220 の警察は、フランスへ流れてくる経路を二、三つかんだのですがーー宅こからまた外へ流される 経路は、ほとんどわかっていないのが現状です」 「さしでがましいことをいうようですが」と、ボアロはいった。「その問題は大きく分けて、三 つの要点にしぼることができると思います。一つは、どのようにして売りさばいているかという こと。それから、それがどのようにしてわが国に送られてくるのかということ。それから三番目 の問題は、その組織をぎゅうじって、主要な利潤をせしめているのはだれかということです」 「そう、おおまかにいえばそのとおりです。われわれは下っぱの密売者や末端の販売経路はかな りよくわかっているのです。密売者の一部は検挙していますが、大きな獲物をつるためにわざと 泳がしているものもあります。やつらはじつにさまざまな手を使って売りさばいてるのです ナイトクラブやパプ、ドラグストア、いかさまな医者、流行の婦人服を扱っているドレスメーカ 、美容院など。競馬場で取引したり、古物商の店を利用したり、ときには人の混雑したデパー トで売買されたりしています。しかし、そんなことは説明する必要はないでしよう。重要なのは、 その部分ではないのですから。われわれはそれらには遅れをとらずにやっていけます。それから、 いわゆる大物についても、かなり根拠のある容疑事実をつかんでいます。一片の疑いの余地もな 、りつばな大金持の紳士が二、三人いるのです。彼らは非常に慎重で、決して自分の手では麻 薬を扱いません。ですから、下っぱのものたちは彼らがだれなのかさえも知らないのです。しか し、ときたま彼らの中にもへまをやるやつがいましてねーーーそれでわれわれに捕まるのです」 「だいたい・ほくが想像していたとおりですが、さっきいった問題 , ーーどういう経路をたどってそ れがわが国へ流れてくるのかという点は、、 : : しカカてしよう
181 「えつ、あしどり ? 「つまり、彼を探していたんだろ」 「そうそう、そうなんです。警察はまもなくやつをふん捕えて、女を食いものにしてたというこ とで監獄へぶちこんじゃったそうですわ。まったくひでえことをする野郎だ。ここはりつばな寮 ですからな。そんな野郎はここにはおけませんよ」 「で、それが電球のなくなった日だったわけ ? 」 「ええ、そうです。あっしがスイッチを入れても、ぜんぜん電灯がっかねえんで、社交室へ入っ てみると、電球が一つもなくなってるんですよ。で、予備の電球をつけようと思って、そこのひ き出しを探してみたら、確かに入れてあったはずの電球が・せんぶなくなってるんです。それで、 あっしは調理場へ行って、マリアに、予備の電球をどこへやったんだと訊いたんですがね。・ーーそ したら、あいつは警察がきたことが気に入らなくて怒っていたので、予備の電灯なんかあたしの 知ったこっちゃねえとどなるもんで、あっしは仕方なしにろうそくを持って行ったんです」 1 ド夫人の部屋へ通ずる ボアロはその話を考えめぐらしながら、ジェロニモの後についてハ 階段を登って行った。 ド夫人は悩み疲れているような様子だったが、嬉しそうに彼を迎え入れた。そしてすぐ 一枚の紙をさし出した。 「できるだけ正確な順序に並べたつもりですけど、いまとなっては、百パ 1 セント正確だとは保 証しかねますわ。何カ月も前にあれやこれやと起こったことなので、思い出すのがとても難しい んですの」
ようにそそのかされ、それが彼女を窮地に追いこむようになったのです。しかし、彼らは図に乗 ってやりすぎ、・ほくが呼び出されることになったわけです。・ほくは警察を呼ぶべきだと助言しま した。すると、その女はすっかりめんくらって、告白しました。つまり、彼女のやったことを告 白したわけですが、しかし、おそらく彼女はその足でナイジェルのところへ行って、リュックサ ック事件や、仲間の学生のノートにインクをかけたことを告白しろとすすめたのでしよう。ナイ ジ = ルとその相棒の女は、そのリュックサックにみんなの関心が集められると、彼らの密輸活動 がばれてしまう危険のあることを恐れたわけです。しかも、シーリアという問題の女性は、もっ と危険な秘密を知っていたのです : ー・これは・ほくがその寮へ夕食に招かれて行った晩に、たまた ま洩らしたことですがーーー彼女はナイジ = ルが偽名を使っていたことを、彼の本名を、知ってい たのです」 エンディコット氏は眉を寄せた。 「いかにも 「ナイジェルは一つの世界からべつの世界へ移ってしまったわけです。ですから、昔の友だちに 会えば、チャブマンという変名を使っていることがばれるかもしれないけれども、彼が何をして いるのかはわかるはずがありません。寮の中でも、彼の本名がスタンリーであることは、だれも 知らなかったのです。ところが、シーリアは偶然にそれを発見してしまったのです。しかも、ヴ アレリ・ホブハウスがにせの。ハスポートを使って外国へ旅行していたことまで知ったのでした。 あまりにも多くのことを知りすぎたのです。そのため、彼女は翌晩、指定された場所で彼と会っ て、こっそりモルヒネを入れたコ 1 ヒーを飲ませられました。そして、自殺とみせかけるための さまざまな工作が行なわれた部屋で、眠っている間に死んだのです」
航海に出た自分を想像してみたわけではなかったーーーそんな気持を持たせる誘因は、何もない わけなのだから。 後ろの柱時計が、一時をうった。 時計が一つ鳴り、 ねずみが駈けおりる と、エルキュール・ボアロは口ずさんだ。 「えっ ? 何かおっしゃいまして、ボアロさん」 「いや、なんでもないよ」と、エルキュール・ボアロは答えた。 コリ 1 、 2_ ック - 0
にむりやりやらされたある尻取りゲームを思い出しただけです。それは角の三本ある貴婦人とい う名前のゲ ] ムでしてね。めいめいが順ぐりに、前の人がいった文句に何か品物の名前をつけ加 えるのです。たとえば、「わたしはパリに行って、帽子を買った」とだれかがいうと、つぎの人 は、「わたしはパリに行って、帽子と黒い靴を買った」といったぐあいに、つぎつぎと品物の名 前が続くわけです。つまり、このゲームの要点は、ぜんぜんでたらめに並べられた品物の名前を ときには奇妙きてれつな名前もあるわけですがーー、・その順序をまちがえないように暗記しな ければならない点なんです。石けんとか、折りたたみのテープルとか、白い象とか、たしかジャ コウアヒルというやつもありましたよ。それを憶えるのが難しいわけよ、、 冫しうまでもなく、それ それがまったく関連がないことーーーらまり、連続する必然性がないことです。あなたがいまあげ られた盗難品の名前のようにね。その十二の品目がずらっと並べられたころには、もはやそれを 正しい順序で復誦することはほとんど不可能でしよう。・ほくがさっき説明したゲームは、一回失 敗すると紙の角笛を一つ渡されて、こんどは、「角笛を一本持ったわたしはパリに行ってーー」 と、やり直すのです。そして三本渡されてなお失敗すると、その人は失格し、最後まで残った人 が優勝するわけです」 「きっとあなたが優勝なさったんでしようね、ボアロさん」ミス・レモンは忠実な雇傭者の確信 をこめていった。 ボアロはにつこり入った。 「そういうわけなんだが、じつはまったくでたらめに並べられたものでも、順序をつけることは できるわけだし、ちょっと工夫すれば、連続性を持たせることだってできるものなのです。つま
「ああ、知ってるー ジェロニモは社交室のドアを開け、陰謀者のような態度でボアロを招き入れた。 「ここでお待ちくださいませんか。まもなく警察のかたが帰るでしようから、そしたら寮母さん にあなたがいらっしやっていることを、お知らせいたします。それでよろしゅうございますねー ボアロはそれで結構だと答え、ジェロニモはひきさがった。ひとりになると、彼は部屋の中に ある学生たちの持ちものを一つ一つ、遠慮会釈なく、できるだけ綿密にしかもすばやく調べはじ めた。その収穫はあまりばっとしなかった。学生たちは自分の持ちものやノート類の大部分を、 自分の寝室においていたからたった。 二階では、 : 、 ード夫人がシャ 1 。フ警部と向き合って坐って、警部はおだやかな口ぶりで質問 をつづけていた。体の大きな温和な顔立ちの男で、わざとらしいざっくばらんな態度を見せてい こ 0 っこ 0 「あなたにとってははなはだ迷惑な、不愉快なことでしようが」と、彼は慰めるようにいオ 「しかし、コールズ医師がすでにあなたにお話したように、検死審問を開かなければならないで しようから、わたしたちとしては事情をはっきりさせておく必要があるのです。あの女性は最近 何か思い悩んでいたようでしたか」 「恋愛問題で ? 」 「さあ、その点は : : : 」 ド夫人はためらった。 「正直におっしやった方がいいですよ」と、シャー。フ警部はすすめた。「さっき申しあげたとお
185 月の二十日から二十五日の間です」 「で、それからずっとつづいていろんなものが盗まれたわけですな」 「そうです」 「例のリュックサックは、レン・べイトソンのやつなんでしよう」 「彼は腹が立ったでしようね」 「そう決めこんではいけませんわ」と、 ード夫人は軽く徴笑しながら答えた。「レン・べイ トソンはあのとおりの青年です。心のやさしい、寛大な、人の過ちに対して親切な。しかし、率 直ではげしい気性の持ち主なのです」 「そのリュックはどんな品だったのです , ーー特別上等なやつですか」 、え、普通の品でしたわ」 「それと同じようなものが、ここにありますか」 「はい、もちろんあります。コリンがそれと同じものを持っていたはずですし、ナイジェルのリ ュックもそうですーーーレンも、仕方なしにまた同じものを買いましたわ。学生たちはたいがいこ の通りの端にある店で買うんですの。キャンプやハイキング用具を売ってるすてきな店です。シ ャツや寝袋やそのほかさまざまなものがあるんですよ。しかもとても安いんです・ーーほかの大き な店よりも、ずっと安く売ってくれますの」 「そのリュックを、どれか一つ見せていただけませんかー ード夫人はすぐ彼をコリン・マックナプの部屋に案内した。コリンは部屋にいなかったが、
さく切りきざまれたスカーフやリ = ックサック、料理の本、口紅、浴用塩。それに奇妙な学生た ちの名前や簡単にスケッチされた似顔絵が入り乱れている。何一つとしてまとまりがなかった。 こよっ」り 関連のない事件や人々が、宙に渦をまいてただよっていた。しかしボアロは、どこか冫。 しくつか発見されるだろう した模様があるはずだという考えを捨てなかった。おそらくそれは、、 万華鏡を振るたびに違った模様が出てくるように。しかし、そのいくつかの模様の中で、正 しいのは一つしかないはずだった。問題はどこからスタートすべきかだ。 彼は目を開いた。 「この事件は、よく考えてみる必要がありますな。とことんまで省察しつくす必要が」 ト夫人は熱心にあいづちをうった。「ですから、 「はい、わたしもそう思いますわ」と、 あなたにご迷惑をおかけしてほんとに申しわけないとーーー」 「いやいや、迷惑なんかするもんですか。・ほくは大いに興味をひかれているのです。しかし、考 えを練りながら、実際行動をすすめていくことにしましよう。手はじめに、例の靴ーーそう、夜 、、ス・レモン 会靴ですね、そこからスタートしましよう。それじゃ、 「はい」ミス・レモンは書類整理法の考察を頭から払いのけて、きちんと坐りなおし、反射的に 鉛筆と筆記用紙の方へ手をのばした。 ド夫人から残っている片方の靴を拝借して、べーカー街警察署へ行き、遺失物係に当っ ド夫人」 てみてくれ。それが紛失したのはいつですか、ハハー ト夫人は考えこんだ。 「さあ、いますぐ正確に思い出すことはできませんが、二カ月ほど前のことでした。もっと正確
、、ス・レモンはめったに遅刻したことがなかった。霧も嵐もかぜの流行も、交通機関の故障も、 何一つとしてこの驚異的な女に影響を与えることができなかったのだ。しかし今朝は、彼女が息 を切らして駈けこんできたときは十時を五分すぎていた。彼女はすっかり恐縮し、自分自身に腹 を立てていた。 「ごめんなさい、ボアロさん丨ーーほんとに申しわけありません。アパート を出ようとしたときに、 姉から電話がかかってきたんですの」 「彼女は元気にやってるんだろうね」 、え、そうじゃないんです」ボアロはけげんな顔をした。「姉はすっかり困ってしまってい るようでした。寮の学生の一人が自殺したのです」 ボアロは目を見張った。そしてかすかなつぶやきを洩らした。 「えつ、何かおっしゃいましたか、ボアロさんー 「その学生の名前は ? 」 「シーリア・オースティンという女です」 「どんな方法で ? 」 7
「あれはミス・ホッブハウスの考え出した巧妙な計画だったんですな」と、シャー。フ警部はいっ た。父親のような寛大な口ぶりだった。 ラーのようこ、。、 警部はトラン。フのディー ノスポートを一方の手からべつの手へシャッフルした。 「彼女はじつに手のこんだ財政処理をしていました」と、彼はいった。「わたしたちは銀行とい う銀行をかたつばしから当ってみました。彼女は財政的な尻尾をつかまれないように、うまくそ れを隠していたのです。あと二、三年たてば、彼女はすっかり足を洗って外国へ行き、その不正 な金で一生幸福に暮せたでしよう。密輸方法はそう大がかりなものじゃないんですが、しかし、 完璧といえるほどうまく仕組まれていました。彼女は自分の名前やほかの名前を使って外国へ行 ってますが、ひんばんに出かけたわけではなく、じっさいの密輸はいつもほかのやつに、それと 気づかれないようにしてやらせていたのです。そのために、リ、ツクサックを適当な機会をつか んですりかえる仕事を担当する手先を、海外に何人かおいていました。まったく巧妙な仕組みで それを見ぬいてわれわれを導いたボアロさんに、あらためてお礼をいわなければなりません。 彼女はなかなか才知のたけた女で、ミス・オースティンにあのような心理学的な盗癖芝居を打た せたあたりは、みごとなものです。それを、あなたはいっぺんに見破っちゃったんですね。そう 0 っ 4