二十日 - みる会図書館


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1. 点と線

112 だが、主任はすぐに三原を手放すのに未練気だった。 「君、どこから手をつけてみるのだね ? 」 ときいた。さり気なさそうだが、熱心なことは顏色に出ていた。 「まず一月十九日と二十日と二十一一日の、三日間の彼の行動を洗ってみましよう」 三原が言うと、主任は目を宙に止らせた。 「十九日と二十日と二十一日。そうか、二十一日朝に情死体が香椎で発見されたから、その前の 線二日間も調べるというわけだね。二日間は東京と九州の距離たね ? 」 「そうです。そういう意味では二十二日も必要でしようね ? 」 と「東京と博多は急行で何時間たな ? 」 「約二十時間とちょっとです。特急なら十七時間二十五分ですが。例の〈あさかぜ》です」 点「そうか。往復の所要時間たけでも、四十時間ぐらいはかかるわけか」 主任は煙草をはさんだまま、親指で目のふちを撫でて考えていた。 三原は、昨日の応接間にまた通された。いま電話で話しているから、少しお待ちくださいと茶 を運んた女の子が言 0 たが、その言葉のとおりに、安田辰郎は容易に姿を現わさなかった。三原 は、・ほんやり壁にかかっている静物の油絵を眺めていた。商用の電話というものは、すいぶん長

2. 点と線

「なるほど。じゃ、二十日の晩のその時刻に、三十歳ぐらいの洋服の男と、二十四五歳ぐらいの 防寒コートを着た和服の女の連れが、駅から出てきたのを見ませんでしたか ? 」 「二十日の晩 ? だいぶ前のことですな。さて」 店主は考えるように小首を傾けた。これは無理な質間かもしれない、と重太郎は思った。四五 日前のことなのである。日を言ってもわかるまい。彼は、ふと別な間いかたを思いついた。 「この前、この辺の浜で心中があったことを知っていますか ? 」 うわさ 「はあ、朝、死体がわかったことでしよう ? 噂でも聞いたし、新聞も読みました」 「それですよ。それが二十一日の朝です。二十日というのは、その前の夜ですが、思いだしませ とんか ? 」 「ああ、そうか」 点店主は印入りの厚い前だれをたたいた。 「それなら思いだしました。そうですか、あの前の晩のことですか。それなら、見ましたよ」 「え。見た ? 」 重太郎は目を輝かした。 「ええ、見ました。どうして覚えているかというと、翌日、心中騒ぎがあったからですよ。そう ですな、あの晩の九時二十五分の客は十人ぐらいしか駅から出ませんでした。いったいにその時 刻は汽車から降りる人が少のうございましてね。その中に、今、おっしやったような洋服の男と

3. 点と線

点 169 とから調査されることを予想している彼のことだから、二十日をまるで東京を留守にしているよ うな不用意をするはずがない。事務所かどこかにかならず顔を見せているであろう。すると二十 日の午後から汽車で博多に行ったのでは香椎の現場に間にあわないから、これも飛行機を利用し たに違いない 三原は日航の時刻表をまた調べた。東京発十五時、福岡着十九時二十分とい う最終便があった。羽田まで車で飛ばせば三十分で行ける。安田がよそをまわって上野駅に行く からといって、二時すぎに事務所かどこかを出て行っても少しもおかしくはないのだ。 線そこで、安田が利用したと思われる飛行機と汽車と、その推定行動を書いてみた。 20 ロ 15.00 当田ー↓ 19.20 亘新一」・ ( い 0 当霹行主亘旨ⅱー壑 b 汁び ) 21 ロ 8.00 新 frJ ・ー↓ 12.00 当田 13.00 当三ー↓ 16. , 00 論 17 ・ 40 ( 自当 ) ー・・↓ 18 ・ 44 、」 , 19.57 、」一吝 ( 県 D 巳 20.34 稾 21 ロ . 22 ロ . 23 ロ旨 lkJ 」 L 髯ⅱ . ま。 ( できた ) と三原は思った。何度もこれを見なおしているうちに、ふと一つの疑点が浮んだ。

4. 点と線

ニアッティル。二二ヒ、二三 . ヒ、ヤスダハ〇ソウニトマッティル」 半分は予期したことだが、三原は落胆をどこかにお・ほえて、椅子に腰をおろした・ ( 札幌の双葉商会の河西という男は、一月二十一日に駅で確かに安田と会っている。二十二日、 二十三日に、市内の丸惣旅館に彼は滞在している。ーー安田が言ったとおりだったな ) 三原は煙草をとり出して喫った。部屋には誰もいない ・ほんやり考えるには都合がよかった。 この返電の結果は予想したとおりであった。安田の答弁と食い違うのが嘘なのだ。すぐにシリ 線の割れることを安田が言うはずがなかった。すると、彼はやはり二十一日に北海道に到着してい たのだ。二十日は、九州で佐山とお時とが情死を決行した夜であり、二十一日朝はその死体が発 と見された。その時間は安田は北海道に向う急行《十和田》の列車の中であった。それでなければ、 札幌駅で双葉商会の河西という男と会えるわけがない。 かんげき 点しかし三原は、安田が東京駅で四分間の巧妙な間隙をねらって、佐山とお時の出発に第三の目 撃者をつくったことが頭から離れなかった。その目的はまた分らない。分らないだけに、二十日 ( その夜、佐山とお時は情死 ) から二十一日 ( その朝、死体発見 ) の両日にかけて、安田の行動 を九州になんとなく結びつけている。いや、 . そうしたがっている気持を、自分で執拗だと意識し ている。だが、現実は、安田は九州とは逆に行動していた。西へ行かすに、北に行ったー ( 待てよ。逆の方向に行ったのが、おかしいそ ) 三原は二本目の煙草に火をつけた。逆に行ったことに何か安田のわざとらしさがあるような気 132 しつよう

5. 点と線

は二日ばかり滞在して二十五日に東京に帰ってきていますね」 安田は手帳を見ながら言った。 2 」うこ 北海道。 三原は茫乎とした目をした。九州とは、まるで正反対ではないか。 「くわしく申しあげましようか」 安田は、三原の顔を眺めながら、目尻に皺をよせて言った。 「そうですな。うかがわせていたたきましようか」 三原は、ともかくも、手帳と鉛筆とをとり出した。 「二十日の十九時十五分の急行で上野を発っています。これは《十和田〉号です」 と「ちょっと。そのご旅行は、お一人でしたか ? 」 「一人です。仕事で出張の時は、今までたいてい一人です」・ 点「わかりました。・ とうそおつづけくたさい」 せいかん 「青森には翌朝の九時九分に着いています。これは九時五十分発の青函連絡船に接続があります から、それに乗船しました」 安田は手帳に書きつけた字を拾いながら言った。 はこだて 「連絡船は十四時二十分に函館に着きます。これも根室行の急行に接続があります。十四時五十 分発の《まりも〉です。札幌には二十時三十四分に到着しました。駅まで出迎えてくれた双葉商 かわにし 会の河西さんという人の案内で市内の丸惣という旅館にはいりました。これが二十一日の夜です。 115 めじりしわ まるそう た ねむろ とわだ

6. 点と線

鳥飼は仕方がないので、列車食堂の「御一人様」という伝票のことを言った。話しながら娘の 愛情と食欲の問題が頭にうかんだが、さすがにそれは話さなかった。 「なるほど、おもしろい着眼ですね」 と三原は、目もとに微笑をたたえてうなずいた。外交員のように柔和であった。 「その伝票は、保存してないのですか ? 」 「変死ですが別に犯罪ではないので、持物はいっさい遺族が引きとりに来たときに渡しました」 係長が横から説明した。 「そうですか」 三原は眉の間に、失望をかげらせたが、 「伝票の日付は、たしかに一月十四日でしたか》・」 点と、島飼にきいた。 「そうです」 「その日は、佐山が『小雪』の女中のお時と東京駅を《あさかぜ〉で出発した日ですな。ええと と言いかけて、ポケットから手帳を出してひろけた。 「ここに、《あさかぜ》の時刻表を控えておきました。東京発が十八時三十分、熱海が二十時、 静岡が二十 - 一時一分、名古屋が二十三時二十一分、大阪が二時になりますが、これは午前ですか と

7. 点と線

206 さいわい、安田の北海道行きが崩壊し、一月二十日の十五時羽田発の日航機で博多に向い、十 いた・つけ 九時二十分板付着、香椎海岸の同夜二十一時ごろの情死時刻には、彼はその現場にいた証明がで ぎましたが、それなら両人の情死と安田の関係となると、壁に突きあたったように行きどまりま た。いかにしても、その推測ができない。私は頭をかかえこみました。 そんな苦悩のつづくある日、私は喫茶店に行きました。私はコーヒーが好きです。それでよく 主任に笑われるのですが、そのときもなんだかくしやくしやしたので街へ出かけました。いつも 線なら行きつけの有楽町の店にはいるのですが、その日は雨なので、近い日比谷のはじめてのコー ヒー店にはいりました。 とその店は二階がありました。入口のドアを押そうとすると、ひょっこり若い女が横から来てか ち合いになりました。私は紳士の精神を発揮して、先をその女に譲りました。派手なレインコ 1 トを着たきれいな若い女です。微笑して会釈し、先にはい 0 て階段下で店の女の子に傘をあすけ ます。続いてあとから私がはいり、同じく傘を預けようとすると、店の子は同伴だと思 0 たのか、 二つの傘をいっしょに紐でくくって一枚の番号札をくれました。若い女は少し赭くなり、私はあ わてて、 。 - へつべったよ」 「違う、違う。連れではないんた。。 と言いました。失礼しました、と店の女の子は、一つにくくった傘を二つに離し、あらためて もう一枚の番号札をくれました。 点 ひも あか

8. 点と線

195 点 三原は、すぐに電話をとって、上野の車掌区を呼び出した。 「もしもし。 ^ 十和田》号に乗務する車掌さんで仙台・青森間はどこの車掌区ですか ? 」 「そりや、全部うちですよ」 と、返事はこともなげたった。 三原は警視庁の車をとばして、上野車掌区に駆けつけた。 助役という人に会うと、 線「今年の一月二十日の 205 列車《十和田〉ですね。ちょっと待ってください」 と勤務表を開いて調べてくれた。 かじたに と「梶谷という男です。いま、ここにいるはすですから呼びましようか ? 」 「。せひ、お願いします」 三原は期待に胸がおどった。 呼ばれてきた車掌はまだ三十そこそこで、いかにも気のききそうな顔をしていた。 こみなと 「そうですね。電報の内容はよくおぼえていませんが、たしかに浅虫の近くの小湊あたりで札幌 の電報を頼まれた記憶があります。たぶん、一月二十一日の朝たったと思います。その前後には、 その付近で電報を頼まれた覚えがありませんから」 「その頼んだ客は、どんな特徴の人かお・ほえていませんか ? 」 三原は、どうかこの車掌の記憶にあるようにと心に祈った。

9. 点と線

若い駅員がはいってきた。駅長の前に直立して敬礼した。 「この男ですよ」 と、駅長は重太郎に言った。 「そうですか。どうもわざわざ恐縮です」 重太郎は、若い駅員に向った。 「あなたは、二十日の二十一時二十七分の電車の改札をしましたか ? 」 「ええ。勤務しました」 「そのとぎ、三十歳ぐらいのオー ーの男と、二十四五歳ぐらいの和服の女の一組を見ませんで としたか」 「さあ」 点駅員は、目をしばたたいた。 ーを着ていた人は多いし、どんな色かわかりませんか ? 」 と反問した。 わずみいろ えびちゃいろ 「それはね、濃紺のオー ーに、茶色のズボンです。女は鼠色の防寒コートの下に、海老茶色の 着物を着ていました」 重太郎は死体の着ていた服装を言った。駅員は目を宙に向けて考えるような頻をした。 「どうも思いだしません。われわれは切符を切る手もとばかり見ているので、何か変ったことで

10. 点と線

んに会わせてくれと言ったそうです。ここにおいて、はっきり、佐山、お時、亮子の打ち合せが あったことがわかりました。打ち合せというよりも、亮子の計画でしよう。二人の女は、部屋で 夕食をとり、十時ごろ宿を出ていったそうです。そのとき、お時の滞在の宿料は亮子が払いまし さて、お時が十四日の午後八時半ごろに宿についたのは、《あさか・せ》から下車したことでわ かります。《あさかぜ〉は熱海着十九時五十八分ですから、まさしく彼女は、佐山と東京からこ 線こまで同車し、途中下車したのです。あなたの推理された「御一人様」は適中したわけです。 つぎに、彼女たちは十九日の午後十時ごろに旅館を出た。これを時刻表で考えると、熱海発二 と十二時二十五分の博多行急行《筑紫》があります。この列車は、終着駅博多に二十日の十九時四 十五分に着くのです。 まさに、びたりという感じです。博多の丹波屋にいる佐山のところに、女の声で呼び出しがあ ったのは、午後八時ごろではありませんか。すなわち、彼女たちは列車から降りると、すぐに佐 山を呼び出したのです。 ここまでわかったが、それから先が行きづまりました。佐山を呼び出したのは、お時か亮子か。 つじつま むろん、はじめはお時とばかり思いこんでいましたが、お時では、どうも辻褄が合わなくなりま した。佐山とお時とは、なんでもないのたから、電話で呼び出しても佐山が応じるわけがない 佐山は一週間も、博多でその電話のくるのを、いらいらしてっていたのですから、お時では変 212 点