手紙のこと - みる会図書館


検索対象: ぼくがぼくであること
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1. ぼくがぼくであること

244 マュミがなきながら四つんばいになって、ろうかへとびだした。 「なにしたの ! おかあさん、おかあさん ! たいへんよ ! マュミがたいへん 姉のトシミの悲鳴がきこえた。秀一はなおも、はきつづけた。とぎれとぎれに母の かんだかい声とマュミのなき声、それに電話のベルの音・ : プタ、ブタ、プタ ! おまえたちはみんなプタだ ! まるじんの正直とおなじ ブタだ ! ひきにげのゲスやろうだ ! みんなくたばっちまえー あの手紙の中には秀一の心が書きこ . まれてあった。秀一がなによりもだいじにして いた夏代との心のふれあいをたしかめる心が書きこまれてあった。秀一がだれからも いわれずに、自分から書いたうまれてはじめての手紙であった。しかも、その手紙の 中にはひとりの少女の運命にかかわる重大なことが書きこまれてあった。それは秀一 にとって、祈りのような手紙であった。 それをなんのことわりもなく、母やマュミがにぎりつぶしたのだ。秀一はそれが親 であるからゆるせないと思った。妹であるからなおさらゆるせなかった。 血相をかえた母がとびこんできた。秀一は思わずつくえの上のえんびったてにささ おぶつ っていたものさしをつかんで母をにらみつけた。だが母はつくえの上の汚物を見ると、

2. ぼくがぼくであること

228 「で、犯人をつきとめて、どうするつもりなの ? 」 「あの手紙は、夏代ちゃんにとっても、ぼくにとっても、だいじな手紙なんだ。ま しようらい して夏代ちゃんにとっちゃ、将来の問題もあるんだぜ。あの手紙がとどかなければ、 夏代ちゃんは、わるいやつのペテンにかけられちゃうかもしれないんだぜ ! そんな、 こ、ゆるせるもんかー ものすごくだいじな手紙をかつばらったやつなんか、ぜったい冫 うったえて、刑務所へたたきこんでぎゅうっと油をしぼってやるさ」 秀一は書類をかえしてもらおうと思って、母のほうへ手をだした。母はその手を乱 暴にはらいのけた。 「おねがいよ、秀一 ! そんなさわぎはおこさないでちょうだい ! 」 母はなき声をだした。 「どうしてさ ! おかあさんだって、そんなめにあったら頭にくるぜ。だいいち、 こんなことをだまっているなんて、犯人をかばうようなもんじゃないか ! 」 そういいながら秀一は、あの夜道の交通事故のことを思いだした。あきれたほど高 く、はずむようにとんで、ガ 1 ドレールにくたりとひっかかった村井の政さんのこと を思いだし、秀一の胸はちくりといたんだ。 まあ、まってろ、そのうちに正直のひきにげのことも、ばらしてやるからな

3. ぼくがぼくであること

ぼくがばくであること 「先生。住所も、あて名もきちんと書いてふつうの封筒へいれ、切手をはって、ポ ストへいれた手紙がとどかないってことがありますか ? 」 「まちがいなくボストへいれたのか ? 」 「はい、まちがいありません 「ひとにたのんだんじゃなく、自分でポストにいれたんだな ? 」 「そうです」 「ふうむ。なにか特別な事故でもなければ、そんなことはないし、あて名がまちが っていたら、きみのところへかえってくるはずだよ」 「それが、どっちへもとどかないときは、どうしたらいいんですか ? 」 「郵便局へもうしべて、しらべてもらうんだな」 「もし、手紙をかつばらったやつがいたとしたら ? 」 「おいおい おれのことをいってるのか ? ・ : そりや、正しくいえば、こういう けいじじけん ことだって刑事事件になるな。そんな、かつばらうやつがいるのか ? 」 「はい、むこうにあやしいのがひとりいるんです。その手紙がそいつの手にわたる 9 と、ぼくはまた、家をでなくちゃならないことになるんです」 「ふうーん。や・つかいな事件らしいな。とにかく、それは郵便局でしらべてもらう

4. ぼくがぼくであること

あれはおふくろさんが家出も満足にできないくせになんていったからさ 「そのあいだ、おかあさんがどれほど心配したか、わからないの ? はっきりいっ ・せんかもの て、あんたは不良の前科者なのよ。ことわっておくけど、あんたが警察のごやっかい になるようになったら、こまるのはあたしたちより、あんたのほうなのよ。いちどそ ういうレッテルをはられると世の中はもう、相手にしてくれなくなるのよ。そうなっ てからでは、もう手おくれなんですからね」 「そんな : : : おれはなにも、どろぼうや、人ごろしをしようとしてるんじゃないよ。 ただ、ガール・フレンドに手紙をだすだけじゃないか」 「だったら、その手紙を見せなさい」 「いやだよ」 こ る 「なぜなの ? なぜ見せられないの ? 見せられないようなことが書いてあるから あ でしよう。そんな、子どもが親にかくして秘密を持つなんて、とんでもないことだわ。 さ、だしなさい」 「いやだったら、いやだよ ! 」 「マサカズウーツ 母は自分の手におえないと思い、次兄の優一の手をかり、暴力で秀一の書いた手紙 201 ぼら・りよ ~ 、

5. ぼくがぼくであること

まるじんの正直が、私の母は生きているというのです。あわせてやるというのですが、 なんとなくあやしいのです。このことは私がおじいさんにしゃべったら、とりやめだ なかえあや といいます。私の母は父と結婚するまえ、中江亜矢といっていました。正直がいうに は、その名まえでひとりでくらしているというのです。その住所が、秀一くんの学校 のそばのようなので、もし機会があったら、それとなくしらべてください。住所は : 手紙に書いてある夏代の母という人の住所を見て、秀一はとびあがった。秀一の家 から、いくらもはなれていないのであった。 そうか ! それで正直のやつが、このあたりをうろついていたというわけかー る 夏代の手紙には、正直のいうことなど信じてはいないふうではあったが、心を動か あ しているようすでもあった。さいごに夏代の祖父が、ときどき思いだしたように秀一 のうわさをするが、それは祖父が秀一のことを気にいったからだろうと書かれてあっ さらに〈追伸〉と書いてあり、この手紙は秀一の住所がわからないので、秀一のシ ャツについていた名ふだの小学校あてにするが、みんなにひやかされたりするのでは

6. ぼくがぼくであること

ばくがほ・くであること 「うん。そりや : : 。だけど、いつまでもここにいさせてもらうわけこよ、 し : : だから、手紙を書くの どうせ夏休みがおわれば学校がはじまるんだし。 をやめるよ。うちへ手紙をだすなんて、家出した人間のやることじゃないもの」 「ふむ。おまえのいってることはよくわからんが、そういうりくつもなりたつもの かなあ。どうしてかな ? 」 「だって、住所を書かないで手紙をだしたって、スタン。フを見れば、どこの郵便局 っぺんにわかっちゃうだろう。そこから反対にし のうけもちのポストへいれたか、い そうさねが ところのわ らべられて、警察へ捜査願いなんかだされたら、それつきりだものな。い。 かっている家出なんて、遠足か林間学校へでもいってるみたいで、まるつきりさえな 「ふむ。そうか。そういうもんか ? 」 「うん、そういうもんだよ」 老人はあいかわらす、静かにタバコのけむりをはいていた。 あざ 「 : : : ということは、ここがなに郡のなに村で、字なになにという部落であるとい うことも、おまえには興味がないというわけか ? 」 。それより、おれ、武田信玄の宝もののほうが気にな 「そんなこともないけど : ゅうびんきよく

7. ぼくがぼくであること

226 「そんなことがあったわね」 「それがとどいていないらしいんだ。それでしらべてもらおうと思ってさ」 「ばかな。そんなことしらべられるものですか ? 」 母はちょっとばかにしたように、小鼻のあたりをひこひこさせた。 「それがわかるんだなあ。たいがいのことはしらべがつくんだって、それで手紙を よこどりしたやつは刑事犯でばつをうけるというわけなんだ」 ばっきん 「杉村先生もそういってたよ。社会科でやったんだ。罰金はわずからしいけど、懲 役はがっちりなんだ」 もちろん社会科などというのはでまかせである。しかし、秀一は手紙をよこどりし くちょう たのはまるじんの正直だと思っているので、口調には自然ににくしみがこめられた。 母はだまっていたが、その目がおちつかなくなって、きよときよとしはじめていた。 けれども秀一はそれに気づかなかった。 「なにしろな、ひとの手紙はかってに読んだだけでも、憲法違反になるんだ。信書 きほんてきじんけん そんちょう の秘密は尊重されるんだ。憲法できめられた基本的人権なんだから。そいつをかつば けいむしょ らったんだから、どんなことになるか ! 懲役でがっちり刑務所でいためつけてやら けんぼういよん

8. ぼくがぼくであること

198 ンチキだそ ! 夏代ちゃんのおかあさんじゃないそ。ほんとうの年は二十四だ。二十、 四じゃ、夏代ちゃんのほんとうのおかあさんになれないものな。そして、その女がい ったけど、山をとっちゃうらしいそ。だけど、まるじんの正直がなにをねらってるか わざとだまされたふりをしてみな。おもしろいそ。それに、おれ、正直のすごい秘密 知ってるんだ。村井の政さんにカンケイあり。それから、おじいさんのこと、おれも、 。いい人だな。でも、ほんとのことをいうと、おじいさんは、お ときどき思いだすよ れのことすきじゃないらしい。これは、夏代ちゃんのことにカンケイあるんだ。でも、・ これも秘密だ。それから、重大な秘密があるよ。もしかすると、夏代ちゃんのほんと うのおかあさんがみつかるかもしれない。おれ、きっとさがしてやるからな。さよう ならーー〉 読みかえしてみると、やたらに″秘密〃があって気になったが、なんとか手紙にな っていた 「おかあさん ! 封筒と切手ちょうだい ! 」 秀一は夏代への手紙を書きあげたうれしさで、つい、大声でどなってしまった。 「秀一。どこへだす手紙 ? 」 まるでまちかまえていたように母がへやヘはいってきて、あやしげな目で秀一を見

9. ぼくがぼくであること

176 「ウシシシシ : 秀一はぐあいわるそうにわらった。活字のならんでる本さえ見ていれば、勉強だと 思いこんでいる母のたわいなさがおかしかった。 その夜、秀一はかなりおそくまでかかって武田信玄の話を読んだ。残念ながら、武 旺信玄のうめた財宝のことはなにひとっ書いてなかった。それでも信玄という人物が、 どれほど戦争がうまく、どれほどはかりごとにたけていたかがわかった。このぶんな ら、あちこちに財宝をうめたにちがいないと思われた。だが、そうした人物のうめた 秘密の宝となると、そうそうかんたんにみつからないような気がした。 日曜日、秀一はさっそく、夏代の母であるという中江亜矢という女の人をたすねる ことにした。なんとなく、夏代にはただの手紙を書きたくなかった。秀一から手紙が きたい きた以上、夏代だって期待するであろうし、その手紙に期待したことが書いてなかっ たとしたら、がっかりするだろうと思ったのである。 「ちょっと、秀一。お話があるのー 家をでようとすると、母によびとめられた。すくなからすいやな気分がした。秀一 よかん のこの予感は、ふしぎにあたるのである。

10. ぼくがぼくであること

208 「それなのにいれちゃったのよ。だから、かえしてもらおうと思って」 マュミはにつこりわらって首をかしげてみせた。郵便局員はまじめな顔をした。 「ねえ、平田さん。ほんとうはね、いったんポストへいれた手紙は、ちゃんとした 、 / ーし、刀子 / . し 手つづきをして手数料四十円をそえてもうしこまなくちゃ、かえすわけこよ、 んだよ」 いまいれたばかりでも、もう四十円 ? 」 「あら、だってー 「そうだよ」 「そ、そんなのって、ひどいわ。それにきようは日曜日で郵便局はおやすみじゃな 。そんないじわるいわないでよ。それともお札をいれたままおくったっていいの ? 」 「しようがないなあ。ま、あんたが人の手紙をかつばらうわけじゃないだろうから ひらたひでかす たにむらなつよ 「ごめんなさい。あいての名前は谷村夏代さんていうの。さしだし人は平田秀一よ。 おにいちゃんの名まえっかっちゃったの。それも、まずいのよ。あたしが手紙をいれ てから、まだ、だれもいれにこないから、いちばん上にのっているはずよ」 ふうしょ 郵便局員はポストをあけた。マュミのいうとおり谷村夏代あての封書がいちばん上 にのっていた。