ぼくは、刀の重さに、早くも二の腕がしびれてしまった。呼吸が乱れかけている。二本の真剣 のうちのどちらか一本がそのうち必ず・ほくの体に触れ、肉がばっくりと骨まで切り裂かれるにち 、よ、。・ほくは、そう思った。両脚がすくんだまま、動かなくなった。 「さあ。もう一度 ! 」 悪い夢を見ているような時間がつづいた。 これがもしほんとうに夢なら、相手の刀でばっさりと斬られたとたんに、目が覚めるのだが、 現実のできごとだから、いつまでもつづいてしまう。 「さあ、来なさい ! 」 ひとっ覚えのように、先生は、くりかえす。 島ばくに、何度、撃ちこみをさせただろう。 女 しっそうひどくしびれ、脚がもつれた。乱れに 恐怖が重くかさなっているので、・ほくの腕は、、 彼 乱れた呼吸で、胸が苦しい イ もう駄目です、と刀を芝生にほうり出そうとしたとき、 オ 「よろしい。それまで」 の 彼と、先生は言った。 なにが「それまで」だ。気どるな、この野郎、と思いながらも、ほっとして、・ほくは、芝生に 両ひざをついた。真剣を草のうえに横たえ、四つんいになってうしろにさがった。汗が、顔か
・プレートを読んで ほくがいなくても、 O 4 0 0 のナンく 見えないはずだ。あの加速では、・ 覚えているゆとりは、なかったはずだ。すこしアクセルを開き気味に走りながら、・ほくは、ふり かえった。 マ 1 クⅡは左に寄ってとまり、ドライ・ ( 1 が外に出て、ミラーの折れた跡を見ていた。 加速して、・ほくは小川を追った。 、川は、タイミングよく青を狙い、抜けていく。 前方の交差点を 小川が右折した交差点のひとつ手前の信号で、ばくは、とめられた。 青にかわってから、ゆっくり交差点に出て右折すると、小川がすぐさきにとまっていた。なに ごともなかったように、けろっとしている。サドル・パッグにおさめたのだろう。 島「ざっとあんな感じ」 女うしろにとまった・ほくに、ふりかえって小川は言った。 ・ほくは、笑ってしまった。 イ 「ミラーは、ぼっきり折れた」 オ 「そうさ」 彼「車をとめて、折れた跡を見てたよ」 「青天のへきれきさ」 「おどろいただろうな」
がっていく。枯れ葉には追いつけない。ギアは三速に入っている。排気音が爆発のように高まり、 風圧が頭や体のいたるところに重くのしかかる。震動が体じゅうを駆けめぐる。 回転計の針は、赤く塗られたレッド・ゾーンの手前まできている。赤い部分の左端に、白い針 がくつついている。三速でこの回転なら、時速で一三〇は出ているはずだ。これだけのス。ヒード でふっ飛んでも、空中を飛んでいく一枚の枯れ葉に追いつけない。ありえないことだ。時速一三 〇キロで飛ぶ枯れ葉が、あるわけない。こなごなにちぎれ飛んでしまうはずだ。 だのに、滑空しつつ反転をつづける枯れ葉が、前方に見える。追いつけない。追いはじめたと きとおなじス。ヒードで、枯れ葉は飛んでいく。そして、あるとき、いきなり、その枯れ葉は、・ほ くのほうにたぐり寄せられてきた。あっと言うまもなく、・ほくを目がけてまっすぐに飛んできて、 島ゴグルに当たった。 女・ほくは、急制動をかけた。時速一三〇キロからの急制動でも、・ほくのカワサキは、ふらっかな れかった。前輪のダ・フル・ディスクは、おどろくほどの安定ぶりだ。すんなりとスタンディング・ スティルの状態になり、ニュートラルを出してアクセルを閉じると、エンジンは八〇〇回転で安 オ定したアイドリングへ落ちていった。 また 彼ふと下を見ると、一枚の枯れ葉が、ばくの股の前のシートに、横たわっていた。ばくがその棈 れ葉を見ると同時に、風が吹き、枯れ葉はひらりと舞いあがり、ヘッド・ランプの光のなかを横 切り、光の外へ出た瞬間、ふっと、かき消えた。カワサキの、前後左右のフラッシャーがっきっ
クラ・フというところに所属し、休みとなればサ】キット用のマシーンでレースに参加している男 たちが何人もいる。 いま、この部屋に、その男たちのうちふたりが、お茶を飲みながら、雑談している。 ふたりの顔を、ぼくは、それとなく見た。紙きれを四つにたたみ、ジーンズの尻ポケットに入 れ、立ちあがった。 自分のロッカ 1 から、黒い皮の 、。、ツド入りのつなぎを出し、となりの更衣室へいった。 つなぎに着替え、ばくは折りたたみ椅子にすわった。 もうひとっ椅子をひき寄せて両脚を乗せ、腰をずらし、顎を胸にうずめ、両腕を組んだ。そし て、深くひとつ、嘆息。 沢田冬美という十八歳の素敵にかわいい女のこのことを、最初から・ほくは、思い出してみた。 『お願い ! 大つきな・ハイクのうしろに、のつけて ! 』 女のこからの手紙、という投書のペ 1 ジに、冬美の投書がのっていた。 ねりま このみじかい文句に、住所と名前が、そえてあった。住所は東京の練馬区。名前は、沢田冬美 といった。 な・せだか理由は忘れたが、ばくが自分でおカネを出して買ったオート・ハイ雑誌だった。もう、 一年以上も前になる。
四 歩いてきて、 「あと十分で、高速艇が帰ってきて、折りかえし出港するんだ。フェリーはそのあとだ。しか も、高速艇だと二十分、フ = リーは五十分近くかかる。セゾ力は、橋本、おまえにまかせた。俺 たちは高速艇でさきにいこう」 全員が、その意見に賛成した。 「な、橋本。このさいだ、セリカのおもりをして、フエサーでこい」 びきうけざるをえない。そうこうするうちに、高速艇が入ってきた。みんなは切符を買い、は しゃぎつつ、乗りこんだ。すぐに、出港だ。いったんひっ、こんだ小川が、高速艇のドアのところ に出てきて、にやにやと笑っていた。艇は、桟橋を離れた。すぐに見えなくなった。 の第五喜久丸も、去年とかわらなかった。おなじごま塩頭の甲板員がい ぼくの乗ったフェリ 1 た。島へセリカを持っていっても、なんの役にも立たない。そのセリカを一台だけ乗せて、フ = リーは出港した。・ほくのほかに、お客が数人いた。 ふと思いついた・ほくは、昨日オート・ハイを乗せたかどうか、甲板員にきいてみた。 「オート・ハイ ? ああ、ありよった。一台。こがいに大きいが、島じゃあ乗られやせん」 海は夏の陽のなかに輝く。潮の香りが、全身にしみていく。裸の上半身に、陽ざしの熱いきら めきが、吸いこまれる。汗が流れ落ちる。往きかうさまざまな船を遠くに近くに見ながら、うれ しい気分が体の底からわきあがってくるのを、・ほくは覚えた。
170 ぼくは、カワサキのホーンを鳴らした。 気がっかない。もう一度。だめだ。たてつづけに、二度、三度、四度。道をいく人たちが、ぼ くを見る。五度目のホ 1 ン。いぶかしげにミ 1 ョがふりかえり、・ほくを見た。 ・ほくは、手を振った。 きれいな動作で壁をはなれたミーヨは、軽快に、小走りに、歩道の端まで、きた。 ミーヨは、まぶしそうに・ほくを見る。なにか言っている。走り抜け 首をすこし左にかしがせ、 ていくタクシ 1 にかき消されて、聞えない。 車の切れ目をつかまえて、彼女は車道に降り、ぼくのところまで走ってきた。 「元気なの ? なんだか、人がいつばいねえ」 「元気だ」 「カワサキも ? 」 「快調」 ミーヨは、ハンドルに手をかけた。 尻にスポイラーをつけた下品なアメ車が、爆音を放って、ふっ飛んでいく。風圧にミーヨのキ ュロットがはためくのだが、彼女は・平気だ。 「乗れよ」 ぼくは、シートのうしろにさがった。前のほうにスペ 1 スをつくり、ミーヨにまたがせた。
「構えてみたまえ」 両手にずしりと重い 「自分の脚を切らないように、しつかりと、持ちたまえ」 あいきよう 喋りかたに妙な抑揚があり、それが愛嬌となっている。 「こっちへ」 と、芝生のまんなかへ、・ほくをつれ出した。 ばくとのあいだにすこし距離をとり、 「私を斬るつもりで、構えてみたまえ」 と、先生は言った。 重い真剣を、ばくは、ちゃんばらのように構えた。 白刃を右手にだらりと下げたまま、先生は、ばくをじっと見る。眼鏡の奥の目を光らせ、しば らく先生はぼくを見つづけた。 「よろしい。撃ちこみたまえ」 「は ? 」 「・ほくを斬ってよい。斬りなさい」 「どうすればいいのですか」 「こうだ」
「よろしく頼む ! 」 ひとこと、そう言うと、瀬沼は、タンク ・・ハッグとヘルメットを、部屋のまんなかにむかって ほうりあげた。 ・ハッグは、大きなテー・フルのうえに落ち、赤いへルメットは、・ほくがかろうじて受けとめた。 瀬沼は、廊下の奥にむかって走り去った。ライディング・・フーツの足音が消えるのと入れちが いに、また足音がした。小走りにくる。 ドアロに、自ハイの警官がひとり、仁王立ちになった。皮の手袋を右手に持ち、左の掌をそれ 制服の下の分厚い胸が、荒れた呼吸をコントロールしている。股を開いて突っ立ち、一重まぶ たの細い目で、部屋のなかにいる・ほくたちを、見わたす。びとりひとりの顔を、容赦なく吟味す る。態度は自信に満ちている。浅黒い顔に、義憤の表情がある。 「どこへいったっ ! 」 時代劇俳優のような声で、白パイの警官は、怒鳴った。 「出てこいっ ! 」 ・ほくたちは、あっけにとられた。 さっきの瀬沼はこの白・ハイ警官に追われていたのだなと納得できるまでに、しかし、あまり時 間は必要としなかった。 また
「ナミは、なんて言ってる ? 」 「いまのとこ、乗気だよ」 「アレンジャ 1 として、おまえがからむわけだ」 「それはナミの勝手さ」 「ふうん」 「自分でつくった歌は、たくさんあると言っている。をつくるとして、どの歌をどんなふ うにうたうか、それをきめるのが、ナミにとっては、たいへんらしい」 ミ 1 ョが、・ほくたちのほうに顏をむけた。片手をあげ、笑いながら、・ほくたちを手招いている。 「お呼びだよ」 「ナミは色が白くなったと思わないか ? 」 の 彼と、・ほくは、きいた。 イ 「ここから見ると、ミ 1 ョは黒くて、ナミは、まっ白だ」 小川は、微笑していた。ぼくに顏をむけなおし、こう言った。 オ 「はらんでるのさ、子供を」 の 彼 冬の晴天の日は、空がうっすらと青い。陽ざしは、充分に明かるいけれども、弱い。風が、容
・ほくは、うなずいた。 「ごまかしのきかない音楽たってあるでしよう」 「だろうな」 「まだ見つけてないのね」 「見つけてない」 「それまでは、ずっと落第するの ? 」 「再来年くらいには、卒業しよう」 「小川さんは、作曲に一生懸命みたい」 「オートパイが主役なんだってさ」 島 「その曲の ? 」 の 女 「うん」 彼 れ「聴いてみたい」 「マスター・テー。フまで作るって言ってたから、春さきには聴けるな」 オ ・ほくたちは、『アランフェス協奏曲』を最後まで聴いた。 の 彼 ミーヨよ、べッドに腹まいこよっこ。 窓のほうを見ながら、 「まだ雨かしら」