恭一 - みる会図書館


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1. Tugumi

146 いわけがないよな。当分は風当たりが強いだろう。両親も俺もそんなのは覚悟してい る。でも、川年やそこらいれば、なじむだろう、きっと」 「恭一にはそんなの関係ないじゃない」 私は言った。しかし、そう言いながらも、この人の中には人のねたみをそそる何か がひそんでいるのかもしれないと思った。愛犬を連れてひとりでずっと宿に滞在して これから住む町を日々眺め、地元一の美人 : : : と人には言われている娘をすぐものに してしまった。もうすぐ建つ巨大なホテルは将来、彼のものだ。世の中にはそういう 人をただ憎む種類の人がいる。そういうことなのだろう。 「大丈夫よ」陽子ちゃんが言った。「私達が、もうすぐここを出ていっちゃうからで はなくって、うちのお母さんは恭一くんのことをとても、気に入っていて、この間も ああいう子が将来やってくれるなら、この土地もどんどん良くなるわよってお父さん に話していたわ。それに、ほら、恭一くんが泊まっている中浜屋さんの人達だって、 今はもう恭一くんの素姓が耳に入っているでしように、恭一くんのことも権五郎のこ とも、とっても可愛がってくれてるしゃない。恭一くんも、宿のこと手伝ったりして るし。ひと夏でこんなに仲間が増えたんだから、大丈夫よ。住んじゃえばすぐ、こっ

2. Tugumi

196 私には、その気持ちがよくわかった。冷えてきた体の真ん中に、恭一の視点が届い て胸を熱くした。 つぐみはただそこにいるだけで、何か大きなものとつながっているのだ。 闇の中で私は確信しなおして言った。 「この夏は楽しくて、一瞬だったような、すごく長かったような、不思議な気がする。 恭一がいて良かった。つぐみも最高に楽しかったに違いないわ」 「あいつ、大丈夫だよな」 恭一は言い、私は強くうなずいた。波と風の大きな音が、立っている足元をあやふ やにしてゆくような気がした。夜空に散らばる明るい星を、数えるようにじっと見つ めた。 「今までにもよく、入院なんてあったから」 私の声も闇にまぎれた。恭一は海を見つめて、風にけずられてしまいそうな、はか ない目をしていた。今まで見たいつよりも、心細そうに見えた。 この町からつぐみがいなくなってしまうこと。この若い恋が新しい局面を迎えるこ と。

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「握手なんて求めたらぶつ殺すー と言って恭一の首に抱きついた。 それは一瞬のことだったが、つぐみは激しく流れる涙をぬぐいもせず、恭一を船の 方へ押し出した。恭一は何も言わずにつぐみをじっと見つめると、列の最後を追って 船に乗り込んだ。 汽笛と共に船は、しだいに境目があいまいになってゆく海と空へ向かってゆっくり と動き出した。。 テッキに立った恭一は、いつまでも手を振っていた。つぐみはしやが んで、手を振りかえしもせずに、船がゆくのを見ていた。 「つぐみ」 完全に船が見えなくなった頃、陽子ちゃんが声をかけた。 つぐみは、「式典終わりーと言って、けろりとした顔で立ちあがった。 「犬が死んだくらいで、帰んなくちゃだもんな。何だかんだ言っても、みんなまだ四 やそこらなんだ、要するに子供の夏休みだな」 穴 誰に言うともなくつぶやいたその言葉は、それでもこのところ私が漠然と考えてい たことをきちんと紡いでいたので、私は、

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なるかもな。また会おう。うちのホテルが建ったら泊まりに来てくれ 「うん、安くしてね」 と言って、私は握手を求めた。 「もちろんだ」 夏の友達はそう言って、熱い手で握りかえしてくれた。 「恭一、あたしと結婚してさ、ホテルの庭中犬だらけにして、『犬御殿』と呼ばせよ つぐみが無邪気な声で言い 「・ : : ・考えとく」 と恭一は苦笑した。それから半泣きの陽子ちゃんに握手を求め、 「いろいろお世話になりました」 と一一 = ロった。 船は陸に板を渡し、人々は列を作って次々に乗り込みはじめる。恭一は、 「じゃ、またすぐに」 とつぐみを見た。つぐみはとたん、

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167 怒り 置いとけないよ」 と恭一は言った。 「何であさってなの ? 」 陽子ちゃんがたずねた。 「あさってまで、親が旅行に出てて家に誰もいないんだよな」 恭一が言った。 「ねえ、それじゃあ、権五郎を裏の家のポチといっしょに、小屋に入れてあすかって もらうようにしましよう」陽子ちゃんが言った。「それならあさってまで安心じゃな いかしら」 「あ、それがいいわ」 私も言った。 「うん、そうしてもらえると助かるな」 と恭一が言った。たき火を囲んですわっていた私達みんなの気持ちが、それでふい に和んであたたかくなった。 こう。犬がひとっ所にいると、楽 いっしょに散歩にい 「つぐみ、朝呼びに行くから、

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140 祭りの夜までに、私達 2 人の体の調子はすっかり戻った。祭りには 4 人で出かける ことになった。つぐみと恭一と私と陽子ちゃんだ。この町の祭りを恭一に案内してや るんだと、つぐみははりきっていた。 娘 3 人で浴衣を着せ合うのも、 1 年ぶりだった。それそれが人のは結べても自分で は帯を結べないのだ。山本屋の広いたたみに、白くぬいた大きな花柄がよく映える浴 衣の紺を広げ、赤やビンクのいかにも安つ。ほい、てかてかした帯を合わせる。私がっ ぐみに赤い帯をしめた。そんな時、つぐみの細さを実感する。どこまでもしめたその 先に闇があるような、手の中にするりと固い帯が残るだけのような気がして、瞬間ぎ くりとする。 着替えて下のロビーでを見ていたら、恭一が迎えに来た。彼はいつも通りの服 装だったが、つぐみが「気分の出ねえ野郎だな」とそれをとがめると、「ここが違 と言って足にはいた下駄を見せた。大きな素足が夏らしかった。つぐみはいっ ものように浴衣姿を自慢するでもなく、その白い腕で恭一の手を取って揺らしながら 子供のように、 ゆかた

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かったのかもしれない。もしかしてあたしは、これから少しずつ変わってゆくのかも しれない」 つぐみが何を言いたいのか、私にはわからなかった。しかし心のどこかではわかっ ているようにも思えて、私は一瞬黙った。するとつぐみは、 「お、恭一が歩いてきた、代わるよ、じゃあな」 と言った。つぐみ、と私が呼びかけるともうつぐみは行ってしまったらしく、 「病室にいろよ ! 」と叫んだ恭一が、 「もしもし ? とわけもわからすに出てきた。 全く、つぐみは勝手だ。きっと今ごろはもう、すたすたと廊下を歩いて病室へ向か 紙 手つているだろう。小さな体で、王様のように堂々と胸をはって。 ら 私は苦笑し、言った。 み 「もしもし っ 「ああ、まりあさんか 恭一は笑った。

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160 「権五郎がしなし どうもさらわれたらしいんだ」 つぐみはいるか、という恭一の電話の声があまりにも暗く、急いでいたので、何か あったの ? とたずねた私に彼はそう告げた。神社で出会った、恭一を憎む男達の姿 が一瞬、いやな感じで頭をよぎった。 「どうしてそう思うの ? 」 私はそう言いながらも胸の内にあせりがこみあげてくるのがわかった。 「ひもがすつばり切られてるんだ」 恭一は落着いた声を装って、言った。 「わかった、すぐ行くわ。つぐみは今、かかりつけの病院に行ってて留守なんだけど、 伝言していく。どこにいるの ? 」 私は言った。 「海岸の入口のところのポックス 「そこにいてね、今すぐ行くから」 と言い、電話を切った。

9. Tugumi

222 「つぐみ、大変たったんたって ? 私は言った。 「うん、でも今はもうそうとう元気みたいたよ。一時は面会謝絶になんかなってさ、 ひどかったのにね。あわてたよ 恭一は言った。 「よろしく言っといて。 : ねえ、恭一はつぐみが山に引っ越したら、自然と別れち ゃうと田いう ? 」 質問はさらりと口から出た。 「うーん、先のことはどうなるか、離れてみないとわからないが、あんな強烈な女が この先、そうそういるとも思えない。あの子はいいよ、最高に傑作だよ。この夏は多 分、忘れられない夏になるだろう。たとえ別れてしまっても、一生強烈に心に刻まれ るだろう。それは確かなことだよ 恭一は淡々と言った。 「それに今度は山本屋の代わりに、うちのホテルがいつもここにある。君たちはいっ でもここに来ればいいんだ」

10. Tugumi

141 祭り 「はやく行こう行こう、花火までに夜店を見るんだから」 とせかした。その様子は何だかとても可愛かった。 「あれ ? 恭一くん、そこどうかしたの ? 」 と陽子ちゃんが言うまで、私達は気づかなかった。玄関のちょっとした暗がりに立 っていた恭一の目の下には、もう消えかけていたが青あざが浮き出ていたのだ。 「あたしとっきあってるのがうちの親父にばれて、なぐられたんだよなあ」 つぐみが言い、 「そうだよ」 と恭一が苦笑した。 「ほんとうに ? 」 私が一 = ロ一つと、 「うそだよ。知らないよ。第一、親父にそんな大層な愛情があるわけないだろうー つぐみが笑いながら淋しいことを言ったので、本当のところをなんとなく聞きそび れた形になったまま、家を出た。 ・ほんやりと空に光る天の川を見上げて、路地や浜を抜けていった。ス。ヒーカーから