わが国 - みる会図書館


検索対象: 現代人の心をさぐる
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1. 現代人の心をさぐる

108 合、どのような働く母親の子育て方式がこれからっくられていくかが、わが国の家庭、家族 のあり方を占う上できわめて重要な課題である。 現在、米国が人口千人に対して五・一という離婚率であるのに対して、わが国の離婚率は 人口千人に対して一・五前後である。つまり先進国の中でわが国は離婚率で一一一一口えば第六位ぐ らいであり、必ずしも離婚が多いとは言えない。むしろ最も安定した国の一つである。しか しながら、これからわが国でもいまよりは離婚率がふえる可能性がある。そしてまた米国式 の離婚再婚家族もふえていく可能性がある。しかし米国のように個人主義が徹底し、夫婦も 契約関係、子供との関係も新しい契約関係で対応していこうとするお国柄とわが国の場合は、 文化的な伝統が違う。米国の場合には夫婦の間で離婚しても親子の絆を保っために別れた父 親が毎週面接権を持ったり、あるいは一緒に暮らしたりすることで何とか子育てに協力をし ようとする傾向が高い。わが国では、離婚、再婚した場合、こうしたアメリカのような家族 ネットワークをつくって、子育てを何とかやっていこうとするような努力が可能かどうかは、 いまだに疑問である。それだけに程度はアメリカほどではなくても、離婚、再婚率が高くな った場合の子供の被害は深刻になるおそれがある。この問題については第四の問題と同様に まだこれからの課題であるが、現代の家族を顧みる場合に、先進諸国の実例を学んで、わが 国はわが国らしい対応策をそれそれが心得ておかねばならない。そうした準備なしの離婚や 再婚は子供の被害をそれだけ大きくすることである。

2. 現代人の心をさぐる

決め、その間お姑さんが家の留守番をするとか、そのときには、夫も少し早く帰ってきてお 姑さんの相手をするとか、いろいろなルールを決めることになった。 高齢化社会の中で父母がいくら年老いても、老父母は老父母、自分たち夫婦は自分たち夫 婦という世代境界 ( 世代間に一線を画す心理 ) が確立し、横関係を中心にしたアメリカ的な 家庭観と、父母が年老いたら一緒に暮らして世話をしたいと考える日本的な縦関係中心の家 族観の違いによって、一緒に暮らすか別に暮らすかが分かれる。しかし、中年世代の夫婦は どうしてもこの夫人の場合のような三世代同居による心の脳みをしよい込む機会が多い 一方、前述した夫人 ( 一七八ページ参照 ) のような空巣症候群の悩み、他方に夫人の 迷いのような老父母との同居による心の悩み、この二つの悩みが現代のわが国家庭婦人の典 藤型的な苦悩である。この悩みをどう適切に解決して中年以後の人生を確立するかがわが国の 2 家庭婦人に問われた深刻な課題である。 の しかし、そのためには一人ひとりの心の問題だけで解決できないものが多い。わが国の家 代 年族のあり方をもっと深く考えてみる必要がある。 中 母 父 老

3. 現代人の心をさぐる

だとか、あるいは夫婦が互いに争ったり、仲が悪くなるような対立関係を持つほどに夫婦の ことに気持ちを向けたり、エネルギーを使ったりする暇がないと告白する人々が意外に多い つまり、世間では父親不在ということを一言うが、実は父親不在と同時に、あるいはそれ以 前に、戦後のわが国の核家族では、夫不在という一一 = ロ葉がふさわしいような現状がある。 米国の基準でわが国の家族を見れば、わが国の家族は、夫婦は離婚寸前のようなお互いの 交流が失われている夫婦に見えるし、その特徴は、ほとんどの家族が子供本位家族と見なさ れる。戦後四十年、新民法になって、形式は夫婦中心の家庭をつくっているように見えるが、 その深層心理では、依然として親子の縦関係を中心にした家族心理で暮らしている人々が多 夫に対してさまざまな不満や批判を持っていても、妻はそれよりも母親である自分を優先 する。子供のことが生きがいだし、また、子供のことを考えると、夫と対立したり、争った 代 時 り、あるいは離婚したりなどということは考えないようにしていると告白する。 の 不夫は、仕事と男のつき合いで日を送り、妻との情緒的な交流がそれだけ失われている。妻 母は、自分が何もかかわらなくても、銃後を守り、家庭をうまくやってくれているという思い 襯込みと期待が、夫の仕事を支えているのも事実だが、この思い込みに寄りかかっていすぎる ために、気がついてみると、夫婦の間には深刻な空白が生じている。 こうした空白を抱えながら、なお一見夫婦が円満に暮らしているかのように見え、また、

4. 現代人の心をさぐる

148 潜在離婚家族の破綻〈父母を手本にできぬ子の悩み〉 わが国は先進諸国の中で離婚率第 , ハ位である。日本より低いのは、イタリアのようなカト リックで離婚を禁じられている国くらいである。 しかし、だからといって家庭が幸せでいつばいと喜んでばかりはいられない。なぜならば、 離婚率が低いという事実の中に、むしろ現代のわが国の家庭の病理が反映しているからだ。 たとえば中年以上の男性の中には、離婚なんかを真剣に考えること、そのことがおっくう する家族形態をネットワーク家族と呼ぶのである。また、必すしも離婚・再婚によ る場合でなくても、女性が自立し職業を持っ場合が多くなるにつれ、夫婦が別々な 場所で暮らしながら夫婦のネットワークを維持するとか、あるいは子供と母親だけ が暮らしていて、父親が別な地域で仕事をしているとか、そうした家族のあり方が ますますふえている。現代はこうしたネットワーク家族という考え方によって、新 しい家族のあり方を再定義する必要が起こっているといえよう。ネットワーク家族 という一一 = ロ葉は『家庭のない家族の時代』 ( 集英社文庫 ) で小此木がつくった言葉で ある。 ( 『現代用語の基礎知識』自由国民社刊から )

5. 現代人の心をさぐる

夫の 1 氏もすでに七十になり、退職して老後の暮らしに入っている。もともと社交家で勝 ち気な 1 夫人にしてみると、夫と二人きりで家にいると、何ともさびしくてつまらない。 夫人が一番楽しかった時代は、子供たちが小学校時代のころだ。そのころは楽しく、にぎや かだった。子供たちも親孝行で、お母さん、お母さんと慕ってくれた。高級官僚であった夫 が現職の時代には、みんなもちやほやしてくれた。しかし、いまは子供たちもそれそれ別に なり、夫も退職後、半ばうつ病なのではないかと思えるほど元気がない。—夫人は、権力を 失って一市民に戻った大臣のような心境である。 その—夫人にとって、久しぶりで最も輝かしいときが訪れた。それが、あの胃がんではな 藤 いかという騷ぎのときである。長男も妻に遠慮せず、目の色変えてやってきた。お母さんが 9 生きるか死ぬかなのだ、ということで妻も文句が言えない。長女もふだんは仲が悪かったが、 代がんではないかと聞いたとき、さすがにわが娘という親孝行ぶりだった。仙台の次女も、夫 年や子供を置いて飛んできた。 中 病室でうちじゅう集まったときには、何やらあの二十年、三十年前の楽しいわが家が病室 母 しいもんですね、子供 父の中に再び戻ってきた。 1 夫人はふと夫に、「たまに病気をするのも、 の本心がわかって」とつぶやいた。 しかし、無事だとわかると、子供たちはそれそれの生活に戻ってしまった。夫も相変わら

6. 現代人の心をさぐる

104 世代・夫婦関係の再構築〈三世代にわたる改革と女性の自立〉 わが国における現代家族の精神問題は大別して次の四つであると思う。 第一は、思春期を迎えた子供たちの親離れをめぐる反抗や混乱に出会った親たちの自信喪 失である。親にしてみるとどうやって子供たちのこの批判や反抗に対応していいか途方に暮 れることがしばしばである。 その背景には、価値観、ライフスタイルの急速な変化に伴う世代間のギャップの著しい増 大がある。あまりにも大きな格差が子供世代と親世代の生活感情の間に生じているために、 親にしてみると自分自身の思春期、青年期の体験をそのまま子供たちに当てはめることが困 難だと思う。子供たちにも親のものの考え方や生き方を重んじる気風が失われている。むし ろ子供たちのほうが新しいものをどんどん身につけていく。親の権威が失われ、家族同士の いま家族が直面している四つの課題

7. 現代人の心をさぐる

ていた心性が力を失った戦後世界の動向がある。 それだけに、男の子と女の子のシナリオの違い、アンバランスが、特に、男の子の男らし さを身につける青年期の発達にさまざまな障害を与えている。男の子たちが、男の子らしさ とはどういうものかがうまくつかめないということは、たしかにわが国の男の子の精神発達 にとっても最も深刻な苦悩になっている。 ナルシシズムと男尊女卑志向 ここで、いままで述べた四つの基本症状が、大体高校生くらいまでに出そろったところで、 の仕上げともいうべき決定的な症状であるナルシシズム ( 自己愛 ) と男尊女卑志向が 問題になる。 ここで一言うナルシシズムについて、「部屋じゅう鏡張りの部屋の中で暮らす」というたと えが用いられているが、たしかに思春期から青年期へかけての精神発達の最も重要な課題の 一つは、このナルシシズムである。 自我の目覚めとか、自己の確立ということが言われるわけだが、同時にそれは、自己価値、 自己評価、自尊心が確立することを意味している。それだけに自己意識が過剰になり、自分 が周囲からどんなふうに見られているかとか、周囲に対してすばらしい自分を演じようとし たり、また、自分はこんなすばらしい自分だという理想的な自己像を描き、それと現実の自 ショービニズム

8. 現代人の心をさぐる

の あまりにも大きい父のイメージ〈 " 立派すぎる父〃の子に目立っ問題児〉 そ 達 発 父親不在がしばしば口にされるが、わが国の青少年の中には、むしろあまりにも父親の存 の 在が大き過ぎて、そのために自由を失っている場合が意外に多い の 春特に、教育者、医者、学者、裁判官といった、世の中から見ると人々の尊敬を集め、また、 社会的に期待される建前をきちんと守っていると見なされているような職業の父親たちの子 供に、この種の悩みがしばしば見られる。 っともわかっていないような気がする。とりわけ両親は学校の先生のかたまりで、そういう 話し合いしかできない。肝心の自分の娘がいろいろ心で悩んでいても、よその生徒の登校拒 否に対する場合と全く同じようなパターンで、自分の子供に接しようとするんです。あれは 親なんてものじゃないですわ」 この 0 子さんの登校拒否は、その x 家の祖父母の代にまでさかのばって、家族の変革を要 求するような自己主張であり、造反であった。 o 子さんの自立と親離れの動きは、その家族 全体の革命につながることになったのである。 ときによって七光は、自立への脅かしになる。七光はほどほどでなければならない

9. 現代人の心をさぐる

たからである。あるとき、母親が不在で二人きりになったときに、突然父親が子さんを抱 き寄せ、男性として誘惑しようとした。それ以後、何回かこうした接触を受け、子さんは 非常に困惑し、母親に告白した。 それを機会に母親と新しい父親の間のトラ。フルが始まった。母親も自分のことを警戒し、 半ば嫉妬心を持って責めるようになるし、父親は母親の信用を失って、混乱し、家庭の中は 大変に深刻な状況になった。 この状況に耐えられなくなって、あるとき、子さんは突然家出を決心して、水商売に身 を投じる結果になったのである。彼女が普通の平和な家庭に安住できなくなったきっかけは、 やはり父母の離婚にあったと言わねばならないだろう。 思春期の少女の場合、母親の再婚のときにこうした新しい父親との情緒的な複雑な関係が 生じることは少なくない。親の側もこうした状況について、適切な判断と子供たちに対する 代 の配慮を忘れてはならない。 在 不 親 母 親 父 離婚した父との再会を夢みる少女〈板バサミの子と親子訪問権〉 最近はわが国でも父母の離婚による子供たちの心の被害がしばしば問題になる時代になっ

10. 現代人の心をさぐる

118 ウエンディ型夫人の離婚・再婚と新人生〈男尊女卑と女の自我の目覚め〉 夫婦観、結婚観、そして離婚観について、同じわが国でもかなりの地域差があるようだ。 東京はもちろんのこと、大都市で暮らす女性たちの中には離婚肯定者がふえている。また、 夫婦の平等と夫の自分たちに対する敬意と、夫婦間の愛情本位の結婚観がかなり普及し、定 着している。 これらの日本女性は、少なくとも意識の上では、米国及び国際的なフェミニズムの定着へ の動向を共こ旦、、 ししただ夫に献身的に仕え、夫がどんな生活をし、行動をとろうとも、妻は 夫を美化し、悪いのは自分だと自分を責める、いわゆるウエンディ型の女性であることをや め、男、女が協力しながら互いの成長を目指すタイプのティンカー・・ヘルになろうとしている。 しかしながら、まだ地方では、ウエンディ型の女性の生き方を美化し、自分を責め、ひた すら夫に尽くそうとする女性も少なくない Z 夫人 ( 三十三歳 ) は九州のある小さな町で暮らしていた。 夫は、アルコール依存的なところがあり、それと同時に、いわゆる遊び人で、女性関係が 絶えない。現在もそうした問題が続いている。そもそも夫には結婚するときから、結婚した