話 - みる会図書館


検索対象: ぼくがぼくであること
248件見つかりました。

1. ぼくがぼくであること

とだー 「おじいさんはそのとき、それを見なかったのかい ? 」 老人はふとだまりこんでしまった。 「どうなの ? 」 秀一が話をうながすと老人はじっと秀一の顔を見た。だが、老人のひとみは秀一の 顔をつきぬけて、すうっとはるか遠いところを見ているようであった。 「いやな年だった。ばかでかい地震があってな。山がくずれたのも、そのせいかも いいったえによるとだな、武田信玄が黄金をかくすのに、 : ・うん、その しれないな。 あな ひやくしよう 村の百姓たちをかりあつめて、穴をほらせたが、あとでそのかくし場所がほかへもれ るのをおそれて、その百姓たちをしばりあげて、さしころし、その死体をひとところ るにあつめてうめたのではないかというんだ。黄金伝説によくある話だな。かにもこ でういう話はあるし、やはりたくさんの人骨がでてきたという話もきいたことがある」 「じゃ、たくさんでてきたのは、その百姓たちの骨なのかい ? 」 「はっきりした証拠はないが、それ以外にそんなにたくさんの人骨のでる理由は考 えられないな」 「それじゃあ、その宝は、近くにかくしてあるというわけかい ? 」

2. ぼくがぼくであること

214 もっとも優一とその女子高校生のあいびきは、そんなあいびきなどという性質のも のじゃなかった。ふたりはあうたびに、なにやらしきりとはらをたて、おたがいにぶ かたほう うぶういっては、片方がそれに、もっともだもっともだというようにうなずきあうの である。 「とにかく図書室を一時閉鎖なんて、ばかげているよ。社会科学系の三〇パーセン トが台帳から消してあるんだ。あぶないと思ったから、押川にたのんで写真にとって おいてもらったんだ。よかったよ。はっきりした証拠があるんだからな」 せいとかん ふうき おぐろ 「生徒監がこの際、風紀より生徒会関係をチ = ックしろといったそうよ。小黒先生 がにらまれているらしいわ」 「ぼくにいわせりや小黒先生だって保守的なくらいなのになあ」 こんな話ばかりなのだから、秀一はたいくつでしかたがない。しかし秀一はいやな あくしゅ 顔をしなかった。その女子高校生と優一の話がおわると、ふたりはかならず握手した 9 そうか握手つていう手もあるんだな。こんど夏代ちゃんにあったら握手してや ろう 秀一はそう思いながら、ふたりを見る。かえり道、優一は秀一にいろいろと話をし てくれるのである。 へいさ おしかわ

3. ぼくがぼくであること

秀一が話に調子をあわせた。 「そんなことじゃないのよ。生糸はかえって高くなってるのよ。でも、生糸をやる には、たいへんな人手がいるのよ」 「はあーん」 秀一はよけいなことをいわなければよかったと思った。 そんな話をしているところへ、わかい男がとおりかかった。 「よう、夏ちゃん」 そういいながら、男はじっと秀一のほうを見た。 「おまえ、どこからきたんだ」 男は秀一にたずねた。男の顔を見た秀一は、はっと息をのんだ。その男こそ、昨夜、 秀一をのせてきた小型トラックを運転していた : : : つまりひきにげの犯人だったから である。 秀一はどうしようかと夏代のほうを見た。夏代はいやな顔をしていった。 「どこからきたって、 しいじゃないの ! あたしのいとこよ」 「へーえ、どこのいとこだ。見たことねえなあ」 しんせき 「ことわっておくけど、あんたばかりが親戚じゃないわ ! 」 さくや

4. ぼくがぼくであること

254 なんとも息ぐるしい夜であった : その夜、父と母のあいだで、どのような話しあいがなされていたのか、秀一たちは なにも知らなかった。ききこみの名人であるマュミですら、水をのみにダイニング・ ルームへいってつまみだされ、手ひどく追いかえされてきた。 子どもたちは子どもたちで、もうしあわせたわけでもないのに、秀一を中心にして 勉強べやヘあつまっていた。その勉強べやまで母のかんだかい声と、負けずにおどす ようなひくい父の声がきこえてきた。なにを話しあっているのか、はっきりききとれ なかったが、ときどきせともののこわれる音などがしていたから、けっして平和な話 しあいをしているとは思えなかった。 「おやじさんも兄貴 ( 良一 ) のことで頭にきているから、がんばってるな。おやじ さんがあんなに抵抗するなんてめずらしいな」 優一はそういってにやっとわらってみんなを見たが、だれもわらわなかった。 「まさかいくらなんでも、おとうさんとおかあさん、離婚だなんてことにはならな いでしようね ? 」 トシミは不安そうに耳をすませながら、だれにともなくいった。 りこん

5. ぼくがぼくであること

286 夏代はじいっと秀一の顔を見ながら、いちいちうなすいていたが、それこそ感にた えたようにいっこ。 しいと思うわ」 「いいわあ。そういうおかあさんて、 秀一はめんくらって目をむいた。夏代はそんな秀一に目もくれず、まるで自分自身 にいいきかせるように、ゆっくりと話をはじめた。 「わたしはそういう、どうしようもないおかあさんと徹底的にけんかしてみたいの よ。がんがんやりあってみたいのよ」 「へ 1 え、ぶんなぐられるそ」 「たたかれたら、なきながらくってかかるのよ。とっくみあいのけんかもするの。 そして、ふたりでおいおいなきあうのー 「ひえーっ ! 夏代ちゃんにそういうへんてこりんな趣味があるなんて、知らなか ったなあ。おれなんか、話をきいただけでげつぶがでらあ」 「うらやましいわあ。わたしなんか、やりたくてもできないんですもの」 いわれてみると、たしかにそのとおりにちがいないが、秀一としてはなんとも賛成 はんき しかねるのだ。それでも、秀一は、家じゅうから反旗をひるがえされてしまった母の

6. ぼくがぼくであること

ないことぐらいはわかってるだろう。 : そりやそうと、あのひきにげはおっかなか : まてよ。だけど、 ったなあ。あしたでも警察へいったほうがいいかもしれないな。 うつかり警察へなんかいくと、おれが家出したことがばれちゃうしなあ 秀一は以前、兄の優一から、家出の常習者の話をきかされたことがある。優一の同 ぬす 級生の話だった。家出したばかりでなく、にげだしたさきで盗みをはたらいて少年院 へいれられたということであった。秀一ははじめての家出だといっても、おなじあっ ほしよう かいをされないという保証はなかった。 : うつかり警察へいくのは、まずいな。それに、警察は犯人をさがすのにな : ところで、あしたはどう れてるから、おれがいわなくても、つかまえるだろう。 したらいいのかなあ : いろいろ考えているうちに秀「はいつのまにかねこんでしまった。やはり、つかれ る でていたのである。 猷朝、夏代におこされたとき、秀一の目はなかなかあかなかった。秀一はふとんにし がみつきながら、ゆめうつつでもんくをいった。 「ちえ】つうるせえなあ。たったいま、ねたばかりじゃねえか : : : 」 はんにん

7. ぼくがぼくであること

142 「まず、おとうさんがすぐにでも警察へとどけをだすべきだというのに、おかあさ んはどうせ秀ちゃんのことだから、すぐもどってくるって、がんばるのよ。そんなこ とが新聞なんかに書かれるのはいやだっていうわけ。むりもないのよ。あんたが家出 ひょうろんか した日の夕刊に、やつばり子どもの家出の話がでていてね、教育評論家やなんか、そ ういうのはたいがい常識はずれの教育ママに子どもが抵抗しきれなくて家出するんだ いろいろ書いてあって、自分も とか、カカア天下の家庭によくありがちだとか そんなふうに思われるのはいやだっていうのよ」 「だって、うちじゃあ、そのとおりじゃないか」 「そうかもしれないわね。それで家じゅうで、そういうおかあさんの考えはまちが っているって、せめたてたのよ。そうしたら、おかあさんが頭にきて家出しちゃっ た」 「なんだって ? おかあさんが家出 ? あはははは : : : 」 秀一は思わず大声でわらいだしていた。 「わらいごとじゃないわよ。家じゅう大さわぎよ。一けんの家からふたりも家出人 がでたんですもの」 かるいざわ トシミの話によると、家出した母は軽井沢のむかしの友人の別荘へいっていた。三 ていこう べっそう

8. ぼくがぼくであること

255 「ヒョウタンから駒がでるなんて、話もあるからな。おやじだって限界をこえれば ばくはっ 爆発するし、おふくろだって追いつめられりや前後の見さかいなく、なにを口ばしる かわかったもんじゃないよ。中年女のヒステリイっていうやつは、手おいのクマみた いなもんだっていうからな」 優一はまるで他人ごとのようにいった。もしかすると、そんなことはおこるはずが ないと思っているのかもしれなかった。 「わかれてどうする気よ」 「そんなこと、おれが知るもんかよ。とにかく、この家と土地を売れば、かなりの 金がはいるという気がおふくろにあるうちは、おやじをたたきだすかもしれないな。 となにしろ、このへんの土地の値あがりで、この家なんか王地をふくめて億に近い金に るなるらしいからなあ : あ で 「そ、そ、そんなことになったら、わたしたちはどうなっちゃうの ? 」 マュミはもうなき声をだした。優一はそんなマュミを見ていじわるくわらった。 「どうなるかなあ ? こればかりは親しだいだからな。もしおふくろさんや、おや はっげんけん じさんがわかれ話になったとしても、おれたちにはなんの発一言権もないからな。子ど もはおやじさんがひきとるっていえば、おれたちはおやじさんにつれられてこの家を こま おく

9. ぼくがぼくであること

それで、その人がポストにいれわすれて、なくしちゃったとか。よくあることだそ」 「じようだんじゃないよ。おれがいれたんだ、この手で。ポストは二丁目のかどの こまちがいじゃな、 タバコ屋のまえにあるポスト。ぜったい冫 「よし、わかった。とにかく、それに書きこんでくれ。なるべくくわしくな」 「うちへ持っていって、書いてもいい力い ? 」 「ああ、どうぞ」 秀一は用紙をていねいに教科書へはさみこむと、そっとカスンへしまって、郵便局 をでた。 新聞などを見るとよくボストへいたずらをするわるいやつがいる。放火をしたりす とるやつがいる。郵便ポストに火のついたタバコをなげこみ、郵便物がもえて、ポスト るからもくもくけむりがでるのを見て、大よろこびをするという、ばかみたいにとんで で もないやつである。 やたい ・ほ 以前にもひどい話があった。夜中によっぱらいが屋台のラーメンをたべていて、ど ぼういう風のふきまわしからか、そのポストにラーメンをたべさせたくなったのである。 おそらく、 あのつるつるするラーメンをどうやって、ポストへ流しこんだのか : 一本一本はしでつまんで、たんねんにたべさせたのだろうが、念のいった話である。

10. ぼくがぼくであること

夏代は身じろぎもせずに老人の話をきいていた。まるでおこっているみたいだった。 「せがれとわしは大げんかした。親子の縁をきるといってせがれは中江亜矢といっ しょになった。たぶん夏代がうまれたときだろう、せがれから手紙がきた。わしは封 きょひ もあけずにつつかえしてやった。受けとり拒否だ。いちど家族で、ばあさんのまい りにきた。わしは声もかけなかったし、居留守もっかってやった。それからまもなく だった。、、亜矢から電報がきた。せがれが交通事故で死んだ」 老人の声は、はねあがるような感情をけんめいにおさえようとするようにふるえ、 しかもとぎれとぎれになった。 「いいか、その交通事故は亜矢がおこした。せがれは亜矢の運転する車で : しがいったとき亜矢は半狂乱で手がつけられなかった。そのまま亜矢の異状な状態は いなおらなかった。医者は入院させろといった。さもなければほんとうの狂人になると あ で いう。わしは亜矢を病院へいれ、夏代をひきとった : : : 」 ぼ 老人の話はいくらか混乱し、あとさきになったが、その後、亜矢が退院して、なん ぽどか夏代をひきとるといってきたが、老人はそれを裁判にかけて、完全に亜矢から夏 代をとりあげてしまったことなどを話した。 「どうだ ! 夏代。わしはそういうやつなんだ。わかるか ! 」 こんらん きようらん えん しじよう