そんな - みる会図書館


検索対象: 北の海
349件見つかりました。

1. 北の海

「厭だ こ、ま、あんなのに 「よし、ほんとに厭なら、俺、今夜、彼女にそう言ってやる。お前は、確かーし しし , 刀 会うのは厭だと言ったな、その通り伝えてやる。 洪作は黙っていた。 「れい子の奴、泣くだろうな。生れて初めて惚れたのに、相手からは、あんなおっぺしゃんこに 泣くだけならいいけれど、千本浜に 会うのは厭だと言われた。泣くだろうな、さめざめと。 海身投げをするかも知れない。あんなおっぺしゃんこと言われたら、身投げぐらいしかねないぞ」 「おっぺしゃんこなんて、いっ言った ? 俺はそんなことは一一一口わん」 の「なるほど、おっぺしゃんことは一言わなかった。しかし、言ったも同じだ。あんな奴に会うのは 厭だと一言ったろう。確かに言ったな」 「あんな奴という言い方の中には、そういう意味がはいっている。大体、あんな奴とはなんだ。 れい子は清純だぞ。お前 ( ( 」こまろくでもなく見えても、彼女は汚れない心を持っている。あの眼を 見ろ。あのロもとを見ろ。あの笑い方を見ろ。藤尾だって、木部だって、みんなれい子には惚れ ているんだぞー 「お前も惚れてるじゃないか」 「そうよ、俺は惚れてる。俺、好きだな、彼女は 「じゃ、お前、会え !

2. 北の海

「いや、今日は、これで、失礼しますー 「大丈夫ですわ、そんなに敬遠なさらなくても、主人、あんな言い方をしていましたが、よくお 話しになれば判りますわ。 でも、わたしも、ご両親のところにいらっしやるのが一番いいと 思ってますのよ」 「僕も、そう思いますー 淇作が一三ロ - っと、 「嘘おっしゃい。だめ、そんな調子のいいこと言っても 海それから、 「どうなさいます ? 」 の「やつばり、今日は失礼します」 「でも、上着がありますわー 「構いません 「構いませんって ? 」 「捨てて下さい。あれ、もう捨てようと思っていたんですー 「ポケットに何かはいっているでしよう」 「何も入れてありません。ポケットに穴があいているんですし 「あーあ 夫人は大きな溜息をついてみせて、 「その恰好でお寺へ帰るんですか」 135

3. 北の海

岫「この世に女があると思ったら、こんな頭で町は歩けませんよ」 蓮実は言った。 「なるほど、変な頭ねえ。怪我しないために、そんなのばし方をするのねー 内儀さんはしげしげと、蓮実の頭髪に見人っていたが 「なんにしても、たいへんね。でも、そんな頭をしていても、好きになる女はあると思うね。そ んなに見限ったものでもない と一一一口った。 海「いや、鼻もつぶれるし、耳もつぶれますよ。鼻の方は少ないが、耳の方は例外なくつぶれます。 柔道部員は一人残らず耳をつぶしています。ほら、僕だってー の蓮実はちょっと顔を横向けにして、ばさばさの頭髪の間からのぞいている耳を、一同に披露し た。みんなの視線が蓮実の耳に集まった。 「ね、きくらげみたいでしよう」 蓮実は言った。 「ほんとに、ねえ」 内儀さんが感深げに言った。トンカツを連んで来たれい子も、皿をテープルの上に置いて、蓮 実の耳をのぞいた。耳は本来の形を失っている。得体の知れぬ肉のかたまりで、蓮実が言ったよ うに、さし当って形容するとなると、きくらげとでも一言うほかはない。 「ね、ほら、こっちの耳も 蓮実はこんどは反対側の耳を見せた。同じようにきくらげになっている。

4. 北の海

「そうか。では、ここに居る」 そこへ、れい子がお茶を連んで来た。 「上はどんな連中だねー 釜淵が訊くと、れい子は、 「金枝さん、木部さん、藤尾さんの三人です」 と言った。れい子が遠山の名を出さなかったので、洪作はほっとした。 洪作は一一階へ上って行って、 海「釜淵さんはすぐ帰ると言っている。すぐ挨拶に来てくれ と一一一一口った。 の「よし 藤尾は立ち上ると、窓のところへ行って、 「おい、もう少しの辛抱だ。風邪をひくなよ」 と言った。木部も立ち上ると、同じように窓のところへ行って、この方は、 「御同役、月はいかがでござる そんなことを言った。それに対する遠山の応答はなかった。 みんなぞろぞろと階段を降りて行った。 「先生、暫くでした。お元気ですかー 藤尾がまっさきに挨拶した。 「君も元気か」 610

5. 北の海

「お前みたいな小さいのが、どうして仕合で勝つのかな」 四年の時、柔道教師から真顔で言われたことがあった。 「他校の知らん奴とぶつかると、いつも勝ちそうな気がする。敗けそうな気はしない。どうして 勝とうかと思うだけですよ」 淇作は答えたが、これは嘘ではなかった。どんな大きい図体の相手にぶつかっても、相手の柔 道着の襟や袖を搬んだ瞬間、洪作は相手を倒すことだけを考えた。相手は自分より強そうだとか、 もしかしたら敗けるのでまよ、 : ( / しカそんな気持になることはなかった。 海「惜しいものだな。勉強の方でもそうだといいんだがな」 柔道教師は慨歎した。確かにその通りだった。試験になると、学期試験であれ、入学試験であ のれ、答案用紙を渡される前から、もうだめだと思った。英語でも、国漢でも、物理でも、化学で も、科目の何たるかを問わず、みんなだめだと思った。自信というものはいっさいなかった。そ のくらいだから静岡高校を受けても、入学できるなどとは初めから思っていなかった。ただ受験 してみただけである。 ぎようこう 遊び仲間の藤尾や木部も同じように静岡高校を受けて落ちていた。この方は何かの僥倖で合格 できないものでもないといった気持があったが、洪作の方は初めからそんな気持は持ち合せてい こ なかった。まあ二、三年のんびり受験勉強していれば、そのうちには何とかなるだろう、 れが洪作の気持だった。だから洪作は腰かけに他の私立大学へはいっておこうかとか、予備校で 勉強して来年を期そうとか、そういった思いつめた気持はなかった。官立の高校を目差すのは、 台北の両親が、どうもそう思い込んでいる風なところがあったので、両親の夢をこわしては悪い えり

6. 北の海

「そんなことあるもんか」 「さあ、どうだかね。 まあ、親許へ帰る方が無難だろうね。親があるんだから」 内儀さんはテープルを拭いて出て行った。 かすり 木部がやって来た。小柄だが、どんな連動でも一応こなすびちびちした体を、絣の筒袖の着物 で包んでいる。 「よお」 そう言って部屋へはいって来ると、 海「泳いで来たー いかにも疲れたといったように、木部は畳の上に仰向けに倒れた。 の「一人で泳いだのか」 「うん」 「水が冷たいだろう」 「冷たい。 金枝も、藤尾もまだか。さきに注文して食っちゃうか。腹がへった」 それから手を鳴らした。暫くすると内儀さんがはいって来て、 「子供のくせに、人なみに手なんて鳴らすもんじゃないよ。 と一一一一口った。 「何かさきに食わせてくれ」 そろ 「みんな揃ってからにしなさい。東京へ行ったら、気を入替えて勉強しないとだめだよ。 「判った、判った」

7. 北の海

389 ていると、あんな風になってしまう。俺も、鳶も、三年になると、あんなになっているかも知れ ん。あんたも、考えるんだな。俺たちはもう仕方がないが、あんたはまだどうにでもなる」 杉戸は一一 = ロった。 一一人は兼六公園へのばる坂の手前を右手に曲った。洪作はまだ兼六公園がいかなるところか知 らなかった。兼六公園ばかりでなく、大体、金沢の町がどんな町かも、よく知らなかった。知っ ているのは四高の道場と、杉戸の下宿と、犀川と、その他では毎日道場通いに往復する道だけで ある。 海「静かないい 通りですねー 洪作が言うと、 の「ここはミッション・スクールのメッチェンが通る道だよ。いまは夏休みだから歩けるが、平生 は俺たちの歩けない道だ」 「歩いてはいけないんですか」 「そんなことはよい。、 しくら歩いてもいいが、柔道部の連中は誰も歩かん」 「どうしてですかー 「ど , っしてとい , っことよよ、、、、、 ( オしカまあ、普通の奴が歩くところだよ。ーー俺、前に鳶と歩いたこ とがあるんだ。たい へんだった」 「たいへんでしたか」 「まあ、ねー 「そうでしようねー

8. 北の海

杉戸らしい言い方だった。 「あす一日だな。あすは兼六公園に案内してやる」 杉戸は言った。 「杉戸さんはつまらんところだと言っていたじゃないですかー 洪作が言うと、 「つまらんところだよ。俺は日本の三公園の一つだと一言うから、どんなところかと思ったら、木 だから、君を案内してやろうな が生えていて、池があって、別に何にも面白いことはない。 海どという気はなかったんだ。あんなところを歩くくらいなら、うどんでも食っている方がいしカ , り、よ 0 そうしたら、蓮実や権藤に憤られちゃった。兼六公園ぐらい連れて行けと言われた」 「まあ、行ってみようや。大天井も鳶も一緒に行くと言っていた。鳶なんか、兼六公園なんてよ 北く知らないんじゃないかな。一度ぐらいは行ったことがあるかも知れないが」 「まさか」 「いや、本当だよ。尤も、大天井の方は試験の発表があると毎年あの公園を歩くと言っていた。 桜が咲いて、人がぞろぞろ歩いていて、何とも言えず落第の春と言った感じがあるそうだ。まあ、 そんな公園だよ」 杉戸は言った。杉戸はいっこうに兼六公園というものを認めていなかった。認めないというよ り、多分に憎しみの感情をさえ持っているようである。 「では、そろそろ帰るとするか。 521

9. 北の海

いる。この半年の間に言うことが、いやに理屈っぽくなっている。会ってみろ、驚くぞ」 藤尾は言った。淇作はそうした金枝に会ってみたいと思った。 「みんな変ったんだな。変らないのはお前だけか」 すると、藤尾は、 「変るということが、そもそもおかしいんだ。人間、そんなに簡単に変れるものじゃないよ。み んな自分を捩じ曲げて、無理に変らせようとしている。何か自分の人生に価値を見付けようとし ているんだな。金枝や木部は左翼連動に走ることで、自分の人生を意義あらしめようとしている。 海そういう点では、一一人ともロマンチストだ。お前だって、まあ、同じことだろう。柔道なんて変 なものをやることに何か意義を見付けようとしているんだろうし の「意義なんてものは、あまりないだろうな」 淇作は言った。意義なぞというものを、鳶も杉戸も考えているとは思えなかった。彼等に、柔 道をやる意義は何かと質問したら、一一人とも変な顔をするだろうと思う。鳶は、オホホホととん でもない声を出して笑って、 柔道をやる意義だと ? そんなことを考えていて雑巾ダンスができるかい と言うに決っている。杉戸の方は心底から困惑した顔をして、 しつか探して、読んでおこう。 何に書いてあるかな。俺、まだ読んでないよ。、 と一一一一口 , つだろう。 「君はどうなんだ」 洪作が訊くと、 545

10. 北の海

「いつも、こんな恰好で町を歩いていますー 「やつばり、台北へいらっしやる方がいいわ」 夫人はそんな言葉をのこして、再び平原を下の方へ降りて行った。 はず 洪作は宇田の家の前の道は避けて、原野を斜めに突っ切って、沼津の町端れに降りることにし 宇田への返事はさきに延ばすことができたが、と言って、突然眼の前に現れて来た問題が解決 海したというわけではなかった。 台北に来い、 とは厄介なことを言って来たものである。こういうことになったのは、宇田が頼 のまれもしないのに、手紙などを出したりするからである。大体、宇田の誘いにのって、夕飯など を食べに行ったりしたのが間違いのもとだった。と言って、今更悔んでも、あとの祭りというも のである。 絶対に俺は台北には行かないだろう。台北の生活と金沢の生活とを較べると、月とすつばんで ある。 ーー練習量がすべてを決定する柔道。 蓮実の言葉はど魅力のある言葉を耳にしたことはない。 蓮実は高校三年間を、四高柔道部にく れと一一 = ロった。 そのためには入学試験に合格しなければならぬが、金沢へ行ったら、そのための勉強ができそ うな気がする。どんな猛烈な勉強にも耐えられそうに思う。沼津に居たらだめだが、金沢へ行っ 136