ろって三年間の予定でポーランドへ出張することになり、よかったら留守番がわりに若い人に住 幻んでいてもらいたいと、その人からミーヨの母親に話が持ちこまれた。 家賃は無料だという。光熱費を負担し、改造したり模様がえしたりせずにそのまま住んでもら えばそれでいし ということだった。 ・ほくたちは、引っこした。ふたりには明らかに広すぎるし、家のつくりそのものに、たいへん な違和感がある。だが、家賃がないのは助かるし、なによりもいいことには、その家から歩いて 三十分ほどのところに、広い自動車教習所がある。 日曜祭日ごとに、全コースを、貸しコースとして有料で開放している。ミーヨにカワサキを押 させて歩いていけば、取りまわしの練習になる。 八つもの部屋は必要ではない。使用しない部屋をきめ、それ以外の部屋でばくたちは生活する ことにした。家具は、倉庫会社に管理してもらっているという。 がらんとしてなにもない家のなかは、さつばりして気持よかった。会社の先輩の、ロードレ 1 スをやっている男から、ロ 1 ドレース用のマシーンの運搬に使う・ハンを借りてきて、一回ですべ ての荷物を運んでしまった。 夫婦そろってオ 1 ディオが趣味だとかで、防音の部屋がひとつあった。アン・フやス。ヒーカーは、 倉庫会社の倉庫に、レコ 1 ドと共に眠っている。厚いカーベットを敷きつめた部屋に、ばくは、 第二ゆたか荘から持ってきたささやかなオ 1 ディオ装置を、置いてみた。
で、地下コンコースまで、カワサキをふっ飛ばした。爆音は、祝砲のかわりだ。 ほくのほうがさきに帰りついた。 アパ 1 トこよ、・ 友人の小川敬一が、来ていた。あがりこんで畳に寝そべり、を聴いていた。ショパンの練 ープ』だ。 習曲『エオリアン・ハ 、川は、起きあがり、眠気を振り払うように、頭を振った。 部屋に入ってきたぼくを見て 「そうか、おまえには、合いカギが渡してあったな」 びところる 、、川は、オート・ ( イでよく遊びにきていた。・ほくが部屋にいなくてもあがりこんで 、、日は、ヤマハの 2 5 0 に乗 待っていられるように、合いカギを渡しておいた。あのころ 4 丿 島っていた。去年、ホンダの o 40 0 フォアⅡにかえた。 女「この部屋に来るのは、久しぶりだ。しかし、なんにも変わってない」 「変化は俺の内部にある」 イ 「なにを言ってやがる」 オ ト川は、部屋のなかを見渡した。 彼「レコ 1 ドでも聴いてようと思ったって、ろくなのないじゃないか」 と、数枚を指さした。 「なぜ、レターメンだけなんだ」
楽しくしているうちに、日は暮れてきた。 ・ほくには、下心があったのかもしれない。カワサキではなく、借り物のセリカにしたとこなど は、下心と言われても弁明はできない。そうだ、やはり下心はあったのだ。 帰り道、森のなかのモーテルに入った。モ 1 テル『愛の鳥』。「愛」が赤いネオン。「の」は、 紫。そして、「鳥」は、・フルーだった。 の部屋、第二ゆたか荘 204 号室 冬のあいだ、ずうっと、つづいてしまった。・ほくのアパート にも、よく来た。 話が前後するけど、秋がはじまると同時に、ばくは、全日本急送の準社員になり、いま働いて いる通信社で、オートパイに乗る仕事をはじめた。全日本急送のことは、冬美が教えてくれたの 女冬美は、ばくの部屋で、料理をつくってくれたりもした。 彼 冬の寒い日、オートパイ乗りのきつい仕事から帰ってくると部屋に冬美がいるのは、たしかに、 イ ・ ( うれしかった。かわいい顔を見ていると、ほっとする。 一でも、春が来て、冬美が高校を卒業するころになると、再び話題がなくなりはじめた。自分で 彼は気がついていなかったけれど、ぼくは、冬美からはなれていきつつあったのだ。 かならず、ぼくの部屋に はなれていくぼくを、冬美は、つなぎとめようとした。土曜日には、 きてお化粧した。
今日は、いやな日だ。 一週間の夏休みをとっていた・ハ不トさきのおなじ職場の先輩、沢田秀政が、今日から仕事に出 てくる。だから、いやな日。 ・ほくは、午後からの出社だ。 くるまだま カワサキで会社へいき、車溜りに入れ、同僚たちの溜りである地下一階の部屋へいった。 昼食のすぐあとなので、部屋のなかには、顔ぶれがそろっていた。 「よう、ペ ートーベン」 「英国紳士、登場 ! 」 「あなた、なにしてるヒトなの ? 」 「学生。学校には、ほとんどいってないけど」 「音楽の学校 ? 」 「作曲」 「ほんとうなの ? 「将来はべー ばくは、ナミに、きつく抱きっかれてしまった。
立っていって、・ほくはドアを開けた。ミーヨだった。小さな赤いスーツケースをひとっさげて 1 ドアの外に立っていた。 ・フーツを脱いで部屋にあがり、 「すぐにわかった。まちがえずに来れたのよ」 と、部屋を見わたした。 日よ・まくを見た。 ミーヨを、ぼくは川に紹介した。うさんくさそうな顔で、 「ああ、おなかすいた」 る月カら煙草をもらい、火をつけ、柱にとめてある写真の前まで歩いた。 そう一一 = ロったミーヨよ、、ー、 「なんだか、これは大昔みたい」 と、煙草をはさんだ指で写真を示した。 「年なんだよ、おたがいに」 「そうなのかしら、やつばり」 「二十四にもなってしまった」 「今日」 「おめでとう」 「ほんとに、おまえ、今日が誕生日なのか」
「いってやってくれ。ものは、原稿だ。政治部のテスク。現場の警官に話がとおしてあるか 「すぐに。な」 「村田のオート・ハイは ? 」 「こっちからもう車が出てる」 、。ッドの下に押しこんである、段ボールの整理箱をひつばり出した。、 受話器を置くと、・ほくはヘ 雨の日にオート。ハイに乗るための服が、しまってある。 「仕事 ? 」 島と、ミ 1 ョ力、 tJ く。 の 女「仕事」 手早く着替え、部屋を飛び出した。 イ レカワサキで雨のなかに出ていく・ほくを、 彼廊下に重い足音が聞えた。走っている。 原稿輸送員の部屋に、その足音は、むかってくる。 半開きのドアを蹴りとばし、瀬沼という男が戸口に立った。荒い呼吸をしている。 ら」 ミーヨは階段の下で傘をさして見送った。
222 ミーヨは、微笑した。 「まわりの海も含めて、島は広いと言うのね」 「そうだ」 「なぜ広いといいの」 「なぜって。たまには広さを補給しないと。それに、島はぼくを日常から切り離してくれる、 「ふん、ふん」 「切り離さないと、正確につかめない」 「そうね」 「そうなんだ」 もう四日も、雨がつづいている。 今日は、久しぶりに休みが取れた日曜日だ。雨でなければ、日曜に出勤しなければならない男 の肩代わりをして稼いでいるはずだが、雨だから、それはやめにした。 日曜日の昼さがり。外は雨だ。 第二ゆたか荘の、・ほくの部屋。 ミーヨは、・ほくのべッドに体を横たえ、片ひじをつき、掌で頬を支えている。 ・ほくは、ペッドにむかいあった壁に背をもたせかけて畳にすわり、両脚を投げ出している。 ミーヨよ、 ミーヨの服が、さがっている。女性の部屋のようだ。 壁じゅう、いたるところに、 かせ
でんえんちょうふ 田園調布から夜中の道路を、カワサキのエンジンをガンガンにまわして、・ほくは社に帰った。 しか 遅いと言って、デスクからひどく叱られた。事情を説明しても聞き入れてくれないのだ。 作家の先生がくれた小さな封筒には、一万円札が六枚、入っていた。 仕事をおえてア・ハートに帰ってきた。 ドアのカギをあけていると、部屋のなかで電話が鳴りはじめた。 ブ 1 ツのまま部屋にあがり、受話器をとった。 「あら、いたの ? 」 若い女性の声が、電話のむこうでそう言っている 1 「いるさ」 「第二ゆたか荘なのね」 「そう」 「私のとこは、すみれア・ハート」 そうだ。西宮の白石美代子だ。 すみれアパ 1 ト。 「よう」 「ほんとにかかるのかどうか、電話してみたの」 「かかっただろう」
警官は、一歩、前へ出た。 右腕をまっすぐにのばして・ほくを指し、 それをかぶっていた男は、どこへいった」 「その赤いへルメット。 ・ほくを、はったと、にらみつけてよこす。 すこし間を置き、 「どこにもいきませんよ」 と、・ほくは、こたえた。 「このヘルメットは、・ほくのだから。朝からずっと、・ほくはここですよ」 「それは、ちがう ! 」 島 警官は、おかしな言いかたをする。 の 女 「ちがわねえよお」 彼 ナみ れ部屋の隅で漫画を読んでいた小野里という男が、どすのきいた低い声を出した。いま部屋にい る男たちのなかでは、いちばんの年かさだ。 オゆっくり立ちあがって漫画をテー・フルに伏せ、小野里は、警官の前へ歩いた。 彼 「いきなり人んちへ入ってきて、なんなんだよう」 警官も負けてはいない。右腕をのばし、小野里を無言で押しかえした。 「なんだよう。なぜ、人を押すんだよう」
「よろしく頼む ! 」 ひとこと、そう言うと、瀬沼は、タンク ・・ハッグとヘルメットを、部屋のまんなかにむかって ほうりあげた。 ・ハッグは、大きなテー・フルのうえに落ち、赤いへルメットは、・ほくがかろうじて受けとめた。 瀬沼は、廊下の奥にむかって走り去った。ライディング・・フーツの足音が消えるのと入れちが いに、また足音がした。小走りにくる。 ドアロに、自ハイの警官がひとり、仁王立ちになった。皮の手袋を右手に持ち、左の掌をそれ 制服の下の分厚い胸が、荒れた呼吸をコントロールしている。股を開いて突っ立ち、一重まぶ たの細い目で、部屋のなかにいる・ほくたちを、見わたす。びとりひとりの顔を、容赦なく吟味す る。態度は自信に満ちている。浅黒い顔に、義憤の表情がある。 「どこへいったっ ! 」 時代劇俳優のような声で、白パイの警官は、怒鳴った。 「出てこいっ ! 」 ・ほくたちは、あっけにとられた。 さっきの瀬沼はこの白・ハイ警官に追われていたのだなと納得できるまでに、しかし、あまり時 間は必要としなかった。 また