病気の被収容者の移送団には、ひとりの若い仲間がいた。仲間は、兄弟をもといた収容所に置 ( ていかねばならなかった。リストに入っていなかったからだ。仲間は収容所の上官にくどく どと嘆願し、上官もついに折れて、土壇場でリストからひとりを外し、代わりにこの仲間の兄 ( カオしオカたやすいことだ。仲 弟を入れた。しかし、リストは首尾一貫していなけれまよらよ、。ご。ゝ 間の兄弟が、身代わりに収容所に残ることになった仲間と、被収容者番号も氏名も取り替えれ ばすむ。なぜなら、すでに述べたように、収容所のわたしたちは全員、身元を証明するものを とっくに失っており、とにかく息をしている有機体のほかには、これが自分だと言えるものは なにひとつないこの状况を、だれもがありがたいと思っていたからだ。 っちけ 土気色の皮膚をした骸骨同然の人間の身にそなわっているものと言えば、垂れ下がるボロの たぐいでしかなかったが、それすらが収容所に残る者たちの関心の的だった。靴が、あるいは コートが自分のよりまだましかどうか、移送を待つ「ムスリム」たちは、ぎらぎらとしたまな ざしの吟味にさらされた。「ムスリム」たちの連命は定まったのだ。けれども、収容所に残る、 まだなんとか労働に耐える者たちにとっては、生き延びるチャンスをすこしでも増やすのに役 立つものはなんでも歓迎なのだ。感傷的になっている場合ではなかった : 主体性をもった人間であるという感覚の喪失は、強制収容所の人間は徹頭徹尾、監視兵の気
と感じていないとわたしにはよくわかるということを、理解してくれた。 すでに述べたように、価値はがらがらと音をたてて崩れた。つまり、わずかな例外を除いて、 自分自身や気持ちの上でつながっている者が生きしのぐために直接関係のないことは、すべて 犠牲に供されたのだ。この没価値化は、人間そのものも、また自分の人格も容赦しなかった。 人格までもが、すべての価値を漢疑の奈落にたたきこむ精神の大渦巻きに引きずりこまれるの 。人間の命や人格の尊厳などどこ吹く風という周囲の雰囲気、人間を意志などもたない、絶 滅政策のたんなる対象と見なし、この最終目的に先立って肉体的労働力をとことん利用しつく す搾取政策を適用してくる周囲の雰囲気、こうした雰囲気のなかでは、ついにはみずからの自 我までが無価値なものに思えてくるのだ。 強制収容所の人間は、みずから抵抗して自尊心をふるいたたせないかぎり、自分はまだ主体 性をもった存在なのだということを忘れてしまう。内面の自由と独自の価値をそなえた精神的 な存在であるという自覚などは論外だ。人は自分を群集のごく一部としか受けとめず、「わた し」という存在は群れの存在のレベルにまで落ちこむ。きちんと考えることも、なにかを欲す ることもなく、人びとはまるで羊の群れのようにあっちへやられ、こっちへやられ、集められ たり散らされたりするのだ。右にも左にも、前にも後ろにも、なりは小さいが武装した、交猾
な わ れ る よ 丑 者 や 刑 吏 の 下 を 人 と し て 劣 亜、 な 順 ぶ 選 抜 に っ い て は す で 述 / ヾ 141 経特期時 。入 所本 を来 放収 れ所 。ネ見 が被 、収 の者 度指 第二段階 け は、 な ら な い っ ま り 収 谷 所 の 臣を 視 . 丘 な か 厳 密 に 臨 床 白勺 な 思、 味 で レ ) 強 の サ 丁 イ 収容所生活 カ 求 め り れ と が ふ た で あ る 被 収 谷 者 の な か か ら カ ポ を 任 命 す る 目 白勺 お ス ト が い た と つ と が ひ と っ そ し て 選 り 才友 き の 監 視 隊 を 編 成 す る と き は サ 丁 イ ス ト の 問 ) 題 に 冫架 り す る っ も り は な い が い に : 答 ん る に は ま ず っ ぎ の ふ た ーっ の 摘 を し な が で き る の か と た ず ね る 0 ) だ り け と め そ よ っ な と が あ り っ る と 知 た 者 は で ( ま 丿い 理 的 に っ し た ら そ ん な と が ほ か の 人 間 に の 幸 告 あ る よ っ な と が で き た の カゝ つ し た 報 を 聞 い て そ の と お み ず カゝ ら 験 し 者 な ら な お の と 関 心、 の あ る 収 所 臣を 者 の 心、 理 だ 0 な ぜ 血 の 通 つ 人 間 ひ と っ の 歹朱 な 題 を 耳又 り あ げ た い っ ま り 理 子 な ら だ オ↓ し も そ し て っ い っ と を 応 の 第 り 収 角罕 さ た と き の 理 に ーっ い て 述 / ヾ る わ け だ そ 月リ に も っ 収 当 の シ ツ ク の 生 活 の 心、 と 述 / ヾ て き て れ か の ノい 的 反 収 所 視 者 の
166 一日 精削 版 オ↓ . と 。医 △間 片反 の も 。改未み つ者 、残 と も 大 人恩 き 起 い 不見 は 旧 版 越た に ま 、百 、方 つ わ る 驚 、推 た冷 。当 感改 く 想訳 べ き 事 実 か が新 、版 で身 り 起 こ期 さ れ ば た稽 ら 静 向 き ム っ た 筆 の 精 神 カ は 胸 . を . カゝ れ る も の が あ る と 圭 き た く な る の も 当 で は い か モ フ ル の 廃 を 目 の た り し 惨 な 経 験 ま で 冷 版 は 旧 版 と し て 才雍 護 し た い れ が 圭 か れ た の は 収 戸 ) 〒 解 放 直 後 と にコ っ て い い 日寺 だ モ フ そ の 実 そ れ ら の 箇 所 で は や や 主 情 的 な 方 向 筆 が す べ と 見 た の で は な か し カゝ し 私 は 旧 な い か 日寺 を お い て 旧 を 検 証 し た と き フ フ ン ク ル は 静 な 科 子 の い場方 か い た っ も り が は ネ申 子 で あ り さ ら は よ り 根 源 的 な 人 間 性 な の だ と す る 筆 者 の 考 ん が つ さ せ た の は て ら れ い る つ た の は カ 所 だ け だ そ の , 真 は し : 量 る し か な い で 扱 わ れ る べ 細 か い と か り と 旧 版 は 多 出 し た モ フ ル と い っ と ば が か ら ( ま ほ と ん ど す / ヾ 九 四 七 年 刊 ク ) 旧 版 と た び 訳 出 し た 七 七 年 刊 の 新 版 で は か な り の 同 あ っ た か ら だ け ど れ は 訳 す べ き だ た と い っ の が 訳 了 し た だ な ぜ な ら 相 山 氏 準 拠 し た か り い カべ な い 励 ま し を い オこ だ い て 僭第 は も 承 矢ロ で を お き : 受 け し た け れ ど の 本 を 若 し、 祝 ん で も ら い と い っ 編 者 し ) 熱 思 を 動 か さ れ ま た 相 L_I_I 氏 な 話 だ と 甲 っ た く 子 浴 し て き た 山 訳 に そ の よ っ な と ( ま 断 じ て き な し、 と も 思 っ そ れ を な ぜ め て 言尺 す の か 審 田 わ れ る も お れ る だ ろ つ 私 自 も は 荒ら 唐 れ 人 性 の の み を 垣 た い し た
間には、戦中の烈しい砲弾の爆裂音のトラウマを残しながら、時代は変って行った。 しようえん あの愚かしい太平洋戦争の絶望的な砲火硝煙の戦場体験を持つ者は、今や七十歳代の終りから私 のように八十歳前半までの老残の人間のみである。どうしても骨っぽい、 ごっごっした文体になっ てしまう。またそれはアウシ = ヴィッツの現場をみた者には避けられないことかもしれない。 それに対して、新訳者の平和な時代に生きてきた優しいらは、流麗な文章になるであろう。いわ ゆる "anständig" な ( これは色々なニアンスがあって訳しにくいが「育ちのよい」とでもいうべ きか ) 文字というものは良いものである。半世紀の間、次々と読者に愛された本書が、さらにまた 読みつがれるように、心から一路平安を祈るものである。 一一〇〇一一年九月
1 2 2 しうことの前では過去の生活にしがみついて心を閉ざしていたほうが得策だと考えるのだ。こ のような人間に成長は望めない。被収容者として過ごす時間がもたらす苛酷さのもとで高いレ ベルへと飛躍することはないのだ。その可能性は、原則としてあった。もちろん、そんなこと ができるのは、ごくかぎられた人びとだった。しかし彼らは、外面的には破綻し、死すらも避 けられない状况にあってなお、人間としての崇高さにたっしたのだ。ごくふつうのありようを していた以前なら、彼らにしても可能ではなかったかもしれない崇高さに。しかしそのほかの 者たち、並みの人間であるわたしたち、凡庸なわたしたちには、ビスマルクのこんな警告があ てはまった。 「人生は歯医者の椅子に坐っているようなものだ。さあこれからが本番だ、と思っているう ちに終わってしまう」 これは、こう言い替えられるだろう。 「強制収容所ではたいていの人が、今に見ていろ、わたしの真価を発揮できるときがくる、 と信じていた」 けれども現実には、人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ。おびただしい被収容者 のように無気力にその日その日をやり過ごしたか、あるいは、ごく少数の人びとのように内面
( した。凍てついた地面につるはしの ほどなく、わたしたちは壕の中にいた。きのうもそここ、 先から火花が散った。頭はまだぼうっとしており、仲間は押し黙ったままだ。わたしの魂はま おもかげ だ愛する妻の面影にすがっていた。まだ妻との語らいを続けていた。まだ妻はわたしと語らい つづけて、 ( た。そのとき、あることに思い至った。妻がまだ生きているかどうか、まったくわ か「りないではないカ 愛する妻 そしてわたしは知り、学んだのだ。愛は生身の人間の存在とはほとんど関係なく、 の精神的な存在、つまり ( 哲学者のいう ) 「本質」に深くかかわっている、ということを。愛 び被収容者であるここからあらぬかたへと逃れて、また愛する妻との会話を再開した。わたし か問いかけると、妻は答えた。妻が問えば、わたしが答えた。 「止まれ ! 」 工事現場に着いオ 「全員、道具を持て ! つるはしとシャベルだ みんなは、使いやすいシャベルやしつかりしたつるはしを手に入れようと、まっ暗な小屋に 殺到した。 「早くしろ、この豚犬野郎 ! 」 なまみ ゾーザイン
医師、魂を教導する こうして、わたしは語りはじめた。まず、とらわれのない目には、お先まっ暗だと映っても しかたない、 と言った。また、わたしたちはそれぞれに、自分が生き延びる蓋然性はきわめて 低いと予測しているだろう、ともつけ加えた。収容所にはまだ発疹チフスはひろまっていなか ったが、生存率は五パーセントと見積もっていた。そして、そのことを人びとに告げた。わた しは、にもかかわらずわたし個人としては、希望を捨て、投げやりになる気はない、 とも一一一口っ た。なぜなら、未来のことはだれにもわからないし、つぎの瞬間自分になにが起こるかさえわ 活 生 からないからだ。そして、たとえあしたにも劇的な戦况の展開が起こるとは期待できないとし 一所 ても、収容所での経験から、すくなくとも個人のレベルでは大きなチャンスは前触れもなくや 階ってくることを、わたしたちはよく知っている。たとえば、とびきり労働条件のいい特別中隊 せんばうまと 第への小規模な移送団に思いがけなく編入されるとか、同じような羨望の的の、被収容者を「幸 福」で舞い上がらせるようなことは、、 ( つも突然起こるのだ。 わたしは未来について、またありがたいことに未来は未定だということについて、さらには
ちょうか しぎやく で嗜虐的な犬どもが待ちうけていて、どなったり、長靴のかかとで蹴りつけたり、あるいは銃 床で殴りつけたりしながら、ひっきりなしに前へ後ろへと追いまわす。わたしたちはまるで、 犬に噛みつかれないようにし、隙さえあればわずかばかりの草をむさぼることで頭はいつば、 の、欲望といえばそんなことしか思いっかない羊の群れのようだと感じていた そして、おびえて群れの真ん中に殺到する羊そのままに、だれもかれもか、五列横隊の真ん 中になろうとし、さらにはできるだけ全中隊の中ほどにいようとした。そうすれば、中隊の横 や先頭やしんがりにいる監視兵から殴られにくいからだ。さらには、中ほどにいれば風がまと もに吹きつけないという利点もあった。 強制収容所に入れられた人間が集団の中に「消え」ようとするのは、周囲の雰囲気に影響さ れるからだけでなく、さまざまな状況で保身を計ろうとするからだ。被収容者はほどなく、意 一所 容識しなくても五列横隊の真ん中に「消える」ようになるが、「群衆の中に」まぎれこむ、つま 階り、けっして目立たない、どんなささいなことでも親衛隊員の注意をひかないことは、必死の 二思いでなされることであって、これこそは収容所で身を守るための要諦だった。 しよう すき ようてい
こんばい と、橇に乗せられて収容所に帰ったことだろう。橇に乗せられるのは、疲労困憊で死にそうな イ間か、すでに息絶えた仲間だけだった。 このような状况では、空襲警報のサイレンがどれほど救いだったか、一ラウンドの終わりを 告げるゴングにあやうくノックアウトをまぬがれたボクサーでも、けっして田 5 い描けない。 なにかを回避するという幸連 ほんのささいな恐怖をまぬがれることができれば、わたしたちは運命に感謝した。 宵のロ、横になる前にシラミ退治ができれば、わたしたちはもうそれだけで喜んだ。屋根か ら ( 室内に ! ) つららがぶら下がる、火の気のない収容棟で、裸になってシラミを取ること自 所 容体は、面白くもなんともない。けれども、たとえば空襲警報が鳴って急に明かりが消え、おか 階げでシラミ退冶を最後までやりとげられなかった、などということにならなかったことを、わ 二たしたちは喜んだ。シラミ退治が中途半端だと、夜もおちおち眠れないのだ。 みし もちろん、収容所生活のこうした惨めな「喜び」は、苦痛をまぬがれるという、ショー ハウアーが一言う否定的な意味での幸せにほかならないし、それもここまで述べてきたように、 そり