217 うだ ! 今度はわかったそ、誰の細工だか。つまりこういう 細工なんだ。やつらはきっと嗅ぎ しかし、坐らせたということは 別に大したこ 出して、それであの男を坐らせたんだ : ・ とじゃないな ? アンドレイ・フィリッポヴィッチが坐らせたわけなんだから、あのイワン・ ーヌイッチをさ。しかし、それはそうとして、なんだってあの男を坐らせたんたろう、 それにいったいなんの目的で坐らせたんだろうな ? ・おそらく、なにか嗅ぎ出したにちがいな よこ 1 レ こいつはヴァフラメーイエフの仕事だそ、いやヴァフラメーイエフじゃよ、 ろあいつはまるで丸太ん捧みたいな馬鹿野郎だからな、あのヴァフラメーイエフってやつは。 いやこれはつまりやつらがみんなであいつをかげであやつっているんだ、あの悪党をここへけ しかけてよこしたのも、つまりはおなじ目的からやったことなんだ。それにあのドイツ女もさ んざんおれのことを言いつけやがったにちがいない、あの化物め ! おれはいつも怪しいとに らんでいたんだが、この陰謀はなかなかどうして簡単なもんじゃないそ。あの糞たれ婆あの蔭 ロのなかにはきっとなにかが隠されているにちがいないんた。これと同じことをおれはクレス チャン・イワーノヴィッチにも言っておいたんだが、やつらは人を斬り殺そうっていう誓いを たてやがったんた もちろん精神的な意味においてだけれどなーーー・・それでカロリーナ・イワ ーノヴナをまるめこみにかかりやがったのさ。いや、明らかに名人芸だー たしかに名人の腕 の冴えた、ヴァフラメーイエフずれのできるこっちゃない。前にも言ったように、ヴァフラメ ーイエフは馬鹿野郎だが、この手ぎわは : いまこそわかったそ、誰がかげで糸を引いている
178 ・ゴリャートキン』 『さて、これで万事よしと。とうとう、手紙を出さなければならないところまで来てしまっ た。しかし、それもいったい誰の罪なんだ ? あいつ自身の罪じゃないか。文書を要求しなけ ればならない羽目にまで追い込みやがったんだからな。しかしおれには当然の権利があるんだ 最後にもう一度手紙に目を通すと、ゴリャートキン氏はそれを畳んで、封筒に入れ、ベトル ーシカを呼んだ。例によって寝・ほけまなこをしたベトルーシカが、なんだかひどく腹立たしげ な様子で現われた。 「さあ、この手紙を持って行くんだ : : : わかったな ? 」 ベルトーシカは黙っていた。 「こいつを持って、役所へ行くんだ。役所へ行ったら当直の事務官ヴァフラメーイエフを探 すんだそ。きようはヴァフラメーイエフが当直だからな。どうだ、わかったかね ? 」 「わかりましたー 「わかりましたー どうして、かしこまりましたと言えないんた。事務官のヴァフラメーイ エフに会ったら、これこれしかじかで、旦那様がよろしくとおっしゃいました、それから御面 しもべ 貴下の下僕なる
215 「なにそれだけのことでございますよ」ここでオスターフイイエフは意味ありげに眉をびく りと動かした。とは一言うものの、彼はもうすっかりつまってしまって、それからなんと言って しいかさつばりわからなかったのである。『まずいそ ! 』とゴリャートキン氏は考えた。 「それからやつらがヴァフラメーイエフとなにかしたようなことはないかね ? 」 「いえ、なにもかも以前のとおりでございますよ」 「まあよく考えてみたまえ」 「ありますよ、噂でございますがねー 「そうかい いったいどんなことだね ? 」 オスターフイイエフはロを手で抑えた。 「あっちから僕に宛てた手紙はないだろうかね ? 」 「そうそう、きよう守衛のミヘーイエフがヴァフラメーイエフの下宿先へまいりましたよ。 例のあのドイツ女の家でございますよ。もしなんでしたら、私がちょっと行って尋ねてまいり ましよう」 「どうかひとっ頼むよ、君、お願いだー ・ : 。僕はただちょっと : ・・ : 。妙に、君、気をまわ してもらっちゃ困るぜ、別にどうってことじゃないんだから。とにかくよく聞いてな、君、あ すこでなにか僕に対して陰謀でもたくらんでいないかどうか、それを探って来てくれたまえ。 それからやつがどんな行動を取っているか ? 僕に必要なのはそのことなんだ、それをひとっ
186 「わたしが酔ってるって ? 冗談じゃな、、舌を抜かれてもいいですがね、こ、 こ、これつ ばかしだって , 、ーーそれこそ : : : 」 「よし、よし、なに酔っ払ってたってかまいはしないよ : : : ちょっと聞いてみただけなんだ。 なに酔っ払ってたって結構だよ。おれは別に、ベトルーシャ、おれは別になにも言いはしな、 さ : お前は、ひょっとすると、ちょっと度忘れしたたけで、実はよく覚えているんだろう よ。さあ、 ししか、ひとっ思い出してくれ、事務官のヴァフラメーイエフのところへは行った んだろうな どうだ、行ったのか、行かないのか ? ・」 「行きやしませんとも、第一そんな役人なんかいやしませんや、それが嘘ならたったいま舌 「よし、よし、ビョ しいかね、ベトルーシャ、おれは別になんとも思っちゃいな なあに、 いんだよ。おれがなんとも思っていないってことは、お前にもよくわかるだろう : そんなことは大したことじゃないさ ! なあ、外は寒くて、湿っぽい、そこでちょっと一杯ひ つかけた、なんでもありやしない。おれは怒ってなんかいないよ。現に、このおれだってきょ うは一杯飲んだくらいだからな : ところで正直に言ってくれ、ひとっ思い出してくれよ。 どうだ、事務官のヴァフラメーイエフのところへは行ったのかね ? 」 「なあに、 いまのように、そんなふうに言われると、自然ことばも出るというもんでさあ たしかに行って来ましたよ、それが嘘なら舌を抜かれ : : : 」
208 ゴリャートキン氏は急いで自分の机に駆け寄って、きよろきよろ見まわし、そこらへん をさんざん探しまわったが はたせるかな、ヴァフラメーイエフに宛てた昨夜の手紙はどこ にもなかった : : : 。仕切りの向こうにはベトルーシカの姿が全然見当たらない、壁の時計は一 時を示している、しかもきのうのヴァフラメーイエフの手紙にはなにか新しい問題に言及した 点があったではないか。それは一見したところ、きわめて・ほんやりとした問題ではあったが、 。へトルーシカまでがーーー明らかにベトル いまとなってみればまったく明瞭である。ついに、 シカは買収されたのだ ! そうだ、そうだとも、それにちがいないー 『そうすると、ここにいちばん肝心な鍵が隠されていたんたな ! 』とゴリャートキン氏は額 を。ほんと叩いて、ますます大きく目をみひらきながら叫んだ。『するとつまりあのいやらしい ドイツ女の巣窟にこそ悪魔の主力が隠されているってことになるんだ ! してみるとつまり、 あいつがおれにイズマイロフスキー橋と教えたのは、単に戦略上の牽制運動にすぎなかったん おと だーーおれの目をそらして、おれをまごっかせ ( あの鬼婆のやつめ ! ) 、それでもってこんな陥 し穴を掘っていやがったんだ凵そうだ、それにちがいないー そのつもりでそっちの観点か らこの事件を眺めると、いや、なにもかも実にまったくそのとおりた ! それにあのならず者 の出現だってそうなると完全に説明がつく。なにもかもみんな互いに連絡があるんだ。やつら はあいつをずっと前から抱えていて、いざというときに使う用意をしていたんだ。いやなるほ どそういうことだったのか、もうすっかり種は割れてしまったそ ! なにもかも解決されたん
214 君ー も」 『まずいな ! 』とわれらの主人公は考えた。「いいかね、もう一つこれを取っときたまえ、 「これはこれはありがとうございます」 「きのうはヴァフラメーイエフが当直だったね ? ・ 「さようでございます」 「ところで誰かほかの者はいなかったかね ? ・ : : : ひとっ思い出してくれたまえ、君 ! 」 書記はちょっと記憶の糸をたぐったが、それらしいことはさつばり思い出せなかった。 しいえ、ほかにはどなたもおいでになりませんでした」 「ふむ ! 」沈黙がつづいた。 「さあ、君、これをもう一つあけるよ。すっかり話してくれたまえ、洗いざらいなにもか 「かしこまりました」オスターフイイエフは今度はもうまるで絹のように骨抜きになってし まった。それがゴリャートキン氏のつけめたったのである。 「さあ、そこでひとっ話してもらおうか、君、あの男の評判はどうたね ? 」 「別にどうということはございません、よろしゅうございますよ」と書記は目を皿のように してゴリャートキン氏の顔を見つめながら答えた。 「いいというと、どんなふうにだね ? 」
し、小生の意見として伝えるよう依頼された次第であります。貴下は、聡明なる人々の話に よれば、この首都のあらゆる隅々にまでその醜名をさらし、したがってすでに多くの場所に おいて、貴下に関する適当な情報を入手しうる立場にあるにもかかわらず、いまだにおわか りにならないにしても、いずれにもせよ、いっかは万事おわかりになることと存じます。こ の手紙を終わるに当たり念のため中しあげておきますが、あるロにするをはばかる理由によ って特にここには名前を挙げない、貴下もよく御存じの人物は、善意ある人々によって深く 尊敬され、さらに、その快活にして人好きのする性質のために、勤務先においても、またあ らゆる分別ある人々の間においても好評を得ておられます。彼は自分のことばと友情に対し て忠実であり、表面においては親交を保ちながら、かげにまわってはその人の悪口を言うよ うなことはいたしません。 ともかくも貴下の従順な下僕なる ・ヴァフラメーイエフ 追伸あの従僕は追い出されたらいいでしよう。彼は酒飲みですから、おそらく、貴下にい ろいろ迷惑をかけることでしよう。それよりも、以前われわれのところに勤め、現在は無職 の状態にあるイエフスターフイイを採用なさい。現在の貴下の従僕は単に酒飲みであるばか りでなく、おまけに泥棒ときています。と言うのは、つい先週のことですが彼は角砂糖を一
188 ってくれないか : : : そこで、お前は事務官のヴァフラメーイエフのところに行ったのかね、そ れで住所は教えてもらったのかね ? 」 「住所も教えてもらいましたよ、たしかに住所を教えてもらいましたとも。 い役人でさ あ ! それでね、お前の旦那はいい人た、とってもいい人だって言ってましたよ。ひとつまあ お前の旦那によろしく言ってくれ、よくまあお礼を言って、おれはお前の旦那が大好きだ お前の旦那をとっても尊敬してるって言ってくれ、ということでしたぜ ! それから、お前の トレーンヤ、、、 旦那はな、ペ しし人たからな、お前もやつばりな、いい 男にちがいないよ、ペ ルーシャ、って言いましたつけ : ・・ : そのとおりでさあ・ : ・ : 」 「やれやれ、なんということだ ! それで住所は、住所はどうだった、ええ、このユダ め ! 」この最後のことばをゴリャートキン氏はほとんどささやくような声で言った。 「住所も : : : 住所も教えてもらいましたよ」 「教えてくれたか ? それで、どこに住んでいるんだそいつは、ゴリャートキンは、九等官 のゴリャートキンは ? 」 「ゴリャートキンならシェスチラーヴォチナャ街だって言いましたよ。シェスチラーヴォチ ナヤをずうっと行って、右手の階段を上がった四階だ。そこがゴリャートキンの住まいだって 言いました : ・・ : 」 このいかさま野郎め ! 」と、ついに堪忍袋の緒を切らしたわれらの主人はどなりつ
ヴァフラメーイエフの手紙を読み終わってからも、われらの主人公は長いことじっと身動き もしないで長椅子の上に坐っていた。もう二日間も彼を取り囲んでいた・ほんやりとした謎のよ うな霧を通して、なにか新しい光明のようなものが、ほの・ほのと射しかけて来た。われらの主 人公にはいくらか事情がわかりはじめた : : 。彼は気分を爽快にし、ばらばらになった二、三 の考えを取りまとめ、それをある対象に集中し、それから、いくらか元気になったならば、と つくりと自分の立場を熟考しようとして、やおら長椅子から身を起こし、一、二度部屋の中を フント〔〇・四キログラム〕、カロリーナ・イワーノヴナに格安な値段で売りつけたものです。 これは小生の考えによれば、彼が狡猾な手段によって、折にふれ少量ずつ貴下の所有物をく すねていたものにちがいなく、それでなくてはこんなことのできるはずはありません。ある 種の人たちが主として正直な、善良な性格を持った人々を辱かしめ、欺くことのみをもって 能事たれりとしているにもかかわらず、小生がこんなことを書くのは、ひとえに貴下のため に善かれと思う心から出たことにほかなりません。またそればかりではなく、彼らはかげに まわってそうした人々を誹謗し、事実とは反対の姿に宣伝してまわるものですが、それもひ とえに羨望の念から出たものであり、また自分自身をそうした人間であると呼びえないとこ ろから出たものにほかなりません。
幻覚ではなかった ! 手紙、まさに手紙、紛れもない手紙、しかも彼に宛てられたもの ど ) き ゴリャートキン氏はテープルの上の手紙を手に取った。心臓は激しく動悸を打っ ていた。『これは、きっと、あのペテン師が持って帰ったものにちがいない』と彼は考えた。 『そしてここへ置いといて、それつきり忘れてしまったんだ。きっと、そのとおりにちがいな : ・』その手紙はゴリャートキン氏のかって 正しく、そのとおりのことだったに相違ない : の親友であり、若い同僚である事務官のヴァフラメーイエフから来たものであった。『しかし、 おれは前からこうなるだろうと思ってたんだ』とわれらの主人公は考えた。『それにこの手紙 に書いてあることだって、おれにはちゃんと見当がついていたんた : : : 』手紙はつぎのような ものであった。 『ャーコフ・ペ トローヴィッチ様 お使いの者は酩酊の様子にて、筋道立ったことはわかりかねますので、そのために書面を もってお答えすることにいたします。取り急ぎ申し述べますが、貴下よりの御依頼の件、つ まり貴下の手紙を小生の手を通してさる人物に手渡しせよとの御依頼は、まさに了承、間違 れ′ - 」第ノ いなく確かに履行することにいたします。貴下もよく御存じの右の人物は、いまでは小生の 親友となっておりますが、その名をここに挙げることは遠慮いたします ( と言うのは、全然 罪のない人物の名声をいたずらに傷つけることは小生の好まないところであるからです ) 。