させているかぎり、父親に対する怒りに気づかないでいられたからである。 「死んだ人間の悪口を言ってはいけない」は常に正しいか 〃完璧な親〃の呪縛は、その親が死んでも消えないばかりか、むしろいっそう強くなる。自 分がそのような親に傷つけられていたことを認めるのはとてもつらいことだが、親が亡くな った後では、それを指摘するのはさらに難しくなるのが普通だ。「死者にムチ打つような」 という表現があるように、死んだ人間を批判するのは「してはならないこと」という強い意 識が一般にあるからである。その結果、どんなにひどい親であろうとも、ひとたび死ねば、 存命中に行ったひどいことについて批判はおろか触れてもいけないような気分にされてしま なう。まるで、死にさえすればすべてを忘れてもらえる特権を与えられているかのようだ。そ よのため、害毒を与えた親は墓のなかで安眠し、一方で残された子供からはネガテイプな気持 の ちが消えることかない 神「死んだ人の悪口を言ってはいけない」というのは使い古された一 = ロ葉だが、そのために、死 んだ親が原因となって引き起こされている問題について、子供が現実的な解決をする努力が 章 まま 一阯まれてしまうというのもまた事実なのである。真実をいうならば、生きていようが死んで いようが、過去に起きた出来事の事実は変わらないのだ。 「親は絶対である」「いつも自分は正しい、というタイプの親は、好んで勝手なルールを作
ういう親のことをいう。 私はこのような親をどう呼んだらいいのかとさんざん考えてみた。そして、さまざまなパ ターンはあるにせよ、そういうたぐいの親を一言で表現するのにびったりな言葉はないもの かと考えるたびに、頭をよぎったのは、「有毒な」とか「毒になる」という一 = ロ葉だった。ち ようど公害を引き起こす有毒物質が人体に害を与えるのと同じように、 こ一ついう親によって むしば 子供の心に加えられる傷はしだいにその子供の全存在にわたって広がり、心を蝕んでいくか らである。そして子供が成長するに従い、負わされた苦しみもまた大きくなっていく。この ような、成長した後もなお子供を苦しめ続ける、いわば「くり返し継続しつづけるトラウ マ」とでも呼べる苦痛の原因となっている親を表現するのに、これ以上びったりな一一 = ロ葉があ るだろうか ? ところで、いまここで「くり返し継続しつづける」と書いたが、そうでなくても当てはま る例外が二つだけある。それは肉体的な暴力と性的な行為である。これらの場合は、ほんの 一回の出来事であっても、子供の心には計り知れないネガテイプな影響を与えてしまうこと がある。 私たち人間にとって、子育てというのは決定的に重要な技術を必要とする仕事のひとつな のだが、残念なことに、ほとんどの家庭においては経験から学んだ勘を頼りに手探りで進ん でいかなくてはならないのが実状だ。この分野の研究が進んだのはごく最近のことであり、
いるだけなのである。いずれにせよ、どのような方法を取るにしても、自分の「感情」をは つきり認識することなしに、これより先に進むことはできない。 抑え込まれて自覚していなかった感情が表面に出てくる時には、しばらくのあいた、非常 りに不快な気分が続くことがあるので、ゆったりと構えてあまり先を急がないことが大切だ。 専門家のセラピーを受ければたちまち気分がよくなるように思っている人もいるが、そんな のことはあり得ない。むしろ気分はよくなる前に一度悪くなるのが普通である。この作業は 蛎「心の外科手術」のようなものだ。傷は治癒する前にまず洗浄しなくてはならないし、痛み 日が消えるまでには時間がかかる。だが、痛みを感じるのは癒えるプロセスがはじまったとい う証拠でもあるのだ。 生冂 読者が自分の感情を調べる作業を容易にするため、つぎのチェックリストでは感情を「罪 感 悪感」「恐れ」「悲しみ」「怒り」の四つに分けてまとめてある。これらの感情はすべて、き つかけがあると自動的にわきあがってくるネガテイプな感情であり、たいていはトラブルの え 「もととなる感情であるが、発生の予測がつくものでもある。自分の状態に近いと思われるも 章のに印をつけてみてほしい。 第 リ〈親との関係で私が感じる「感情」〉 1 ・私は何事でも親の期待通りにできないと罪悪感を感じる。
とを好まない人間 ( たいていはもう片方の親 ) が、問題のある親の回復を妨害しようとするこ とがある。また、問題のある子供がセラピーなどを通じて心の健康を回復しはじめると、セ ラピーをやめるように親が圧力をかけたりして妨害することもある。 る す を 4 ・三角関係を作る 動 行 「毒になる家庭」では、片方の親がもう片方の親に対抗するために子供を味方につけようと 、な することがある。そうなると子供は不健康な三角関係の一角に組み込まれ、常にどちらを選 よ の ぶのかという圧力をかけられて二方向に引き裂かれてしまう。この場合、親は自分たちの抱 なえる問題に正面から取り組むことなく、相手の問題点を子供に言いつけることで自分の気分 を楽にしようとする。子供は両方の親からネガテイプな感情の荷おろしをする場所にされて 親 しま一つ。 る 、な 「 5 ・秘密を作る 嶂「毒になる親」が生きていくには、家庭内に外部の人間が入れない自分たちだけの閉ざされ 第た世界を作る必要があり、そのために〃秘密〃が必要になる。これは特に、彼らにとっての おびや 家庭のバランスが脅かされた時に、家族のメンバーを結びつけておくために役に立つ。例え ば、本当は親にぶたれてあざを作った子供が、「階段でころんでケガをした」と人に言って
116 分が悪いことにされた。子供はそういう状態に置かれた時、感情の持っていき場がない。彼 は子供時代の体験を私に話しているあいだじゅう落ち着かず、もう何十年も前の出来事なの にもかかわらず、いまだに思い出すたびに居心地の悪い思いをしているのがよくわかった。 彼のつぎの言葉は強く印象に残った。 ひきようもの 私は父を憎んでいます。なんという卑怯者だろうと思いますよ。そのころ私はまだほん の小さな子供だったのですから。いまでも父は同じような冗談を言います。私をからか えそうなことが何かあれば、絶対に見逃さないんですよ。そしてひどいことを言ってお いて、すぐ善人みたいな顔をして笑うんです。最悪ですよ。 彼はカウンセリングをはじめたばかりのころ、自分が極度に神経質であることと子供時代 の父親の″あざけり〃とが関連していることにはまったく気づいていなかった。当時は、父 親からひどいことを言われても、それがひどい行為だとだれも認めてくれず、だれも助けて はくれなかった。典型的な〃絶対に勝ち目のない状況〃に置かれていた彼は、「自分は弱虫 だ」と感じていた。 大人になって家から独立し、社会人になったが、それで基本的な性格が変わるわけではな し父親のいじめによって身についた、人に対するネガテイプな反応のパタ 1 ンは、対人関
ができたなら、あなたはいままでに経験したことのない自信に満ちた自分を体験できるだろ その日に備えるにあたっては、最悪なケースを想定しておく必要がある。親の激高してい る顔、哀れを誘う表情、涙を流している顔などを頭のなかに浮かび上がらせ、彼らが怒って 吐く言葉や、事実を否定してあなたを非難している声を耳のなかで再現してみる。親が言い そうなセリフを声に出して言ってみることによって、そういう親の一一 = ロ葉に過敏になっている あなたの心が反射的に反応しないように自分を慣らす。そして、自己防衛的になって相手を 攻撃することなく冷静に対応する練習をする。信頼のおける友人やパートナ 1 、またはカウ ンセラーなどに親の役をやってもらい、親があなたを攻撃する時にいいそうなあらゆる言葉 を言ってもらうのもよい ( 訳注【これについては「ロール・プレイ」の項を参照のこと ) 。予想 道 のされる親のネガテイプな反応に対しては、つぎのような一一 = ロ葉を練習しておく。 独 ・あなたはもちろんそういう見方をするでしようが、 章 三・私のことをそんな風にののしったりわめいたりしても、何も解決しませんよ。 第・そういう決めつけは受け人れられません。 ・あなたがそのようなことを言うということ自体、こういう話し合いが必要だという証拠で す。
対象となったのだ。 この事実を正直に認め、心の ここまでわかれば、もう彼のすべきことはひとっしかない なかにいまでも住んでいる「傷ついた少年」を癒すことである。 その晩、私は家に帰ってからも彼のことが頭から離れなかった。親からいかにひどい扱い を受け、みじめな思いをしながら育ったかということをやっと認めた時の、目に涙をためた 彼の顔が何度もまぶたの裏に浮かんだ。 私はその前から、彼と似たような問題を抱える数千人の成人男女を長年にわたってカウン セリングしてきた。彼らはみな、いずれも愛情の欠ける親によって子供時代を破壊され、そ の結果、心にネガテイプなパタ 1 ンをセットされてしまっていた。そして、そのために大人 になった現在も生活が大きく影響され、いまだにその心のパターンに人生がコントロールさ れているという問題に苦しんでいた。私は思った。世の中には、彼らのほかにも同じような 理由で人生がうまくいかず、だがなぜそうなのか自分ではわからずに苦しんでいる人たちは と。私が本書を書く気になったのはその時だった。 何百万人といるに違いない、 なぜ過去を振り返る必要があるのか いまあげた整形外科医の物語は、特にめずらしい話ではない。私はこれまでにもカウンセ ラ 1 ( 心理セラピスト ) として、十八年間に ( 訳注〕本書が書かれたのは一九八九年であり、著
く世界はどういうものか」「ほかの人間にはどのように反応し行動したらよいか」などのこ とを判断していく。 それゆえ、不幸にしてこれまでの章で述べてきたような「毒になる親」に育てられた子供 は、自分でも気がっかないあいだに「他人は信用できない」「どうせ自分のことなどだれも かまってはくれない」「自分には価値がない」などのネガテイプな意識を身につけてしまう 可能性が高い。このように自己を規定する意識を心のなかに固定させてしまうと、しだいに 自滅的な性格を作り上げていく。 そういう人間から不幸を減らすには、そのような意識を変える以外にない。人生のシナリ オは、たとえそれが子供の時からしみついた意識によって書かれたものであっても、その多 くは書き換えることが可能なのである。だがそのためには、まず「無意識のうちに抱いてし まう感情」「自分の送っている人生」「自分が信じていること」などのどれほどが、自分が育 った「家族というシステム」によって作り上げられてきたのかを知る必要がある。 ここでひとっ忘れてならないのは、親にもまたその親がいるということだ。あたたかくて 愛情にあふれ、建設的な心をはぐくんでくれる親を持った子供が「毒になる親」になるとい うことはない。つまり「毒になる親」というのは、その親もまた「毒になる親」だったので ある。かくして、そこには「毒になる家系」とでもいえるものができあがってしまってい る。ちょうど、高速道路で事故が起きると、後ろからくる車がつぎつぎと玉突き衝突してし
なぜ彼らは子供に暴力を振るうのか 子育てをしたことのある親なら、そのほとんどが一度や二度は子供を叩きたいという衝動 にかられたことはあるに違いない。特に子供が泣きやまなかったり、わけのわからぬことを 言ってダダをこねたり、反抗した時などには、そういう気持ちになることがあっても無理は ない。だが、それは子供がそういう行動をしたからというより、その時の親自身の精神状 態、例えば、疲れている、ストレスがたまっている、不安や心配事がある、または自分が幸 福な人生を生きていない、などが原因であることのほうが多いのである。 多くの親は、子供を叩きたいという衝動が起きても抑えることができ、実際には行動に移 さないでいることができる。だが不幸にして、それができない親も多いのである。それはな 親ぜなのか。行動に出してしまう親と、出さないでいられる親の違いを決定づけるものは何 るか。確実なことはわからないが、子供に暴力を振るう親には共通したいくつかの特徴があ をる。 暴その第一は、まず自分の衝動をコントロ 1 ルする能力が驚くほど欠如していることだ。そ 章のために、自分の内部に怒りやフラストレ 1 ションなどの強いネガテイプな感情が生じるた 第びに、それを子供に向けて爆発させてしまう。つまり、自分の行動が子供の心にどのような 弴結果をもたらすかということについて、ほとんど自覚していないと言っていい。彼らの行動 はストレスに対する反射的でほとんど自動的な反応に近く、衝動とそれに対する反応行動が
みんなから放り出された状態のことを考えると怖くてなかなかできなくなる。 それと同じ心理状態は、大人になってからもあらゆる人間関係にあらわれる。他人による 自己の″からめ取られ〃に慣らされてしまうと、恋人、上司、友人、時には見知らぬ人に対 してすら同様な反応をしてしまうのである。人にどう思われるかが気になって仕方がないた め、常に自分以外のものからの承認と賛同を得ていなければ自己が保てない人間になってし まうためだ。 「兄弟を比較する親」のタイプ このタイプの親は、ターゲットとなる子供をひとりだけほかの兄弟姉妹と比較して叱り、 親の要求に十分応えていないことを思い知らせようとする。よくもっとも独立心の強い子供 がターゲットにされるが、これは子供たちが全員で団結して反抗しないようにするための分 断作戦のようなものだ。親のいうことをいちばん聞かない子供が家庭内の統率をいちばん乱 すというわけである。 こういう親の行動は、意識的であれ無意識的であれ、本来なら健康的で正常な兄弟間の競 争心を醜い争いへと変えてしまい、兄弟間に嫌悪感や嫉妬心を生じさせてしまう。そうなる と、その子供たちは、将来、一般的な人間関係においても無意識のうちに同様のネガテイプ な感を抱く傾向が身についてしまう。 しっと