事実として述べているだけだ。そう、そこには 確かに何か特別なものがあったのだ。もっともーー僕は思うのだけれどー・ー・そこにあっ たもの自体はとりたてて珍しいものではなかった。時代の回転が生じさせる熱や、そこ にかかげられた約束や、ある種のものがある種の時期に生み出すある種の限定された輝 かしさ、そして望遠鏡を逆から覗いているような宿命的なもどかしさ、英雄と悪漢、陶 酔と幻滅、殉教と転身、総論と各論、沈黙と雄弁、そして退屈な時間待ち、エトセトラ、 エトセトラ。どの時代にだってそういうものはちゃんとあったし、今でもちゃんとある。 おおぎよう でも我らが時代 ( といういささか大仰な表現を許していただきたい ) にあっては、そ ういうものがひとつひとっ 、くつきりと手に取れるような形で存在したのだ。ひとつひ みの とっ棚に載っていたのだ。それに、今みたいに何かを手に取ったら、隠れ蓑をかぶった

8. TVピープル

彼はそう言ってみた。 彼女はもう一度ポールペンを手に取る。どこかの銀行のなんとか支店十周年記念の文 字入りの黄色いプラスティックのポールペン。 彼はそのポールペンを指さした。「ねえ、もし僕が今度何かひとりごとを言ったらそ れでメモしておいてくれないかな ? 」 女は彼の目をのぞきこむようにじっと見た。「本当に知りたいの ? 」 うなず 彼は肯いた。 彼女はメモ用紙を手に取り、ポールペンを使ってそこに何かを書き始めた。ゆっくり と、しかしつつかえたり休んだりすることもなく、彼女はポールペンを動かしつづけた。 そのあいだ彼は頬杖をついて、彼女の長いまっげを見ていた。何秒かに一度、不規則に 彼女はまばたきをした。そんなまっげをーーーっいさっきまで涙に濡れていたまっげを じっと眺めていると、彼にはまたわからなくなってきた。彼女と寝るということが しったい何を意味しているのかということが。複雑なシステムの一部が引きのばされて おそろしく単純になってしまったような奇妙な欠落感が彼を襲った。このままもう俺は どこにも行けないのかもしれないと彼は思った。そう思うと、たまらなく怖かった。自

9. TVピープル

とそれは部屋に鳴り響く。ピープルはそれをサイドボードの上からどかせて、床に 下ろした。きっと女房が怒るだろうなと僕は思った。彼女は部屋の中の物を勝手に移動 されるのが大嫌いなのだ。同じものが同じ場所に置いていないと、とても不機嫌になる のだ。それに時計を床に置いたりしたら、僕は夜中にきっと足をぶつつけてしまうこと だろう。僕はいつもきまって二時すぎに目を覚まして便所に行くし、とても寝惚けてい るから、すぐ何かにつまずいたりぶつかったりしてしまうのだ。 それからピープルは雑誌をどかせてテープルの上に置いた。全部妻の雑誌だった ( 僕は雑誌はほとんど読まない。本しか読まない。僕は個人的には世の中の雑誌という しいと思っている ) 。『エル』とか『マ 雑誌が全部きれいに潰れてなくなってしまえば、 リ・クレール』とか『家庭画報』とか、その手の雑誌だ。そういうのがサイドボードの 上にきれいに積み重ねてあったのだ。妻は自分の雑誌に手を触れられるのも好まない。 積み重ねられた順番が変わっていたりしたらちょっとした騒ぎになる。だから僕は妻の ヘージをめくったことさえない。でも > ピープルはそ 雑誌になんて近寄りもしない。。 んなことにはおかまいなく、どんどん雑誌をどかせてしまう。彼らには雑誌を大事に扱 おうという気配はまったくない。彼らはそれをただ単にサイドボードの上から別のどこ

10. TVピープル

席に座らせる。子供の小学校は診療所に向かう道筋にあるのだ。「気をつけてね」と私 せりふ は言う。「大丈夫」と彼は言う。 いつも同じ台詞の繰り返しだ。でも私はそうロにしな いわけにはいかないのだ。気をつけてね、と。そして夫はこう答えないわけにはいかな いのだ。大丈夫、と。彼はハイドンだかモーツアルトだかのテープをカー・ステレオに 差し込み、ふんふんとメロディーを口ずさみながらエンジンをスタートさせる。そして 二人は手を振って出ていく。二人は奇妙なほどよく似た手の振り方をする。同じような 角度に顔を傾け、同じように手のひらをこちらに向け、それを小さく左右に振る。まる で誰かにきちんと振り付けられたみたいに。 私は私専用の車として中古のホンダ・シティーを持っている。二年前に、私はそれを 女友達からほとんどただ同然で譲ってもらった。バンパーもへこんでいるし、型も古い さび ところどころ錆も浮いている。もうかれこれ十五万キロくらい走っている。時々、一カ 月に一度か二度くらいのものだが、エンジンのかかりが極端に悪くなる。いくらキイを 回してもエンジンがかからないのだ。でもわざわざ修理工場に持っていくほどのことで はない。十分くらいなだめたりすかしたりしているうちに、何とかエンジンがぶるんと いう気持ちのいい音を立てて動き出す。まあ仕方ないでしようが、と私は思う。何にだ