思い - みる会図書館


検索対象: ぼくがぼくであること
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1. ぼくがぼくであること

271 「ちょっとまってくれよ、おふくろさん ! ぼくはね、権力によって四十八時間も 不当なあっかいをうけて、やっ .. との思いで家へかえってきたんだよ。むすこを信じる 母親だったら、そんなばかなことはいってほしくないよ ! 」 「しようじきいって、ぼくもいままでおふくろさんのように学生運動なんかやるや つは、ひまで金にこまらないやつだと思ってた。でもね、ああやって警察へつれてい かれたら、ホテルに招待されるようなわけにいかないんだぜ。それに起訴されれば前 科もっくし、就職もふいだろうし、へたすれば学校まで追いだされるかもしれない。 たぶん、一生をぼうにふるだろう。だれがすきこのんでそんなことをするもんか。そ とこにはたくさんの不正があるからだよ。なぜこんなことになったんだい。そいつはね、 るおふくろさん ! あんたの責任だよ ! 」 で 「なにをいうの、この子は ! 」 「だまって、ききなさいー おかあさんのように人を愛することもしないで、めさ きのことだけで結婚し、ただ自分の気分のためにだけ、子どもを勉強へ追いやり、自 分のめさきのちっぽけな安楽のためにだけ、子どもを大学へやり、一流会社へいれて、 なにごともなくぶじにすごしたいというおとなたちが、この不正でくさりきった社会 こ しようたい

2. ぼくがぼくであること

247 ぼくがぼくであること いかえされてきた。 しよくぜん ーに。いった螢光燈がいつもなら、明 一同が食膳についたのは十時だった。ル 1 バ るすぎるくらいなのに、気のせいかうす暗く感じられた。だれもものをいわなかった 9 食器のふれあう音と父のため息以外は音もないありさまだった。 しばらくすると母がダイニングルームへすがたをあらわした。なみだでよごれた母 の顔はいちどに十も二十も年をとらされたようにやつれていた。 「ねていなくともいいの ? 」 トシミが心配そうにたすねた。 「こんな、こんなことになってねていられますかー 母ははきだすようにいうと、ばさばさと頭をかいた。 「 : ・ : ・良 = にかぎってと思っていたのにねえ。あの子がビラまきなんかするなんて : 。なにもかも秀一がいけないんだわ。わたしが秀一にばかり気をつかっていたか ら、良一のことを気がっかなかったんだわ」 秀一はむうっとして、茶わんをテーブルの上へおいた。 そんなばかなことがあってたまるか ! 良にいさんのことまでおれのせいなら、 全学連やなんかまで、みんなおれのせいになっちゃう。じようだんじゃないやー けいこうとう

3. ぼくがぼくであること

マュミは大声でいうと勉強べやをでていった。 ざまあみろー 秀一はいい気持ちだった。 そうだよ。おれにだって、みんなの自由にならないときがあるんだ みんなの自由にならないという自由は、秀一が夏休みじゅうをすごした生活を秘密 . にしておくあいだは、秀一のものであるということがわかった。 夏休みがおわったとき、秀一は学習帳の三分の一をやりのこしたままだった。母が しこたま買いこんだ問題集には一ども手をださなかった。そのかわり教科書だけはく とりかえし、なんども見た。それも勉強のためというよりも、谷村夏代のことを思いだ る すためにということであった。 あ で うちじゃ、 「そんな、みつともない。 いままで学習帳をやりのこした子なんか、い なかったわ。そんなことをして、はずかしいとは思わないの ? 」 母は秀一の夏休み学習帳を見てわめきたてた。それでも秀一はとりあわなかった。 おふくろさん、ぶんなぐっても、こづいてもいいんだぜ。ことわっておくけど、 おれは家出してもちゃ 1 んといくところがあるんだから、気にいらないなら、いつで 157 こ

4. ぼくがぼくであること

むらい こんなひどい話はないと思った。正直ははじめから老人の財産をねらって しかない。 いただけなのだ。そして、母親にあいたがっている夏代を利用しようとしただけなの だ。秀一はこういう人の不幸をくいものにしようとするようなことはゆるせないと思 「ちきしよう ! 」 秀一は思わずどなってしまった。 「だれだ ! あ、あのこそうだな ! 」 正直は懐中電燈で秀一をてらした。秀一も負けずにてらしかえしてやった。 : お、おれはな、 「夏代ちゃんにへんなことをしたらしようちしないからな ! 村井の政さんのことを知ってるんだそ ! おまえがひきころしてにげたのを見てるん だからな」 秀一はやっとの思いでいった。全力で走ったあとのように、息がはずんでうまくも のがいえないのである。 「いいかげんなことをいうな ! 」 さすがに正直はあわてていた。 「うそじゃない。おれはあの農協の小型トラックの荷台にいたんだ。そこにいる女 まさ

5. ぼくがぼくであること

216 そんなことをいわれると秀一はどうしてよいのかこまってしまうのである。せつか く自分から勉強しようと思ってやっていることがわるいような、へんてこな気分にな るのだ。 秋の遠足もすんだ。それなのに夏代からはなんともいってこなかった。ぐずぐずし ていると二学期の半分がすぎそうだった。 やつばり、おかしい。もういちど手紙をだしてみようか そんなことを考えていたとき、秀一は杉村先生によばれた。 オしか。ところで、おまえをよん 「おい秀一、ここのところテストは調子いいじゃよ、 だのはだな : : : 」 「あ、わかった、手紙だ」 「うむ。そのとおりだ。先生も毎日、おまえのせつない目で見られるのが、つらか 冫。しかないんだ」 : ところで、このはがきだがな、おまえにわたすわけこよ、 ったよ。 せっしよう 「そんなー 殺生なー 「ほんとうだ。先生もそう思うよ。でもな、おまえのおかあさんから、とくにたの : ししか、でもだ、おれとしちゃ、このはがきの内容に関す まれているんだ。でも :

6. ぼくがぼくであること

私鉄から私鉄にのりかえて、さらに国電で西へいき、下車してからバスにのりかえ ひとつぎ こぎよう る。夏のほんの一月しかすごさなかったのに、秀一にとってはまるでうまれ故郷のよ ふうけい うになっかしい風景がそこにあった。 バスが村道へはいる。見なれた建てものがしだいに近づいてきた。農業協同組合の 建てものである。その車庫にも見おぼえのある小型トラックがおいてあった。秀一に とって一生わすれることのできない事件にたちあわせてくれた自動車であった。農協 まえのバス停には、まちくたびれたような夏代の顔があった。 「やあ ! 」 と 「まってたわ」 る 「うん ! 」 あ げきてき で 秀一はもっと劇的に再会したいと思っていた。だきあわなくても、せめて握手ぐら めいと思っていた。しかし、なにから話をしてよいかまよった。話すことがあまりたく はさんありすぎて、胸がいつばいになってしまったのである。夏代のほうは意外こおち ついていた。あるいはまちくたびれてしらけてしまったのかもしれない。 「村井の政さんのこと、おぼえている ? 」

7. ぼくがぼくであること

るかぎり、おまえたちはなかのよい友だちだということがわかるから、おまえにはこ ふくしゃ のはがきはわたせないが、そのかわり、ちゃんと複写しておいたから、こっちのほう をやろう。一字一句はもちろん、消したあとまでそっくりそのままだ。もんくない だろ ? 」 「ありません ! 」 ふくしゃ 「そのかわり、複写をもらったなどということは、おかあさんにもいうなよ。先生 はおまえのおかあさんと、おまえあてにきた手紙は秀一にわたさず、封筒にいれて妹 のマュミさんにわたすという約東をさせられたんだ。でも、おまえには見せないこと ししカこれはおれと とか、うっしもわたさないというところまでは約東してない。、、 : ししな」 とおまえだけのあいだの秘密だそ。、、 る こ、、ません」 「はい、ぜったい冫しし あ で 「よし ! 」 「おれ、先生すきだなあ」 秀一は思わずそういった。 「ばか ! あまったれるな。ほんとうにおれがすきだったらもっといい点をとれ、 もうひといきじゃないか。それからな、古い黒板ふきへ給食のマーガリンなんかつめ こ

8. ぼくがぼくであること

秀一はうるさそうにいった。母は、「まあ ! 」といった顔をしたが、さすがに町な かでわめいてはみつともないと思ったのか、だまって、秀一のあとを追った しよくたく 1 トの配送係ヘアルバイトにいっていた 夜、家族全員が食卓で顔をあわせた。デパ けいえい 長兄の良一は、日やけしてまっくろだった。次兄の優一も友人の父の経営する木工場 ではたらいていたということだった。すでに電話で秀一のかえったのを知っていた父 は、「おう ! 」といって秀一を見たが、すぐに気むすかしい顔になった。父の白髪が ふえていた。 おれのせいだな 秀一はそう思った。 秀一にはみんながなんとなく、秀一をはれものにでもさわるようにあっかっている ることがよくわかった。話題は秀一をとびこして、しかも、なんとなくはしゃいでいた 9 いってなにをし しかも、それはわざとらしかった。その証拠に母が秀一に、「どこへ ていたか」をたずねようとすると、みんなはびたりと口をとじて、秀一のほうを見た。 けれども秀一はこたえなかった。いつもなら、秀一のことをつげロするだけで、み しんみよう んなの話題をさらっているマュミも、さすがに神妙な顔つきをしていた。 オしか。とにかくぶじにこうしてもどってきたんだ。そうそうやかまし 「いいじゃよ、 151 しらが

9. ぼくがぼくであること

にやりとまがって、道のはしへとんでいった。前輪のリ = ウムからはずれたタイヤとチ ュウ。フが、まるで人間の内臓のように見えた。 トラックは急ブレーキをかけて停車した。秀一のからだはあやうく運転席へたたき つけられそうになった。運転席からランニングすがたの男がとびだした。 「ちくしよう ! 」 そういうと男はからだをかがめてすかすようにして、あたりを見た。そして、あ わてて運転席へかけもどり、ライトを消した。あたりはたちまち、まっ暗やみになっ た。秀一はその運転手に声をかけそこなった。運転手があまりにもおそろしい顔つき をしていたからである。 運転手はガード・レールにひっかかっている男のそばへよって、ライターをつけた。 男はそこでしばらく、しらべていたが、ふっとライターをけした。 「よいしよっ ! 」 暗やみの中で運転手の声がした。つづいて、なにかが、どさどさどさっと、谷へお しんぞう ちていくらしい音がした。秀一の心臓がはじけそうに鳴りだした。ひざががくがくし て立っていることができなくなり、そうっとしやがみこんだ。へんにねばりけのない つばきがロいつばいにあふれた。秀一はやっとの思いでそれをのみこんだ。なんとも ないぞう

10. ぼくがぼくであること

「いや、おじいさんて、ほんとうにいい人なんだな」 老人には秀一のそのことばのうらがわはわからない。それでも、秀一のえ顔を見る と、自分もとってつけたように、 にいっとわらってみせた。 たいいん 夏代の回復ははやかった。一週間たっと、医者は退院していいといった。老人は用 心のために、もう二、三日、おいてくれとたのんだが、医者はとりあわなかった。 夏代は手術した翌日から自分で便所へいった。秀一や老人にそんなめんどうをみら れることが苦痛だったのだ。医者はそのことがえってよかったといった。老人はく やしがって、 る 「おまえさんは人間をブタか犬をいじくるつもりでおる」 あ ←と、不平をい 9 た。 , そんなわるロをいわれながらも、医者はついでだといって、老 人を診察し、すこし血圧が高いようだからと、注意した。 ぼ 「あんたみたいな、、、、 カんこじじいなんか、どうでもいいんだが、あんたにもしもの ことがあったら、夏代ちゃんがたいへんだからな」 医者もまけずに老人にいや味をいった。そのあとで、アハハと大声でわらった。 くつう よくじっ