の仕事にすぐにも取りかかってくれるように願えますか ? 」 「できると思う。あの死者と背の高さ大きさが同じくらいの人形だね、うん ? 」老警視の言葉に は皮肉がこもっていた。「ほかにご注文はありませんかな ? 入れ歯などいかがいたしますか な ? それとも隆鼻術をいたしますとか ? 」 「いりませんよ、冗談じゃないですよ。実はもう一つ注文があるんです。死者の体重はそちらで 量ってありますね ? 」 「あるよ。プラウティ医師の検死報告書にある」 「そいつはよかった。被害者の身体各部の重さを人形にもそっくりにしてほしいんです。気をつ けてうまくやってもらいたいんです。手足、胴体、頭の重さを死者と同じにしてもらいたいんだ けど、できますかね。特に頭をです。これが一番大切な所なんです。できましようかね ? 」 「できるだろう。体重の点ではプラウティ医師に手伝わせよう」 「それからその人形は自由自在になるようにしてもらいたいんです : : : 」 「とはどういう意味だ ? 」 「というのは、棒みたいに突っぱったものでないものにしてほしいんですよ。重みをつけるのに、 鉄を使うのか鉛を使うのか知りませんが、頭から、足まで通して一つにしないように。足は足、 胴は胴、腕は腕、頭は頭とそれそれ別々に重みをつけてもらいたい。こうしておけば、その人形 はあの死者の身体とそっくりの各部分を持っことになるわけで、この点が非常に大切なんですよ、 お父さん」 「まあ針金か何かでうまくやってくれるだろう」と警視がつぶやいた。「まがったりするように な。ほかに何かあるかね ? 」
侮辱的な質問責めにあわされたよ」 あらゆる会話がいっぺんにゃんでしまった。カ 1 ク博士の目からは暖かい光が失われ、ミス・ リュ 1 ズはかたくなり、ジョ ・テン。フルのまっ毛がそり返り、マクゴアンはしかめつ面になり、 マ 1 セラは唇をかみ、ドナルド・カ 1 クは顔色がひどく青くなり、エラリイは身内の筋肉がひき しまるのをお・ほえた。 「なぜその話をしなきゃならない ? 」とカ 1 クがもそもそいった。「そのことで今晩はもうめち やめちゃにされてるんだよ、フェリックス。すまんがなんだったら : : : 」 1 ンの黒い目がずらりとテ 1 ・フルを見まわした。「どうも目に見えてるより以上の何かがあ るね。あのうるさいけちな警視はいったい何のためにこの・ほくなんそをきみの事務室へ無理やり 引っぱりこんで、死体運搬かごの覆いをめくって、ありがたい死者の顔なそ見せたんだろうね 「まあ、あなたにも : : : 見せたんですか ? 」とマ 1 セラがロごもりながらいった。 1 ンさん、そのうるさいけちな警視が実は・ほくの父なん エラリイが気軽な調子でいった。「ハ ですがね。父は職務を遂行してるんでしてね、非難されることはないと思いますよ。死体の身元 割り出しに一生懸命なんです」 黒い目が興味に輝いた。「やあ、これはクイ 1 ンさん、失礼しました。あなたのお父さんのお 名前を聞いてなかったもんで。死体の身元を調べてるんですか ? するとあの男は誰だかわかっ ていないわけですな ? こもわからんのだ」とカ 1 ク博士がいすの中で身をもがくようにして気むずかし 「何者なのか誰冫 い顔つきで、うなるようこ 冫いった。「それに、あれが何者であろうと誰にも関係ないよ。少なく
111 てもしい。この事件が解決して、事件の根にはあのあべこべ仕事があったということがわかった ら、すごいタ食を密輸酒一杯に対して賭けてもいいですよー警視は信しられないといった様子た った。「一つのことだけは確かです。あらゆるものがあべこべにしてあったということは死者に 関連した何か、または何者かがあべこべだということを示すためだということです。そこでぼく は表面どんな小さなまたこしつけにみえることでも、それが何かしらあべこべの意味を持ってる ものなら何でも探りだすために徴力をささげたいと思います」 「幸運を祈るよ」警視はうなるようこ 冫いった。「おまえは心配になるくらい頭がおかしいそ」 「それに、実をいうとですね」とちょっと顔を紅潮させていった。「もうすでにいくつかのあべ こべと思われる意味を持った事柄があるんですよ。何たかわかりますかね ? 」 老警視の指がかぎ煙草入れのふたを開ける動作の途中で止った。「あるんだと ? 」 「あります。しかし」とエラリイは意地悪そうに笑っていった。「お父さんはお父さん流に、・ほ くは・ほく流にやりましよう。さて、どっちが先に行き着きますかね ! 」 ヴェリ 1 部長刑事が乱暴に警視の部屋へはいってきた。ライオンの頭のような大きな頭にのせ ている山高帽をうしろへひどくかしがせていた。そのきつい目には異常な興奮がみられた。 「警視 ! あ、クイーンさん、おはようす : : : 実は警視、すごい手がかりをつかみました ! 」 「うんうん」警視はおちついていった。「あの死体の身元でもわかったというのか」 エリーはうなだれて、「いえ。それほどうまい話じゃないんで。カークのことなんです」 「カ 1 クか ? どっちのだ ? 「若い方ので。なんとね ? やつは昨日の午後四時半チャンセラーにいるのを目撃されてるんで
( ッペルが布で巻いたソ 1 テルヌのワインのびんからマーセラのグラスへついでいるところだ ったが、数滴のワインをテしフルクロスの上へこ・ほしてしまった。 「まあ」とマ 1 セラがため息をついた。「かわいそうにハッペルまでおどおどしてるわ」 ハッペルは真っ赤になって、ひきさがった。 「そうしますとね、マクゴアンさん、申すまでもありますまいが」とミス・テンプルが物柔らか にしった。「前にもおっしやったように、何者かがあの男の後ろをつけてきて、まったく縁もゆ かりもないあの部屋で一人でいるのを幸い : : : 殺してしまったとおっしやるわけなんですね ? 」 「と考えるより考えようがないじゃありませんか」とマクゴアンは大声になった。「こんな簡単 な解釈ができるのに、なんでわざわざこみいった解釈を探しまわるんです ? 」 冫しった。「これは簡単な 「しかしね、マクゴアンさん」とエラリイが不快そうにつぶやくようこ、 犯罪じゃないですからね」 マクゴアンもロの中でもそもそいった。「でも・ほくにはわからんな : : : 」 「・ほくがいいたいのは、この犯人は実によく趣向をこらしているということです」みんながすっ かり静まりかえった。「犯人は死者の着衣をはいで、正常の位置と反対になるようにふたたび着 せている。つまりあべこべですね。犯人は部屋にあるあらゆる家具類を通常部屋の中へ向ってい るべきものを壁の方へ向けかえている。これまたあべこべです。その他動かせるものはすべて同 様のわけのわからない運命にあわされている : : : 電気スタンドも果物鉢も : : : 」とちょっと言葉 を切った。「 : : : 果物鉢も」とくり返し、「じゅうたんも、絵も、壁のイン。ヒ族の楯も、煙草入 。しいというだけの問題ではないことがおわかりでしよう。ある特殊な れも : ・・ : 単に人一人殳せま、 環境、ある特殊な事情のもとに人殺しが行われた問題です。これがマクゴアンさん、あなたの説
283 エラリイは下唇をかんでいた。「あります。人形にはあの死者の衣服を着せてください。これ がぼくのお芝居の見せどころですよ」 「やはりあべこべに着せとくのか ? 」 「もちろん、そうです ! 人形はあの小男の死体とそっくりに見えるようにしてもらいたいんで 冫いった 9 「おまえはまさか例の使い古された心理まやかしをや 「おい」と警視がかみつくようこ ろうってんじゃないだろうな : : : 死者が生き返って容疑者の前に現われるというやっ ! おいエ ル、そんな・ : : ・」 「そいつはどうも」とエラリイは不快そうにいった。「ひどい皮肉ですね。お父さんは・ほくの知 能をそんなに低く評価してるんですか ? もちろんそんなことなんか考えちゃいませんよ。これ は失礼だけどお父さん、科学の名において行う実験です。全然まやかしなどじゃありませんよ。 さっきいったお芝居はつけたりなんです。わかりますね ? 」 「何のことをいっとるのかわしにはわからんが、まあわかったつもりた。その人形はどこへ届け りやいいのかね ? 」 「ここへ、 このア。ハ 1 トへ届けさせてください。ちょっとぼくが手を加えたいんです」 警視はため息をついた。「よし、よし ! だがな、おまえのいったりしたりしとる考えなるも のは、どうやらわしには頭がおかしいとしか思えんね、はつは ! 」しようがないというふうに笑 って電話を切った。 エラリイはにつこりすると、ぐっと伸びをしてあくびをし、寝室へふらりとはいって行ってべ トへ身を投げるように横たわると、六十秒とはたたないうちに眠りこけていた。
180 捜査科学上のもっとも的確な進歩といえば、おそらく、いわゆる身元不明の人物なるものを、 その足取りをたどって身元をつきとめる現代探偵の超人的な技倆であろう。探偵が絶対誤りをし ないとは限らないのだから探偵の勝ち目は不充分である。しかし絶対ぬけ出せない迷路を考慮に 入れれば探偵の成功率はきわめて高い。複雑な警察制度の全機構はよく油の行き渡った軸受けを 中心にうなり声をたてて動いているのである。 にもかかわらず、チャンセラ 1 ・ホテルで殺されたあの妙な小男に関しては、警察側は何の成 功にも遭遇していなかった。たとえ普通の失敗例の場合でも何か発見されているものである 手がかり、足取り、ちょっとした縁故関係、偶然の人の心に残された最後の行動の印象とか。だ がここには何もない、あるのは空間の暗やみだけ。まるであの小男はどこか別の遊星から地球へ 降りてきたもののようで、凍りつくような真空の秘密を伴っているのだ。 殺人捜査の責任者であるクイーン警視はヒルのような粘り強さで自分の仕事を固守しているの だが、身元捜査の糸はその手中へたぐりよせられるのを拒否していた。警視は尋常な水路の水が 出つくしてしまってもなお、失敗を認めることを拒否していたーー死者の写真の公表、人相書や 依頼書を他の市警察当局へも送付した。身元調査局の記録は根気よく点検した。私服警官による 死者の最後の足取りも絶え間なく捜査した。被害者が犯罪社会関係の者かもしれないという仮説 未知数
315 か ? そしてまた明らかに何か目的があって作られたあの角度は ? ・ほくはこうみたーーもし死 者があの角度の中に立たされていたとすると、何かのことでその死体が動かされたら、およその ところ、ドアの反対側の空間へ倒れることになる ! だがいったいな。せ殺害犯人は正確にそんなふうに死体を倒す必要があったのか、なぜ倒れるに 任せなかったか ? 」エラリイは長い息をした。「そして不可能とさえみえるけれど、その疑間に 対する唯一の論理的解答はーー部屋の他の場所から死体をドアの所へ運んできた殺害犯人は、そ の死者が倒れる時に、ドアに対して何かをしてもらいたかったのだ : : : あとは精神集中と実験の 問題だった。犯人にとって何かドアに対して重大なことをするといえば、それはドアに鍵をかけ ること、この場合はかんぬきをかけることたとしか考えられない。だが一体全体どうして死者に ドアのかんぬきをかけさせなければならなかったのか ? 殺害犯人はこの部屋から自分でドアに かんぬきをかけ、別のドア、つまりこの部屋から廊下へ通じるドアから逃け出せばよいのにです かすれた声がいった。「わたしには : : : まったく思いもよらなかった : エラリイは悠々といった。「その解答はただ一つしか考えられない それは、犯人がこの部 屋から廊下側のドアへは出られなかったのか、出たくなかったかだ。犯人は事務室に通じるドア からこの部屋を出たかったのだ。そして犯人は、誰がみても廊下側のドアから出て行ったものと 信じさせたかった。そしてまた、事務室側のドアはずっとかんぬきがかかっていたと信じさせた かった。また事務室にいたものが誰であろうと、事務室から廊下へ出ていない限り絶対に犯人で はあり得ないと信じさせたかったのだ ! 」 ジ = イムズ・オズボ 1 ンが両手で顔を覆っていった。「そうです、ぼくがやったのです。ぼく
だのだが、彼は見張っていて勝負に負けたことに気づくと、中央駅で例のカ・ハンを受け取ろうと せず、われわれの手にあのカスンははいった。 さてこのような致命的なためらいが殺害犯人にどのような結果をもたらしたか、みてみるがい い。カバンが開けられ、われわれは死者の衣類をみつけだしたが、その中には上海のマーク入り のがあった。これらの衣類はみなまったく新しいものばかりで、最近に中国で購入したものに違 いなかった。わたしはこのことと、被害者について全国的な徹底捜査が行われたにもかかわらず、 国内でのこの男の足どりがまったく発見されなかったこととを結び合せてみた。もしこの牧師が 合衆国内に住んでいて、中国旅行から帰ったばかりというのだったら、誰か友人とか親類とかが 出てきて身元を証明するに違いないとわたしは推理した。だが誰も出て来なかった。で、この男 は東洋に永住所を持っている者と考えても差支えないと思う。そこでもこの男が中国から来たカ トリック僧としたら、どうであろうか ? あの仏教と道教の国にはキリスト教の大きな教派は一 っしかないのですからね」 「宣教師ですねーとミス・テンプルがゆっくりいった。 エラリイはにつこりして、「またまたおっしやるとおりです、テンプルさん。あの慈悲深そう な様子の、物柔らかな話しぶりの、日課祈疇書と信仰手引書とを力。ハンに入れて持っていた小男 の死者は中国から来たカトリックの宣教師だったのです ! 」 クイ 1 ン警視がそのやせた背をもたせかけていたドアをどんどんひどくたたくものがあって、 老警視はすぐ振りむいてドアを開けた。はいって来たのはいつものように手きびしそうで気むず かしい顔をしたヴェリ 1 部長刑事だった。
はポーイがチャンセラーでカ、、ハンを受け取るのを見きわめてから中央駅へとその後を追うにあっ たことは明白。こうすれば万事絶対確実だからな」 「うん、やつは事務員がナイ支配人や・フラマ 1 探偵を呼ぶのを見ていたんだ。トマスもポ 1 イも 見ていた : : : 」警視は肩をす・ほめてみせた。「まあそれはそれとしてやむを得ん。われわれは少 なくとも例のカバンを手に入れとるからな。本部へ帰って目を通すことにしよう。ともかく丸損 というわけでもなかったよ」 下町への車中でエラリイがいきなり叫びだした。「おれは脳たりんだ ! 世界一の大ばかもん だ ! 頭ん中を検査してもらわなくちゃいかんー 「事実そのとおりと認めるとしてだ」と警視がすげなくいった。「いったいこんどは何でそう夢 中になっとるんだ ? おまえは自分の頭の中でノミみたいにとびはねとるだけだそ」 「カバンですよ、お父さん。たった今思いついたんだ。ぼくの頭はどうやら年とともに能力低下 してきてるらしい。大脳の硬化かな。以前だったらこんな考えなそ事件に伴ってすぐ浮んできた ものだが : : : 被害者がこのニュ 1 ョ 1 ク在住の者でないらしいというからには、当然このような カバンのことを思い浮べるのが論理的なはずだった。しかし」とエラリイは額にしわを寄せて、 「いったいなぜ犯人は力。ハンを手に入れようとしたんだろうな ? 「うん、たしかにおまえの頭はだめになってきたな」と警視は鼻の先でいった。「だろうもへち まもないじゃよ、 オしか。そりやわしもこの成り行きを予見できなかったことは認めるがね、考えて みりや説明は容易にできる。この殺人犯人は死者の身元をわれわれが発見しないようにあらゆる だから死者のカンがそこらにころがっていて警察の手に挙げられ 手段を講じとるだろうが ?
積みかさねてあった。エラリイはいすのところへぶらりと歩いて行くと、スカーフをつまみあげ ップコートのえり裏にも、もう た。スカ 1 フの中ほどの端に点々と血痕がついていた。また、ト 固まった小さな血痕があった。エラリイは眉根を寄せながら衣類をそこへおくと、小腰をかがめ て床の上を探し始めた。別に何もみつからなかった。いや : : : あった、血しぶきらしいものがじ ゅうたんの端から外れた堅木の床にあったー いすの近く : : : エラリイは部屋の向うへ急ぎ足に 行くと死者の上へかがみこんだ。死体のまわりはきれいだった。エラリイは立ち上ると後ろへ退 った。それを二人の男のさえない視線が追った。死者はドアを境にして置かれている二つの本棚 と本棚とのほ・ほ中間に、ドアの敷居と平行に横たわっていた。ドアの方に向っ . て立っているエラ リイの左手に当る本棚は、壁にびったりついていた元の位置から引かれて、その左端はドアのち ようつがいにくつついており、右端は部屋の中へとび出し、その動かされた本棚はドアに対して 鋭角をなしていた。死体はなかばそのかげに横たわっていた。ドアの右側の本棚はずっと右方へ と移動されていた。 「いったいこれをどう解釈するね、プラマー君」とエラリイが突然向き直ってきいた。別に皮肉 な調子ではなかった。 冫いった。「わたしだ 「ばかばかしくってお話になりませんや」とプラマ 1 探偵は吐き出すようこ って、クイ 1 ンさん、あなたのお父さんが分署の署長のころはおまわりをやってたんだが、こん なのは生れて初めてですよ。誰がやったことかしらねえが、こりや気違い病院行きもんですぜ」 「そうかな ? 」と〒ラリイは考えこむふうで、「ただ一つ異常な事実さえなければ、ぼくもきみ の意見に賛成させられるところだがね : : : それにこの紳士の角だ ? これも犯人の気まぐれのせ いときみは解釈するのかね ? 」