「だめだ。順番がきまってるんだから」 「だから、休み時間になったらかえすからさ」 「しようがないなあ」 休み時間になったらかえすということは、授業中しか読めないということだ。授業 中に、そうっとっくえの下へひろげて見る。 なんといっても授業よりマンガのほうがおもしろいにきまっている。つい夢中にな ってしまう。うつかりくすくすわらってしまう。 「おい、平田秀一、つぎの五十二ページの一を読んでみろ ! 」 秀一は先生にいわれたことに気がっかない。すっかりマンガにひきこまれている。 あ、ちきしよう、カッコイイなあー などと思いながらマンガを見ている。先生は秀一がうんとも、すんともいわないの で、じれてくる。 「平田 ! 読んでみろっていってるんだ ! 」 「ウ : 「読めといってるんだ、え ? 」 「はい、すみません」
160 ろうかで杉村先生によびとめられたとき、秀一はぎよっとして考えた。 まてよ ! おれはまた、なんかまずいことでもしてよ、ばれちゃったかな ? : ・ ・ : そんなことはしたおぼえがないがなあ : : : あ ! 給食のマーガリンを古い黒板ふき のはらわたへもぐらせたのが、ばれちゃったかな ? おかげで黒板がっかいものにな らなくなったからなあ 先生はさきにたって、さっさと図書室へはいった。秀一もついていった。図書室は ひっそりしていた。 「どうした。そんなへんな顔をして : : : 」 先生は一さつの本をだしてきて、秀一のまえへおいた。『歴史物語・戦国の武将』 という本であった。 「武田信玄のことだけを書いた本は見あたらないんだ。これは比較的、くわしくで : で、マンガはやめたのか」 、え、これからはマンガも見ます」 秀一はほっとしたようにこたえた。 「これからは ? 」 まえはマンガなんか、とっても見られなかったんです。おふくろがやかま ひかくてき ぶしよう
しくて : るんです」 「へえ ! 」 杉村先生はふしぎそうに秀一を見た。 「マンガよりおもしろいことか。で、それもやつばり秘密か ? 」 「そうです。それから、夏休み学習帳は火曜日に持ってきます」 「月曜日というわけこよ、、 冫冫し力ないのカ ? 」 「だめです。きようとあしたは武田信玄とっきあうんです」 「やれやれ、はっきりいいやがる」 「先生どうもありがとう」 る 「おっと ! まてよ。まだ用事はすんでないんだ」 あ 本をかかえた秀一が図書室をでようとすると杉村先生は、いたすらつぼくわらって、 よびとめた。 「おまえのところに手紙がきてるんだ」 「手紙 ? 」 「ああ、谷村さんという人からだ」 これからは見ます。武田信玄のほうは、マンガよりおもしろいことがあ
「あやまることなんかない。、、、 「読むんですか ? 」 「くどいそ ! 」 ・ええと、あぶないー ふせろ ! ガガッ、。、 これでもくらえ。ゴキツー ガギュウン ! 」 「ちょっとまて ! おまえなに読んでいるんだ」 「あっ ! 」 秀一はあわててとびあがる。みんながげらげらわらいころげている。そういうとき の同級生なんて、まるで同情のひとかけらもない。みんなうれしがってハアハアして 「そうかあ。おまえは授業中にマンガを見ていたのか。つまり、だいじな授業より る でも、くだらないマンガのほうがいし 、と思ってるわけだ。それじゃ授業なんかうけなく 靈てもいい。 ろうかへいって立っていなさい」 ああ、ああ・ : 。またか 秀一はしおしおと、ろうかへでる。ろうかから、ぼんやり教室の中をながめる。な んだか、みんなが、これ見よがしに、よっぽどたのしいことでもしているみたいだ。 ししカらはやく読め」 リハリくリッ ! やっこ
言はおわらない。それに小言をいっているときの母はいきいきしている。だが、その うちに姉や兄たちがもどってくる。 「ああ、腹へったあ。あれ ? めしのしたくはまだ ? 」 「そう。秀ちゃんがへんなことをして、学校で立たされたからよ」 と、マュミがガイド嬢の役をひきうける。 「おい、秀。おまえ、なにして立たされたんだよ ? 」 「まあ、きいてよ : ・・ : 」 母はまるでテープレコ 1 ダーのように、テストの用紙をみつけたところからくりか えす。 おうおう ! まこと、この世は地獄だー こ る あ で こんなわけだから秀一はあそびにもいかれない。もちろんマンガの本だって見られ ま ~ よ、 0 オしテレビも見せてもらえない。テレビは勉強べやから、はるかに音をきくだけだ。 これでは学校へいっても、みんなと話があわないから、どうしてもなかまはずれにさ れてしまう。 学校へいったとき、せめてマンガの本でもと思って、級友にたのんでみる。 じよう じごく
「どっちだっておなじよ。とにかく先生によばれたんでしよ」 どうやら母は、秀一が先生によばれるのは、かならずしかられるためだと思いこん でいるらしい。むりもない。その母にしてからが、しかるとき以外に秀一をよびつけ ることなどないのである。 「なんどもいうようだけど、おかあさんにしかられるようなことはしなかったね」 「だったら、なぜ先生によばれたのよ」 「ああ、先生にたのんでおいた本がみつかったからだよ」 「そうだよ。武田信玄のことがくわしく書いてある本だよ」 「武田信玄 ? まさか、それマンガの本じゃないでしようね」 「先生がマンガをかしてくれるわけがないじゃない」 あ 秀一はいいあっていてもしかたがないので、先生からかりてきた本を母のまえにだ した。それでも母はうたがわしそうな目つきで本をなでまわして、ばらばらとページ ぼをめくって中をのぞきこんだ。 「あんた、ほんとうにこんなむずかしい本を読むの ! 」 母は秀一がこんな本を読むのは、ほかになにか目的があるのだろうと思っていた 9 171 こ
172 が、母の考えている目的というのは、秀一がそういう本を読むと見せかけておいて、 たんじゅん、、、、、 じつはそっとマンガでも見るのではないかという単純なうらめ読みであった。母が秀 一のほんとうの目的を知ったら、なんというだろうか : 「ま、武田信玄という人はテレビ・ドラマにもなるぐらいの人なんだから、秀一も よく見ならってほしいものだわ」 「見ならう ? 」 「そうよ、ただえらい人の話を読んだだけじゃ、意味ないわ。ちゃんと見ならわな くちゃ」 「へーえ。そういうもんか」 「そうよ 。いいわね」 どうやら、たいしたこともなくすんだ。それはそうだ。はじめから、なにもなかっ たのだから。しかしいままでの秀一なら、そうよ、 4 し力なかった。たとえ、ほかのこと で先生によばれたとしても、先生によばれたことだけで、いためつけられた。そして、 それがなんでもないことであったということがわかったあとでも、ほかのことをひき あいにだされて、けつきよくはながい時間、ねっちりとしかられるのだった。 マュミがいかにも残念そうに見おくった。こんなときは気をつけなくちゃいけない 9
〈追伸ー手紙はまえとおんなじように、学校あてにしてください。うちだとおれの 手にはいらないかもしれないからーーー〉 秀一は十五円切手にまでのりをつけて、たんねんにはりつけ、ポストへいれた。 さ ! これにいれちゃえばこっちのものだ。・ さまみろー ほんとうにそうだろうか。いや、だれだって、そう思う。が、秀一の母はかなりし てっていてきしゅうねん っこい。徹底的に執念ぶかいのである。それにマュミときたら、それに輪をかけたよ うにしつこ、 ここのところマュミは秀一にはまともに相手にされていない。マュ、 ちゅうじっ は秀一にうらみをいだいていた。母に忠実なマュミは、、 しまこそチャンスとねらって いたのである。 そんなこととは知らず、秀一は商店街をひとまわりして、本屋でマンガを立ち読み し、オモチャやのショウ・ウインドの中の、メルクリンの機関車のミニチュアセット を、鼻の頭が赤くなるほどこすりつけて観察し、適当に時間をつぶして、家のほうへ むかった。 「おや ? 」 秀一は目をむいた。次兄の優一が女子高校生と、小公園へはいっていくところだっ た。それも、なんとなくあたりに気をくばっているようすだった。
相手にちょっとでもきっかけをつくってやったらさいご、しやになにつつかかってこ ようとするし、うつかりからまれたりすると、マュミの目的どおりのことになってし まう。 秀一は自分のつくえにむかうと本をひろげた。宿題がないわけではないが、先生か らかりてきた本なら、もんくはあるまいというところだ。 かくされた宝のこともあって、武田信玄のところはおもしろかった。むずかしい漢 字もあったが、なんとか読めた。 たけだしんげん たけだのぶとら たいしようおおいのぶとお 武田信玄は父武田信虎が敵の大将大井信遠という人の娘にうませた子どもである という。つまり武田信玄の父と母は、かたき同志なのである。そして信玄は顔も気性 も父信虎とそっくりであったから、ひじようになかのわるい親子であったという。 にのみやそんとく る はん ! むかしの人はみんな二宮尊徳みたいに親孝行だったっていうのはうそ あ なんだな。なるほど、こりゃあ、マンガよりおもしれえやー そのうち秀一はぎよっとした。武田信玄は満十二さいのときに結婚して、子どもを つくったと書いてあるのだ。 ヒエーツ ! お、おれとおんなじ年じゃねえか。おれとおんなじ年でおやじに なるなんて ! : とするとおれがむかしの人間なら、夏代ちゃんと結婚することだっ 173