再会を願うようになった。 そして、何度も父親の夢を見るようになった。しかし、このことを母親に告げることがで きなかった。なぜならば、母親はロを開けば、父親がどんなに悪い人物であり、おまえは父 親と離れてよかったということを強調する。お父さんに会いたいなどと言ったら、今度はお 母さんとの間に大変なトラ。フルが起こってくるに違いない そのころから (f) 子さんは、学校に出ると、何かとても不安になった。学校に行くのが何と なく不安だから行けない。外に出たくないと言うようになった。 よく聞いてみると、実は ()D 子さんは、どこにも行かないでお母さんと二人でうちにじっと しようと思うようになったのである。もしお母さんがそばにいないと、自分はお父さんのと ころに行ってしまうのではないかという不安が、心の中でとても高まっていた。と同時に、 もし自分がお父さんに会いたいなどという気持ちを持っていることを、お母さんに知られた 代 時 らどうしようという恐怖があった。もしそうなったら、お母さんはお父さんを追い出したと の 不同じように、私のことも追い出すのではないかしら、そういうことをいろいろ空想するよう 母になった。 襯そして、お父さん、お母さんのこうしたトラブルに巻き込まれてしまった彼女は、学校の 勉強とか、友達とのつき合いに関心がなくなり、じっとうちにいて、一方では、お父さんか らかかってくる電話を待ち、一方では、外に出てお父さんに会いに行きたい気持ちを押し殺
ピーター ハン人間の両親は、見かけ上は幸せな夫婦を演じているのだが、本音をぶつけ 合って真実と出合うことを恐れて、お互いを避けている。表立ったけんかとか、言い争いは 何とか子供たちのために平和な幸せな父、母を装っている。しかし、お互いの内心 は不満が強くて、相手を非難し合っている。 こうした隠された非難や攻撃、批判は " 隠されたメッセージ , として家庭の中を飛びかっ ている。子供たちはこの隠されたメッセージを敏感に読み取る。そして、両親はロに出して 言わないけれど、この隠されたメッセージを子供に伝える。 たとえば「私たちが離婚せずにがんばっているのはあなた方のためなのよ」とか、一一一一口葉の はしはしに、お父さんは自 5 子に、「お母さんという人は男心のわからない女だ」とか、ある いはお母さんは、「結局お父さんは自分のことしか考えてないのよ」といったメッセージを 子供に伝える。しかし表立っては、「お父さんも仕事でおにしくて大変だわ。大事にしてあ げなくちゃ」とか、あるいは「お母さんも疲れているから親孝行しなさい」とか、子供たち はいつもこの表と裏の、矛盾したメッセージを伝達されてどうしていいかわからなくなる。 最後には、両親がこうやって不幸で、しかも欺瞞的に暮らしているのは、結局は自分が悪い からだ、あるいは自分たち子供のせいだといったようなことを考え始める。 こうした両親の不和、あるいは不安定さは、じつは、現代社会の家庭、夫婦というものの 既成の役割や、価値観の変動と深く関連している。
144 子さん ( 十三歳 ) は、父親が家を出てしまったために、母と二人暮らしである。母親は 昼間から夜八時、九時まで仕事でなかなか帰ってこない。母親はロを開くと、別れた夫、つ まり父親のことをいろいろと非難する。「あんな男と一緒にいなくてよかったよ。おまえに とってもどうせろくな影響はありやしよ、 オし」というような話が毎日のように繰り返される。 しかしながら、 T) 子さんにしてみると、お母さんが言うほどお父さんは悪い人ではなかっ たのではないかという気持ちがどうしてもぬぐえない。お父さんの思い出というと、どこか に連れて行ってくれたり、おみやげを買ってきてくれたり、やさしく抱っこしてくれたりし た、よい父親イメージが心に残っている。お父さんとお母さんが仲が悪くたって、お父さん はやつばり私のお父さんだわという気持ちが続いているのである。 子さんは再三にわたって、何とかして母親に隠れて父親に出会いたいと思った。しかし、 まだ中学生の身の上で、なかなか父親の所在はわからない。たまたまある日の夕方、自分が ひとりでいるときに、父親から電話がかかってきた。父親は妻との話し合いで、 T) 子さんに は近づかないという取り決めをしていたし、父親も子さんとつながりができて、父親役を しょわされることについては逃げ腰だった。だから、母親の留守を見すましてわざわざ子 さんに電話をするという気持ちはなかったらしい しかし、たまたまそのとき、母親がいる と思って電話したら、子さんが出てしまった。そうなれば、父親にも父性愛が残っている ので、子さんとやさしい会話を交わす。これがきっかけで、ますます子さんは父親との
152 話がなく、うちに帰ってもひとりばっちのような気持ちに襲われることがしばしばある。母 親は最近は女同士のつき合いで忙しく、芝居を見に行ったり、何だかんだと社交に忙しい 父親は日曜日もゴルフに行くし、母親と一緒に食事をするのを見ることもまれである。 あるとき、子さんは母親につい自分の本音を語ってしまった。すると母親が、いままで 言したことがないような父親とのトラブルを語りだした。実際には父親はいままでにいろい ろ女関係があり、そのたびにお母さんは別れようと思ったのだけれども、おまえたちのこ とを考えてじっと我慢していた。そのうち夫婦の間も疎遠になって、いまみたいな生活で、 お母さんはお母さんで暮らすようになって、それでやっとバランスがとれたのだというよう なことを、涙ながらに子さんに語ったのである。 そのころから、子さんの父親に対する憎しみのようなものが次第に高まっていった。父 親は、家に帰ると何もしない、い わゆるゴロ寝亭主である。母親との間にもあまりしつくり とした情緒関係がない。ただ、にしい、にしいで日を送っている。 そこであるとき、父親に、「どうしてお父さんてそうなの ? もう少し君のお父さんみ たいになってくれないか」と文句を言った。すると父親は、、 しや、自分も若いときにはそう いう気持ちになったこともあるが、お母さんは実家のほうばかり向いていて、何かというと 実家のしきたりや、実家のほうがよかっというふうなことを言って、自分とだんだんと仲が 悪くなってしまった。自分も最初はお母さんと二人で仲よく暮らそうと思っていたんだけれ
こうして N 君とお母さんの間には濃密な絆ができ上がった。お父さんがときどき赴任先か ら帰宅しても、何となく奇妙な家庭の雰囲気がある。お父さんが私に語った言葉で言えば、 「いつの間にか私の居場所がなくなってしまったようなのです」。うちに帰っても妙によそよ そしく冷たく感じられる。自分が家に入るまでは、子供たちと母親が、とても楽しそうに 快に話していた気配を感じるが、自分が家に入ると急にしらけてしまったような感じがする。 何か自分が邪魔者か、侵入者のように思われているのではないかとひがみもする。 そんなわけでついついお父さんも、遠くから戻ってくるよりは、休みの日は赴任先でのん びりしようという気分になる。こうして単身赴任のお父さんと母子の間には溝ができてしま つつ ) 0 N 君は N 君で、うちに帰るとお母さんと妹の女だけの雰囲気の中で、男一人でわがままも できるし、大事にもされるし、何でも思うとおりだ。いつの間にかわが家は N 君の王国にな 代 時っこ。 在 ところが幸か不幸か、父親は東京の本社に戻ることになった。父親はこれでようやく家族 不 母と一緒に暮らせると喜んだ。 襯一家団欒でやっていけると思って東京に戻ったのだが、戻って一週間もしないうちに、 N 君との衝突が始まった。思春期のこのくらいの少年は急に見違えるように大人っぱくなり、 理屈も発達する。小学校時代のかわいい N 君のつもりでいたところ、自分と妻がちょっと言
130 くなったために夫人にはかなりの遺産が入った。この財産を手にしたのを契機に、夫人 はとうとう別居に踏み切ることになった。 この夫人の決断に対して子供たちは、「仕方ないかもしれない。あんなに仕事と男のつ き合いしかやらないで、家庭を顧みなかったお父さんにも悪いところがある。お父さんのこ とは私たちが世話をしますから、お母さんもしつかり自分の道を歩んでください」と激励す る。 いま夫人は、新しくできる某文化財団の中で職を持っことが決まっている。まだ離婚が 決定しているわけではないし、夫も何とか妻に戻ってきてほしいと思っている。 この夫婦のような、夫と妻の間の意識のギャップと、それに伴うトラブルは、中年サラ ーマンの家庭では深刻である。 ここで、夫婦関係というもののメンタルヘルスの面から見たとらえ方について述べること 夫婦関係を心理学的に診断する場合には、三つのレベルでこれをとらえるのが原則である。 第一は、夫婦間の価値観やものの考え方の一致、不一致という点である。 第二は、夫婦が家庭生活を営んでいく上で、互いの役割の分担がうまくできているかどう かである。 第三は、その夫婦がお互いに性格やバーソナリティー、あるいは男性、女としてお互い
ハン・シンドローム〈無責任、不安、孤独から、やがて社会的不能症に〉 ピーター バンと現代の男たち ハン・シンドロームーーー大人になれない男たち』 ( ダン・ 昭和五十九年、私は『ピーター カイリー著、祥伝社 ) という本を訳出した。 ピーター . パノは、曲歹 ・バンは永遠の少年である。ディズニーの映画や児童劇のピーター の国に行って冒険し、海賊のフック船長をやつつけたりして大変にかっこうよく、また楽し いお活だ。しかし、・ ・バリの原作をよく読むと、決してそうではない。 ピーター ハンに連れ出されて夢の国に旅立っ少年、少女ー・ーたとえばピーター よきガールフレンドであるウエンディの家庭は、父母が不仲で、お父さんは仕事中心で妻子 を顧みない社会人間。お母さんは、そのようなお父さんにオロオロつき従っている。子供た ちはむしろこうした父母の家庭に失望し、もっと楽しい子供たちの夢をかなえるような、遠 ・パンが来て、夢の国 い国へ行ってしまいたいという気持ちになっている。そこにピーター に旅をするというわけだ。 ピーター ハンのかたき役のフック船長も、かっては前途有為の青年だったのだが、社会 生活に疲れ果て、いまや人生に絶望した一人の男だ。その背景には、当時の英国の中産階級 ピーター
202 いう心境の変化が起こってくる。 もう一つは、妻同士の争いである。・ 1 課長と氏とは、血を分けた兄弟なので、それほど でもなかったのだが、、 。ししざとなる お互いの妻同士は以前から仲がわるかった。それだナこ、 と、・ 1 夫人は「長男のあなたが、黙ってさんたちになんでもあげてしまうなんて、あまり にもお人好しだわ。今まで、あなたはさんざんさんの結婚費用やら、お父さんの入院費を 含め、めんどうをみてきたのではありませんか。長男なのだから、それも当然なのかもしれ ないけれど、それなら、相続の場合も、お母さんの暮らす家屋敷は私たちがいただいて、お 母さんの世話をするようになるのが自然じゃありませんか。それに、私たちの老後のことも 考えてください」という。 」夫人は、「兄さんたちは、何かにつけてお金、お金というけれど、直接の両親の世話は 私がしてきたのです。それに居住権というものがある。このまま私たちがここに暮らしてお 母さんの世話をするのが一番自然です。お互いに、この土地を売って等分にして、バラバラ になるのは、バカバカしいじゃないですか。今まで、ご両親のお世話をしてきたのは、この 私だし、これからも、お母さんは私と暮らすのが一番よいとおっしやっています」と既得権 を主張する。 こうした妻たちの感情的なやりとりから、・ 1 課長と氏もすっかり対立してしまった。 そうこうするうちに、夫婦と夫婦がお互いをののしり合うような破局が起こった。そ
しかしながら、 < 君の父親は、母親と < 君同席の場でこんなことを語りだした。「私は、い から君のお母さんを愛していたのだ。だからこそ君のことも生む決心をしたのだ。もし本当 に愛情がなかったら、堕ろしてしまっていただろう。しかし、お母さんは何とかして君を生 んで、自分たちの愛情の結晶として育てたいと強く希望した。自分も何とかしていまの妻子 と別れて一緒になろうとあらゆる努力を払った。むしろ普通の結婚をして自然に生まれてく る子供に対するよりも、人一倍おまえに対する自分たちの愛情は強いのだ。だからこそ世間 で言う道ならぬ関係を続ナ、、 レしろいろな苦労をして現在まできたのだ。その気持ちもわかっ てほし、 父親のこうした心情の告白を、母親もまた受け止めて、「本当にそのとおりだ。お父さん はいままでずっと私に対する愛情は変わっていない。ただ、この人は今度、少し社会的な能 の力がなくなってしまったし、少し気がよすぎてどっちに行っても悪い顔はできないために、 とズルズルこういうふうになってしまったところがあって、その点は私も腹が立つけれども、 発おまえのこともかわいくてしようがないのは本当よ」というような話にだんだんとなってい つつ ) 0 の 期 春 こうした父母との会話を繰り返すうちに、 < 君にも次第に自分の出生の由来がどのような 思 ものであるか、その真相がはっきりとっかめるようになった。 < 君は、母親が自分のそばに いなくなったということに端を発した怒りについて、自分は普通の結婚で生まれた以上に激
つかけにして、父親、母親双方が、自分たちの空白に気づき、家庭が平和を失い、さまざま な争いや葛藤の巷と化すときがある。 子さんはいま高校二年生だが、半年前から一人のポーイフレンドができた。彼と親しく つき合うようになって、ときどきその家庭に出入りするようになった。その家庭は、自分た ち両親も比較的親しい父親の友人の家庭である。 その家庭に出入りするうちに、子さんは、自分たち両親と彼の両親の間があまりにも違 オーイフレンド君の家庭では、お父さん、お母さんも、自分 , っことにショックを受けた。 : が訪問すると一緒に食事をし、活発に話し合いをする。文字どおり一家団欒という雰囲気で ある。 君にはほかに二人きようだいがいるが、子供は子供で、日曜日を過ごすときに、父親、 母親は二人だけでしばしば外出する。二人で映画を見て帰ってきて、その映画の話を楽しそ 代 時うに子供たちとしている。あるいは夏休みにも夫婦で旅行に出かけているようだし、ときど 不きお客さんが来て、夫婦同士のつき合いも積極的なようだ。自分は結婚したらああした夫婦 母になりたいと、つくづく子さんは思う。 襯君も両親の影響なのか、子さんに対してもしつかりしていて、女友達とっき合う術を 、い得ている。 こうした機会がふえるにつれて、子さんは、あまりにもわが家には触れ合いがなく、会