113 しゃな指を突っこんで一枚の紙を取りだした。「どこでこんなもの手に入れた ? 」 「盗んだんですよ」 「盗んだと ! 」 「それには話があるんです」エラリイが肩をすくめてみせた。「どうも・ほくは、お父さん、道徳 的に急速に堕落してますよ。まことになけかわしいことで : : : カ 1 クと・ほくがあの事務室に七時 十五分に着いた時、ほんの数分前に出て行ったマクゴアンが置いていったという手紙をオズボ 1 ンがカークに手渡しました。カークがそれを読んだ時、へんな顔をしたように思えたんです。カ へ突っ一」んだその後、あの死者をぼくたちがみつけたわけですー 1 クがその手紙をポケット 「そう、それで ? 」 「あとで、夕食の前、ぼくはカークにあの手紙を見せてくれと頼んだんですが、カ 1 クはそれを 拒否しました。彼とマクゴアンとの間のある内々のことで、マクゴアンは彼の親友であるのとい っしょに近く義弟になるはずだからというんです。さてそれからですよ、ひどく怒ったカーク博 士にぼくが退去を命しられている興奮の最中、ぼくはわざと上等ワインを若いカーク氏の服にこ ・ほしましてね。いや、まんまと彼のポケットから例の封筒をちょうだいしたというわけですよ。 どう思いますね、お父さん ? 」 その手紙にはこうあった ・ほくにはもうわかっている。きみは危険な人物と取引きをしている。きみと二人きりで話 し合おう。あまりくよくよするな。ドナルド、よくよく用心しろ。
246 を渡って乗りこんで来た唯一の目的はドナルド・カークを最後の、一ドルまでし・ほりにし・ほってや ろうということです。それからのことはすでに明らかなとおりですよ。気の毒にカークはうまく ひっかかりました : : : 」 「マクゴアンももちろんだね」老警視は憂うっそうにいナ 「そのとおりです。一方、マ 1 セラは若さのカで元気を取り戻してました。誰一人彼女のことを あやしむ者もない。彼女自身もこのひどい悲しい事件のことをほとんど忘れていたくらい。そこ へ、カークの親友マクゴアンがカ 1 クに美しい成育した妹があることをあらためて発見したとい リューズが現われてカ 1 ク うわけです。やがてロマンスへ発展して、婚約となる。次の場面 がのつびきならないはめになる」 「マーセラ・カ 1 クはそのことに気づかなかったのだろうかね ? 」 「・ほくの知ってる限りでは露ほども気づいてはいませんでしたね。例の手紙の内容から判断する と、マ 1 セラは妊娠当時からどうやら恥と良心の重圧で少々おかしくなっていたようです。カ 1 クはまたここで面倒を起したのでは、こんどこそマーセラを完全にだめにしてしまうと思ったん でしよう。それにまたマクゴアンが清教徒的精神の男で、たいそうお堅い家系の出身ですから、 それこそかけらほどの醜聞が出てもみんなから婚約破棄を強制されたことでしよう。かわいそう にカークは八方ふさがりといった有様でした」 「では、カークがシウエルに与えた宝石類は ? 「ゆすりですよ。女としては最初から望んでいたわけではなかったでしようが、何によらずうま くやったわけですね。悪い話じゃないし、何しろ女は宝石にかけては専門の詐欺師ときてるし、 おそらくアムステルダムあたりの宝石故買者とも連絡があったのでしよう : : : カ 1 クとしては仕 っこ 0
登場人物 ヒュー・カーク・・ ドナルド・カーク・・・ マーセラ・カーク・・ グレン・マクゴアン・・ ジェイムズ・オズボーン・・ フェリックス・バーン・・ ショー・テンプル・ アイリン・リューズ・・ ミス・・ディ′ヾシー シェーン夫人・・ プラマー プラウティ・・ トマス・ヴェリー ジューナ・ 工ラリイ・クイーン・・ リチャード・クイーン・・ ・・ヒューの息子。出版社の経営者。 切手と宝石の収集家 ・ドナルドの妹 ・・マーセラの婚約者 ・ドナルドの助手 ・・ドナルドの共同経営者 ・・・作家 ・・・旅行家 ・・・看護婦 ・・・・執事兼従僕 ・・ホテルの事務員 ・・ホテルの支配人 ・・ホテル付きの探偵 ・・・検死官補 ・・・部長刑事 ・・クイーン家の召使い ・・・犯罪研究家 ・・・エラリイの父。警視
ますからね。これについてのあなたのご意見は ? 」 「抵抗の目ざめですかね . とエラリイはくすくす笑った。「またまた見当違いですな。きみのよ うな人の言葉 : : : 長い犯罪生活の記録を持った女の言葉なんか、・ほくがこれらの書類をきみが持 っていたのを発見したと証言するとなったらまるで一顧の価値もなくなる。そしてまたカークだ って、きみがもうあの書類を持っていないとなったら、逆にきみがカ 1 クをゆすっていたと証言 するにきまってる。で : : : 」 「ああ」と女はほほえんで立ち上ると長い白い腕をのばして、「でも、彼はそんなことしないわ。 おわかりね、クイ 1 ンさん」 「抵抗さらに進展すですかね。きみをばかなどと非難したことをあやまる。つまりきみがいいた いのはこうなんだろうーーきみがあの書類を持っていようといまいと、カークはただきみに沈黙 を守っていてもらいたい、そしてもし逮捕とか裁判とかいったことにでもなったら、カークはき とね ? 」 みが公判廷においてすべてを物語ってしまうことを防止できない、 「あなたって頭がいいのね、クイーンさん」 「いやいや、からかっちゃいけないよ。もう少し反論させてもらいたいことがある」エラリイが すげなくいった。「もし公判廷でぎりぎりのところまでくれば、どっちみち話のいきさつは暴露 されてしまうにきまっている。そして暴露されることになれば、カ 1 クにはそれを防止する力は よい、となったらカークは容赦ない狂熱的な復讐心からきみに不利な証言をするに違いないし、 そうなるときみのそのすばらしい身体は鉄格子の向うへ追いやられることになる : : : あの不快き わまるアメリカ式鉄格子だ : : : 何年も何年も何年もね。どうだね、アイリン、この点きみの考え 3 よ ?.
172 「どこかの切手商かなにかからだった。忘れてしまったよ」 「うそっき」とエラリイはやさしくいって、煙草のマッチの火を手で囲んだ。 カークはいすに深く寄りかかって顔を赤くしていた。大男のマクゴアンは自分の友人からエラ リイへとじろじろ目を移していたーーー友情と疑惑の復活との板ばさみになって苦しんでいるのが よくわかった。ミス・テンプルはハンカチをくしやくしやに丸めていた。 「・ほくにはわからないな」とカ 1 クがやっとのことでいった。「クイ 1 ン君、いったいきみはど ういうつもりでそんなことをいってるのかね ? 」 「おいおいカーク君」とエラリイは煙草の煙を吐き出しながらゆっくりいった。「きみはうそを ついている。あの福州切手はどこで手に入れたんだ ? 」 ミス・テンプルは丸めたハンカチを落すと、いった。「クイ 1 ンさん : : : 」 ・ : やめて ! カ 1 クがばっと立ち上った。「ジョ 1 「大丈夫よ、ドナルド」彼女がおちついていった。「クイ 1 ンさん、カークさんはとても義侠心 の強い方です。まるで昔の騎士のよう。それはたいへんいいことかもしれません。でもそんな必 してすかクイーンさん、ド 。、いえ、ドナルド、あたし何も隠すことなんかないわ ナルドはあたしからあの福州切手を手に入れたんですよ」 「ああーとエラリイがほほえんでいった。「それでいいんだ。それでこそいいんだ。金言ふうに いわせてもらうなら、真実こそ常に最後に報いられるだな ? どうもそんなことではなかろうか と、ここへ来た時からにらんでいたんだ。カーク君、きみは紳士で学者だ。それでテンプルさん、 もっと詳しくお話し願えるでしようねー
229 街上をふしぎそうにじっとのそいていたが、こちらへ向き直ると気軽にいった。「どうやら・ほく らの議論も大詰めに来たらしいから、この寝室の女主人が帰ってきてさわぎたてないうちに、こ こを出ようじゃよ、 オしか。用意よろしいかね、カーク ? 」 「用意いいよ」カークが押さえつけたような声でいった。 エラリイはカークのためにドアを開けておさえていてやってから電灯を消した。二人は暗い部 屋の中を通りぬけて玄関ドアへ行き、廊下へと出た。そこらに人影はなかった。二人はそこでち よっとじっと立っていた。 するとドナルド・カークが、「じゃ、おやすみーとひどく陰気な調子でいうと、廊下を階段の 方へ向って重い足どりで、一度も振り返りもせずに歩いて行った。 そのがつくりと落ちたカ 1 クの肩が見えなくなるまでエラリイはじっと見送っていた。 彼は一見目当てのないような動作にみせかけて身をめぐらせると、背後の廊下の角のあたりを 目の隅からぬかりなく見守っていた。何者かが : いや何も目につくものはなかった。 五分間もの長い間エラリイはその場から動かずにじっと待っていた。誰も現われない、廊下の 遠くからさえ、彼の方を見た者もなかった。耳をそばだて、目をいつばいに見開いていた : が廊下はまるで大聖堂のように静まりかえっていた。 そこでこんどはためらいなしに合鍵をドアの錠へ差しこむと、ふたたびエラリイはリューズの 部屋へはいりこんだ。 だが誰もいない暗やみの中にいるのに、彼は不安だった。たしかに、あの時誰かを見たのだ : : そして、足首の細さかげんからみて、エラリイとカ 1 クが部屋から出るところを見ていたのは、
g エラリイは、「ちょっと失礼」とつぶやくと急いでドアの所へ行った。みんなは三人が何か心 配と諒解の表情をむき出しにして話し合っているのを見守っていた。部長刑事は何か不吉そうな ことを低声で・ほそぼそいっており、警視は誇らしげにしていて、エラリイは一言聞くごとに強く うなずいていた。やがてヴェ 丿 1 の大きな手から何かがエラリイの手に渡され、エラリイはこち らへ背を向けてそれを調べていたが、また向き直るとその持っているものをにこりと笑ってポケ ットに納めた。部長刑事はドアに背をもたせかけて、クイーン警視のわきでのっそり突っ立って 「中座してどうも失礼」とエラリイがおだやかにいった。「ヴェリー部長刑事が実に画期的な発 見をしたものですからね。どこまで話をしておりましたつけ ? あ、そうだ。そこでわたしには ドナルド・カ 1 クを訪ねてきた人が何者であったか、だいたいの見当がっきました。それで少し 考えてみて、殺害者を犯行に導いた、いわばカ 1 スス・べ ) ともいうべき直接動機を知 る鍵の発見にも確信を持ちました。この牧師は生きた一個の人間としてはこの部屋にいる誰とも 未知の人だったことは明らかです。なのに牧師はドナルド・カ 1 クを名指しで面会を求めてきて いるのです。カーク氏の事務所へよく訪ねて来る人たちは三種類の人々に限られていました 切手収集関係の人、宝石関係の人、それに出版関係の主に作家といった人たちです。だがこの牧 師は、カークの信頼厚い助手のオズボーン君にさえ自分の用件や名前さえもいうのをこばんでい る。これはどうも出版交渉のようには思えないし、もっとも考えられる点はカークの二つの道楽、 宝石か切手関係でこの牧師はカークと交渉を持とうとしたのではなかろうか、わたしはそう考え ました。 さてもしこれが本当だとすれば、この宣教師は切手か宝石を売るため、もしくは買うため :
この = ラリイ・クイーン氏は過去の打ち明け話をする時に、よくこう指摘したものだ 0 た 事件のきわだ 0 た特徴は、死者の正体がわからないというふしぎな状態が、平静な何でもない人 たちの何でもない生活に衝撃を与えたというところにあった、と。その問題の瞬間何もかも日常 茶飯のことばかりだ「た。ミス・ディ。 ( シーはカークの個人事務室でオズボ 1 ン氏といちゃっい ていた。ドナルド・カ 1 クはどこそへ出かけていた。ジョ ・テンプルはカーク家つづき部屋の 中の客室で新調の黒いガウンを着ているところだった。カーク博士は十四世紀〈プライ語写本に そのとんがり鼻を突っこんでいた。 ( ッペルは主人の夜の衣裳一式をととのえていた。グレン・ マクゴアンはプロードウ = イを急ぎ足に歩いていた。フ = リックス・ ーンは東六十番街の自分 の独身ア。ハ ートで異国ふうな様子の女にキスしていた。アイリン・リ、ーズはチャンセラー・ホ テルの自分の寝室で、自分の美しいヌードを鏡に映してしけしげ眺め入っていた。 そして、ちょ 0 と前に愛の神様役をつとめてやったシ = ーン夫人は、 " チャイナ・オレンジの 悲劇〃序幕の新しい役を突然演じさせられることとなった。
197 「いやまだ」と警視はうなるようこ、 冫しった。「いいかねォズボーン君、カ 1 ク収集品の中に〃大 公妃の冠〃といわれている宝石があったかね ? 「もちろん、たしかに」 ォズボ 1 ンはめんくらつだような顔をした。 「それから″赤の・フロ 1 チ〃といわれているのは ? 」 「ええあります。どうして : : : 」 「エメラルドの下げ飾りつきで銀の打ち出し細工首飾りは ? 」 「あります。ですがいったい何があったんでしようか、クイーン警視 ? 」 「きみは何も知らんのかね ? 」 ォズボーンは老警視のきびしい顔からエラリイの顔へと視線を移して、それからそろそろと自 分のいすへ腰をおちつけた。「は、はい、知りませんです。わたしはカーク様の古物宝石収集の 方にはあまり関係いたしておりませんのでして、あの方におたずねくださればわかります。カー クさんは宝石類は銀行の金庫にお預けになっておりまして、その出し入れもカークさんだけでや っておられます」 「ところがだ」と警視が大きな声でいった。「それがなくなったんだ」 「なくなりましたって ? 」とオズボーンは息がつまりそうこ ~ いった。しんからまったくひっくり 返らんばかりに驚いて、「収集品全部でしようか ? 」 いやつばかりだ」 「そ、そのことはカークさんもご存じで ? 」 警視は意地悪い笑みを浮べて、「そいつをこれから調べあげようというわけだ」とエラリイや 部長刑事に向って首でこっくり合図をした。「さ、行くとしよう。ちょっとオズ、ホ 1 ンの裏づけ
ぼくには話せないよ。それはね : : : 」とやっとのこと言葉が出てきた。「それは、・ほく自身の秘 密じゃないからだ」 「あ、そのことか」とエラリイはおだやかにいった。「そんなことは・ほくにとっては新しいこと でも何でもないよ」 カ 1 クはぎくりと立ちどまった。「いったい : : きみは知ってるのか ? 」その声には深い悲痛 のひびきがあった。 エラリイは肩をす・ほめてみせた。「その秘密がきみ自身のものだ。ったら、もうとっくにきみは 打ち明けて話してくれたに違いない。ねえカ 1 ク、どんな男だって自分の愛する女性が自分のこ とで恐ろしい印象を受けるのを防ぐ手段もとらずに傍観してるわけはない : : もっとも、別の誰 かをかばう必要上自分の舌を不能の状態にしてるんだったら別だが」 「するとやつばりきみは知っちゃいないね」とカークがつぶやいた。 「きみは誰かをかばってるね」 = ラリイが同情するような様子をみせた。「ぼくが人間観察者な どと自負してるからには、きみのかばっている人が : : : きみの妹さんのマ 1 セラだぐらいのこと はわかってるよ」 「いやこれは驚いたよ、クイ 1 ン : 「すると・ほくはまちがっていなかったな。マーセラだね ? : : : 何におびやかされているのか彼女 わかってるのかね、カーク ? 」 「わかっちゃいない ! 」 「ぼくもそう思っていた。そしてきみはそのことから彼女を守ってやってるというわけだ。彼女 自身をね。カーク、きみは強い男だ。びかびかのよろいをまと 0 た騎士的な仕事だ。きみみたい