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検索対象: おとうと
217件見つかりました。

1. おとうと

その翌日である。 「もうポートは乗らないよ。でもね、ねえさんいっか球つきおもしろかったって云ったろ。ポー トもいいんだよ、これが最後にするからいっしょに乗ってみないか。折角、機械の動かしようお 大橋のたもとに ぼえたんだ。おれだって結構らせられるんだぜ。ねえ、大橋まで乘らない ? すしゃ 鮨屋があって、そこの鮨うまいとおとうさんも云ってるんだよ。あれみやげに買って来ようよ。 そしてみんなでお茶飲んで、これきりということにしてくれないか ? 正直のところ、きのうち よっと驚いた。うちじゅうでねえさんがいちばんおっかないと思った。なんとなく身にしみた と よ、もう乗らないよ。」 へ行 9 碧郎は明るかった。げんも見る見る明るくなった。ああ、と思った。もちろんポート とた。少し、この手かな ? と要慎しながら。 船宿では眼を大きくして、「いいのかねえ」と不安がった。 お 内心びくつきながらげんは虚勢を張る。「ええ、あたしきようはちゃんとっきあうって約東し て来たんだから。」 とも 碧郎は艫の機械にすわった。げんは胴にすわった。船頭の女房は、「またあぶあぶやっても、 いま河はいつばい船が出てるから誰か助けてくれます」とからかい、それでも、「行ってらっし ゃいまし」と陸から挨拶をした。いまさら緊張してげんは固くなる。 岸を離れるとモーターはびびびと震動を細かくする。水のうねりがうしろへ吹っ飛ぶ。水は青 りようげん みずあめ・ いのに船が水を裂けば、水は白い水飴になって両舷にそばだっ。

2. おとうと

竿も、袖垣もちまちまと動かずに月光を浴びている。柿の木もいのちを忘れたようにして立って いた。足音を盗んで部屋へ帰れば、ぎよっとしたことに、そこにゆかた寝巻の腕を組んで父が立 っていた。「碧郎どうした。何時だ ? 」 ふる まだです、もう十一時ですと云って、げんは顫えだした。居睡りあとでどきりとし、外へ出て 冷たかったのだと承知していても、そうでないものから顫えが伝わってくるのだ。馬のとき咄嗟 に「死んだか」と思ったのが癖になったのか、今もなにか「死ーとか「死屍の碧郎」とかが突き けんを顫え つけられているのだった。先走りなのだ。なにも弟の死を連想する種はないのだが、・ させているのは死だった。父はにがりきって煙草を飲みはじめた。げんは顫えながら、父の寝室 うに行き、不断着を取って来て着せかけた。こちらのけはいで母も起きた。これはもう羽織って出 ひばちうず とて来た。げんは火鉢の埋み火を掻きたてて炭を足した。口が乾いていた。母は碧郎の友人のうち へ電話をしてみると云い、父にとめられた。げんは、大を護衛にして土手まで出てみると云った。 お それも父はとめた。渋茶が喉を通った。げんは月が明るいと、そのことばかりを思った。外の冷 たさばかりが感じられた。むごたらしいが月光のなかで、冷気のなかで、しんと静まっているー ーとよりほか、思いがにつちもさっちも動かないのだった。 「帰って来るものなら二時三時でも帰るし、帰らなければいでみても帰らない。かぜをひいて くれるな」と父は云った。かぜをひいてくれるな、と。母にだか、けんにだか、碧郎にた・か。 ふとん 三人は三人とも蒲団にはいって待っていた。締りは一ト晩じゅうしてなかった。かわりかわり にお手洗へ立った。しとどの露になって夜は明け、碧郎は帰らなかった。朝食の膳の父はいつも ざお とっさ

3. おとうと

53 そな で見 でも や見 しん しはなカ カ : との のて し、し、 こ欝 い碧 客 もた生母ん、大わな を いら らな ま の主 て家だた で 送 。たこれ も一上ーな そ訪人る 後た 。と り 。る だ し もて え来だわ レ夏 て か郎 っち 敷 つの 交い あ 原の いか が が奥 囚 日 ほ折 の嬉 る へは と 挨かはき 訪 0 ま しも 問か あを - イ中 つも 母 っ過 ぼ何 の 顔 不いはも じ年美びす は つは 稽し わ へ母身続 ら 光と い信すか し の母 りが 仰る 態は はに い辰 も 楽がぼが 近う れす の でん い年 引 齢て 小は り大 学寂 っ強 自冫 れ い金 て つま 想はうそ見あ た 仲と 人し 、い家交遣まく てや 父い つる お と し れか話 っ 、た 、長 く 。んな い て 帰 り に の も し 、そ人 げ迎て もげく 愛んれ 敬 : もた よう嬉 く 拶 て た げ ん 何 つ 不 愉 快 を う し憂眼を満 で母明す活 る し、カ : い とねな しと好 の う り しは同 っ あてだ き。 、たた も う庭 もに 、たの円あ に有な と 良に ら 冫よ わ な にうぼ 感さナ つを何 て味をだ思古 の わし 寂せの つるく モ っ 行母中 ク、 し り げ り 予客よ しゃな 、優 し の 、てがゆる 際 した家あああ客 る ほ う し 、を し し、 い さ ま 、ででき る 際 る 、妻 来 、る以或ん 月リ ク ) っ と な の っ にそと ん 日 ら母を 。があび の る友そ で く ら の う いはと がき、笑なか い し り は 、母 いがてせた っ く の 点 、碧 、古郎郎た は の し、 と 憂 なげ大ウ休 な く れ ナど ら と き に 碧 カ : こ托し、 顔 し . 、はげ伝 っ 0 に 欝はに マ チ ら化一 らがて た碧た 。良に へ 、度ず ク ) と に いわわか せ た割様れかれと ナこ ん 、はが 件 や で組き 事 カ : 所 の 校 の 友 達 ッ機 3 のげ り あ に か欝 り憂 と っ があ し、 し 日 の 嫌で た と と し て し、 る ゆ配貌った はでと な り よ く と て し、 の だ 、が 。意のカ、何 る し よ碧素あも で う つ事だ子し の の良と滑な る件姉あ分 と も し も ~ こ、えな て い 間 ら 、人 の大て 0 ) い分な のあと 、で自 いさと い供く ょ弟も オこ 弟でれ し、

4. おとうと

日、碧郎も学校へ行くことを許されるのだ。その一週間ばかりのあいだにクラスでも変化が起っ ていた。碧郎にはこれも思いがけない肩書が用意されていた。「不良」のレッテルてある。そし て彼は自分が待たれていることを知らないで出かけて行ったのだった。 久しぶりな感じで登校してみると、教室の空気は表面なにごともなかったかに見えて、実は大 へきろう 分変っていた。碧郎は教室をなっかしがって出て行ったのに、そして友だちはみな「やあどうし はす たいーと云っているのに、それはなにか以前とちがって、そらせている外しているといったよう と すがあった。敏感な碧郎は、不愉快だった。対手の腕を折った子はどうかと見ると、こちらはは うつきりわかる受入れられかたをしている。その子は友だちを大勢引き出したようなかたちで、気 と もちよさそうにちょろちょろしている。急に教室というものがよそよそしく色褪せて見え、碧郎 の心はぐいっと捻れてきた。 なんだって云うんだ ? という反抗と、自分はみんなにいやが さび お られている、ばかにされているという淋しさがあった。 二度目の休み時間に、誰もにさりげなく逃けられている碧郎のところへ、あの二年生が仲間と いっしょにやってきた。「おう、どうしたい、大ぶ長く来なかったな。なんともないものが骨折 のつきあいで休ませられちやかなわないやな、退屈したろ。」 碧郎の頬に人なっこい徴笑が浮いた。「うん、退屈でもしようがないや、・ほくが加害者だから。」 みんなが声をあげて笑った。「いいやつだな、おまえは。自分で加害者たなんて云ってるとこ ろは頼もしい。」 ほお ねじ

5. おとうと

と のつぎは自分にくつついて来た。でもそれはそれだけのことだと思い込んでいたのだが、そうで 。なかった。三日目四日目に一度ずつ、あるときはひょいと電車のなかにいたし、あるときはい つの間にかすぐ後ろに立っていて、にやにやしているス , 。、ツツだった。しよっちゅう笑っている 男なのだ。白い鼠っ歯がそろりと並んで薄笑いをしている男なのだ。三度四度とそうしてつけら れているうちにげんはだんだん弱気にさせられていた。ことわることのできないような、ねちね ちしたしつこさで碧郎のことを云いだされると、負けそうな圧迫を感じるのである。かと云って 清水は別に脅迫的なことを云うのではない。父親の書くもののことを褒めちぎってから碧郎をあ われむように云い、母親の冷淡さをそれとなく批難しておいてげんをおだてあげ、片親の悲しさ むつま うらや を話してからきようだいの睦じさを羨む口調になる、それだけなのだ。 : 、 カそのそれだけがげん かんしげき との癇を刺戟し、げんを弱気に導き、げんを愚図にする。げんはほとんど黙って返辞をしないのだ : 、彼はおこりもしないで独演をしている。 お 碧郎は勘づいた。「このごろどうもへんなんだがな。 姉さんへんじゃないかし 、 ? 、もしか したら、あいつにつけられてるんじゃないか ? 」 そう云い云い弟は姉を探った。げんは急に涙があふれた。泣きだすとは自分も思っていないの に、急に泣きだしたのである。悲しいことなんかないのである。あいつは嫌いだとは思っていた が、泣くような感じはもっていなかったのに急に涙がこぼれたのである。しかもどんどんこ・ほれ やまないのである。碧郎はそれを見ていた。 「あん畜生、卑怯なやつだ。えらそうなこと云いやがって、女なんかへかかって行きやがる。姉 ひきよう きら

6. おとうと

100 歩ひををたか のど のはをた のられ道 たで 上訓 つで お椅 のひ げにや歩たたカ、子 らあ をて たれ しみ て寄 で億もは 。い た 。カ 、碧かと にあ何道 よ西 う 洋こ 本は 端ん し て先 いれ るし 。挙はる にき カ ; いにす イ義ー ま のそ っ何 だも す人 っく たち 気し にと つに 歩る 歩の 方の く っ恥 の違面よ の して 挨か 道に いな で あ西 。し た道をな 云拶 甲、だ いき っし、 ~ す や℃ ス さし 好豸よ をカ : ツ し歩 、だ 大て い推 は つは つな やく こ散がに をと つ巡 しし あ で彳丁 彼は 集て わく ず力、がは つ彼たんらげ いう せ の交 びカ でん る の歩構な ケ番る帰 き、 よ然んる に道れて 得 のと し髭はよ あかが 置いどれたはれ ま で よ う のはにけ、と 。ゆる っ り いれと て ま . て さ 線れう いたと に人と にいさ か ら る洋姿 。風 に の ざでん あ をる学 に練きだ慮 オよ う し 、生な彼け と 歩 、た よ く く と げ き よ う つん入 う のそき う の の眼に にてか イ丁 っ た く・糸工 く オよ し な正かがを っ ナこ 耳ら く も 0 歩 し っ ち当ず いき見 え し か 0 つ郎た ム た り なはんた笑 ん 、ずカ 取 つがた笑立渡一劫 ; の のを片たれ こ愉てれで がだ査見る っ つわらも処 し し の ほ し つなら し、 ったを 不げ たわ快巡を 何て 。かれし て せたと 、く査 あ 、てあ橋 る か橋 ~ を っ て ん そ た 向 う 、ち てなかを見あみでの 0 ナこ 例 、どと村 ま け く し鎧支た 、をい。中 ち つ、ん つ、著 か の り 、か で ま の ん る て っ ま し 、て う か毒げ も ク ) 已やり 途 半 に 辞 を し よ う オよ し よ う な う た の お頸ひ は スノ を 向 い や速むがま を 歩 歩はみき人 、ナこ な 。校かてと あ すたな ょ 0 よ ん で い わ る へ り 月要 を 恰弯たし び ゆれて そ う 。手と 目リ ツ 、来絞る し手げてそあう あ 。そ面 れ に 父 察たけた町廻は 。彼と ・そ - の う い う 。方う い の も ら番れ途る へ 来 でがく 。かそ り 違 の 彳ゴ・ は中も り っ帰方 てれ面 は 行 く 。網 の 目 う て な 々 々

7. おとうと

「ひつばったんじゃないんでしょ ? 碧郎は姉を見た。げんはその眼を受けることを知っていた からたじろがない。 「ひつばらないさ。」小石を蹴飛ばし蹴飛ばし弟は行く。「あいつら嘘つばちばかり上手なんだ ぼくがあんまり悔やしかったから、はっきり云え、 よ。いつひつばったって云うんだー つばった ? って云ったら、ひつばられたような気がした、なんてごまかすんだ。でもそういう ことにされちゃったんだ。」 「ほんとはどうなの ? 」 と 「ほんとは、・ほくとも一人と駈けだして鉄棒のところへ行ったんだけど、行きついたとき・ほくの ほうが一ト足さきだった。だから飛びつこうとしてちょっと屈んたんだけど、そのときたしかに と背中どんと突かれたんだ。それで、ぶらさがっていたあいつに触ったことは触ったんだけど、足 なんかひつばりはしないよ。ほんとなんだよ。第一、あいつのこと別になんとも思ってやしなか お ったんだ。足ひつばるなんて下等だ。」 げんはそれを信じる。「で、どっちがどうなってころんだの。」 「・ほくが下になってやつが上からどさっと来たよ。だから変なんだ、腕が折れるなら・ほくのほう が折れるはずなんだがな、そうだろ、屈んで両手伸ばしてるところを上から重なられちゃ、どう してもぼくのほうがだめになるわけなんだが、・ほくなんともないんだ。」 「あんたが起きるとき、その子痛い痛いって云ったんじゃない ? 」 「だって・ほく、あいつおっぺして起きたってお・ほえないよ。どんと背なかを突かれて、ふわっと さわ

8. おとうと

ほっとする。「いやどうも勝手なことで恐縮です。それもですね、もしできたら、げんに与うと してですね、書いてもらってですね、あなたからぼくにくれるかたちにしてもらえないですか。」 そんなへんなことできるものか、聞いたことのない形式である。 「そう申してみますが、おうけあいはいたせません。いつも父は、自分は画家じゃないと云って お断りしていますから。」 彼は慌てて、「いや、・ほくの名で頼んでもらうのでないです。あなたが書いてもらうことにし てですね。」 と 「それならだめです。うちのものには書いてくれないことにしてあります。」 「やあ、そこをなんとか : : : 」 ともうげんはとりあわない。 「弟のことは何なんでしよう。さっき将来のことというお話でしたがーーー」 お 「弟さんはですなーー」 くどくどと煮えきらない話が続く。おさらいである。鼠いろの縮み手袋の手が脚のあいだのケ ーンをなぶっている。 したん ケーンは紫檀だろう、銀カツ。フである。銀がでこ・ほこになっている。イニシアルが刻んである。 花文字のそれを見るともなしによく見れば、とある。清水緑郎といったはずであるから かなのにと思い、ひょいと、「あなた清水さんておっしやるんでしょ ? 」と訊いこ。 「え ? 」じっとケーンの顔を見ていた。 あわ

9. おとうと

あいつに触って、どさっと重くのつかかられた感じはお・ほえてるんだけど、起きるときのことな んそ特別なんにもお・ほえてないんたよ。起きるときあいつの腕折ったっていうの ~ 」 「いえ、そうじゃないけど、そういう順序もあるからなのよ。もしそうだとすると、足ひつばっ たってこと、つまり故意のしわざじゃないという証明になるでしよ。」 「そんなことよくわからないんたよ。でも姉さん、・ほくなんだか腑に落ちないのは、なぜあい つ、・ほくに足ひつばられたなんて思ってるんだろ、 : 全くそこんとこ変だな。あいつばかりし ゃないらしいんだ、 ' みんなが足ひつばったって思ってるらしいんだけど、姉さんおかしいと思わ と チ・し、力し ? ・」 げんは碧郎がばからしくてたまらない。そんなくだらないことを云ってるからだめなのだ。 と「見ていたものがあるじゃないの、そこに大勢いたんでしよ。」 「いたって、あいつが痛い痛いって泣きだしてから寄って来たんだ。」 お 「じゃ、あんたと二人で駈けて来た子がいるでしよ、背なか押した子が ! 」 「そいつ、自分は押さなかったって云うんだ ! 」 「じゃ、あんたの味方一人もいないの ? 「ーーそれがあんまり評判のよくない二年生なんだ。先生が出て行ったあと図書室へはいって来 て、こっそり云ってったんだけど、ー・ー勉強のできないやつやうちのよくないやつは、こんなと きにきっとけちをつけられて悪いことにきめられちゃうんだ。おまえんち、うちはいいけど、こ の学校じや文士のうちはいけないってことになってるんだ、はじめからマークされてたんだそっ

10. おとうと

碧郎は無言で見つめた。まじめな顔で、むしろおこっているような限で、じろじろと見た。げ んは情なさにこらえられなかった。「どう ? 私の勝でしよ。」 「うん。」 石護婦さんが無条件でと云うように、賑やかに褒めてくれた。そして小声で同情を洩した。「よ くまあ思いきってなさいましたね。でもそれでよかったんですよ。ほんとに結って来るだろうか って、碧郎さん待ってらしたんです。」 しばらくしてからやっとほぐれて、碧郎が評をした。「ねえさんの島田は、かわいいって形容 と する島田じゃないけれど、りつばって云えるよ。取っつきにくいんで驚いた。でも下品じゃない よ、りつばだよ。りつばすぎるくらいなんだから安心していいんだ。ただ忠告しておくよ。ねえ あいきよう とさんはもう少し優しい顔するほうがいいな。りつばと愛敬とどっちがいいかしらないけど、気楽 にロが利けるような顔をしていてもらいたいな。島田ってのは凄い威力だね、おどろいた。」 お 隣室からも付添が見に来たりして、碧郎がお茶をおごった。 「重いからもうこわすわ。これつけていちや今夜睡ることもできないもの。」 もったい 「あら勿体ない、あんまり早いじゃありませんか。折角だからちょっとみんなにも見せましよう よ。病院ではお正月でも日本髪はめったに見られないんです。」 石護婦はしきりに目まぜをして寄こした。何かあったなと察して部屋を出た。きよう、しろう と眼によくわかるまでに腸の変化が形をとってきた、と聞かされた。どんなふうに形をとってき たかと詳しく訊く気はなく、それより、ああよかった、きよう島田に結っておかなければあした ねむ