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検索対象: ヒッコリーロードの殺人
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1. ヒッコリーロードの殺人

8 もいませんし、それに暇がありすぎるのです。で、半年ほど前、就職するつもりだといってよこ しました」 「就職 ? 」 「はい、学生寮の寮母さんの仕事なんです。あるギリシャ系の女のひとが経営している寮で、寮 母さんを求めていたのです。まかないの管理や寮生たちの世話をみる仕事です。古風なっくりの 下宿屋で、ご存じかと思いますが、ヒッコリ 1 ・ ロードにあるんですの」ボアロは知らなかった。 「かってはすばらしい高級住宅街で、いまでもりつばな家が多いんですのよ。姉は寝室と居間と 小さな台所や浴室のあるりつばな部屋を提供してもらうことになっているというのですー 、、ス・レモンはまた間をおいた。ボアロはせかすようにして鼻を鳴らした。ここまで聞いた感 じでは、悲劇的な物語になりそうな気配はまったくなかった。 「わたし自身はその話にあまり確信が持てませんでしたけど、しかし乗り気になっている姉の気 持はよくわかりました。姉は一日じゅう何もしないでぶらぶらしておれる女じゃありませんし、 それになかなかの実務家はだで、仕事のきりまわし方が上手なんです。もちろん姉はその仕事に 金をつぎこむようなことまでやるつもりはないようでした。給料をもらって勤めることになって いたのですーー・高い給料ではありませんが、姉はそんな金を必要としない身分ですし、肉体的な 労働はいっさいない仕事なのです。しかも彼女は若い人たちが好きで、彼らとの交際もうまいし、 また、長い間東洋に住んでいたので、人種的な相違や、それそれの民族的な感情をよく理解して いるのです。というのは、さまざまな国籍の学生がその寮に寄宿しているのです。大半はイギリ ス人ですけど、黒人も何人かいるらしいのです」

2. ヒッコリーロードの殺人

157 のじゃなかったのだと思わざるを得ませんー とういう意味なの」 「個人的な事情とは、・ 「・ほくはいまのところ厳密に考える意欲がありません。それは漠然とした思いっきにすぎなくて、 ・ほく自身もそれについてはっきりわかっていないのですー 警部は彼のそのような状態を、どうしても変えることができなかった。 ・フィンチとエリザベス・ジョンストンの二人だった。 まだ会談を終えていないのは、サリ ・フィンチを呼んだ。 シャープ警部はまずサリー サリーは明るい理知的な目をした赤毛の魅力的な女だった。ぎまりきった質問がすむと、サリ ・フィンチがいきなり主導権をとった。 「警部さん、あたしが何をしたいのか、ご存じ ? あたしは自分の思っていることをあなたに話 したいんですよ。あたしが個人的に思っていることをね。じつはこの寮には、まるつきりおかし なことがあるんです。ほんとにどこかが狂ってるんですよ」 「シ 1 リア・オースティンが毒殺されたためにですか」 いえ、その前からです。ずっと前からそう思っていましたわ。いやなことがつぎつぎに起こ ったのです。リックサックがずたずたに裂かれたり、ヴァレリのスカーフがめちゃくちゃに切 。あたしはたまらなくなっ られたり、・フラック・ベスの / ートにインクをひっかけられたり : て、この寮を出るつもりでしたの。いまでもそう思ってますわ。あなたのお許しがあれば、すぐ にでも出て行きますよ」 「つまり、あなたは何かを恐れているわけですね、ミス・フィンチ」

3. ヒッコリーロードの殺人

が ) ーーそれがあの事件にあるわけです。挫折感、羨望、劣等感などの変形としてね。女の子が 片方の靴を盗む・ーーというのは、なぜでしようか」 「女の子 ? 「そりや、女の子に決まっていますーと、コリンはたしなめるようこ とは、低能でもわかるでしようよ」 「まあ、コリンたら ! 」と、 ド夫人が叱った。 「どうぞ、話をつづけてーと、ボアロは静かにいった。 「たぶん彼女は、、自分がなぜそんなことをするのか、自覚していないでしようーーーしかし、潜在 的な欲求があることは明らかです。彼女は王女になりたいのです。王子に見染められ、求愛され たいのです。もう一つの重要な意味をもつ事実は、その靴が舞踏会へ行こうとしている力的な 女性から盗まれていることです」 コリンの。ハイプはとっくに火が消えていたが、彼はそれを熱狂的に振りまわしながら話しつづ けた。 「ここで、ほかの出来事をいくつか考えてみましよう。いたずら好きなカササギは、きれいなも のをほしがっていますーーーそれらはすべて女性が自分を美しく飾ることに関連したものばかりで す。化粧用のコンパクト、口紅、イヤリング、プレスレット、指輪ーーこれは二重の意味があり ます。その女は注目されたがっているわけですが、同時に罰を受けたがってさえいるのです つまり、非行少女によくあるケースなんですね。それらのものは普通の窃盗犯に値しないような ものばかりです。言いかえれば、彼女がほしかったのは、それらのものの価値ではなかったので 冫いった。「それぐらいのこ

4. ヒッコリーロードの殺人

彼は衝動的にいった。 「ミス・ジョンストン、あなたはこの寮で何か奇怪なことが起こってい るような、奇妙な印象を受けたことはありませんか」 彼女はびつくりしたようだった。 「どういう意味で、奇怪なんですか」 「いや、具体的に説明はしかねますがね。じつは、ミス・サ 1 とを思い出して、気になったものですから」 「ああーーサー 丿ー・フィンチですか ! 」 その声は、何やら不可解な抑揚があった。彼はそれに興味をひかれて、話をつづけた。 「ミス・フィンチは、なかなか目の鋭い、しかも実際的な観察家ですな。彼女はこの寮には何か 寄妙な、気ちがいじみたところがあるということをしきりに強調していたのですよーーーそれがな んであるのか、はっきりしないようですがね」 〒リザベスははげしい口調でそれに反撥した。 「それはアメリカ人的な考え方です。彼らはみんな一様に、ばかげたことを恐れたり、疑ったり、 不安に思ったりするのです。魔女狩りや、気ちがいじみたスパイ競争や、共産主義にたいする妄 丿ー・フィンチはその典型で 想でばか騒ぎをしている彼らの醜態ぶりを見てごらんなさい , ・フィンチを嫌っているらしい。 警部の興味はいっそう強まった。どうやらエリザベスはサリー ・フィンチがアメリカ人 なぜたろう。サリ 1 がアメリカ人だからか。あるいはただ単に、サリ だから、彼女はアメリカ人が嫌いなのか。それとも彼女は、美しい赤毛の髪を嫌うなんらかの理 丿ー・フィンチがわたしにいったこ

5. ヒッコリーロードの殺人

くの知りたいのはまさにそれなんです。人間的な感情のもつれ合いです。喧嘩、嫉妬、友情、悪 意、その他あらゆる感情のくいちがい」 「でも、わたしはそんなことを何も知りませんわ」と、 ト夫人は不満けな口ふりでいった。 「わたしはそんなことにはぜん・せんかかわりがありませんもの。わたしはたた寮の運営やまかな いの世話を見てきただけなんです」 「しかし、あなたは若い人たちに関心をもっているわけでしよう。あなた自身が・ほくにそういっ たんですからね。あなたは若い人たちが好きなんですよ。いまの仕事についたのは、財政的な理 由からではなくて、人間的な問題と接触できるからだったはずです。おそらくあなたの好きな学 生もいるでしようし、あまり好感のもてない学生や、もしかしたらぜん・せん好きになれない学生 さえいるかもしれません。さあ、いかがです。正直にいってください。あなたが心配しているの は、盗難事件そのものじゃないんでしょ もしそうなら、とっくに警察にとどけたでしようか らねーー」 「それはニコレティスさんが警察を呼ぶのをいやがったからですわ」 ボアロは彼女の言葉を無視して、話をつづけた。 「いや、あなたはだれかのことを心配しているのです・ーーーあなたはその人が事件の犯人であるか、 少なくとも事件に関係しているのではないかと思っているわけです。したがって、それはあなた の好きな人なんでしような」 「まあ、驚いたわ、ボアロさんには」 「そうでしよう。いや、あなたが心配するのは当然ですよ。絹のスカーフを切ったり、リュック

6. ヒッコリーロードの殺人

115 シャープ警部は椅子の背に上体をもたれかけて、 ( ンカチでひたいを拭きながらため息をつい た。彼は怒りつ。ほくて泣き虫のフランス娘や、なまいきで非協力的なフランスの青年や、鈍感で 疑り深いオランダ人や、饒舌で好戦的なエジ。フト人らと会談した。それからまた、彼の話がよく 通じない二人の神経質な若いトルコ人と短い言葉を交わした。若い魅力的なイラク人の場合も同 様だった。これらのものたちがシ 1 リア・オースティンの死と何らのかかわりもないことを、彼 はほ・ほ確信できたが、彼らは事件の捜査にはまったく役立たなかった。彼はつぎつぎに愛想よく 相手を追い返し、いまこれからアキポンボに同じことをしようとしていた。 その若い西アフリカ人は、白い歯を微笑させながら、子供っぽい悲しげな目で彼を見た。 「はい、ぜひお役に立ちたいと思いますーと、彼がいった。「彼女は、ミス・シーリアは、・ほく にとても親切にしてくれました。いっか彼女からエデイイ ( ラの氷砂糖を一箱もらったこともあ ります。ーー・ほくがそれまで見たことのない、とてもおいしいお菓子でした。殺されたなんて、ほ んとに彼女がかわいそうでなりません。ひょっとしたら、部族間の血の恨みだったのじゃないで しようか。でなかったら、彼女の父親か叔父たちが、彼女がよこしまなことをしているというま ちがった噂を聞いて、殺しにきたのですよ、きっと

7. ヒッコリーロードの殺人

のクッションに囲まれたソフア、に坐って、タ・ハコをくゆらしていた。肌が浅黒くて体が大きいが、 ととのった顔立ちで、大きな褐色の目が鋭く光り、ロが不機嫌にとがっていた。 「ああ、やっと帰ってきたのね」と、とがめるような口ぶりでいった。 ド夫人はミス・レモンと同じ血すじをひいているだけあって、びくともしなかった。 「はい、ただいま。あなたがお呼びだといわれて、まいりましたのですけどー 「ええ、呼びましたよ。まったくあきれたわ。あぎれてものがいえませんよ ! 」 「何があきれたのですー 「この勘定書ですよ ! あなたの計算書です ! 」ニコレティス夫人はたくみな手品師のような手 つきで、クッションの下から一東の書類を取り出した。「いったいあの貧乏学生どもに何を食わ せてるの。フォアグラやウズラ ? ここはリツツ・ホテルじゃないんですよ。あなたはあの学生 どもを何だと思ってるの」 ード夫人はいった。「ですから、朝食はたっぷり、 「若いかたは食欲が旺盛なんです」と、 夕食もまあまあといった程度のものを出していますーーー調理は簡単で、しかし栄養の多いものを。 その方が非常に経済的ですしー 「経済的ですって ? 経済的だなんて、よくもいったものね、このあたしに。あたしが破産しそ うになってるとでもいいたいの」 「あなたはこの寮から相当な収益はあげていらっしゃいます。ここの料金は、学生にとってはか なり高級な方なんです」 「しかし、うちはいつも満員でしよ。あき部屋に三倍以上の入居志望者がなかったことがありま

8. ヒッコリーロードの殺人

116 シャー。フ警部はそんなことはまったく起こり得ないといった。その青年はがっかりして首を振 っこ 0 「それじゃ、・ほくはどうしてこんなことが起きたのか、ぜんぜんわかりませんね。彼女を殺そう と思うような人が、この寮にいるとは思えませんからね。なんなら、彼女の髪の毛と爪の切りく ずを少しください。昔の方法で試してみます。それは、科学的でも近代的でもありませんけど、 ・ほくの国ではよく利用されてるんですよ」 「いや、ありがとう、アキポイホ君。しかし、その必要はなさそうだ。そういう方法は、わが国 では採用されていないしね」 「はあ、よくわかります。近代的じゃありませんからね。原子力時代にはむきませんよ。国でも、 最近の警官はもうそんなことはしませんーー。田舎の老人ぐらいなものです。新しい方法の方が優 秀で、確実な成功をおさめるだろうと思いますよ、ほんとに」アキポンポは礼儀正しくお辞儀を して、ひきさがった。シャープは心の中でつぶやいた 「われわれの威信にかけても、ぜひ成功をおさめなくちゃならんことになってきたそ」 つぎの相手はナイジェル・チャブマンだった。彼は会談の主導権を握ろうとした。 「これはきわめて異例な事件だと、・ほくは思います」と、彼はいった。「しつはね、あなたが自 殺を主張していたとき、・ほくは見当違いじゃよ、、 オし力なと思っていたんですよ。とにかく、彼女が 万年筆に・ほくの緑色のインクを入れておいたことによって自殺説がくつがえされて、・ほくは大い に満足です。犯人はそこまでは読めなかったわけですね。ところで、犯行の動機についてはもう かなり調査がすすめられているだろうと思いますが、どんなふうにお考えですか」

9. ヒッコリーロードの殺人

213 「なぜ ? そのわけを聞かせてもらえませんか」 ヴァレリはいらだたしげにいっこ。 「それはばかげた善意からですよ。好意的な干渉だったのです。あのシーリアが幽霊みたいにふ らふらさまよい歩いて、彼女に目をくれぬコリンを恋こがれていたからです。ほんとにばかみた いでしたわ。相手のコリンときたら、心理学とコンプレックスと情緒的緊張による思考停止と、 その他もろもろの仮定でこりかたまった、うぬぼれが強くて独断的な青二才の一人なんですから ね。で、あたしは彼をかついで笑いものにしてやりたくなったんですよ。とにかくあまりにも惨 めなシーリアがかわいそうだったので、彼女の心をつかみ、彼女をはげましながら、計画の筋書 きを説明して、彼女をけしかけたのです。彼女はちょっと不安だったようですけど、同時にかな トリシ りスリルを感したようですわ。こうしてやりはじめたばかりのときに、あの薄ばかは、。、 アが浴室におき忘れた指輪を見つけて、それをくすねちゃったのです。それは非常に高価な宝石 ですから、当然大騒ぎになって、警察が乗りこんでくるでしようし、そうなると、筋書きが狂っ て重大な事態におちいってしまうにちがいありません。そこであたしは彼女から指輪を取りあげ、 これはなんとかうまく返してやるから、これからはコスチューム・ジュエリーや化粧品を盗むと か、あたしのものをわざと壊すとか、とにかくめんどうなことにならないように注意しろといっ たのです」 ボアロは深いため息をついた。 「・ほくの思ったとおりでしたね」と、彼はいった。 「いまになって、あんなことをしなければよかったとっくづく思いますわーと、ヴァレリは神妙

10. ヒッコリーロードの殺人

「ええ、とても仲良くやってますわ。ジ、ヌビエープがときどき癇嬪をおこす程度ですの。フラ ンス人は一般に、怒りつ。ほい人が多いようでーーーあら、ごめんなさい」 シーリアはすっかりあわてて顔を赤らめた。 「いや、・ほくはベルギー人ですよ」と、ボアロは重々しくいった。そして彼女がほっとする間を 与えずに、すばやく話をつづけた。「さっきあなたは、おかしいと思うことがあるといったけど、 それはどういう意味 ? 何がおかしいの」 彼女は神経質にパンをちぎった。 「あれはべつに、大したことじゃないんですのーーーただ、最近ふざけたいたずらがあったりした いえ、そんなばかげたことをいって、すみませ ド夫人が たぶん、 ものですから ん。なんでもないんですよー ド夫人をふり返って、夫人とナイジ = ル・チャ。フマンの三人 ボアロは追求しなかった。ハバー で議論しはじめた。ナイジ = ルが犯罪は一種の創造的な芸術であるという議論をもちかけたから だ。彼は潜在意識的なサディズムにひかれて警察官になるものが多いことは、なけかわしい社会 的現象だといった。彼の横に坐っているめがねをかけた若い女が気づかわしげな顔で、議論に加 わってそれを反駁しようとしているのを、ボアロは興味深けに眺めていた。しかしナイジ = ルは、 彼女にまったく目もくれなかった。 ド夫人は面白そうにおだやかな微笑を浮かべていた。 「いまの若い人たちはみんな、政治と心理学以外は何も考えないらしいわね」と、彼女がいった。 「わたしが娘のころは、もっとのんきだったわ。よく踊ったわよ。この社交室のじゅうたんをと