パスは、それから大仁まで、ところどころの停留所に停っては、二人か三人の乗客を掻ぎ集め るようにして拾って行った。一駅だけ乗って、すぐ降りる人もあった。パスに乗って来る人のう ち何人かは七重を知 0 ていて、丁寧に七重の方に挨拶した。そうした人の中で、五十ぐらいの内 儀さんが、 「おぬいお婆さんもとんだことでした」 と悔みを述べてから、 やく 「それにしても、あんたさんもこれで厄を落しなさった。たんと、あの人では苦労されたことで ござんしよう」 八と言った。、すると、母の七重は、 「人間というものは、みんな死ぬ時はいい人になるものだと思いましたよ。おぬいお婆さんも、 この二三年はすっかり心が優しくな 0 て、村の人みんなから惜しまれて亡くなりました。わたし 後 なども、本当に力になる者を失くした気持です」 と、そんなことを言った。 「ほう、そんなに心の優しい人になんなすったか」 内儀さんは驚いた表情で言った。幾らか拍子抜けした気持らしかった。洪作は、母がおぬい婆 さんをかばってやったことが嬉しく思われた。母の口から、そのような言葉が出るものとは予期 していなかったので、それがひどく嬉しかった。いつもはそうは感しないでいる母の七重の顔が、 まぶ 妙に呟しく思われた。 509
その時、運動場の一角でふいに喚声が起った。それは思いがけず袴を済けたもう一人の生徒が しんでん 校門をはいって来るのが見えたからであった。何人かの子供たちがその方へ駈けて行った。新田 という一番天城の峠に近い部落の子供で、やはり洪作と同学年の浅井光一という少年であった。 浅井光一が袴を着けて登校して来たのは初めてであった。洪作は光一とは教室でも余り口をきい たことはなかった。光一は無ロな目立たぬ子供であった。 新しい獲物の出現を知ると、洪作を取り巻いていた一人が、 「光一もここへ連れて来い」 と仲間に言った。すると二人が、運動場の真ん中へ差しかかっている光一の方へ駈けて行っ ん また。やがて光一は連れられて来た。 三人は洪作の方はそのままにしておいて、光一の方に、 ろ 「なぜ、そんなもの履いて来た」 し と、口々に詰問した。光一は下を向いて黙っていた。すると一人が、洪作にやったように光一 の胸を突いた。光一はうしろによろめいた。すると、他の二人が光一の躰を背後から抱きしめ、 洪作に為したと同しように、砂を衿から着物の中へ入れようとした。 光一は一言も口から出さないで身をもがいて抵抗し、漸くにして三人の手から自由になると、 いきなり足許の砂をんで自分の蔔こ 目冫いた一人の上級生の顔にぶつけた。三人の上級生は思いが けない反抗でたじたじになっこ。 すると光一はあたりを見廻し、一間程隔ったところに自分の頭ほどの大きな石が転がっている
しろばんば 144 いかにもぶらぶら散歩でもしているようなそんな歩ぎ方だった。 「姉ちゃん」 洪作が少し節をつけて呼ぶと、やがてさき子は、ちょっと右手を高く上げて合図してから、洪 作の方へ戻って来た。洪作は地面にしやがんで、さき子の近寄って来るのを待った。さき子はゆ つくり足を運んでいるので、なかなか二人の距離は縮まらなかった。 洪作は、さき子の姿が近くに来た時、ふと母の七重ではないかと思った程、さき子の歩き方は 母にそっくりであった。二人が姉妹であることを思えば、何の不思議もないわけであったが、洪 作はひどくそのことに驚いた。 「男の子のくせに、すぐしやがんだりして、 立っていなさい」 さき子は言った。その叱り方も亦、洪作には母に似ているように思えた。 十一月にはいると、村には神楽がやって来た。十里程離れた村の人たちで、どういうものか半 島を廻る神楽は昔からその村の人たちだけの内職として見做されていた。大抵六七人の団体で、 どうけ 獅子がしらをかぶって舞う若者が二人、道化た万歳をやるものが二人、あとは太鼓と笛と三味線 の係で、必ず女が一人か二人混っていた。 神楽は村の家を何日がかりかで一軒一軒廻り、金を沢山やる家では長いこと演った。子供たち は学校が終ると、すぐ神楽のあとについて、彼等もまた一軒一軒村の家を廻った。神楽が村へ来 ている間は、子供たちは授業を受けていても気持は落ち着かなかった。神楽の笛や太鼓の音が聞
のを見ると、その方へ走り寄って行った。そして両手でそれを拾い上げると、頭の上に差し上げ て、三人の上級生の方へ戻って来た。ただならぬ緊迫したものがその時の光一の動作の中には あった。光一のただならぬ血相に驚いて、三人の上級生は思い思いの方向に難を避けようとし 一瞬の後、光一の手から離れた大きな石が、逃け去りつつある一人の少年の足許に落ちるのを 洪作は見た。石は足には当らなかったが、若し当っていたら、大変なことが起っている筈であっ 洪作は光一が息を弾ませて三人の方を睨んで突っ立っている姿を見守っていた。この事件は朝 礼前のことであったので、衆人環視の中で行われた。丁度この時朝礼の鈴が鳴り響き、二三人の 編先生たちの姿も現れたので、三人の上級生たちはそのまま朝礼で整列する場所へと歩いて行っ た。併し光一は、いつまでも自分の興奮が鎮まるのを待つようにそこに突っ立っていた。 前 洪作にとっては、いま自分が眼にした光一の行動は充分驚歎に値するものであった。洪作は朝 礼の場へ行くことも忘れて光一の姿を見守っていたが、そのうちに、洪作の心を次第にある感動 が充たして来た。非道や横暴に対して敢然と立ち向う一人の少年の美しさを、初めて眼のあたり に見たような気持であった。大きな石をぶつけようとする行為は無謀なことという他はなかった が、併し、そうしたことを敢て為した無ロな同級生の行動は洪作には美しく、みごとなものに思 われた。洪作は生れて初めて、自分の卑屈さをその少年に依って思い知らされた気持であった。 朝礼が終って第一時間目に、生徒たちは教師の手から一人一人通知簿を渡された。通知簿を渡
前編五章 199 うちに、焚出しのむすびが数人の女たちの手によって運ばれてきた。大人たちはそれを一つずつ 受け取って口に運んだが、子供たちは貰えなかった。 幸夫と洪作は、むすびを食べている大人たちの間に挾まって、ひどく退屈な割の悪い時間を過 した。そのうちに大人たちは正吉が昨日発見されたという杉林へ行き、神かくしが見付かったこ とに対するお礼の祈疇をし、それからここへ戻って、正吉を運び出すという相談をし出した。こ のことを大人たちの口から聞いて、洪作と幸夫はうんざりしたが、十人程の大人たちが一団とな って歩き出すと、二人もその中へはいって彼等と一緒になって歩いて行った。 杉林まではかなりの距離があった。洪作と幸夫は、大人たちの喋る言葉を一言も聞き洩らすま いと、周囲の大人たちの頻を眺めては、それらを見較べながら、絶えす小走りに走っていた。走 っていないと、大入たちについて行けなかった。もう少しで杉林へ到着するというところまで来 「お前ら、なんじゃ」 と、大人の一人が初めて洪作と幸夫の二人の存在に気付いて言った。 「どこのがきだ ? 」 もう一人の大人が立ち停って訊いた。 「久保田だ」 幸夫は答えた。 「久保田」
しろばんば 384 物に来た。このくるまが、やがて毎日のように、多勢の人を詰め込んで大仁と湯ヶ島の間を走る ということは、想像してみただけでも素晴らしいことであった。 洪作も土蔵を出ると、いつも・ハスの置いてあるところへ行ってみたい気持に襲われた。上の家 へ行く時にも、わざわざ新道へ出てバスの置いてある役場の前を通った。大抵十人程の子供たち と、何人かの大人たちが・ハスにたかっているのが見られた。何回目かに洪作がそこへ行った時、 馬車曳きの兵作が、小学校の小使のおっさんと車体の横で口論していた。二人とも五十ぐらいの 年配で、申し合せたように痩せた人物であった。・二人の語調が烈しくなると、子供たちは二人を 取り囲んで、それそれの言い分に耳を傾けた。 「・ハスが走ろうと、パスが走ろうと、人はあんまり乗ることはあるめえ。何分機械だからな、い っ故障を起して、坂の上から谷の中へつんのめらねえとも限らねえ。そんなものに誰が大事な 命を預けるか」 兵作は言った。 「そんなことを言ったら、馬車だって同じことじゃねえか。馬は畜生だから、いっ気がふれて駈 け出さねえもんでもねえ。なんと言っても、もうバスの時代だ。・ハスが走るようになったら、誰 が喇叭吹いてがたんごとん走る馬車などに乗るもんか」 使のおっさんは言った。小使のおっさんの親戚の者が沼津でパスの運転手をしているので、 おっさんはパスの肩を持った。兵作の方は兵作の方でこの二三日気が立っていた。村人に会う度
この朝の乗客は、洪作、おぬい婆さんのほかは、隣り部落へ行く村の男たちが二人きりであっ た。定員六人の馬車であるから、四人ならゆっくりと席をとれるわけで、見送りに来た近所のお 内儀さんたちは、自分のことのようにみんなよかった、よかったと言った。乗客が六人あって満 員になると、小さい箱の中は文字通り膝つき合わせることになり、身動きできない程の窮屈さで あった。 この日のおぬい婆さんは、洪作の眼にも立派に品よく見えた。都会へ行っても、決して見劣り のするようなことはあるまいと思われた。 「昔は、こうして年に三回も四回も東京へ芝居を観に行ったもんじゃ。金を持って行ってばら撒 三くんたから、これほど気持のいいことがあろうかさ」 編馬車の出発を待っている間に、おぬい婆さんはそんなことを言った。実際そうしたことがあっ たに違いなかったが、聞く方の側にとってはそれは気持のいいことではなかった。二三人の女が 前 いっせいに横を向き、一人は舌を出した。上の家の祖母たけが、神さまのような心をまる出しに して、 「ほんとにな」 し」か 「そうだとも、そうだとも」 とか相槌を打って、おぬい婆さんの話の相手をしていた。 六さんの吹く喇叭が鳴り響いた。洪作はあわてて第一番に馬車に乗り込んだ。それに続いて幸 章
しろばんば 504 「洪ちゃ、どこへ行っていたの ? 」 と、母の七重は訊いた。 「そこら歩いて来た」 、 , 4 が一一「うと 「今日のように忙しい日は、勝手にうろうろ遊び廻っているんじゃないの」 母は烈しい顔で言った。洪作はうろうろ遊び廻っていたのではないと言い返したかったが、手 伝いの近所の内儀さんたちの姿が見えたので、母に逆らうのをやめた。実際、家の中はごった返 していた。次々に近所の人が顔を出すので、七重は一人でてんてこ舞いをしていた。洪作は多勢 の人たちが動き廻っている中で、落ち着かない朝食をとった。 十時に家の前には、近所の人たちが集り出していた。みんな・ハスの停留所まで七重の一家を送 るだけの話であったが、一時間も一時間半も前から集り始めていた。そうした人たちに、上の家 しいと一言った。 の祖母はお茶を出さなければならぬと言い、七重はお茶など出さなくても、 「こんなに出発前でごたごたしているんだから、たれもお茶を出して貰わなくても、悪口を言う 人はありませんよ」 七重は言ったが、 「そうは言っても、お前、折角、こんなに早く集ってくれたんだから」 祖母はロの中で言った。洪作は何とも言わなかったが、祖母に味方したい気持だった。子供た ちも集って来た。日曜だったので、洪作を送るということが、子供たちにとっては、この日の大
しろばんば 198 洪作も答えた。今日は二人共特別早起きしていたので、朝食になるまでにはまだ大分時間があ った。それに大滝部落の正吉の家までは駈ければ十五分ぐらいで行きつくことができた。 洪作と幸夫は、まだ表戸の閉まった家もある宿部落の街道を駈けた。途中で、一人二人ずっ子 供が加わって、正吉の家の前まで行った時は五人になっていた。正吉の家をぐるりと廻ったが、 表の方にも、背戸の方にも家入の姿は見られなかった。五人の子供たちは表口から土間へはいり、 そこから背戸へと抜けた。家の内部にも誰の姿もなかった。そのうちに大滝部落の子供たちがや って米て、正吉が新田部落の農家で一晩を過し、これからここへ運ばれて来ることになっている ということを告げた。 「新田まで行くか」 幸夫が言うと、他の子供たちは賛成した。子供たちは二三人増えていた。七八人の子供たちの 一団は、それから下田街道を新田部落へと向った。駈けたり、歩いたりした。洪作は途中で、お ぬい婆さんが毎朝のように作ってくれる味噌汁の匂いを思い出して、それと一緒に急に空腹を感 新田部落へはいると、子供たちはすぐ正吉が寝ているという小さい農家へと向った。その農家 の前には多勢の村人たちが集っていた。多勢の男たちに混って、内儀さんたちも居れば、子供た ちも居た。幸夫と洪作は、男たちの真似をして、道端にしやがんで、正吉がその家から出て来る いっこうに正吉は姿を見せなかった。大人たち のを待っことにした。併し、いつまで経っても、 は時々家の中へはいって行っては、そこから出て来ると、また道端にしやがんだ。そうしている しゆく
しろばんば 202 るのを、何となく見倦きない眺めででもあるかのように、見守っていた。 「あのおっさん、三つ喰った」 幸夫は時々そんなことを言った。 そうしている時、杉林へ祈疇に行 0 た大入たちの一団が帰って来たらしく、急に農家の前の大 人たちの数が増えた。 「あんたら、何しとる ? 」 女の一人が二人を見咎めて言った。 「学校へも行かんと、何しとる ? 」 先刻のこともあるので、洪作と幸夫は一緒に立ち上った。この時初めて、 「帰ろうや」 と、洪作は言った。 「うん、帰るか」 幸夫も言った。二人は農家の前を離れると、街道へ出た。街道までは走ったが、街道へ出ると、 あとはのろのろと歩いた。陽は頭の上に昇っていた。空腹でもあったし、何となく学校の方へ歩 いて行くのが気が重かった。その頃から二人はロをきかなくなった。黙って並んで歩いて行った。 何丁か歩いて、もう一つ小さい土橋を渡ると大滝部落へはいるというところまで米た時、突然幸 夫は足を停めた。そして、 「あれ、向うから来るの、校長先生じゃないか」