思っ - みる会図書館


検索対象: クリスチィ短編全集1
303件見つかりました。

1. クリスチィ短編全集1

わずあとずさった。女はふたたびスカーフを元にもどした。 「じゃあ、おまえさんはあたしにキスしたくないのかえ ? ヒヒ、むりもないさ。でも前にや、 ・ヘっぴん これでも別嬪だったのさーーそれもおまえさんが思ってるほど昔のことじゃないよ。硫酸さ、だ んな、硫酸がこうしちまったんだ。ああ ! でもあたしや、やつらに仕返ししてやるよーー」 女は堰をきったように、とうとうと汚ない言葉をまくしたてた。メイハーン氏はとめようとし たものの、その甲斐もなかった。やがて女はロをつぐむと、神経質に両手を握ったり開いたりし こ 0 「もうたくさんだ , 弁護士はきびしく言った。「わたしがここ〈来たのは、わたしの依頼人レナ ード・ヴォールの嫌疑をはらす情報をあんたから与えてもらえると信じたからだ。本当かね ? 」 女は、ずるそうに横目で彼を見た。 「お宝のほうは、だんな ? 」と、のどをぜいぜいさせながら言う。「二百ポンドだよ、覚えてお いでだろう ? 」 「証言をするのはあんたの義務なんだ。そうするように裁判所に召喚することだってできるの 「そうは問屋がおろさないよ。あたしや年寄りで、何も知らないからねえ。でも、だんながニ百 ポンドくれれば、たぶんヒントの一つや二つはあげられるだろうよ。どうなの ? 」 「どんなヒントかね ? 」 「手紙なんかはどうだね ? あの女からの手紙だよ。どうやってあたしが手に入れたかなんてこ せき

2. クリスチィ短編全集1

持ってきて、もしお嬢さんが許してくだされば、ヘザー荘でその青い壺といっしょに一夜をすご すのだ」 ジャックは鳥肌立つのをおぼえた。 「どんなことが起こると思います ? 」と不安そうにきいた。 「かいもく見当がっかないーー・しかし正直な話、この謎を解決し、幽霊が出ないようにできると 思うよ。壺が上げ底になっていて、その中に何か隠してあるということも、充分あり得ることだ。 もしなんの現象も起こらなければ、われわれが何か工夫しなければならないがー フェリーズは手をたたいた。 「すばらしい思いっきだわ」と叫んだ。 その目は熱をおびて輝いている。ジャックのほうはそれほど気が進まなかったーーー実のところ、 内心ではひどくおじけづいていたのだが、フェリーズの前では、彼は断固としてその事実を認め ようとはしなかったろう。医者はまるで自分の提案が、この世で一番当然しごくなことであるか のように振舞っていた。 「いっ壺を持ってこられるの ? 」フェリーズはジャックのほうに向いてたずねた。 「あす」青年はしぶしぶ言った。 こうなっては今さらあとにはひけない。しかし、毎朝自分につきまとっているあの救いを求め る狂乱の叫びの記憶には、容赦なく心をえぐられるようなところがあったし、それにまた、もっ とましな考えも思いっかなかった。 マドモアゼル

3. クリスチィ短編全集1

ックルウッドに住んでいることを知ったのです。ぼくはしばらくのあいだ、彼女と話をしました。 ぼくの考えでは、あのひとは突然、しかも激しく誰かを好きになる老婦人だったようです。あの 場合なら、誰だってそうしたはずの、きわめてささいな行為のせいで、ぼくを気に入ってしまっ たんですね。別れぎわに、彼女はねんごろにぼくの手を握り、自分の家に遊びにくるようにと言 いました。もちろんぼくは喜んでそうすると答えましたが、彼女は日どりを決めろとせきたてる のです。格別、行きたくもありませんでしたが、拒むのも失礼だろうと思って、次の土曜日に決 めたのです。彼女が去ったあとで、ぼくは友人たちから、その婦人のことを少々教えてもらいま した。女中との二人暮らしをしている金持ちの変人で、すくなくも八匹、猫を飼っているという ようなことでした」 「なるほど」メイハーン氏が言った。「彼女が裕福だということは、そんなに早く話題にのぼっ たのですか ? 」 「ぼくのほうから質問したとおっしやるならーーーこレナード・ヴォールはかっとして言いかけた が、メイハーン氏は身ぶりで彼をなだめた。 「わたしは検察側の立場に立って、一応この事件を考察しなければならんのです。ふつうの目で 見れば、ミス・フレンチは裕福な婦人とは思われんでしよう。彼女は貧しい、ほとんどみすぼら しいほどの暮らしをしていた。実はその反対なのだと教えられないかぎり、あなたは、十中八九、 とにかく、最初のうちはね。そも 彼女を貧しい境遇の婦人と考えるのが当然だったでしよう そも、彼女が裕福だとあなたに話したのは、誰なんです ? 」

4. クリスチィ短編全集1

一番外側の円が司祭のためのものです」 「それで中心には ? 」 彼女は激しく息をついた。その声は、いうにいわれぬ畏怖の念に、低く小さくなった。 「水晶の殿掌ーーー」 そう言いながら、彼女は、右の手を額にあて、指で何かの形を描いた。 目を閉じたそのからだは、しだいに強直していくように見え、かすかに揺れている。すると突 然、まるで目が覚めたみたいに、さっと上体を起こした。 「どうしたのです ? 」彼女はとほうに暮れたようにたずねた。「わたしは何をしゃべっていたの 「なんでもありませんよーローズが言った。・「疲れておられるようです。お休みになりたいので しよう。われわれはおいとまします」 わたしたちが家を出たときも、彼女はいささか呆然としているようすであった。 「ところで、どう思います ? , 外に出ると、ローズ医師がたずねた。 彼は鋭くちらっと横目でわたしをうかがった。 「まったく精神が錯乱しているようですね . わたしはゆっくりと言った。 「そうお感じになったのですか ? 」 「いやーー実際問題として、あのひとはーーそう、奇妙なほどの確信を抱いています。あのひと の話を聞いていると、本当にその主張どおり、何かとほうもない奇跡をやってのけたのだ、とい 315 死の猟大

5. クリスチィ短編全集1

がビアノを習っていることを ? ″ わたしは知りませんでした。そのことを聞いて、まったく驚きました。フェ丿ノー ビア ノを習うとは ! 楽譜一つ、見分けることもできないだろうと、あやうく言うところでした。 ″彼女には才能があるそうですよ〃ミス・スレイターは言葉をつづけました。″わたしには理解 できませんけれど。わたしはいつもあの子を・ーーまあ、ラウール、あなたは知っていましたわね、 あの子はいつもばかな子でしたもの″ わたしはうなずきました。 ″ときどき、ひどく態度がおかしくなるんですよーーー本当にどう考えたらいいのかしら″ サル・ド・レクチュール 数分後、わたしは SaIIe de Lecture ) 〈はい 0 て行きました。フ = リシーはピアノを弾い ていました。パリで聞いた、アネットの歌ったアリアを弾いていたのです。わたしがひどくぎよ っとしたのも、おわかりいただけるでしよう。足音を聞きつけて、彼女は急にピアノを弾くのを やめ、わたしのほうを見ましたが、その目は嘲笑と知性にみちていたのです。一瞬わたしは まあ、わたしが何を思ったか申しますまい。 ″あら ! 〃彼女は言いました。″ あなたなのーーームシュー ・ラウール / 彼女のその言い方を、わたしはロで説明することができません。アネットにとっては、わたし はいつでも、ただのラウールでした。しかしおとなになって会ってからは、フェリシーはいつも わたしをムシュー ・ラウールと呼んだのです。しかしそのときの彼女の言い方は、いづもとちが ムシュ っていました monsieur という言葉をかすかに強調したような、どこかひどく興じているよ

6. クリスチィ短編全集1

「人殺しーーー助けて ! 人殺し ! , 娘はくり返した。「誰かがあなたをからかったのよ、ムッシ こんな所で、人が殺されるわけがないでしよう ? 」 ージャックはとほうにくれ、庭の小道の上で死体が見つかるのではないかと思って、あたりを見 回した。自分の聞いた悲鳴が本物であり、空耳ではないということには、今なお完全に確信があ った。彼は家の窓々を見上げた。すべてが静かで平和そうに見える。 「わたしたちの家を捜したいの ? 」娘は冷やかにたずねた。 娘の口調は懐疑の色を如実に示していたので、ジャックの困惑の度はいやますばかりだった。 彼は顔をそむけて言った。 「失礼しました。きっと森のもっと上のほうから聞こえてきたのでしよう 帽子をあげてあいさっすると、退却した。肩ごしにちらりとふりかえると、娘はふたたびおち ついて草とりを始めていた。 しばらくの間、彼は森の中をさがしまわったが、異常なことが起こったようなしるしは何一つ 見つからなかった。しかし依然として、あの叫びを実際に聞いたものと確信していた。とうとう 彼は捜索をあきらめ、あたふたとホテルに帰ると朝食をかきこみ、いつもどおり発車前一、二秒 というきわどさで、八時四十六分の列車をつかまえた。列車の中に腰をおろすと、ジャックは少 少、良心の呵責を感じた。自分の耳にしたことを、時を移さず警察に報告すべきではなかった か ? 彼がそうしなかったのは、もつばらあのスミレ娘の不信のせいである。明らかに彼女は、 ジャックが嘘をついているものと考えていたーーーもしかすると、警察もそう思ったかもしれない。 そらみみ

7. クリスチィ短編全集1

のは何一つ置かずに : : 。だが、それでさえ、四方に家があってはぐあいが悪いのだ。わたしが ほしいのは、どこか広々とした土地で、そこでなら息がつけるようなーーー・ー彼はセルドンを見や った。「さあ、きみはどう思う ? 説明できるかね ? 」 「ふむ」とセルドンは言った。「説明はたくさんある。きみが催眠術にかけられたか、それとも 自己催眠をかけるかした。そうも説明できるし、きみの神経がおかしくなった場合もあるし、そ れとも、ただの夢かもしれない」 ヘイマーは頭をふった 9 「その説明はどれも当てはまらないなー 「ほかにもある」セルドンはゆっくりと言った。「しかし、一般には認められていないがね」 「きみは、それを認める気があるのかね ? 「だいたいのところはイエスだ ! 世の中には、われわれに理解できないことで、おそらく、ふ つうじゃ説明不能のことがたくさんあるよ。原因を突きとめなければならないものは、まだまだ ある。だから、ぼくとしては、偏見を持たぬよう心がけているんだ , 「わたしはどうしたらいいと思うね ? ーしばらくの沈黙の後で、ヘイマーが言った。 セルドンはきびきびと前にからだをのり出した。 「いくつかあるが、その一つは、ロンドンを離れて、きみの言う、広々とした土地を捜すんだね。 そしたら夢はおさまるかもしれない」 「それはできない , ヘイマーは急いで言った。「あの夢なしでは暮らせなくなってしまったんだ。

8. クリスチィ短編全集1

っしょにシスター・マリー・アンジェリッ 次の日の午後、約東どおりわたしは医師と会い、い クのもとへ行った。彼は、きようはひどく愛想がよく、前日自分の与えた印象を、しきりに拭い 去ろうとしたがっているようだった。 オカルト・サイエンス 「わたしの言ったことを、あまり本気にしてはいけませんよ。彼は笑いながら言った。「神秘学 をかじっていると思われたくありませんのでね。わたしの一番悪いところは、症状をつきとめる のに夢中になってしまう点なのです【 「ほう、そうですか ? 」 「そうなんです。症状がとっぴなほど、わたしの気に入るんですよー 彼は、おかしな趣味を自嘲するような笑い声をたてた。 わたしたちが家に着くと、看護婦は何かローズ医師に相談したいことがあるらしく、わたしは シスター・マリー・アンジェリックと二人だけとり残された。彼女は探るようにしげしげとわた しを見つめていたが、やがて口を開いた。 「あなたは、わたしがベルギーからこちらへ来たとき、とても親切にしてくださった。あの大き なお屋敷の奥さまのお身内だそうですね。ここの親切な看護婦さんが、そう話してくれましたけ 「ええ、そうです」

9. クリスチィ短編全集1

で、医学的見地からみて、きっとたいへん興味深いんでしようよ。かわいそうに、あのひとはど こへも行く所がないのねーーーそしてこれはわたしの考えだけど、ほんとに気がふれてるのよ つまりそんな印象を受けたということだけどーーー・でもね、とにかく行き場所がないの。それでロ ーズ先生は、この村に住むところを世話してあげたんですよ。きっと、先生はあのひとについて、 論文か何か、お医者さんが書くようなものを書いているにちがいないわ」 姉はひと息いれてから、また言った。 「でも、あなた、あのひとのことを何か知っているの ? 」 「ちょっと奇妙な話を聞いたんだよー わたしはライアンから聞いた話を受け売りした。キティはひどく興味を持った。 「あのひとはあなたを吹きとばせそうなひとだわーーーこの意味がわかればね」 「どうやら、その若いご婦人に会わなくちゃならないような気がしてきたよ」わたしは、ますま す好奇心にかられた。 「そうしなさいよ。あなたがあのひとをどう思うか、知りたいわ。先にローズ先生に会うことね。 お茶の後で、村まで歩いて行ったらどう ? 」 わたしはそのすすめに従った。 わたしはローズ医師を自宅に訪ね、自己紹介した。彼は、愛想のない青年だったが、その人柄 には、何かしらわたしに不快を感じさせるようなところがあった。その感じは、わたしの気分に かなり影響をおよぼすほど、強かったのである。 9 死の猟大

10. クリスチィ短編全集1

情は薄らぐだろう。永遠にこういう苦痛を耐えていくわけにはいかないからだ。克服できるだろ それに、もし感づいたとして うーー・そうだ、克服するのだ。このぶんなら彼女は感づくまい も、彼女が気にするおそれはないのだ。クレアは彫像、金と象牙と薄桃色のサンゴでできた美し い彫像なのだ : : : 理想像であって、現実の女性ではないのだ : ・ クレア : : : その名を思うだけでも、彼の胸はひそかに痛んだ。この感情に打ち勝たなければな らない。前にも女を愛したことはあった : : : 「しかし、これとはちがう ! ー何かがそう告げてい た。「これとはちがうーそのとおりだった。以前には危険がっきまとっていなかった・ーーー確かに 胸の痛みはあった。しかし危険は存在しなかったのだ。赤信号のつく危険ではなかった。何か別 のものだったのだ。 彼はテープルのまわりを見まわし、初めてこれがいささか異例な小集会であることに気づいた。 たとえば、こういった小さな、形式ばらないタ食会には、伯父はめったに出席したことがない。 トレント夫妻は、まるで昔からの友人ではないみたいなのだ。今晩までダーモットは、伯父が多 少なりとも夫妻と面識があるとは知らなかったのだ。 セイアーンス なるほど、口実はある。晩餐のあとで、いささか評判のよくない霊媒が、降霊術の会をもよお しにやって来るのだ。アーリントン卿は心霊論に軽く興味を持ったようなふうを装っている。そ う、確かにこれが口実なのだ。 その言葉が否応なしに彼の注意をひきつけた。口実。降霊術の会は晩餐に精神病医の立会いを わざとらしく思わせないための、ただの口実なのだろうか ? もしそうだとしたら、伯父がここ