シモーヌ - みる会図書館


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1. クリスチィ短編全集1

す ? なぜマダムはちぢんでしまったのです ? どうして、いつもの背丈の半分になってしまっ たのです ? ここでなにが起こったのです ? 」 「ぼくにはわからない」ラウールが言った。 その声はかん高い絶叫となった。 「ぼくにはわからない。わからない。しかし、どうやらー・ーーぼくは気が狂いそうだ : ヌ ! シモーヌ ! 」 : シモー

2. クリスチィ短編全集1

「とても疲れて」シモーヌがもう一度つぶやいた。 その言葉をくり返すたびに、彼女の全身からカがぬけていくようだった。 「でも、きみはすばらしいよ、シモーヌ」 彼はシモーヌの手をとり、自分の熱狂ぶりを分かちあって、彼女の気を引きたたせようとした。 「きみはこの世に二人とないひとだーー世界一偉大な霊媒だよ , 彼女は、ちょっと微笑しながら頭をふった。 「そうさ、そうだともーラウールは言いはり、ポケットから手紙を二通引き出した。「これをご らん、サルベトリエールのロシェ教授からの手紙だ。こっちのはナンシーのジェニール博士から。 どちらもときどき自分たちのために、今後とも降霊術をつづけてくれるよう頼んできてるー 「ああ、だめよ ! 」 シモーヌは突然ばっととび起きた。 「わたくしはしない、しないわ。もうみんな終わったのよーーー全部すんでしまったのよ。約束な さったじゃない、ラウール ラウールは、あっけにとられて彼女をみつめた。シモーヌはまるで追いつめられた獣のように、 ふらっきながら彼の面前に立っている。 「わかった、わかったよ。確かにもうおしまいだ、それはわかっているさ。でも、ぼくは、きみ をとても誇りに思っているからね、シモーヌ、それでこの手紙のことを持ち出したんだよ」 彼女は疑わしげに、横目で素早く彼を眺めた。

3. クリスチィ短編全集1

「シモーヌ ! 」 そういう彼の声には非難の色があった。彼女は素早くそれを察した。 「ええ、ええ、わかっていてよ。あなたも、ほかのフランスの男性と同じね、ラウール。あなた にとっては母というものは神聖だし、あのひとが子供をなくして、とても悲しんでいるときに、 そういうふうに感じるわたくしは不人情だというのでしよう。でも , ーーわたくしには説明できな いけど、あのひとはとても大柄で黒ずくめで、それにあの手ーーあなた、あのひとの手に気づい たことがあって、ラウール ? とても大きな、男のように強い手なのよ。ああ ! 」 シモーヌはちょっと身ぶるいして目を閉じた。ラウールは抱いていた腕を離すと、冷淡とも言 えるくらいの態度で言った。 「まったく、きみというひとは、わからないな、シモーヌ。きみは女のくせに、ほかの女、それ も自分の子をなくした母親に全然同情心を持たないなんて」 シモーヌはいらだたしげな身ぶりをした。 「ああ、あなたこそわかっていないのだわ ! 誰だって、がまんできないことなのよ。初めてあ のひとを見たとき、わたくしは感じたのーーー」 彼女は、助けを求めるように両手を突き出した。 「恐怖よ ! 覚えているでしよう、あのひとのために降霊術をするのを、わたくし、なかなか承 諾しなかったでしよう ? なんとなく、あのひとが悪運をもたらすような気がしたのよ」 ラウールは肩をすくめた。

4. クリスチィ短編全集1

たが、明らかにすっかり自制心をとりもどしたようだ。前に進み出て、マダム・エクスと握手す る。しかし握手したとたんに、かすかな戦慄が彼女の全身に走るのを彼は目にとめた。 「お加減が悪いそうで、お気の毒ですわね」マダム・エクスが言った。 「なんでもありませんわ」いくぶんそっけなくシモーヌが言う。「では始めましようか ? 」 彼女は壁のアルコープに行って、肘かけ椅子に腰をおろした。今度はラウール自身が、突然、 恐怖の波が身内をよぎるのを感じた。 「きみは、まだからだが回復していない」彼は叫んだ。「降霊会は取り消したほうがいいよ。マ ダム・エクスもわかってくださるだろう」 「ムッシュー マダム・エクスは、憤然と立ち上がった。 「そうなんだ、やめたほうカ >> ; 、、。ぼくは確信するよ」 「マダム・シモーヌは、もう一度だけやってくださるとわたしに約束したのですよ」 「そうですわ」シモーヌは静かにうなずいた。「ですから、お約束を果たすつもりです」 「ぜひ守っていただきますよ、マダム」 「わたくしは約束を破りません」シモーヌは冷やかに言い、それから静かにつけ加えた。「心配 しないで、ラウール。結局、これが最後なんですものーーーありがたいことに、これで最後だわ」 彼女の合図で、ラウールは壁のアルコープの部厚い黒のカーテンを引いた。さらに窓のカーテ ンを引くと、室内はなかば暗くなってしまう。彼はマダム・エクスに椅子をすすめ、もう一つの

5. クリスチィ短編全集1

「そうでしようねーシモーヌは、ものうげにうなずいた。 突然、彼女が手にしていた小さな陶器の花瓶が指からすべりおち、暖炉のタイルの上で粉みじ んになった。彼女はさっとラウールへ向きなおってつぶやいた。 「おわかりでしよ、わたくし、どうかしているの。ラウール、もし、きようは仕事ができないと 断わったら、わたくしをとてもーー、ーとっても臆病だとお思いになる ? 」 感情を害した彼の驚きの表情を見て、シモーヌは顔を赤らめた。 「約束したじゃないか、シモーヌーーー彼はおだやかに言いかけた。 彼女は壁のほうにあとずさった。 「やりたくないのよ、ラウール、やりたくないのー ふたたび優しい、とがめるようなまなざしを受けて、シモーヌはひるんだ。 「ぼくが考えているのは金のことではないんだよ、シモーヌ。でも、前回、あの夫人が払ってく れた謝礼は、莫大なものだということを、忘れちゃいけないよーーーまったく莫大な金額だ」 彼女は反抗的にその言葉をさえぎった。 術 「世の中には、お金よりも大切なものがあってよ」 「確かにある , 力をこめて彼は認めた。「それは、まさしく、ぼくが言おうとしていたことなん降 だ。考えてみたまえーーあの女性は母親、それも一粒種の子供を失った母親なんだ。もしきみが後 本当は病気なんかじゃなくて、たんなる気の迷いだとしたらーー金持ち女の気まぐれをこばむの ま、 ー > いが、自分の子供の姿を最後に一目見たいという母親をこばめるかい ? ー

6. クリスチィ短編全集1

夫人は、さっと子供を腕の中に抱えあげた。するとカーテンの奥から、長く尾をひいた、激し い苦悶の叫びが聞こえてきた。 「シモーヌ ! 」ラウールは叫んだ。「シモーヌ ! 」 彼はマダム・エクスが自分のかたわらを走り抜け、ドアの鍵をあけ、階段を駆けおりて行くの をぼんやりと意識した。 カーテンの奥からは、まだぞっとするような、かん高い、長く引きのばした絶叫ーーラウール が、かって耳にしたこともないような悲鳴が聞こえていた。その悲鳴はやがて、ごぼごぼとのど を鳴らすような無気味な音に変わって、止んでしまった。それから、どさっとからだの倒れる音 ラウールは繩目から脱け出そうと、がむしやらにもがいた。夢中であばれ回って、彼は不可能 事をなしとげ、満身の力をこめてぶつつりとロープを切った。やっきとなって立ち上がろうとし ていると、エリーズが「マダム ! 」と叫びながら駆けこんできた。 「シモーヌ ! 」ラウールは叫んだ。 ニ人は同時に駆けより、カーテンを引いた。 ラウールは思わずうしろによろめいた。 「おお、神さま ! 」とつぶやいた。「赤いーーー赤一色だ : ・・ : 」 かたわらで聞こえるエリーズの声は、かすれて、ふるえていた。 「では、マダムは亡くなられた。終わってしまった。でも、ムッシュー、なにが起こったので 273 最後の降霊術

7. クリスチィ短編全集1

彼女はじっと前方をみつめた。ラウールはやさしくその肩に腕をまわした。 「ねえ、きみ、そんなことに負けちゃいけないよ。緊張なんだよ、シモーヌ、霊媒としての生活 から生まれる緊張なんだ。きみに必要なのは休息ーーー休息と安静だよ」 彼女は感謝するように彼をみつめた。 「ええ、ラウール、そのとおりよ。わたくしに必要なのは休息と安静だわ」 彼女は目を閉じ、彼の腕にちょっともたれかかった。 「それに幸福もね」ラウールがその耳にささやいた。 彼の腕はシモーヌを抱きしめた。彼女は目を閉じたまま、深く息をついた。 「ええ、あなたの腕に抱かれているときは、安心するの。自分の生活ーー霊媒のつらい生活を忘 れるのよ。よくご存知でしよう、ラウール、でも、あなたでさえ、その意味を全部は知らないの よ」 彼の腕の中で、彼女のからだがこわばるのが感じられた。シモーヌはふたたび目を開いて前方 をみつめた。 「小さな部屋の暗闇の中にすわって待っているとき、暗黒は恐ろしいものなのよ、ラウール、空術 虚な、虚無の暗黒。故意に自分をその中に没入させるのよ。その後では何もわからないし、何も降 感じないけれど、最後に苦痛をともなった、ゆっくりした回復がはじまって、眠りからの目覚め後 がやってくるの。でもとても疲れてーーーへとへとに疲れきっているのよ」 「わかるよラウールはつぶやいた。「わかるよ」

8. クリスチィ短編全集1

「ところが実際にはそれとは、まったく逆のことをきみにもたらしてくれた。彼はそっけなく言 った。「降霊術は毎回大成功をおさめた少女アメリーの霊は、すぐにきみに乗り移れたし、具 象化した霊魂は、まったく真に迫っていた。本当にこの前のときなんか、ロシェ教授に立ち会っ てもらいたいくらいだったな , 「具象化した霊魂」シモーヌは低い声で言った。「ねえ、話してくださいな、ラウール ( 失神状 態にある間は、何が起こったのか、わたくしには全然わからないことをご存知でしよう ) 、その具 象化は本当にそんなにすばらしいものだったの ? 彼は、意気ごんでうなずいた。 もや 「初めの一「三回では、子供の姿はぼんやりとした靄のように見えた。しかし、この前の降霊会 では 「どうだったの ? 彼はとてもやさしく言った。 「シモーヌ、あそこに立っていたのは、血と肉をもった、本当の生きている子供だったんだ。ぼ だがさわられることは、きみにとってひどい苦痛らしい。それでぼくは、術 くはさわってもみた マダム・エクスに同じことを許さなかった。彼女は自制心を失って、何かきみに危害のおよぶ結降 後 果になるかもしれないと思ったんだよ」 最 シモーヌは、また窓ぎわに行った。 「目が覚めたときは、わたくし消耗しきっていたわ。ラウール、あなた・・・・ー・あなた、こうしたこ

9. クリスチィ短編全集1

ル・ポン・デュ 】 0 bon D 一。 u ( 神 ) にそむくことだし、誰かがその罰を受けなければなりますまい」 ラウールは椅子から立ち上がり、彼女のそばに近づくと、その肩をたたいた。 「まあおちつけよ、エリーズ」と微笑しながら言う。「ほら、いいニュースを教えよう。きよう は降霊会の最後の日だ。今後はもう、いっさいやらないのさ」 「では、きよう一度はやるのですね ? 」老婆はうさんくさそうにたずねた。 「最後のさ、エリーズ、最後のだ , エリーズはやるせなさそうに頭をふった。 と一一一一口いかける。 「マダムはお加減がよくなくて しかしその言葉は中断された。ドアが開いて、背の高い、金髪の女性がはいって来たのだ。ほ っそりした優雅な婦人で、ポッテイチェリ描くところの聖母マリアのような顔をしている。ラウ ールの顔がばっと明るくなった。エリーズは素早く気をきかしてひきさがってしまう。 「シモーヌー 彼女のすんなりした白い手を双方とも手にとって、彼は代わるがわるキスした。シモーヌはっ ぶやくように、そっと彼の名を言った。 「ラウーレ、、 ノ > としいひと」 彼はもう一度その手にキスしてから、じっと彼女の顔に見入った。 「シモーヌ、なんて青い顔をしているんだ ! エリーズがきみは休んでいると教えてくれたが、 病気じゃないのかい、きみ ? 」 5 最後の降霊術

10. クリスチィ短編全集1

「いいえ、病気ではないわ・・・・ーー」彼女はロごもった。 彼はシモーヌをソフアへ連れて行き、ならんで腰をおろした。 「では、話してごらん」 霊媒は、かすかにほほえんだ。 「あなたは、わたくしをばかだとお思いになるわ」とつぶやくように言う。 「ぼくが ? きみをばかだと思うって ? とんでもないよ」 彼女はラウールの手の中から、自分の手を引っこめた。しばしのあいだ絨毯をみつめながら、 まったくひっそりとすわっていたが、やがて低い早ロで言った。 「わたくしこわいのよ、ラウール 一、二分のあいだ、彼女があとをつづけるものと思って待っていたが、その気配がないので、 彼はカづけるように言った。 「そう、何がこわいの ? 」 「ただこわいのーー・・それだけ」 「でもーー」 彼は当惑してシモーヌを眺めたが、彼女はすぐにそれを察して答えた。 「ええ、ほんとにばからしいわね。でも、わたくし、そう感じるのよ。こわい、ただ、それだけ なのよ、何がこわいのか、なぜなのかわからないけれど、いつも何か恐ろしいことが起こるとい う予感にとりつかれているのーー・・何か恐ろしいことがわたくしの身に起こるのだわ : : : 」