の暗い光に照らしだされている。 テレビの画面では二人のピープルが熱心に作業を続けている。画像はさっきより ずっとはっきりしている。機械の計器の数字まで今でははっきりと読みとれる。かすか であるがその音も聞こえるようになっている。機械がタアアプジュラヤイフッグ・タア プジュラヤイフッグ・アルップ・アルップ・タアプジュラヤイフッグ、という唸りを立 てている。時折、金属が金属を打っ規則正しい乾いた音がする。アリイイイインブツ・ アリイイインブッ、それは聞こえる。ほかにもいろんな種類の音がいりまじっている。 でも僕にはそれ以上はっきりとは聞きわけられない。でも何はともあれ、その二人の e > ピープルは画面の中で懸命に働いている。それがこの画像のテーマなのだ。僕はしば らくその二人の作業をじっと眺める。画面の外のピープルも黙って画面の中の仲間 それはどうしても僕には飛行機には見えな の姿を見つめている。わけのわからない いのだーーー真っ黒な機械は、白い光の中に浮かんでいる。 「奥さんは帰ってこないよ」と画面の外にいる (-*> ピープルが僕に言った。 僕は彼の顔を見た。彼が何を言っているのかうまくキャッチできなかった。僕は真っ 白なプラウン管をのぞきこむみたいに彼の顔をじっと見た。
僕はひどく疲れていた。とてもうすっぺらだ。従姉妹に断りの返事を書かなくちゃな、 と僕は思った。仕事の都合でどうしても出席することができません。残念です。結婚お めでとう、と。 テレビの中の二人のピープルは僕とは無関係に、せっせと飛行機を作りつづけて いた。彼らは一時も仕事の手をやすめなかった。その機械を完成させるまでに彼らがや らなくてはならない作業は無限にあるようだった。ひとつの作業が終わると、休みなく すぐに次の作業が始まった。きちんとした工程表や図面があるわけではなかったが、彼 らは自分が何をすればいいのか、次に何をすればいいのかを熟知していた。カメラは彼 らのそんな見事な作業をきわめて手際良くフォローしていた。わかりやすく的確なカメ ラワークだった。説得力のある画面だった。たぶん別の ( 第四だか第五だかの ) ープルがカメラやコントロール・パネルの作業を担当しているのだろう。 不思議な話だけれど、ピープルたちのそんな完璧と言ってもいい仕事ぶりをじっ 一と見ているうちに、僕にもそれが少しずっ飛行機に見えてきた。少なくとも飛行機であ 科ってもおかしくないという気がしてきた。どちらが前でどちらが後ろだって、そんなこ 四とかまわないじゃないかと僕は思った。あれだけ見事に精密な仕事をしているんだから、
ピープルは三人とも濃いプルーの上着を着ていた。何かはわからないけれど、と にかくつるりとした感じの生地だ。そしてプルージーンズとテニス・シューズを履いて いた。服も靴も少しすっ縮尺が小さかった。長いあいだ彼らの動く姿を見ていると、だ んだん僕の縮尺の方が間違っているみたいな気がしてきた。まるで度のきつい眼鏡をか けて、後ろ向きにジェットコースターに乗っているみたいな気分になった。風景がいび つに前後する。それまで自分が無意識に身を置いていた世界のバランスが絶対的なもの ではなかったことを思い知らされる。ピープルは見る人をそういう気持ちにさせる のだ。 彼らは三人でもう一度テレビ ピープルは結局最後まで一言も口をきかなかった。 , の画面を点検し、問題のないことを再確認してからリモコンで画面を消した。画面の白 がすうっと消え、ちりちりという小さな音も消えた。画面はもとどおりの無表清な黒っ ばいグレイに戻った。もう窓の外は暗くなりはじめていた。誰かが誰かを呼ぶ声が聞こ えた。マンションの廊下を誰かがゆっくりと歩いて通り過ぎていった。いつものように わざと大きな音を立てて。カールスバムク・ダルプ・カールスパク・デイイイクという 革靴の音が聞こえた。日曜日の夕方だ。
る前に飲んだビールの味が残っていた。僕は唾を飲み込んだ。喉の奥がひからびていて、 飲み込むのに時間がかかった。リアルな夢を見たあとはいつもきまってそうだけれど、 眠りよりは覚醒の方が非リアルに感じられた。でもそうじゃよ、。 オしこれが現実なのだ。 誰も石になんかなっちゃいないんだ。何時だろうと思って僕は床に置かれたままの時計 を見た。タルップ・ク・シャウス・タルップ・ク・シャウス。八時少し前だった。 でも夢と同じように、テレビの画面にはひとりのピープルが映し出されていた。 そのビープルは会社の階段で僕とすれちがったのと同じ e> ピープルだった。間違 いなくあの男だ。最初にドアを開けて部屋に入ってきた男。百パーセント間違いない。 彼は蛍光灯のような白い光をバックに、じっと立って僕の顔を見ていた。それは現実に もぐりこんできた夢の尻尾みたいだった。目を閉じて目を開けたら、そんなものはすっ と消えうせてしまいそうに思えた。でも消えなかった。画面のピープルの姿は逆に だんだん大きくなってきた。画面に彼の顔がいつばいに映しだされた。遠くからじりじ 一りと近くに寄ってくるような感じで、ピープルの顔がだんだんアップになってきた。 科それから E-«> ピープルはテレビの外側に出てきた。まるで窓から出るように、枠に手 をかけて足をよいしよと踏み出して出てきたのだ。彼が出たあとの画面には背景の白い
会議の夢を見た。僕は立って発言している。何を言っているのか自分でも理解できな い。ただしゃべっているだけだ。でも話しやめたら僕は死んでしまう。だから話しやめ ることはできない。永遠に意味のわからないことを話しつづけるしかない。まわりの人 間はもうみんな死んでしまっている。死んで石になっている。かちかちの石像になって いる。風が吹いている。窓ガラスが全部割れていて、そこから風が吹き込んでくるのだ。 そしてピープルがいる。彼らは三人に増えている。最初と同じように。彼らはやは りソニーのカラー ・テレビを運んでいる。テレビの画面には > ピープルが映っている。 僕は言葉を失いつつある。それにあわせて手の指先が少しずつ固まってくるのが感じら れる。僕はだんだん石に変わろうとしているのだ。 目が覚めると、部屋が白っぱくなっていた。まるで水族館の廊下のような色あいだっ た。テレビがついているのだ。あたりはも , ・つすっかり暗くなって、その闇の中でテレビ の画面がちりちりと小さな音を立てて光っていた。僕はソファーの上で身を起こして、 指先でこめかみを押さえた。指はまだちゃんと柔らかい肉のままだった。ロの中には寝
かごに放り込んでおいた。髪に煙草の匂いがしみついていたので、シャワーに入って髪 を洗った。いつものことだ。長い会議があると、体に煙草の匂いがしみついてしまう。 彼女が結婚してまず最初にやったことは、僕に煙草 妻はその匂いをひどく嫌がるのだ。 / をやめさせることだった。四年前の話だ。 僕はシャワーから出ると、ソファーに座ってタオルで髪を拭きながら缶ビールを飲ん だ。ビープルが運んできたテレビは、まだサイドボードの上にあった。僕はテープ ルの上のリモコンを手に取って、スイッチを入れてみた。でも何度スイッチ・オンのポ タンを押しても、電源は入らなかった。何の反応もなかった。画面はじっと暗いままだ った。僕は電源コードを確かめてみた。プラグはちゃんとコンセントに入っていた。僕 はプラグを抜いてもう一度しつかり差し込んでみた。でも駄目だった。リモコンのスイ ッチをどれだけ押しても画面は白くならなかった。念のためリモコンの裏蓋をあけて電 池を取り出し、簡易テスターでチェックしてみた。電池は新品だった。僕はあきらめて リモコンを放り出して、ビールを喉の奥に流し込んだ。 なんでそんなことが気になるんだろう、と僕は不思議に思った。テレビのスイッチが 入ったところで、それでどうなるって言うんだ。白い光が浮かんで、ざあっというノイ
% ルを飲んだ。僕はふと目を上げてサイドボードの上を見た。テレビは、まだそこにあっ た。電源は入っていなかった。テープルの上にはリモコンが載っていた。僕は椅子から 立ち上がってそのリモコンを手に取り、スイッチをオンにしてみた。テレビの画面がさ っと白くなり、ちりちりという音が聞こえた。画像は相変わらず何も映らなかった。た だ白い光がプラウン管の上に浮かんでいるだけだった。スイッチを押して音量を上げて さああっというノイズが大きくなっただけだった。僕は二十秒だか三十秒だか みたが、、 その光を眺めてから、スイッチを切った。音と光が一瞬にして消えた。妻はその間カー ペットの上に座って『エル』のページをばらばらと繰っていた。テレビがついて消えた ことには彼女は何の関心も払わなかった。気がっきもしないようだった。 僕はリモコンをテープルの上に置き、またソファーに座った。そしてガルシア・マル ケスの長い小説の続きを読もうと思った。僕はいつもタ食のあとで本を読むのだ。三十 分でやめることもあるし、二時間読むこともある。とにかく毎日読む。でもその日は一 ページの半分も読めなかった。いくら本に意識を集中させようとしても、僕の注意はす ぐにテレビに戻った。つい目を上げてテレビを見てしまうのだ。テレビの画面は僕に真 正面を向けられて据えられていた。
画面が見えるかを確認した。テレビは僕の方に正面を向けて据えられていた。距離もほ どよい距離だった。彼らはそれで満足したようだった。これで作業がひととおり終わっ たという雰囲気だった。ピープルのひとりが ( 僕の隣に来て画面を確認したピ ープルだ ) リモコンをテープルの上に置いた。 ピープルたちはその間ひとことも口をきかなかった。彼らは正確に手順どおり行 動しているようだった。だからとくに口をきく必要もないのだ。三人が三人とも、自分 てきばきして の決められた職務をきちんきちんと効率よく果たしていた。手際がいい いる。作業に要した時間も短かった。最後にひとりのピープルが床に置きつばなし になっていた置き時計を手に持って、どこか適当な置き場所がないものかとしばらく部 屋の中を物色していたが、結局見つけられずにあきらめてそれをまた床に戻した。タル ップ・ク・シャウス・タルップ・ク・シャウス、とそれは床の上で重々しく時を刻みつ づけた。僕の住んでいるマンションはかなり狭いし、それに僕の本と、妻の集めている 一資料とで、もうほとんど足の踏み場もないような有り様なのだ。きっといっか僕はあの 科時計につまずくだろう、と僕は思って溜め息をついた。間違いない。絶対につますく。 賭けてもいし
かにどかせたいというだけなのだ。積み重ねられた雑誌の上下が入れ代わる。『マリ・ クレーレ ノ』が『クロワッサン』の上になる。『家庭画報』が『アンアン』の下になる。 しおり それは間違いだ。おまけに彼らは妻が何かの雑誌にはさんでおいた栞をばらばらと床に 落としてしまう。栞がはさんであったところは、妻にとっての重要な情報が載っていた ページなのだ。それがどんな情報でどれはど重要なのか、僕は知らない。 , 彼女の仕事に 関係したことかもしれないし、あるいは個人的なことかもしれない。でもとにかく、彼 女にとってはそれは大事な情報だったのだ。きっとすごく文句を一一一一口うだろうな、と僕は 思った。私がたまにお友達と会って気持ち良く楽しんで帰ってきたら、家の中がきまっ せりふ て無茶苦茶になっているんだから、とかなんとか。僕はその台詞を全部思い浮かべるこ とができた。やれやれ、と僕は思った。そして首も振った。 プ とにかくサイドボードの上には何もなくなってしまった。そしてピープルはそこ > にテレビを載せた。壁のコンセントにプラグを差し込み、スイッチを入れた。ちりちり という音がして画面が白くなった。しばらく待ってみたが、画像は浮かんでこなかった。
光だけが残っていた。 彼はしばらくテレビの外の世界に体をなじませるように右手の指で左手をこすってい た。縮尺の小さな右手が縮尺の小さな左手を長いあいだこすっていた。彼はまったく急 いではいなかった。時間はいくらでもあるんだというようないかにも余裕のあるそぶり だった。テレビ・ショウの手慣れた司会者のようだった。彼はそれから僕の顔を見た。 「我々は飛行機を作っているんだ」とビープルは言った。遠近感のない声だった。 うすっぺらで、まるで紙に書かれた声みたいだった。 彼の言葉にあわせてテレビの画面には黒い機械が映しだされた。本当にニュース・シ ョウみたいだ。まず広い工場のようなスペースが映しだされて、それから真ん中にある 作業場がアップになった。二人の > ビープルがその機械をいじっていた。スパナをつ かってポルトをしめたり、計器を調整したりしていた。彼らはその作業に神経を集中し ていた。それは不思議な機械だった。円筒形で上に細長く、ところどころに流線型ので つばりが出ていた。それは飛行機というより巨大なオレンジ絞りの機械みたいに見えた。 翼もなければ、座席もなかった。 「飛行機にはとても見えない」と僕は言った。僕の声は僕の声に聞こえなかった。すご