134 o 父親、母親不在の時代 育児を嫌う母親〈生みの親と育ての親の分離〉 育児ノイローゼという一一一一口葉はもともと、一生懸命育児に努力しようという気持ちがあるの になかなか子育てがうまくいかないために母親がノイローゼになる心理を言う。 ところが、最近、この意味での育児ノイローゼとは性質の違う、子供を生み育てることを めぐる母親の問題が目立つようになった。生んだ子供に愛情が持てない、子供は気持ちが悪 きらいだ、育てたくないと母親が思う。しかもどうしてもこの気持ちから抜け出すこと ができない 周りからは、母親のくせに自分の生んだ子供に愛情が持てないなんておかしいじゃないか、 母親としてちゃんと育てなさいと、当然、非難が向く。しかしどうしてもその子を育てる気 になれない。周りは、この母親は精神的に異常なのではないかと心配して、精神科受診にな
ストレス解消のたばこが止められない〈喫煙も心の病、恐怖体験が効果〉 数年前から、アメリカ精神医学では喫煙も心の病とみなされるようになった。その定義は、 たばこを吸うことが、自分の健康・病気に有害であるとわかっていながら、それをやめるこ とができない状態である。 科学的な事実として、たばこを吸う人のほうが吸わない人より、がんをはじめさまざまな 病気にかかり、寿命を縮める確率が高いことはもはやだれにも常識になっている。それにも かかわらす、そのことがよくわかっていながら、たばこをやめられない人が多い いままでも、アルコールについてはアルコール依存という用語があって、心の病と見なさ れていたが、いまや喫煙についても同じことが当てはまる時代になったのである。 でま、。 とうしてわかっているけどやめられないのだろうか。私は喫煙をしていてある時期 から禁煙した人と、依然としてたばこを吸い続けている人の、心理学的な違いを調べたこと がある。そこで興味深い事実がわかった。禁煙した人のほうが、精神医学的に見るとむしろ ノイローゼ的な傾向が強いのである。 ノイローゼ的な人物は、ささいなことでも不安になり、あれこれ心配する。ちょっと胃の 言子が悪ければ胃がんではないかと思う。ちょっとせきやたんが出れば肺がんではないかと
似診断を下してしまう場合がある。つまりそれは本当の医家性の病気から見ると病名ではな いのだが、患者さんが何となく自分に納得できるような病名をつけてしまうのである。たと えば「これは心因性の狭心症ですね」とか、「これは慢性の頭痛症ですね」とか、「これは軽 い消化不良ですね」などと言う。しかし実際には胃の所見があるわけでも、心電図に所見が あるわけでもない。そして医者のほうは内心、これは一種のノイローゼではないかとか、心 身症ではないかと考える。そして精神安定剤を飲ませてくれる。つまり医者のほうは、これ は何らかのストレスが加わって精神的に緊張が高まり、緊張によって自律神経にいろいろな 失調が起こり、その結果、こうした自律神経を介してのいろいろな感覚や機能の異常が起こ っているのだなということを考えるのである。 もう一段進んだお医者さんの場合には、ここでこうした擬似診断を下したりしないで、率 直に、「あなたは心臓神経症です」とか、「ノイローゼです」とか、「あなたは体のことをあ 理まりにもクョクョ気にし過ぎる心気症です」とか、「あるいは情緒的な緊張とストレスのた 6 めに自律神経を少々狂わせている自律神経失調症です」、あるいは「心身症状です」と言っ 患て病名を告げてくれる。 師 ところが、ここでまた医者と患者の間に一つのコミュニケーションのギャップが生ずる。 医 多くの患者さんは、自分は体に変調があるために医者の診察を受けに行ったわけである。そ れなのに先生は体の治療をしてくれないで「精神的なストレスが原因だ」と言う。そして体
167 父親、母親不在の時代 最初は本気ではないと思っていたが、父親の触れたものがすべて汚い、汚いと言う。 こうしてとうとう家庭内暴力児ではないか、ノイローゼではないかとい , っことで、相談に 見えることになったのだが、その一つの心理的な原因として、この家族における世代境界の 冫舌を挙げることができる。 この父母の間には、しつかりとした連合Ⅱ同盟関係もない。単身赴任を契機に世代境界は 崩れ、むしろ本来なら父と母、子供たちという二つのグループが、それそれ親と子の間の境 界線を確立して暮らしているのが秩序というものなのに、すっかりそれが乱れてしまった。 むしろ母と子が強い絆で結びつき、父と母の間には断絶が深刻である。 どの家庭でも最近はこうした父親不在と濃密な母子関係がロにされるが、ます、 N 君のよ こ、もう一度父母の連合の回復と親と子の世代境界の確立をお勧めした うな問題が起こる前し
253 人とのかかわりと性格 人みしりの心理構造〈 " 内輪とよそもの意識。と対人恐怖〉 戦後四十年、われわれ日本人も大いに近代化し、個人主義、合理主義を身につけた。物質 文明と科学技術の進歩という点では、欧米諸国の水準を超えるものを持つに至っている。 それにもかかわらず、われわれ日本人の心には、意外に、旧来の伝統的な仕組みや人間関 係の感覚を持ったまま暮らしている面がある。こうした日本的な対人関係感覚が、戦後のわ が国社会にも依然として存続している。一つの現れが、人みしりと対人恐怖である。 ロックを聴き、オートバイを乗り回す、最も現代風の若者たちの中に、依然として戦前の 日本人と変わらないノイローゼの訴えがある。それが対人恐怖症である。 対人恐怖症というのは、人と顔を合わすと相手の視線が気になったり、自分の態度や表情 がぎごちなくなる。そのことばかり気になって、うまく話ができなくなる。うまくグループ
ストレス解消のたばこがやめられない〈喫煙も心の病、恐怖体験が効果〉 海外旅行がストレスに〈団体旅行と旅行ノイローゼ〉矚 「あれもこれも」の生き方〈エリートコース捨て転職希望〉 人とのかかわりと性格 人みしりの心理構造〈 " 内輪とよそもの意識。と対人恐怖〉圏 縁を恨む気持ち〈落ちこばれと未生怨〉 苦手な群れのつきあい〈孤独な性格と大人のつきあい〉 急増する自己愛人間〈ナルシシズムと自己評価〉躪 0 医師、患者の心理 医師、患者関係が直面する課題〈心にも配慮した医療と断念を知る術〉 自家生の病気と医家性の病気〈医者と患者のコミュニケーション・ギャップ〉 ジプシー患者と医療制度の欠陥〈患者側の意思疎通の努力も必要〉剛 文庫版あとがき 初出一覧 249 242 274
230 職場のストレスと「死にそう」な恐怖〈通勤途上の不安発作と心身症〉 異常操作をした日航機の機長が、「心身症」だったというニュースが流れたために、昭ロ 五十七年来、心身症という一一一一口葉がにわかに身近なものになった。実際には、機長は精神分 ので学生無気力症と類似したような精神状態である。 第三のタイプは慢性のうつ状態やノイローゼ、あるいは心身症にかかっているにも かかわらず自分でその精神病理現象を自覚することができないために、職場への適 応に種々の困難を呈し慢性的な長期欠勤や短期欠勤の頻発を繰り返すようなタイプ である。 第四のタイプは出勤することによる会社生活に十分な生きがいを見出すことができ ず、従来で言えば怠け、する休み、仮病を使ったりして出勤意欲に乏しいタイプで ある。 同じ出勤拒否の状態が見られても、このどのタイプであるかを見極め、その原因を 診断し、それそれに対して適切な対処を行う必要がある。 ( 『現代用語の基礎知識』自由国民社刊から )
婚はしたくないという気持ちが強い。しかし一方で、君の両親のような家庭を持ちたい、 結婚したいという気持ちもまた高まっている。 子さんは次第に元気を失い、勉強が頭に入らずに、。 とこか体が悪いのではないかと心配 するうちに、頭が痛くなったり、肩がこったりして、集中できない とうとう学校を何日か 休むようになり、勉強は次第に遅れていった。 こんな心理状態に子さんが陥っていても、家庭のほうでは、両親があまりしつかりと支 えてくれない。両親にしてみると、子さんの言っていることをまともに取り上げると、自 分たち夫婦の間の溝が暴露され、ますます深刻な問題が起こってくるのではないかというこ とを心配しているらしい 中学・高校生の登校拒否や、ノイローゼ的な状態に陥った少年少女の中には、こうした親 の潜在離婚的な家庭の雰囲気に直面して、自分の進路や、男性、女性としての生き方のモデ ルを見いだすことができないために、心の成長の道を見失っている人が少なくないのである。 父親になれぬ心理〈子に嫉妬する父とクヴァート症候群〉 妻がお産をするとき、夫もまた同じような姿勢をとったり、カんだり、うなったりして陣
海外旅行がストレスに〈団体旅行と放行ノイローゼ〉 夏から秋にかけて、海外旅行に出かける人が多い。ふだん旅慣れたビジネスマンたちとは 違って、いわゆる団体旅行に参加する人の中には、せつかく貴重な時間とお金を使って観光 に出かけたにもかかわらず、旅行中、心が不安定で、楽しかるべき旅行が苦しみになってし スまったと訴える人がいる。海外旅行に不慣れなために、食事、睡眠といった基本的な生活条 件が急に違ってしまうことでの不適応ということももちろんある。しかし、もう一つ重要な ス ののは、団体旅行の中での人間関係や情緒的なトラブルである。 子さん・三十八歳 ) は、ようやく休暇をとって十日間のヨーロツ。ハ旅行に出かけ ることができた。二十人ぐらいのグループだったが、いざ空港に集合し、飛行機に乗り込ん と前からわかっているけどやめられなかった。本当に人間が何かをやめたり、やめることが できるためには、知識だけではだめである。やはり、もうこんりんざいこりごりだという、 恐怖の体験があって初めてたばこをやめることができる。 この—氏の体験は、私が喫煙と禁煙の心理について調査しているデータの、一つの裏付け にもなっている。
レベーターとか、密閉されたジェット旅客機などがこわい。よく飛行機がこわくて乗らない と言っている人の中には、実は、こうした密閉恐怖の持ち主がいる。 あるいは外出恐怖の人もいる。うちの中にいると全く元気なのだが、一歩外に出ると、何 か恐ろしいことが起こるのではないかという恐布が起こってしまう。 また、刃物恐怖などという人もいる。刃物を見るとすごくこわくなる。目に見えるところ に刃物を置かないようにする。 また女の人では、ゴキプリ恐怖などというものもある。しばしばヘビとか、ネズミとか、 そうした動物恐怖の持ち主もいる。 これに対して、いま自分が何が恐ろしいのかはっきりとこわい対象がわからないで、ただ 漠然と不安だという場合の不安を浮動性不安という。不安ノイローゼといわれる患者さんの 中には、この漠然とした浮動性の不安に脅かされている人がいる。この場合には、何でも不 安の種になってしまう。 ス 浮動性なので、どういう対象にも場面にもその不安が結びつく。試験があれば試験がこわ トくなるし、乗り物に乗れば、乗り物の事故を恐れるといったようなことになる。 の 急性の不安発作 不安が極度に高まると、急性の不安発作を起こす人がいる。突然不安が極度に達してパニ