276 る。客観的に証明する方法がない どのぐらい頭痛がするのか、どのぐらいドキドキするの か、どのぐらい肩がこるのか、なかなか客観的に証明はむずかしい 。しかし本人はその事実 に悩んでいる。 医者が診断を下そうとする場合、医者が思い描いている病気を医家性の病気という。医者 のほうは医学者としていままで学んできた膨大な知識の中から、一定の病気像をそれそれの 患者の訴えに応じて当てはめて、それが検査によって証明されれば診断できるし、それとと もにおのずから治療方法も決まる。 ところがこうした患者さんたちの場合には、この患者さん自身の自家性の病気イメージと 医者の側の医家性の病気イメージがうまく一致しない。その結果「何でもない」と言われる。 実は医者の側がまず医家性の病気を当てはめて診断を下そうとする前に、患者さんの側の 訴えをよく聞いて、とにかく患者さんがどんな自家性の病気イメージを持っているかを十分 に理解してあげることが必要なのだが、なにぶんにも三時間待って三分という現在の健康保 険医療制度では、それだけの時間を医者が割くことは大変にむずかしい。それだけにどうし ても患者さんは一方的に自家性の病気について訴え、お医者さんは医家性の病気に当てはめ ることを々ぐとい , っことになってしま , つ。 しかし「何でもない」と言ってくれるお医者さんはまだいい。 中には、あまりにも頑固に 患者さんが自家性の病気に固執すると、何とか患者さんを納得させようと思うあまりに、擬
272 あまりにも対応力が弱く、破綻しやすい脆弱さを持っている。病院に行ってもさつばり先生 は話を聞いてくれない。ゆっくり説明をしてくれない。自分がいろいろ訴えても検査の所見 ばかりに注意を向けて、訴えに耳を貸してくれない。期待して病院に行ったけど、ちっとも 治らない。あるいはどの病院に行ってもよい治療法がない こうした悩みが患者さんの側か らは多い また、医師の側も、何とか患者さんとよい交流を持ちたいと思っても、話をする時間を現 代の医療制度は与えてくれていない。 とにかくたくさんの薬を投薬し、多額の経費を必要と する医療機械の購入や使用についてはどんどんお金が出るが、患者さんとゆっくり面接する ような時間の支出については、何ら経済的な裏付けがない。患者さんたちがいまの医療に失 望したり、中には絶望的な気持ちに駆られても、その気持ちを理解し、心が満たされるよう な方向での精神的助力を与えるシステムがうまくでき上がっていない こうした理想と現実のギャップの中で、死にゆく患者さんの心の問題を大切にするホスピ ス運動、あるいはよき医師・患者関係を求める精神的な運動も高まってはいる。しかし、中 には、現代の高度にシステム化された医療に失望して、 、灸、マッサージ、あるいはさ まざまな民間療法に頼る人々も少なくない。その気持ちの中には、医者に対する失望や、裏 切られた悲しみが込められている場合もある。 しかし、医者も患者も双方とももう一歩退いたところで、生老病死というものは本来人間
現代人の 心をさぐる 現代人の心をさぐる 小此木啓吾 」よりよい精神生活のために 朝日文庫 小此木啓吾 ( おこのぎけいこ 1930 ( 昭和 5 ) 年東京生まれ。慶応義塾 大学医学部卒業。現在、・同大環境情報 学部、医学部教授。著書に「フロイト ーその自我の軌跡」「モラトリアム人間 の時代」「家のない家族の時代」「秘密 の心理」「対象喪失」など。 日野原重明 「老いを創める」 聖路加国際病院の内科医とし て、人間の「老い」を見つめ続 けてきた著者が、全ての年代 の人に贈る珠玉の随筆集。 急速な社会環境の変化が、現代人の生 活をおそっている。その対応の立ち遅れ が、心のストレスをつくり出す。思春期 青年期の心、中高年の惑い、家族と夫婦 の病いなど、さまざまな症例をくわしく 解説しながら、健康な精神生活はどうし たら得られるかを考える。 ルホ精神病棟 大熊一夫 「ルポ精神病院」 アル中患者をよそおい、精神 病院に潜入した記者が、その 戦慄すべき実態を暴露した衝 撃のルポ。 人・ 朝日新聞科学部 「心のプリズム」 情神医学、大脳生理学などの 専門医がこころの研究成果を わかりやすく紹介し、そのメ カニズムに迫る。 小此木啓吾 画 ? 囘 朝日文庫 朝日新聞社 定価 470 円 ( 本体 456 円 ) I S B N 4 - 0 2 - 2 6 06 0 0 - 2 C 0 1 4 7 p 4 7 0 E カバー装幀 = 多田進 カバー装画 = 加藤喜子 470
274 自家性の病気と医家性の病気〈医者と患者のコミュニケーション・ギャップ〉 頭が痛い、心臓がドキドキする、肩がこる、食欲がない、胃の調子が悪い、便秘ぎみであ る : こうして医者にかかる人が多い。しかしいくら検査をしても「何でもない」と言わ れる。そのためにまた別な医者にかかる。しかしそこでも「何でもない」と言われる。しま 、には「おかしいですね、検査してもどこも所見はないし」と言われてしまう。しかし本人 にしてみると明らかに頭が痛かったり、心臟がドキドキしたり、肩がこったりするのである。 医者の側はこうした一帯のことを不定愁訴などと呼ぶ。つまりはっきりとした因果関係が認 健康の源泉である。よき医師・患者関係はこうした心のストレスについても十分な配慮を持 った、新しい医療のあり方を求めるようなものでなければならない。 こうした努力は、現代の医療や医師・患者関係に対するコンビューター化の理想に対する 一つのアンチテーゼ、あるいは対抗文化として発生しているが、一方で、高度の科学技術の 心のストレスの 進歩を期待すると同時に、他方で、そのような進歩だけでは処理できない、 問題をどんなふうに医師・患者関係の中で解決していくかも、これからの新しい課題になろ うとしているのである。
ーソナリティー障圭ロ (BorderIine Personality Disorder) の診断と治療である。ここで一一 = ロう境 界 ()o 「 de 「 line) とは、従来のいかなる精神医学力テゴリーにも当てはまらないが、どんな精 神医学力テゴリーの兆候もあらわすといった、各精神医学力テゴリーの境界線上にあるケー スで、しかもこうした精神病理現象の背後に特有なパーソナリティーの障害を持っ症例を一言 たとえばあるときは被害妄想的になり、一見躁状態やうつ状態になり、精神分裂病や躁う つ病ではないかと、精神病を疑わせるような兆候を示すときもあるが、かといってそのよう に診断するほど重症ではない。かと思うと、こうした状態が回復すると、ほとんど正常な普 通の青少年と変わらない状態になり、これは思春期の発達途上の一つの危機だったのかと思 われる場合がある。 しかし、さらによく診療してみると、自分の容姿に悩んだり、対人恐怖があったり、ある いは不安が強かったり、体のことをくよくよ気にしたりして、これはノイローゼ ( 神経症 ) だったのかと思われるときがある。そうかと思うと、ささいなことで挫折感に陥り、自己嫌 悪、絶望感に襲われて、自傷行為 ( たとえば手首を切る ) 、あるいは万引きとか、衝動的な異 性交遊に走るとか、女子であれば物をたくさん食べて止まらなくなって肥満になるとか、あ るいは全く食べない拒食状態に陥るといった格的な異常があるように見える。 一定の経過を見ていくと、こうしたいろいろな精神病理学的な状態をあらわすが、そのど
心の耐性の未熟さ〈精神医学から見た現代青少年の精神問題〉 はじめに 折現代青少年の精神病理現象として、登校拒否、無気力症、家庭内暴力、種々の非行、拒食 の症・多食症などが急増している。 そ レ」 これらは一つの社会問題化した感があるが、それだけに現代青少年問題を考える上で重要 達 戻である。 発な兆イ 、し たまたま私は、これらの精神病理現象について、日夜臨床的に診断と治療を行っている。 の 春この精神科医の立場から、これらの事象の認識を通して、その背後にある現代の青少年の心 思 の耐性の未熟さについて考察を述べたい 一、境界パーソナリティー障害と現代青少年の心理 いすれも現代の思春期、青年期の女性の欲望のコントロールの困難さとストレスと の深い関係を持っている。精神医学的な診断と治療が重要だが、同時に、生命の危 険を伴う場合があるので、身体面の管理とケアが大切である。 ( 『現代用語の基礎知識』自由国民社刊から )
いま述べた種々の精神病理現象は、昭和三十年代の後半から少しずつあらわれ、昭和四十 しまピークに達している。しかし、精神医学の立場 年から五十年に至って著しく顕在化し、、 から見ると、実際にこれらの問題行動をあらわす青少年一人一人にどう対処するかという点 になると、まず慎重な診断が必要である。 なぜならば、たとえ同じ登校拒否、家庭内暴力などという現象があらわれるにしても、そ のあらわれ方と性質にはさまざまなレベルのものがあるからである。その原因についても、 多種多様な要因が関与している。 大別すると、 < 、思春期の精神発達の途上で一過性にあらわれるもので、その危機的な状況を通り過ぎ れば、やがては正常な発達過程を回復することができるようなもの。 、家庭、学校などの環境との関係が不良になり、これらの環境が調整されれば解決し得 るような状況反応的なもの。 0 、その生育歴、生活史を綿密に検討すると、すでに幼児期から学齢期に入るころからそ の青少年自身のパーソナリティーの発達に種々の脆弱さが見られ、そのパーソナリティーの 病理が思春期になってとりわけ顕在化したようなもの。 、従来の精神医学の精神疾患のカテゴリーから見て、特定の精神病 ( たとえば精神分裂 病 ) などとして診断し得るもの。
転勤先での出勤恐怖症〈新婚サラリーマンと不安発作〉職場のストレスと「死にそう」 な恐怖〈通勤途上の不安発作と心身症〉ストレス解消のたばこが止められない〈喫煙も心 の病、恐怖体験が効果〉海外旅行がストレスに〈団体旅行と旅行ノイローゼ〉「あれもこ れも」の生き方〈エリートコース捨て転職希望〉人みしりの心理構造 0 内輪とよそもの 意識″と対人恐怖〉縁を恨む気持ち〈落ちこばれと未生怨〉苦手な群れのつきあい〈孤独 な性格と大人のつきあい〉急増する自己愛人間〈ナルシシズムと自己評価〉ジプシー患者 と医療制度の欠陥〈患者側の意思疎通の努力も必要〉 以上、『びいぶる』 ( 朝日ホームドクター社 ) 昭和年 1 月号 ~ 昭和年 6 月号掲載。 —思春期、青年期の心とその病理 心の耐性の未熟さ〈精神医学から見た現代青年の精神問題〉 日本教育学会での講演 ( 昭和年 9 月幻日 ) その他の稿は書き下ろし。
こうした君のような登校拒否は必ずしも学期はじめだけに起こるものではない。連休の 後とか、あるいは運動会とか、文化祭があって少しお休みしたとか、体をこわして一週間風 邪で休んだ後とかに起こりやすい そこでぜひお勧めしたいことは、一方で検査、診断は必要だが、しかし、はっきりした診 断が下るまで学校を休ませないことが大切である。 各科の主治医の先生に、・ 学校を休ませるほどなのか、あるいは学校に行きながら診断、検 査を受けても大丈夫なものなのか、よくよく念を押して確かめてみることが大切だ。各先生 も、それそれ専門の立場からの診療ににしく、そこまで手が回らないことも多い。主治医と この辺の判断について話し合うのは親の責任だと思う。 学校を休ませないで、診察を受けるときだけ休むようにして、学校に行く習慣を失わない ように配慮することがとても大切だ。これが登校拒否を予防する、一番大切な早期治療の根 本原則である。 登校拒否戦後社会の子供たちにとって、最も特有な社会現象、ひいては精神病理 現象が、登校拒否である。精神医学的にいえば、頻繁な不登校や、長期にわたる不 登校の状態に陥り、しかも、精神病、神経症といった特定の精神医学的な病気によ らないで、一見些細な理由づけ ( 頭が痛い、体がだるい、朝起きられない、何とな
ストレス解消のたばこがやめられない〈喫煙も心の病、恐怖体験が効果〉 海外旅行がストレスに〈団体旅行と旅行ノイローゼ〉矚 「あれもこれも」の生き方〈エリートコース捨て転職希望〉 人とのかかわりと性格 人みしりの心理構造〈 " 内輪とよそもの意識。と対人恐怖〉圏 縁を恨む気持ち〈落ちこばれと未生怨〉 苦手な群れのつきあい〈孤独な性格と大人のつきあい〉 急増する自己愛人間〈ナルシシズムと自己評価〉躪 0 医師、患者の心理 医師、患者関係が直面する課題〈心にも配慮した医療と断念を知る術〉 自家生の病気と医家性の病気〈医者と患者のコミュニケーション・ギャップ〉 ジプシー患者と医療制度の欠陥〈患者側の意思疎通の努力も必要〉剛 文庫版あとがき 初出一覧 249 242 274