高等学校 - みる会図書館


検索対象: あすなろ物語
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1. あすなろ物語

鮎太は一人だけを指し示した。一人でも指し示さない限りいつまでも放免されそうになかった からである。 鮎太の指し示した生徒は、五、六人の生徒と一団になって、改札ロの横に立っていた。いずれ も学帽を少し横っちょに前深にかむって、自ら善良な生徒でないことを誇示していた。 雪枝はその方へ近付いて行くと、 「あんたか、弱い者を弄めたのは」 と、その生徒の前へ立ちはだかった。 物「これから指一本触れないと誓いなさい。でないと諾かないから ろ 言われた五年生は、ロをもぐもぐさせていたが、他の一団の生徒と一緒に、後ずさりして行っ あ「あのひとは、躰が悪いから私の家で預かったのよ。変なことをすると、承知しないよ」 言うだけ言うと、雪枝はくるりと背を向けて、これは大変なことになったと思っている鮎太の 方へ引き返して来た。 「もう、これで大丈夫。ーー・久しぶりで駅の方へ来たんで、ちょっと学校へ寄ってみるわ。直ぐ 帰るから一緒にいらっしゃいよ」 雪枝の言う学校と一「ロうのは、彼女が出た女学校のことだった。 かんば 鮎太にとっては、この申し出も余り香しくはなかったが、学校の門の外で待っていると言うこ

2. あすなろ物語

漲ろう水の面より 北国の城下町の高等学校を卒業した梶鮎太は、仲間がそれぞれ東京や京都の大学へ進んだのに、 一人だけ九州の大学を選んだ。鮎太が九州の大学を選んだのは、その頃官立の大学の中で、九州 五ロ の大学の法文学部だけが、無試験で入学できたので、人学試験のない最も安易な道を採ったと言 物えば、それに違いなかったが、それとは別に、もう一つの理由があった。 さぶり ろ それは高校生の鮎太の仲間がよく取巻いていた佐分利信子の郷里が九州の博多であったからで すある。 かっ - 」う あ鮎太たちは何回か、郷里の博多へ里帰りする佐分利信子を女王を送る家来たちのような恰好で、 北国の城下町の暗い感じの駅へ送って行ったものである。 佐分利信子は、その城下町では、一、 二の旧家として知られている佐分利家の若い未亡人だっ じよおうばち こ。学生たちの間には彼女の行状は、女王蜂か何かのように美しく派手に見えたが、町の人々に は多少の顰蹙されるべき性質のもののようであった。 彼女は博多のやはり旧家として通っている真門家の末っ子に生れ、土地の女学校を出ると直ぐ この北国の名家の長男のところへ縁づいて来たのであるが、結婚生活五年で、夫に。ハリで客死さ 0 ひんしゆく みなぎ はかた

3. あすなろ物語

「何か書いて戴こうかしら。でもよしましよう。よした方がいいわ」 信子は金子が書いた短冊のことを思い出し、ふと、その事を不吉に感じたらしかった。 「この夏は血も汗もただに弁えず」ーーー金子の書き遺して行った句が、切なく鮎太の心にのしか かって来た。高等学校以来の彼自身の恋情の重さが、この時急に彼の心の内側から突き上げて来 て、彼は突然自分でも理解し難い衝動にかられて左手を高く突き上げた。 へんてこ その変梃な動作に信子は驚いたらしかったが、鮎太はそれをゆっくりと繰返した。金子がクリ ークに身を没する直前にしたと言う動作ほど、彼のこの時の心にびったりしたものはなかった。 面鮎太は長いことじっとそこに坐っていた。満々と水を湛えたクリークの水面から突き上げている の 亡き友の二本の手は、い つまでも鮎太の眼から消えなかった。 水 ろ 漲 117 いただ たた

4. あすなろ物語

試験の結果は鮎太が一番だった。その試験の結果が通達されて一週間目に、鮎太は新しい中学 の校門をくぐった。前の中学では三年生が二百人あったが、こんどの中学では半数の百人だった。 渓林寺は、半島の西海岸の漁村漁村を廻る発動機船の発着所のある狩野川の河口近くにあった。 渓林寺の玄関の横の六畳間が彼の与えられた部屋であった。新調した机を窓際におき、その前 に坐ると、発動機船のばんばんという蒸気の音が直ぐ傍で聞えた。 かばん 鮎太はその日これから二年余りの生活を送る z 市に着くと、直ぐ渓林寺に行って、そこに鞄を ば置くと、中学校に出かけて、転校の手続きを終え、午後の最後の授業に出席して、寺の一間へ帰 って来たのである。 寺は五十ぐらいの住職夫婦と去年女学校を卒業した雪枝という一人娘と庭男の老人の四人暮し だった。渓林寺の一番大きい檀家が鮎太の家の遠縁に当っており、そこの紹介だったので、寺と 月 寒しては、鮎太は大切にしなければならぬ筋合になった。 雪枝に会ったのは、その日鮎太が中学校から帰って、机の前へ坐ったばかりの時であった。 「ああら、あんた、鮎太さんって言うの」 明るい声と一緒に、障子を明けて顔を出したのは、ちょっと珍しい程の大柄な肥った娘であっ 「僕、梶鮎太です」 鮎太は固くなって頭を下げた。雪枝の方は頭を下げす、じろじろと鮎太を見廻していたが、 」 0 だんか かのがわ

5. あすなろ物語

と言った。その声が鮎太の耳に人った。 鮎太はぎよっとした。そしてそのまま彼から歩き去ったが、いつまでもその声は耳に残ってい ア」 0 行きたきゃあ、行けばいい 行きたきゃあ、行けばいい 青年は唐突に彼自身の意識のひと欠片を何の意味もなく口から出したに過ぎなかったが、鮎太 はそれを自分と無関係に聞くことはできなかった。 五ロ 鮎太は、そうだ、行きたければ行くのが本当だと思った。 1 三ロ 物鮎太はその晩の夜行に乗って東京へ向かった。接心の疲れが汽車の座席へ坐ると直ぐ感じられ、 ろ 躰の節々が痛かった。 す鮎太は二十何時間、その痛みを我慢した。 あ木原の下宿へ行くと、下宿には木原はいなかった。高等学校の時には一冊の書籍も彼の部屋に ふさ はなかったが、いまは周囲の壁をぎっしりと書物が塞いでいた。工学関係の難しい書物ばかりだ った。お茶を運んで来た下宿の内儀さんの話に依ると、彼は大変な勉強家だということであった。 人間変れば変るものだと思った。 その翌日、 . 金子も大沢も木原の下宿にやって来て、久しぶりで四人が顔を合わせた。佐分利英 子への餞別に何を贈るかが一座の議題だった。 「高等学校以来、何百杯の紅茶を飲ませて貰っているから、この際何か贈らなければならんと思 せんべっ

6. あすなろ物語

るほどの大きい声で、どこかの高等学校の寮歌を唄った。口を大きく開けたり、反対にまるく小 さくつほめたりして、その唄い方は、傍の鮎太など眼中においていない表情たつぶりの自由奔放 なものであった。唄声は思いっきり高く、そして所々、歌詞は微妙に震えた。 鮎太には、その歌が果して上手いか下手か、調子に合っているか、いないか、全然判らなかっ た。しかし、独特の調子を持ち、それはやはり美しいもののようであった。雪枝自身が陶酔して 唄っているので、あるいは鮎太の耳は、それを美しいものとして受取る以外仕方がなかったのか まも知れない。 れ 庭の掃除が終ると、雪枝は、 ふろみずく 「鮎太さん、お風呂の水汲み手伝って」 と一一一口った。 月 寒鮎太は雪枝と背戸に出掛けて、バケツで井戸から水を汲んでは勝手の横手の据風呂まで運んだ。 「沸かすのは交替よ。今日はわたしがやるから」 「僕、明日やるんですか」 りようけん 「もちろん。禅宗のお寺では、自分で風呂焚きしないで、お風呂に人るなんて、そんな料簡は通 らないわよ」 言い方は、つつけんどんで容赦なかったが、雪枝の口から出ると全然毒がなかった。 夕食は庫裡の板の間で、家族全部いっしょに食べた。住職は無ロで家事一切に干渉しなく、母 せど へた

7. あすなろ物語

大沢も、何になるか知れないが、あるいはこれ と、大沢が皮肉な口調でロを出した。頭のいい も檜になるか知れなかった。すると、金子が敗けずに、 「僕は翌檜に見えるだろう。ところがどうしてたいした檜なんだ。まあ、気長に見ていて貰おう」 「何をそんなに威張っていらっしやるの、勉強もしないで」 信子が言うと、 「躰がものを言いますよ、躰が ! 」 おうよう それから金子は大声で濶達に笑った。高等学校時代には見られなかった鷹揚さと落着きが、金 、こ。黏太は、あるいはこんな男こそ、誰よりも 面子の物の言い方にも、身のこなし方にもついて ( オ角 の 大きい檜に成長するかも知れないと思った。 水 鮎太は黙「ていた。冗談にも自分が檜になるとは言えなか「た。学業を放し、禅に凝「てい ろ 漲る彼は、有名にも金持にも無縁であった。自分はそれでいいと考えていた。 それでいて、佐分利信子の前へ立っと、そうした自分が、ひどく卑屈で、無能な人間に思われ て来るのが悲しかった。 その晩、大沢と金子は大変な酔い方だった。木原と鮎太が二人を一人ずつ抱えるようにして佐 分利邸を辞した。大沢と金子は、彼等が愛しているらしい英子が日本を去って行くために、こん なに正体なく酔ったのかと鮎太は思った。そう思うと、二人の友がいじらしかった。 「淋しいのか」 101 かったっ

8. あすなろ物語

鮎太は、冴子の前では自分が彼女の言うなりになるのが自分でも不思議だった。 「おばあちゃんでも、私たちでも、あんたの家とは家柄は違わないのよ。威張ったりしたら承知 しないカら」 「威張ったことなんかないもの」 「じゃあ 「あなたは私の事を冴ちゃんと言うわね。お姉さまと呼びなさい」 語「お姉さんってか」 物「お姉さんじゃないの、お姉さま」 ろ 鮎太はそのお姉さまという呼び方だけは出来なかった。しかし、心の中では、そうした呼び方 すをして、着飾って、どこかの縁日を歩いている自分と冴子の、上流家庭の一組の姉弟ででもある あような姿を想像して、心の昻ぶって来るのを覚えた。 十日程経って、鮎太はもう冴子が自分と祖母の生活から飛び去って行かないことを知った。そ れは、冴子が、女学校で下級生から万年筆と時計を取り上げた事件をひき起し、そのために一年 停学になり、郷里の町にいにくくて、ここへ来ているのだという噂が村へばら撒かれたからであ る。それは勿論、日曜ごとに村へ帰って来る冴子と同じ女学校へ行っている村の二人の女学生に 依って伝えられたものであった。 「知らないのはおりよう婆さんだけさ」

9. あすなろ物語

わらじ れて来た流人と言われ、母を連れて湯ヶ島に草鞋を脱ぎ、里人の脈を取ったという。井上家の先 祖のうちで、靖が最も尊敬するのは第五代に当る曽祖父の潔である。潔は初代軍医総監、松本順 の門に学び、若くして県立三島病院長を勤めた。中年から郷里湯ヶ島に退いたが、当時は伊豆一 円に知られた名医で、沼津や下田まで駕籠で診察に出かけたという。 めかけ 靖が五歳になった時、父母の許を離れて郷里湯ヶ島に帰り、曽祖父潔の妾であったかのの手で 育てられることになった。かのは潔の妾として長く仕えたが、その労に報いるために潔はかのを 八重の養母として入籍した。従ってかのは靖の戸籍上の祖母となる。靖がかのに預けられたのは、 作 恐らく弟妹が生れたために一時的にかのに託したのが、いつの間にかするする続いたというのが 人実情のようである。またかのの方も、井上家の長男の靖を識わば人質として手許に置くことによ 靖って精神的な保証を感じ、手放そうとはしなかったのであろう。靖はかのと一緒に土蔵の二階で 井暮し、日夜松本順や潔のことを聞かされて過した。井上は、『私の自己形成史』の中で、血の繋 がらぬ祖母との間柄を「同盟関係」という言葉で表現しているが、幼時の特殊な環境は少年に現 実への眼を開かせ、後年の作家井上靖を成立させる土台となっていると言ってもよかろう。 大正三年、靖は湯ヶ島小学校に人るが、当時この小学校は、石渡家の当主であり、父隼雄の兄 もりお である伯父の盛雄が校長を勤めていた。靖が小学校二年の時、沼津の女学校に行っていた母の妹 のまちが卒業して郷里に帰り、請われて小学校の代用教員になった。まらは姉の八重に似て美し い人であった。まちは靖をよく可愛がり、靖も若く美しい叔母を慕った。恐らく靖は知らず知ら 207 きよし

10. あすなろ物語

もちろん の間に出来上がっていた。勿論何の取り決めもなかったが、そんな黙契が高等学校以来成立して いたのである。 その夜、珍しく佐分利夫人は化粧していた。 , 彼女は平常化粧しなかったが、化粧しなくても誰 よりも美しく見えていた。 佐分利夫人が化粧しているということが、鮎太には妙に嫉ましかった。何事かが彼女の身辺に 持ら上がっているのではないかという予感があった。 語と、果して、信子は、 物「ちょっとお約束があるので、私失礼します。ゆっくり遊んで行って下さい」 ろ そう言い残して、彼女は一人でいそいそと出て行った。 す木原と鮎太は応接室で貞子を相手に話していたが、信子がいないとなると、鮎太には佐分利家 あの応接室は火の消えた感じだった。 貞子が部屋を外した時、鮎太は、 「君には悪いが、俺はもう帰りたいんた」 と、木原に言った。 「君には悪いがとは何だ」 と、木原は聞き咎めた。 「君は貞子さんが好きなんだろう」 わた