よ、 いですか。アメリカ人にと 0 て、有色人排斥は必要不可欠な問題なのですからね。あたし にと「てだいじな客は、アメリカ人ですーーそれに比べたら、有色人種なんて、ものの数じゃあ りませんよ ! 」 ニコレティス夫人は大げさな身ぶりをした。 ード夫人が冷やかにいっ 「わたしがここにいる限り、そんなことは絶対いたしません」と、 た。「いずれにしろ、あなたは思い違いをなさ 0 ていら 0 しやるのです。この寮の学生の間にそ んな差別感情なんかありませんし、サリーもそんなことを問題にしてはいませんわ。彼女はたび たび、アキポンポさんとい 0 しょに昼食に出かけますけど、彼ほど色の黒い学生はほかにいない でしよう 「それじゃ、共産党のせいですよ。ーー・アメリカ人の共産党嫌いは、あなたも知 0 てるでしよ。そ う、ナイジ = ル・チャブマンですよーー彼は共産党なんです」 「さあ、そうは思えませんわ , いえ、そうなんですよ。この間の晩彼が話していたことを、あなたに聞かせたかったわ」 「ナイジ = ルは人を怒らせるようなことばかりいうのです。悪い癖ですわー 「あなたはなんでも知 0 てるのね。感心しちゃうわ。あたしは心の中でいつもこう思 0 てるんで すよ・ーーもしあなたがいなか 0 たら、あたしはどうしようもないだろう 0 て。あたしはもう何も かもあなたにおまかせするわ。あなたってまったくすばらしい人だわ」 1 ド夫人がつぶやいた。 「爆薬の後はジャムか」と、 ( 。ハ 「えつ、なんですって」
ッブハウスだけです」 「その三人はいつごろ出かけたの」 ド夫人は、お茶の時間になる前に出かけて、まだもどりません」 「それから ? 」 「ナイジェルさんは三十分ばかり前に出かけましたーー・六時少し前でした。なんだかひどくあわ ててましたよ。帰ってきたのは、だんなといっしょで」 「うむ、そのとおりだ」 「ミス・ヴァレリが出かけたのは、ちょうど六時でした。時計が。ほん。ほん鳴ってましたから。カ クテル・ドレスを着て、たいそうめかしてました。彼女もまだ帰りません」 「そのほかの人は、いまぜんぶ寮にいるわけだな」 「そうです。ほかの人はみんな、帰ってきてからずっとここにいました」 シャープ警部は手帳を見た。パ トリシアから電話があった時間が書いてある。六時八分すぎだ っこ 0 「ほかのみんなは、ここにいたんだね ? その時間中に帰ってきた人は一人もいないんだろ」 「ミス・サリーだけです。郵便を出しに出かけて、帰ってきたのはーーー」 「何時か憶えていないのかい」 ジェロニモは顔をしかめた。 「ラジオのニュースをやっているときでした」 「じゃ、六時すぎだな」
115 シャープ警部は椅子の背に上体をもたれかけて、 ( ンカチでひたいを拭きながらため息をつい た。彼は怒りつ。ほくて泣き虫のフランス娘や、なまいきで非協力的なフランスの青年や、鈍感で 疑り深いオランダ人や、饒舌で好戦的なエジ。フト人らと会談した。それからまた、彼の話がよく 通じない二人の神経質な若いトルコ人と短い言葉を交わした。若い魅力的なイラク人の場合も同 様だった。これらのものたちがシ 1 リア・オースティンの死と何らのかかわりもないことを、彼 はほ・ほ確信できたが、彼らは事件の捜査にはまったく役立たなかった。彼はつぎつぎに愛想よく 相手を追い返し、いまこれからアキポンボに同じことをしようとしていた。 その若い西アフリカ人は、白い歯を微笑させながら、子供っぽい悲しげな目で彼を見た。 「はい、ぜひお役に立ちたいと思いますーと、彼がいった。「彼女は、ミス・シーリアは、・ほく にとても親切にしてくれました。いっか彼女からエデイイ ( ラの氷砂糖を一箱もらったこともあ ります。ーー・ほくがそれまで見たことのない、とてもおいしいお菓子でした。殺されたなんて、ほ んとに彼女がかわいそうでなりません。ひょっとしたら、部族間の血の恨みだったのじゃないで しようか。でなかったら、彼女の父親か叔父たちが、彼女がよこしまなことをしているというま ちがった噂を聞いて、殺しにきたのですよ、きっと
レンのリュックまでーーーそれがただ盗まれたというのならどこにだってあることで、いいことで はないにせよ、いわばあたりまえのことなんだけど。ーーでも、これはそうじゃないんですよ」彼 女は間をおいて苦笑した。「アキポンポさんはおびえていますよ。彼は優秀で近代的な教養があ るけど、やはり古い西アフリカの魔術信仰が顔を出しているみたいだわ」 「まあ、ばかばかしい ! 」 ド夫人は腹立たしげにいった。「わたしはばかげた迷信にはが まんができないわ。とんでもない。 これはごく普通の人が嫌がらせをしてるだけのことなのよ サリーのロがゆがんで、陰険な笑みを浮かべた。 「そのごく普通の人というのが問題ですよーと、彼女はいった。「あたしの感じでは、この寮に 普通でない人が一人いるような気がするわ ! 」 ード夫人は部屋を出て階段を降り、階下の学生の社交室に入った。部屋には学生が四人い た。ヴァレリ・ホッブハウスはほっそりとした美しい脚をソフアの肘掛けの上にあげていた。ナ イジェル・チャブマンは分厚い本をテープルの上に開いて読んでいた。パトリシア・レインは暖 炉にもたれていたし、さらにもう一人、たったいま入ってきたらしいレインコートを着た若い女 ド夫人が部屋に入ったとき、毛糸の帽子をぬごうとしていた。体のずんぐりした、金 髪の色白な女で、褐色の目の間隔が広く口はいつも軽く開かれていて、まるでしよっちゅうびつ くりしているように見えた。 ヴァレリはくわえたタバコを手に取りながら、ものうげな声で話しかけた。 「あら、ママさん、こわい鬼ばばあ寮長に甘い鎮静剤を飲ましてきたわけ ? 」 ハトリシア・レインがそれを受けていった。
いっしょに保管されていたのだそうです。もちろん普通は注射用のものが多く使われるわけです し、しかも、酒石酸モルヒネより塩酸モルヒネの方が多く使われているらしいのです。薬にも流 行みたいなものがあるようですね。つまり、医者はまるで牧場の羊みたいに仲間をみならって処 方箋を書くわけですよ。しかしこれは、彼がそういったのじゃなくて、わたしだけの考えですよ。 実際あの薬室のいちばん上の棚にある薬品の中には、かっては広く使われていたのに、数年前か らほとんど使われなくなったものがいくつかありましたからね」 「そうすると、ほこりをかぶった小瓶が一つくらいなくなっても、すぐには気づかれないかもし れないねー 「そうです。在庫調査は一定の期間をおいてやるものですからね。それに、酒石酸モルヒネを使 う処方は、もうずっと以前から忘れられているのですよ。必要なときか、あるいは在庫を調べる ときでなきや、その瓶がなくなっていることに気がっかないわけです。三人の薬剤師がめいめい 劇薬や危険な薬品の戸棚の鍵を持っていました。しかし、いちいち戸棚に鍵をかけていたわけで はなくて、忙しい日にはーー - ー実際毎日のように忙しいようですがーー・・・ひっきりなしに戸棚から薬 品を出したりもどしたりするために、週末まで鍵をかけないでおくようなことが多いそうです」 「その戸棚に近づく資格があ・つたのは、シーリアのほかにだれがいたの」 「女の薬剤師が二人いますが、二人ともヒッコリー ・ロードとは・せんぜん関係がありません。一 人は四年もそこに勤めていますし、一人はつい二、三週間前にきたばかりで、その前はデヴォン のある病院に勤めていて、経歴もりつばな女性です。それから、先任の薬局員が三人いますが、 いずれも何年も前からセント・キャザリン病院に勤務しているものばかりです。彼らも問題の戸
アの方を見ようともしなかった。 「向うにいるのがサリー ・フィンチです。アメリカ人でーー・・・フルプライト留学生なんですの。そ れからあれはジュヌビエープ・マリコト 。彼女もその隣りのレネ・ノ 、レも、英語を専攻してい ます。あの金髪の小柄な女はジーン・トムリンソンで、やはりセント・キャザリン病院に勤めて います。物理療法の研究生なんです。あの黒人のアキポンポーーー彼は西アフリカからきた留学生 なんですけど、とても感じのいいかたですわ。それから、あのエリザベス・ジョンストンはジャ マイカからきて、法律を勉強しています。わたしの右隣りにいる二人のトルコの留学生は、一週 間前にきたばかりで、まだ英語をろくに話せませんわ」 「ありがとう。で、みんなは仲よくやってるんですか。それとも、やはり喧嘩しますかな」 彼のさりげない口ぶりがその言葉の重みを取り去っていた。 シーリアはいった 「わたしたちはみんな、喧嘩する暇のないほど忙しいのですけど、しかしーーー」 「しかし、どうなんですか、ミス・オースティン」 「じつはーーあのナイジェル ト夫人の隣りにいるナイジェルは、人の気にさわるよう なことばかりいって、怒らせるのが好きなんです。で、レン・べイトソンが怒っているのですよ。 ときには怒り狂ったようになることもありますわ。とてもいい人なんですけど」 「すると、 . コリン・マックナブも彼に悩まされている一人かな」 いえ、コリンはちょっと眉をつりあげるだけで、むしろ面白がっているようですわー 「なるほど。あなたたち女性の間では、喧嘩はしないんですか」
ロドの殺人 HICKORY DICKORY I)()CK アガサ・クリスティー高橋豊訳 ヒッコリー・ー クリスティーの作品 ロンドンのヒッコリ ・ロードの学生寮 で、不思議な盗難がひんびんと起った。 盗まれたものは、あとで返しにきたダイ ヤの指輪を除いて、夜会靴の片方やコン 、クト、電球などいすれも他愛のないも のばかり。秘書のレモンに頼まれ、学生 寮におもむいたボアロは、即刻警察を呼 ぶべきだと主張する。その直後、今度は 寮生の一人が怪死するという事件が起り 学生寮は混乱につつまれた 一見何の関連もなさそうな二つの事件。 しかしその二つには、世にも大胆な犯罪 絵巻が隠されていたのだ ! マザーグー スを口すさむボアロにはどんな推理が ? ヒコリー・ー 登場人物 工ノレキューノレ・ボアロ・ ・・私立探偵 ・・ボアロの秘書 ス・レモン・ ード夫人・ ・・レモンの姉。寮母 ニコレティス夫人・ ・・・寮の経営者 マリア・ ・・寮のコック 、ンエロニモ ・・マリアの夫 ナイジェル・チャブマン・・ ・・歴史学専攻の学生 レン ( レオナード ) べイトソン・・ ・・医学生 コリン・マックナプ・・ ・・心理学専攻の学生 サリー・フィンチ・・ ・・アメリカ人の女子留学生 ヴァレリ・ホップ / 、ウス・ ・・服飾品のバイヤーー 工リサ、ベス・ジョンストン・・ ・・ジャマイカからの女子留 学生 / ヾトリシア・レイン・ ・・考古学専攻の女子学生 ジュヌビエープ・ マリコード・ ・・フランス人の女子留学生 ・ジーン・トムリンソン・・ ・・・物理療法専攻の研究生 アキポンボ・ ・・西アフリカ人の留学生 シーリア・オースティン・ ・・・薬剤師 シャープ・ ・・ロンドン警視庁の警部 ー既刊ー パパチ杉親満ゼ予複メへ葬ひそ ーテムの指潮ロ告数ソラ儀らし トイニ柩のに時殺のボクをいて う乗問人時タレ終た誰 十ミスえトも ムトスずっへ ・ン館きて ヤのてラい の冒 ホ発の 殺険プく テ 4 秘 人 ル時密 に 50 つ た て分 ホ動ハ第死終カ五も鏡愛ポ書ポ へりリ匹のは国ケ斎ア ロく口 ー指ウののなプの言横殺ツのロ 荘イ女旅き海子えに人ト死の 夜の豚ぬひに体ク の一 に秘証びラリ ン・ 生密人割イス 人 れ麦マ れ てをス つ ロドの殳人アカサ・クリ , ティー 一三ロ 0 アガサ・クリスティ 写真 ( 禁転載 ) Hayakawa PubIishing, lnc. 20 TOKY 0 B 00 K S く 0 鳩のなかの猫 無実はさいなむ ハイン登場 ボアロ登場 死との約束 死が最後にやってくる 牧師館の殺人 おしどり探偵 ヒッコリ ハヤカワ・ミステリ文庫 カ ・ロードの殺人 ・真鍋博 定価 380 円 380
すか。うちは英国文化振興会や、ロンドンの大学生寄宿世話局や、方々の大使館や、フランスの リセからも学生が送られてきてるんですよ。だから、空部屋ができると、申し込みが三つ以上殺 到するのです」 「それは、この寮の食事がおいしくてしかもたっぷり食べられることが大きな原因だと思います わ。若い人たちは満足な食事のできることが大切ですもの」 「ふん、この計算書をみてごらんなさい。ごまかしにもほどがあるわ。きっとあのイタリア人の コックとあいつの亭主がぐるになって、あなたをたましてるのよ」 、え、そんなことをするような人たちじゃありませんわ、ニコレティスさん。ここにはわた しの目をごまかしてずるいことをするような外国人は、一人もいませんわ」 「じゃ、あなたですよ・ーー・・泥棒はあなた自身です ! 」 ード夫人は少しも動揺しなかった。 「あなたがそんなことをおっしやるのを、わたしは黙って聞きすごすわけにはいきませんよ」彼 女は根も葉もない中傷を受けた古風な乳母のような口調でいった。「みつともないばかりでなく て、最近の情勢からいって、あなたに迷惑がかかるかもしれませんよ」 「まあ ! ーニコレティス夫人は大げさな身ぶりで書類の東を宙にほうり投げた。書類は四方八方 に飛び散った。ハ。ハ ード夫人は腰をかがめて、唇をかみしめながらそれを拾い集めた。「あたし が怒るようなことをしたのは、あなたなんですよ」と、彼女の雇主が叫んだ。 「わたしはいうべきことをいっただけです」と、 ド夫人は答えた。「でも、あまり興奮な さるのは、あなたの体に悪いですわ。かんしやくは血圧には毒ですからねー
282 「ずいぶんお久しぶりですな」と、エンディコット老人はエルキュール・ボアロにあいさっして、 鋭い目で相手の顔をうかがった。「お立ち寄りくださって、たいへん嬉しいですよー 「ちょっとおねがいしたいことがあってね」と、ボアロはいった。 「なんなりとどうそ。あなたには借りがありますからな。例のアバーネシー事件では、さんざん あなたのお世話になりました」 「あなたはもう引退なさっただろうと思ってましたよ。まだここで仕事をしていらっしやること がわかって、驚きました」 老弁護士は苦笑した。彼の事務所は最も歴史の長い、最も名声の高い事務所の一つだった。 「今日は大昔からの依頼人に会うために特別にやってきたのですよ。わたしはまだ二、三人の古 い友人の仕事を引き受けているものですから」 ・スタンリー卿もあなたの古い友人で、依頼人でもあったわけでしよ」 「ええ、そうです。わたしは彼がまだ若いころから、彼の法律的な仕事を引き受けてきました。 じつに聡明な人でしたなーー・ずばぬけてすぐれた頭脳の持主でしたよ」 「亡くなったそうですね。昨日の六時のニュースで報道されたらしいですが」 2
「ええ、とても仲良くやってますわ。ジ、ヌビエープがときどき癇嬪をおこす程度ですの。フラ ンス人は一般に、怒りつ。ほい人が多いようでーーーあら、ごめんなさい」 シーリアはすっかりあわてて顔を赤らめた。 「いや、・ほくはベルギー人ですよ」と、ボアロは重々しくいった。そして彼女がほっとする間を 与えずに、すばやく話をつづけた。「さっきあなたは、おかしいと思うことがあるといったけど、 それはどういう意味 ? 何がおかしいの」 彼女は神経質にパンをちぎった。 「あれはべつに、大したことじゃないんですのーーーただ、最近ふざけたいたずらがあったりした いえ、そんなばかげたことをいって、すみませ ド夫人が たぶん、 ものですから ん。なんでもないんですよー ド夫人をふり返って、夫人とナイジ = ル・チャ。フマンの三人 ボアロは追求しなかった。ハバー で議論しはじめた。ナイジ = ルが犯罪は一種の創造的な芸術であるという議論をもちかけたから だ。彼は潜在意識的なサディズムにひかれて警察官になるものが多いことは、なけかわしい社会 的現象だといった。彼の横に坐っているめがねをかけた若い女が気づかわしげな顔で、議論に加 わってそれを反駁しようとしているのを、ボアロは興味深けに眺めていた。しかしナイジ = ルは、 彼女にまったく目もくれなかった。 ド夫人は面白そうにおだやかな微笑を浮かべていた。 「いまの若い人たちはみんな、政治と心理学以外は何も考えないらしいわね」と、彼女がいった。 「わたしが娘のころは、もっとのんきだったわ。よく踊ったわよ。この社交室のじゅうたんをと