彼はそれぞれの手紙を一通ずつ読むと、それからまた一番上のにもどって、もう一度読み返し た。それからまた注意してたばねた。 それはロメイン・ハイルガーの書いたラブレターだったが、受け取った相手の男はレナード・ ヴォールではなかった。一番上の手紙は、レナード・ヴォールが逮捕された日の日付になってい る。 「あたしの言ったことはほんとうだろうが、え、だんな ? , 女は鼻をならした。「あの女は、こ たえるだろうね、その手紙はさ ? メイハーン氏は手紙をポケットにおさめてから、一つ質問をした。 「どうやってこの手紙を手に入れたのかね ? 」 「それを話したら秘密がばれちまうよ」女は横目を使いながら言った。「でも、あたしや、もっ と知っているよ。あのあばずれが法廷でなんと言ったか聞いたがね。あの女が家にいたと言った 時刻の十時二十分に、どこにいたか突きとめてみるんだね。ライオン街の映画館できいてごらん。 覚えているだろうよーーーきれいなすらっとした女をさ いまいましい女だよ ! 」 「相手の男は誰だね ! ーメイハーン氏がきいた。「洗礼名しか書いてないが , 女の声はあいまいになり、しわがれてきて、手を握ったり、開いたりしている。最後に片手を 顔にあてた。 「あたしをこんな目に会わせたのはその男だよ。もう何年も前のことさ。あの女は、あたしから その男をとったーー・・そのころは小娘だったね。あたしがあの男を追っかけて責めたらーーあいっ あま
たあ、気にするにはおよばないよ。だんなの知ったこっちゃないからね。これは、大向こうをう ならせるよ。でも二百ポンドもらいたいね」 メイハーン氏は冷やかに女を眺め、腹を決めた。 「十ポンドやる。それ以上はごめんだ。それも、手紙が、あんたのいうような内容だった場合に 限るよ 「十ポンドだって ? ー女は金切り声をあげ、わめきちらした。 「二十ポンド , とメイハーン氏。「かけ値なしだ」 彼は立ち去るそぶりで、やおら腰を上げた。それからじっと相手の顔を注視しながら財布を引 き出し、一ポンド紙幣を二十枚かぞえる。 「そら、手持ちはこれで全部だ。これをとるか、よすか、勝手にしなさい」 しかし、金を見ただけで女の心がひどく動いていることは、すでにわかっていた。ぶつぶつぼ ゃいたり、わめいたりしていたが、とうとう女は折れた。そしてべッドに行き、ぼろぼろのマッ ・・一・トレスの下から何かを引き出した。 「そら、これだよ、ちくしようめ ! 」女はうなった。「おまえさんほしいのは、一番上にある人 の よ」 女が投げてよこしたのは手紙の束で、メイハーン氏はそれをほどくと、いつもの冷静な、儿帳察 面な態度で仔細に調べた。女は息ごんで彼をみつめていたが、弁護士の無表情な顔からは、なん の反応も読みとれなかった。
あてた。きいてみると、モグソン夫人の部屋は四階だ 0 た。その部屋のドアをノックしたが、返 事がなかったので、もう一度ノックする。 二度目のノックに答えて、部屋の中から足をひきずってのろのろ歩く音が聞こえ、ほどなくド アが用心深く半インチほど開いて、腰の曲がった人影がのそいた。 突然、女は、というのは、それが女だったからだが、くすくす笑いながら、ドアを広く開けた。 「すると、あんた、おいでなさったんだね」女はぜいぜい息をきらしながら言った。「誰もいっ しよじゃないだろうね ? へんな真似はしないだろうね ? いいとも。はいっていいよ , ーー・はい んなー 多少気おくれしながら、弁護士はしきいをまたいで、ガス灯がゆらめく汚ない小部屋 ( はいっ た。隅にはだらしのない、寝散らかしたままのべッドが一つ、それに質素な松板のテープルが一 っと、ぐらぐらする椅子が二脚ある。初めてメイハーン氏は、この不愉快な部屋の住人を、とっ くりと眺めた。それは腰の曲がった中年の女で、ばさばさ乱れた灰色の髪にスカーフが、顔のま わりにびったり巻きついている。女は弁護士がスカーフを眺めているのに気づくと、ふたたび前 人 と同じ奇妙な、抑揚のない含み笑いを洩らした。 「あたしが、なんで自分の美貌を隠しているのか、ふしぎがっておいでだね、え ? ヒヒヒ。だ んなを誘惑するんじゃないかと、それがこわいのかえ ? でも見せてあげよう、ーー見せてあげる察 ってば」 女はスカーフをとりのけた。弁護士はほとんど形をなさない、真紅ににじんだ傷跡を見て、思
わずあとずさった。女はふたたびスカーフを元にもどした。 「じゃあ、おまえさんはあたしにキスしたくないのかえ ? ヒヒ、むりもないさ。でも前にや、 ・ヘっぴん これでも別嬪だったのさーーそれもおまえさんが思ってるほど昔のことじゃないよ。硫酸さ、だ んな、硫酸がこうしちまったんだ。ああ ! でもあたしや、やつらに仕返ししてやるよーー」 女は堰をきったように、とうとうと汚ない言葉をまくしたてた。メイハーン氏はとめようとし たものの、その甲斐もなかった。やがて女はロをつぐむと、神経質に両手を握ったり開いたりし こ 0 「もうたくさんだ , 弁護士はきびしく言った。「わたしがここ〈来たのは、わたしの依頼人レナ ード・ヴォールの嫌疑をはらす情報をあんたから与えてもらえると信じたからだ。本当かね ? 」 女は、ずるそうに横目で彼を見た。 「お宝のほうは、だんな ? 」と、のどをぜいぜいさせながら言う。「二百ポンドだよ、覚えてお いでだろう ? 」 「証言をするのはあんたの義務なんだ。そうするように裁判所に召喚することだってできるの 「そうは問屋がおろさないよ。あたしや年寄りで、何も知らないからねえ。でも、だんながニ百 ポンドくれれば、たぶんヒントの一つや二つはあげられるだろうよ。どうなの ? 」 「どんなヒントかね ? 」 「手紙なんかはどうだね ? あの女からの手紙だよ。どうやってあたしが手に入れたかなんてこ せき
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「お気の毒に , 彼女は笑いだした。 「わたしは今でもそう信じていますよ」弁護士は言葉を結んだ。「失礼します、奥さん」 , 彼女の驚いた顔を脳裏にきざみながら、彼は部屋を出た。道を歩きながらメイハーン氏は、こ れはむずかしい事件になりそうだなとひとりごちた。 あらゆることが、けたはすれだった。けたはずれの女。危険きわまりない女。恨みを抱いたと きの女は悪魔だ。 どうしたらよいものか ? あのみじめな青年は、自分の証言を裏づけてくれる妻さえいないの だ。もちろん、彼があの犯罪をおかしたということもありうるが : 「いやーメイハーン氏は独白した。「いやーーー彼に不利な証拠があまりにも多すぎる。わたしは あの女を信じない。つくり話をでっちあげたのだ。しかし、まさか法廷に持ち出すことはあるま その点について、もっと確信が持てればよいがと彼は思った。 警察裁判所の弁論は、短く劇的だった。検察側の主たる証人は、死んだ夫人の女中、ジャネッ ト・マッケンジーと、刑事被告人の情婦、オーストリア国籍のロメイン・ハイルガー メイハーン氏は法廷にすわって、ロメインの語る、のつびきならない陳述に耳を傾けていた。 それはあの会見のおり、彼女がメイハーン氏に言った方針どおりだった。 被告は抗弁を保留し、公判に付されることになった。
「こんだくぼみ ) カその一方の端にある。 似ているが、大きな肘かけ椅子をおいた壁のアルコーブ ( 床の間ようにひ : アルコープにはずっしりした黒いビロードのカーテンがかかって仕切れるようになっている。工 リーズは部屋の仕度に忙しかった。彼女はアルコープの近くに、椅子を二つと小さな丸テープル をすえた。テープルの上にはタンバリンが一つ、角笛が一つ、紙と鉛筆が少々のっている。 「最後の会ですね、エリーズは、薄気味悪い満足の色を表わしてつぶやいた。「ああ、ムッシュ 、もうすんでしまっていたらよろしいのに」 鋭いベルの音が鳴りひびいた。 「あの女が来ましたよ、男まさりの女が、年老いた召使は言葉をつづけた。「なぜあの女は教会 へ行って亡くなった子供さんの魂にまともにお祈りをし、聖母さまにローソクの一本も捧げない のでしよう ? わたしたちにとって何が一番いいか、神様はちゃんとご存知じゃありませんか ? 」 「取次ぎに出なさい、エリーズ」ラウールはきつばりと言った。 エリーズは彼を一瞥したが、その言葉には従った。そしてまもなく訪問客を案内してもどって 来た。 「あなたのおいでを伝えてまいりますから、マダム」 ラウールは前に進み出て、マダム・エクスと握手した。シモーヌの言葉が、彼の記憶によみが降 後 える。 最 ″とても大きくて、黒ずくめで〃 彼女は実際、大女で、フランス式の重々しい黒の喪服が、彼女の場合には、大げさとさえ言え
は、あのいまいましい物を投げつけやがった ! そしてあの女は笑ったんだよーーーちくしようめ あたしや、それ以来、あの女に復讐しようと思ってたんだ。あとをつけて、ス。ハイしたよ。 今度こそとつつかまえた ! あの女はこれで痛い目に会うのさ、そうだろう、弁護士のだんな ? 痛い目にね ? 」 「たぶん、偽証罪で一定期間の禁固を宣告されるだろうな」メイハーン氏は静かに言った。 「豚箱にねーーーそれこそあたしの念願なんだ。もうお帰りかい ? あたしのお金は ? お金はど こにあるのさ ? 無言のままメイハーン氏は、テーブルの上に紙幣をおいた。それから深く息をつくと、きびす を返し、むさくるしい部屋を出た。ふり返ってみると、女は金の上にかぶさるようにして、小声 で歌を口ずさんでいる。 メイハーン氏は時間をむだにしなかった。難なくライオン街の映画館をみつけ、受付にロメイ ン・ハイルガーの写真を示すと、すぐに彼女を見分けた。彼女は問題の夜、十時少しすぎに男と いっしょに映画館に来たのだ。受付の男は、連れのほうには特別気をつけなかったが、婦人のほ うは上映中の映画のことをきいたので、それで覚えているという。ニ人はほぼ一時間後、映画が の 終わるまで、館内にいた。 メイハーン氏は満足だった。ロメイン・ハイルガーの証言は、初めから終わりまで嘘の連続だ察 ったのだ。彼女は激しい憎悪の念から、嘘をでっちあげたのだ。その憎悪の背後にあるものを、 果たして知るときがくるだろうかと、弁護士は考えた。レナード・ヴォールは彼女に何をしたの
弁護士はじっと相手をみつめた。それから、ひどくゆっくりと鼻眼鏡を磨く無意識の癖をくり 返す。眼鏡をちゃんと鼻の上にかけ直してから、やっと口を開いた。 「ヴォール君、きみはミス・フレンチが、きみを第一位の遺産相続人に指定した遺書をのこして いることを、知らなかったというのですか ? 」 「なんですって ? 」被告はとび上がった。その狼狽ぶりは、はた目にも明らかだったし、また、 ごく自然でもあった。 「おお、神さま ! なんとおっしゃいました ? 彼女がぼくに財産をのこしたんですって ? 」 メイハーン氏は、おもむろにうなずいた。ヴォールは両手で頭をかかえてすわりこんでしまっ こ 0 「その遺書について、きみは何も知らないととぼけるんですか ? 」 「とぼけるですって ? とぼけるなんて、とんでもない。そんなこと、まったく知らなかったん です」 「きみは知っていたと女中のジャネット・マッケンジーが断言しているとお話ししたら、なんと 答えますね ? 彼女の女主人は、この件についてきみに相談し、その意向を話してあると、はっ きり女中に告げたそうですよ」 「なんと答えるか、ですって ? 女中は嘘をついているんだ ! いや、これは言いすぎました。 ねた ジャネットは年寄りです。女主人の忠実な番犬で、ぼくを嫌っていました。妬み深くて猜疑心が 強いんです。ミス・フレンチは、自分の意向をジャネットに打ち明け、ジャネットが女主人の言 ろう . ば、
女は疑わしそうに彼を見、エプロンで手を拭うと名刺を受けとった。それから、彼の鼻先でド アをしめて、外の階段の上に彼をおき去りにした。 いささか態度を変えていた。 しかし数分後にもどってきたときには、 「どうぞおはいりになって」 彼女はちっぽけな応接間に案内した。壁の絵の品さだめをしていたメイハーン氏は、突然、背 の高い、青白い顔の女と顔を合わせてぎよっとした。あまり静かにはいって来たので、足音が聞 こえなかったのだ。 「メイハーンさまですか ? 夫の弁護士さんですわね ? あのひとのところからいらしたのです カ ? どうそおカけを 、、こなりません 2 話し出すまで、彼は夫人がイギリス人でないということに気づかなかった。ところが、もっと 仔紐に観察してみると、菱い頬骨、濃い暗青色の髪、折り折りの、明らかに外国風なごくかすか な手の動きに気がついた。ひどくもの静かな、奇妙な女だ。あまりに静かなので、居心地が悪く なるくらいだった。最初からメイハーン氏は、自分には理解できないものと相対していることを 人 意識した。 証 の 「さっそくですが、ヴォール夫人ーとロ火を切った。「力を落としてはいけませんよ 側 そこでロをつぐんだ。明らかにロメイン・ヴォールには、いささかでも力を落とすような気配察 などなかったのだ。まったく冷静で、落ちついている。 「どうぞ、話していただけませんか ? わたしは一から十まで知らなくてはなりません。わたし