様子 - みる会図書館


検索対象: 二重人格
75件見つかりました。

1. 二重人格

161 第三の者にはうやうやしく接吻し、第四の者にはにこやかに笑いかけ、第五の者には握手をす ると、 いかにも愉快そうにさっと階段を駆け降りてしまった。旧ゴリャートキン氏はすぐにそ のあとを追った。そして最後の一段というところでやっと相手に追いっき、その外套の襟に手 をかけたときの彼の満足さ加減はまったく筆紙に尽くしがたいほどであった。どうやら新ゴリ ャートキン氏は不意を突かれた様子で、途方にくれたようにあたりを見まわした。 「なにをなさるんです ? 」とやがて彼は弱々しい声でゴリャートキン氏に言った。 「もしもあなたが御立派な方だったらですね、どうかきのうの私たちの友情関係を思い出し ていただきたいものですね」とわれらの主人公は言った。 「ああ、そのことですか。ときに、どうです ? 昨夜はよくおやすみになれましたか ? 」 忿怒のあまり旧ゴリャートキン氏はしばらくことばが出なかった。 「私はよくやすむにはやすみましたがね : : : しかし一言いわしてもらいたいのだが、あなた の芝居は、どうも、実に複雑怪奇ですね : : : 」 「誰がそんなことを言ってるんです ? そんなことは私の敵の言いぐさでしよう : : : 」とゴ リャートキン氏と自称する男は、とぎれとぎれに答えた。そしてそう言うと同時に不意に、本 物のゴリャートキン氏の弱々しい手をさっと振りほどいた。振りほどいたかと思うと、彼はい いきなり きなり階段を飛び降り、急いであたりを見まわした。一台の辻馬車が目に入ると そのそばにけ寄り、ひらりと馬車に飛び乗ると、あっという間に旧ゴリャートキン氏の視界

2. 二重人格

「イズマイロフスキー橋だ ! さあやった ! 」 いや早くともせい・せい五時 『食事がはじまるのは四時過ぎより早いということはあるまい だろう』とゴリャートキン氏は考えた。『いまから行ったら早すぎはしないかな ? しかしま あ、少しぐらい早く行ってもかまわないわけだ、それになにしろごく内輪な食事の集まりだか らな。たからおれも、立派な人たちのサークルで言うように、四角ばらなくてもいいわけだ。 おれだから四角ばらなくちゃいけないということはないじゃないカ 熊のやつも万事四角ば らすにやると言っていたから、おれもひとっ同じように : : 』とこんなふうにゴリャートキン 氏は考えた。だがそれにもかかわらず彼の内心の動揺はますます増大する一方だった。彼がな にかきわめて面倒なことをやってのけようと決心していることは明らかだった。だが彼はそれ 以上ことばを口にするのは避けて、なにやらぶつぶつつぶやいたり、右手でさかんに身ぶりを したり、ひっきりなしに馬車の窓から外をのそいたりするのだった。そこでこうしたゴリャー トキン氏の様子を見たものは、彼がきわめて気軽に、しかも内輪の人たちばかりの集まりで 立派な人たちのいわゆる四角ばらぬ愉快な食事に出かけるところだとは、どうしても思え たもと なかったに相違ない。やがてイズマイロフスキー橋の袂に近づくと、ゴリャートキン氏は一軒 の家を指さした。馬車はがらがらっと音をたてて門を入り、右正面の車寄せの前でとまった。 二階の窓に一人の女性の姿を認めると、ゴリャートキン氏は投けキッスを送った。そのくせ彼 れは自分でもなにをやっているのかさつばりわからないのたった。その瞬間の彼はまったく無我

3. 二重人格

そのドアを細目に開けると、かなり大勢の下男やら女中やら、その他行当りばったりの有象無 テヘトルーシカがなにかしゃべって聞かせ、ほか 象に取り囲まれた彼の下男の姿が目に入っこ。。 の連中は聞き手にまわっているのである。そのおしゃべりのテーマも、おしゃべりそのものも、 どうやらゴリャートキン氏のお気には召さなかったらしい。彼は早速ベトルーシカを呼びつけ ると、まったく不機嫌そうな、というよりよ ーいかにも不愉央らしい様子で部屋に引き返した。 『あの悪党は三文にもならない目腐れ金でほい来たとばかり喜んで人を売るやつにちがいない。 相手が主人ならなおさらのこった』と彼はの中で考えた。『いや、もう売ってしまったにち がいない、間違いなく売ってしまったとも。賭けても、 しいが、一文にもならぬ金で売ったにち がいないんだ。うん、なんだ ? ・ 「お仕着せが届きましたんで、旦那」 「じゃそいつを着て、こっちへ来い」 ベトルーシカは仕着せを着込んで、にたにたうすのろめいた笑いを浮かべながら主人の部屋 に入って来た。衣裳をつけた彼の恰好ときたら、これ以上は想像もっかぬほど奇妙きてれつな ものだった。彼の着ていたのは金モールの剥げ落ちた、ひどく着古された緑色の従僕用の仕着 せたったが、それは明らかに、ペ トルーシカよりたつぶり一アルシン〔約七十一センチ〕は背の高 い男のために仕立てられたものだった。手には同様金モールと緑色の羽飾りのついた帽子を持 ち、腰には革製の鞘におさまった従僕用の剣をぶら下げていた。

4. 二重人格

312 だが前にも言ったように、新しく入って来た人物の視線はゴリャートキン氏の全身を恐怖に凍 りつかせてしまった。その恐ろしい人物はまじめくさった、しかつめらしい顔つきで、この物 語の哀れな主人公のほうへ歩み寄った : 。われらの主人公は彼のほうへ手を差しのべた。新 しく入って来た人は彼の手を取って、うしろ手に引き立てた : 。途方にくれ、打ちのめされ たような顔でわれらの主人公はあたりをぐるりと見まわした : 「こちらはね、こちらはクレスチャン・イワーノヴィッチ・ルーテンシュビッツですよ、君 の古くからの顔馴染みの内科と外科のお医者さんのね、ヤーコフ・ペ トローヴィッチ ! 」と誰 かのいやらしい声が、ゴリャートキン氏のすぐ耳もとでさえずり出した。彼は振り返った。す るとそれは品性劣等な例の汚らわしいゴリャートキン氏の双生児の片割れであった。その顔は 不作法きわまる毒々しい喜びに輝いてした。彳。 、 - 皮よ有頂天になってさかんに揉み手をし、有頂天 になって首をやたらにあちこちに向け、有頂天になってみんなのまわりをちょこちょこと歩き まわっていた。その様子を見ていると、喜びのあまりいまにも踊り出すのではないかと思われ た。やがて彼は、前へ飛び出して一人の従僕の手から蝋燭を引ったくると、ゴリャートキン氏 とクレスチャン・イワーノヴィッチのために道を照らしながら、先頭に立って歩き出した。ゴ リャートキン氏は、サロンに居合わせた人々が一人残らす彼のあとを追って飛び出し、互いに 押し合いへし合いひしめき合いながら、ゴリャートキン氏のうしろ姿に向かって声を合わせて トローヴィッチ、なにし 一度に「なあに大丈夫、心配することはありませんよ、ヤーコフ・ペ ふたご

5. 二重人格

310 コリャートキ するばかりだ』とわれらの主人公は考えた。突然、異常なざわめきが起こって、。 ン氏の瞑想は破れた。なにか長いこと待たれていたことが起こったのである。「来ましたよ、 という声が人々の間に伝わった。『誰がいったい来たんだろう ? 』という考え 来ましたよー がちらりとゴリャートキン氏の頭にひらめいた。そしてなにか奇怪な予感に彼はぎくりと身を ッポヴィッチの顔を見て顧問官 震わせた。「もうよかろう ! 」と、じっとアンドレイ・フィリ は一 = ロった。アンドレイ・フィリッポヴィッチはアンドレイ・フィリッポヴィッチで、ちらりと ォルスーフイイ・イワーノヴィッチの顔を見た。まじめくさった顔でしかつめらしくオルスー フイイ・イワーノヴィッチはうなずいた。「さあ立ち上がって」とゴリャートキン氏を助け起 こしながら顧問官は言った。一同も立ち上がった。そして顧問官は旧ゴリャートキン氏の手を 取り、アンドレイ・フィリッポヴィッチは新ゴリャートキン氏の手を取って、二人はまじめく さった様子でなにからなにまでそっくり同じな二人の人間を案内して、そのまわりを取り囲み 期待に燃える視線を注いでいる人垣の中を進んで行った。われらの主人公はいぶかしそうにあ たりを見まわしたが、すぐに押しとどめられて、彼のほうに手を差しのべている新ゴリヤ 1 ト キン氏のほうを指さされた。『二人を仲直りさせるつもりなんだな』とわれらの主人公は考え て、感激の念をいだきながら手を新ゴリャートキン氏のほうへ差しのべた。それから、それか 。そのと らそっと首を差しのべた。もう一人のゴリャートキン氏もそれと同じことをした : き旧ゴリャートキン氏には、その裏切り者の友人がにやりと笑い、二人を取り巻いている人々

6. 二重人格

階段と一緒にこんな不都合なところに居を定めた自分の知人を呪いながら、ものの三十分もう ところがゴリャートキン氏の道連れときたら、まる ろうろしなければならないにちがいない。 で勝手を知った、この家の住人とでも言いそうな様子たった。なんの苦労もなく、よくよく勝 手を知り抜いているように、楽々と駆け昇って行くではないか。ゴリャートキン氏はほとんど すれすれにまで彼に追いついた。二度か三度、見知らぬ男の外套の裾が彼の鼻を打ったほどで あった。突然彼の心臓ははたととまりそうになった。不思議な人物はゴリャートキン氏の部屋 の真前で足をとめ、ドアをこっこっとノックしたのである。しかも ( これがもしもほかのとき ならば、ゴリャートキン氏も度胆を抜かれたにちがいないが ) ベトルーシカがまるで床にもっ かずに待っていたかのように、早速ドアを開けて、手に蝋燭を持ったまま、中に入った人物の あとからのこのこついて行くではないか。われらの物語の主人公は思わずわれを忘れて自分の 住まいへ駆け込んだ。外套も脱がす帽子も取らすに彼は廊下を駆け抜けたが、まるで雷にでも コリャートキン氏の予感 打たれたように自分の部屋のしきいぎわに釘づけにされてしまった。・ がことごとく現実となって現われたのである。彼が恐れていたこと、彼が予想していたことが すべて、いまや現実となって現われたのである。彼は息がとまり目まいがして来た。見知らぬ の上に坐り込んで、か 男はやはり外套を着て帽子をかぶったまま、彼の目の前の、彼のべッド すかな微笑を浮かべ、こころもち目を細めながら、さも親しそうに彼に向かってうなずきかけ なにかの ているではないか。ゴリャートキン氏は声をあげようとしたが、できなかった。

7. 二重人格

りのところに、彼のほうへ向かって足早に歩み寄って来る誰か知らない人影が黒く見えるでは ないか。その男は小刻みな足取りでせかせかと先を急いでいた。距離は見る見るうちに縮まっ た。ゴリャートキン氏にはもうこの新しい、時刻におくれた仲間の顔をはっきりと見分けるこ とさえできた。その顔を見分けるが早いか、驚きと恐怖のために彼は思わずあっと叫んだ。彼 は足がすくんで動けなくなった。それはつい十分ほど前にすれちがったばかりの、彼には見覚 えのあるあの通行人その人だったではないか。それが突然、まったく思いがけなくも、いまま た彼の目の前に姿を現わしたのた。だがゴリャートキン氏を驚かせたのはこうした奇蹟ばかり ではなかったのである。ゴリャートキン氏は驚きのあまりはっとして立ちどまり、あっと叫び 声をあげて、思わすなにか言おうとした。そしていきなり見知らぬ人のあとを追って駆け出し、 彼に向かって何事か叫びかけさえした。おそらく、一刻も早く彼を呼びとめたかったものにち 、よ、。はたせるかな、見知らぬ人はゴリヤ 1 トキン氏から十歩ばかりのところでーー足を とめた。間近に立っていた街燈の光がまともに彼の全身を照らし出した。 立ちどまると、 くるりとゴリャートキン氏のほうを振り向き、じれったそうな落ちつかない様子で相手がなに を言い出すかと待っていた。「これは失礼、私はどうも人ちがいをしたようで」と震える声でわ れらの主人公は言った。見知らぬ人はなにも言わずに、 いまいましそうにくるりと向きを変え ると、まるでゴリャートキン氏のおかけで失った二秒間を急いで取り戻そうとでもするように、 さっさともとの方向へ歩き出した。ゴリャートキン氏はどうかというと、身体じゅうの筋とい

8. 二重人格

みすかさ 水嵩がとんでもなく増してきたようだ』ゴリャートキン氏がこんなことを言った、あるいは考 えたその瞬間、目の前をこっちのほうへ歩いて来る通行人の姿が目に入った。おそらく彼と同 じように、なにかの事件があって遅くなった人にちがいない。なんのことはない、ほんの偶然 の出来事にすぎないように思われたが、しかしどういう わけかゴリャートキン氏は急にどぎま ぎして、おじけさえも覚え、いささかうろたえてしまった。別に悪漢に出会うのをこわがった えたい わけではなかった、ただひょっとすると : ・『こんな夜更けの通行人はまったく得体が知れな いからな』という考えがちらりとゴリャートキン氏の頭にひらめいた。『ことによると、あし つも御多分にもれす、いや、あいっこそ肝心な張本人なのかもしれないそ。ただ理由もなく歩 いてるわけじゃあるまい、ちゃんとした目的があって歩いてるにちがいなし 、。いきなりおれの 行く手を横切って、因縁をつけて来るのかもしれないそ』だが、ことによるとゴリャートキン 氏はそんなことを別にはっきりと考えたわけではなく、たた瞬間的になにかこれに類した不愉 快なことを感じただけであったかもしれない。第一、考えるにしても感じるにしても、そんな 余裕はさらになかったのである。通行人は早くも二歩の距離に迫っていた。ゴリャートキン氏 はすぐさま、例のいつもの癖で、急いでひどく一風変わった様子を取り繕った。つまり、彼ゴ リャートキンはれつきとした人物で、別になんの関係もありはしない、それにこの往来は万人 のもので十分に広いし、それに第一、彼ゴリャートキンは、自分のほうからは決して誰にも手 を触れるものではない、 ということをはっきりと表明する態度を取って見せたのである。だが

9. 二重人格

クラーラ・オルスーフイイエヴナはきやっと悲鳴をあげた。みんながいっせいに飛びかかって 彼女の手をゴリャートキン氏の手からもぎ放した。そしてわれらの主人公はたちまち群衆によ ってかれこれ十歩ほどの距離に押しのけられてしまった。彼のまわりにもやはり一群の人が集 まって来た。二人の老婦人のけたたましい金切り声が聞こえた。ゴリャートキン氏の退却に際 してあやうく引っくり返されそうになったのである。一座の混乱はすさまじいものだった。み んながてんでに質問を発し、みんなが叫び声をあげ、みんながてんでに自分の思うところを述 べ合っていた。オーケストラはびたりと鳴りゃんた。われらの主人公は彼を取り巻いている人 々の間をうろっきながら、機械的に、薄笑いをもらしながらなにやらロのなかで・ほそぼそっぷ ゃいていた。『だってなにもいけないってことはないでしよう。それにポルカは私の見るとこ ろでは少なくとも、御婦人方を楽しませるために創られた、新しい、すこぶる面白いダンスじ ゃありませんか : : しかしまあ、こんなふうになってしまったからには、私もまあ、皆さんが たの御意見に同意してもよろしゅうございますよ』しかしゴリャートキン氏の同意などは、ど うやら誰一人求めていない様子だった。われらの主人公は突然誰かの手が彼の腕をつかみ、ま た別の手が軽く彼の背中に当てられ、なにか特別入念なやり方でどこかわきのほうへ連れて行 かれるのを感じた。やがて彼は自分の進む方向がまっすぐドアのほうに向けられていることに 気がついた。ゴリャートキン氏はなにか言おうとした、なんとかしようとしかけた : やそうではない、彼はもはやなんにもする気がなくなっていたのである。彼はただ機械的に薄

10. 二重人格

そいそと、ポルカを踊る男女を見物しようとひしめき合った。 このダンスは当時の人々を 夢中にさせた新流行の面白いダンスだったのである。ゴリャートキン氏はしばらくの間みんな から忘れられていた。だが突然あたりがざわざわとざわめき立ち、すべてが入り混じり、そわ そわしはじめた。音楽のひびきがびたりとやんだ、 : そして実に奇怪な事件が持ちあがった のである。踊り疲れたクラーラ・オルスーフイイエヴナは、疲労のために息も絶えだえに、頬 をかっと燃え立たせ胸を大きく波立たせながら、やっとのことでぐったりと肘掛椅子に身を投 げ出した。すべての人の ( ートはこの世にも美しい魅惑的な美女に憧れ、先を争ってすべての 人が彼女の御機嫌をうかがい また贖いえた満足に対する感謝の念を表明しようとして殺到し たがそのとき突然ゴリャートキン氏が彼女の前にその姿を現わしたのである。ゴリヤ ートキン氏は蒼白な顔色をして、ひどく取り乱していた。どうやら彼も同様なんだかぐったり と力ない様子で、からだを動かすのもやっとのことのようだった。なぜかは知らないが彼はに やにやと薄笑いをもらし、哀願するように片手を差しのべていた。クラーラ・オルスーフイイ エヴナは驚きのあまり自分の手を引っ込める暇がなかった。そしてゴリャートキン氏の招きに 応じて機械的に立ち上がった。ゴリャートキン氏はよろよろと、はじめに一歩、つづいてまた 一歩と前へよろめき出た。それから片足を持ち上げ、さらになんだか足で床をこするようなま ねをし、それから妙な恰好でとんと一つ床を踏み鳴らしたかと思うと、そのつぎにはつまずし てしまった : 彼もやはりクラーラ・オルスーフイイエヴナと組んで踊りたかったのである。 あがな